【完結】何度やっても君が死ぬ   作:ほほほのほ

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遅れました


IF:4.お魚天国、肉地獄

 術師と真人の戦いは、当然真人の方が優勢だ。魂の輪郭を知覚し、それを攻撃しなければ彼にとっては傷1つにすらならないのだから。

 

 物陰からその様子を見ていた那由多は『もうそろそろ終わりだな』と欠伸を噛み殺した。術師が強かろうと、ダメージを与える手段がなければ意味がない。

 既に勝敗は決したも同然。せめて話せる状態に改造してくんないかな、と那由多はのうのうと見ていた。

 

 脇腹辺りを負傷した術師は、息を漏らす。そして、するりとネクタイを外し、拳に巻き付ける。

 

「残念ですが──ここから先は、時間外労働です」

 

 彼に流れる呪力が増していく。その姿に観戦していた那由多は目を見開いた。

 

「面白い!」

 

 那由多にはさっぱりだが、真人には分かる。自分に課す縛りで今まで呪力を制限していたのだ。

 そして、術式の開示。自ら情報を曝け出すことで術師は術式の効果を底上げする。

 

 ──7対3の術式。だったら、七三(ななみ)と呼ぶことにしよう。

 

 術師はまだ真人にどうすればダメージが通るのか、ハッキリとは分からない。

『呪力が尽きるまでダメージを与える』、『全身を一撃で粉々にする』。この2つが彼の考察した真人の祓い方だ。

 そして、術師は後者を選んだ。

 

 鉈を叩きつけられた壁は、術式効果と術師の持つ膂力によって破壊される。その落下してくる破片1つ1つに、呪力が篭っていた。

 

 ──十劃呪法『瓦落瓦落』。

 

 逃げようとしたが、術式であっさり足を破壊され、真人は瓦礫の海に呑み込まれていった。

 幸いにも、那由多が隠れていたのは向かいの壁辺りだ。無事だと分かっていても、仲間の危機に思わず飛び出してしまう。

 

「真人ー!」

「……新手、ですか」

「あっ」

 

 長い黒髪、目元を覆い隠す白い仮面、赤黒い腕。間違いなく、灰原から報告のあった推定特級呪霊だ。

 特級呪霊たちが徒党を組んでいるという信憑性は増していく。

 

七三(ななみ)、えーと……」

 

 ピクリ。自分の名前を呼ばれ、術師──七海(・・)は眉根を寄せる。情報が漏れているのか?

 

「何故、その名を……」

「え? 7対3だから、七三。分かりやすいでしょ?」

 

 ただの偶然の一致であった。

 七海はそれに安堵し、鉈を構える。どうも相手に敵意はなさそうだが、油断は出来ない。

 それを知ってか知らずか、呪霊はのうのうと彼へ話しかける。

 

「ねえ、オマエは私のことを知っている?」

「……知っている、とは?」

「私には取りこぼした記憶があるの。オマエやこの間の術師を見ていると、少しだけ魂が反応する。きっと、オマエ達に何か関係あるんだと思う」

「生憎呪霊の知り合いはいません。それに、知り合いを探すなら仮面は取った方が良いかと」

「残念。この仮面は外しちゃダメって言われたから外せないの、ごめんね」

 

 言われた、ということはこの呪霊に指示を出せる者がいるということ。さっきの呪霊か? いや、あれはまだ幼い。

 他に年嵩の──そう、領域展開にまで致っている未確認の特級呪霊とやはり組んでいるのではないか。

 

「アナタ、他に仲間は?」

「え? えーっと、真人と、じょ……いや、言わないよ!」

「残念です」

 

 指を折った数から少なくともあと1人仲間がいる。

 やはり、この呪霊は少し口が軽い。もう少し情報が引き出せそうだ。七海はまだ話を続けることにした。

 

「私は七海建人。アナタは?」

「私は那由多! ……本当に名前七三だったんだ」

「漢字が違います。七つの海で、七海です」

「ふーん、七海、七海ねぇ……」

 

 何かを思い出すように目を瞑る那由多。その姿は隙だらけだ。今なら間違いなく攻撃は当たる。

 しかしそうなれば戦闘になるだろう。手負いの自分と特級呪霊。分が悪い。先程の呪霊も本当に祓えた確信もない。

 七海は一旦刃を収める。勿論、警戒は怠らないようにしながら。

 

「吉野順平について知っていることはありますか?」

「順平? 順平はね、真人の新しいオモチャ! 今ね、術式の使い方を教えてるところだったの。かわいいよ、あの子の式神」

「なるほど」

 

 吉野順平は術式持ち。ならば、それと接触している虎杖悠仁に危機が迫っているかもしれない。

 大人には子どもを守る義務がある。七海は話を切り上げ、虎杖と連絡を取ることを優先した。

 

「では私はこれで」

「あ、待って! ……髪の長い男と、顔に傷のある年上の女に心当たりはない?」

「年上って、あなたの年齢を知りませんが。いえ、どちらにしろ心当たりはありません」

 

 彼の頭には先輩とそのまた先輩の姿が浮かんだが、当然のようにシラを切った。

 

「じゃいいや。ばいばーい!」

 

 呪霊は手を振って七海を見送る。追ってくる気も、背後から襲ってくる気もないらしい。大方残って仲間の呪霊を助けるのだろう。

 

 

 七海と別れた那由多は、大量の瓦礫を1つ1つどかしていく。途方もない作業だ。

 やがてその隙間から、何かがにゅるりと出てくる。それはぐにゃぐにゃと形を変え、そのうち人型へと戻った。

 

「真人!」

「あっはっは。見かけによらず無茶するなぁ、あの術師」

「機嫌良いねぇ」

「上々さ」

 

 那由多と全裸の真人に近づいてくる足音が1つ。那由多は音の方向を向くと、顔を輝かせた。

 

「虚枝〜来てくれたんだ」

「すごい音がしたからね。随分派手にやったな」

「面白い奴だった。色々勉強になったよ」

 

 七海との戦闘において真人は何かを掴んだらしい。少し興奮気味に言葉を捲し立ててくる。那由多にはあまり理解できないが、楽しそうなので良しとする。

 

「相手の術師は?」

「生きてるよ! ちょっとお話して、帰ってった」

「那由多、アイツ殺さなかったの?」

「魂が反応したから」

「またそれ〜?」

 

 那由多が元人間ということを知っているのは仲間の中では真人だけだ。できれば昔の記憶なんて取り戻さないまま、こっち側にいて欲しい真人としてはあの術師は消しておきたい。

 今度会ったらちゃんと息の根を止めないと。そう思いながら、真人は虚枝に服を要求した。すげなく断られた。

 

 

 夜。吉野家にいた虎杖悠仁は既に去り、吉野凪は酩酊状態でリビングの机に突っ伏して寝ていた。

 そこに、そっと誰かが小さな何かを置く。

 

 やがて吉野凪は目を覚まし、目の前の何か──宿儺の指に気づいて、手に取った。

 その背後には、指に引き寄せられた呪霊。

 

 クチャリ、何かを食むような音がリビングに響いた。

 

 

「これは呪いを呼び寄せる呪物なんだ」

「なんでっ、そんなものが家に……!!」

「人を呪うことで金を稼いでいる呪詛師は多い。そういう連中の仕業だろう」

 

 ベッドで横並びに座る真人と順平の会話を聞き流しながら、那由多は真人に会うまでの記憶を思い出していた。

 

 立ち寄った先にあった水族館。もう既に廃業済なのか、入口には立ち入り禁止の看板が立てられていたが、那由多は無視して中に入った。

 うだるような外の暑さとは裏腹な、涼し気な雰囲気の寂れた施設に魅せられたのだ。

 

「コネと金さえあれば人なんて簡単に呪い殺せるんだよ」

 

 もう魚もいない、空っぽの水槽。解説のパネルだけが残されていて、那由多はそれを眺めながら館内を巡る。

 その中で1つ、心に残ったものがあった。

 

「心当たりはないかい?」

 

 ──小さな魚は、ひとりでいると大きな魚に狙われて食べられてしまいます。

 ──だから、みんなで集まって、大きな魚にみせかけるよう群れを作ります。

 

「君や母親を恨んでいる人間、もしくは──」

 

 那由多の目の前で、今。

 小さな魚が群れからはぐれようとしている。

 

「金と暇を持て余した薄暗い人間に」

 

 誰かを思い出したのか、順平の顔が歪んだ。

 

 那由多は順平と一緒に吉野凪の遺体を運ぶ。彼の目元は泣き腫らして真っ赤になっていて、鼻を啜る音だけが家に響いている。

 腰から下がないから運ぶのは簡単だ。予め敷いていた布団に優しく寝かせた。

 まだまだ気温も高い。そのままにしておけば直ぐに腐敗してしまうだろう。

 冷凍庫から運び出した保冷剤と、氷を敷き詰めた袋を敷布団と掛け布団の間に詰め込んだ。

 

「……母さん」

 

 あれだけ泣いたのに、まだ彼の瞼からは雫が零れ落ちる。

 

「順平」

「那由多さん……ありがとうございます、手伝ってくれて」

「別にいいよ。これからどうするの?」

「僕は……僕、は……」

 

 順平の拳がキツく握りしめられる。

 その手を、真人が優しく包み込んだ。

 

「大丈夫、言っただろう? 俺は、順平の全てを肯定するよ」

「真人さん……」

「一貫性なんてなくていい。無関心になる必要はない。君が思うままに動くんだ」

 

 ふわりと海月が空気中を舞い踊る。丸くて可愛い見た目とは裏腹に、毒を内包した刺胞動物は、その矛先を決めた。

 

 

 帳は既に下ろされた。里桜高校を包み込むように、宵闇が広がっている。

 

「で、那由多はどうするの?」

「私? ……んーと……」

 

 チラ、と虚枝の顔色を伺うように見上げる那由多。虚枝は笑って『好きにしなよ』と答えた。

 

「いいの?」

「ああ。仮面は外さない、術式は使わない。これを守るなら構わないよ」

「それなら見てようかな」

「愚かな子供(ガキ)が死ぬ所を?」

「群れから外れた魚がどうなるのか、だよ」

 

 なんだよそれ、と半笑いを浮かべて真人は那由多と肩を組む。そして、虚枝を追い出すように手を向こうへ振る動作をした。

 背を向けて、彼女は帳から出ていった。

 

「どうしようかな、虎杖悠仁が来たら。目の前で順平を改造しちゃおっか」

「宿儺と縛りを結ばせたいなら普通に傷付けるほうがいいんじゃないの? 魂を弄るのって反転術式でも治せないんでしょ?」

「あーそっか! いいね、採用! 那由多もなかなかいい考えするね」

「ふふん」

 

 呪霊らしくて、大変好ましい。胸を張る那由多に真人は拍手を送る。

 話をしていると、外からの侵入者。真人は小さく声を漏らした。

 屋上から下の様子を見れば、虎杖悠仁と吉野順平が既に交戦していた。

 

「さあ、行こうか」

「うん」

 

 屋上から階段を少しずつ下っていく。

 そして、2つの呪いが順平たちのいる階に降り立った。その姿と気配に、階段の方を向いていた虎杖はすぐに気付く。

 

「誰だ」

「初めまして、宿儺の器」

「──待って、真人さん!」

 

 順平の制止も聞かず、真人は腕を変形させて窓に虎杖を磔にした。抜け出そうと虎杖は必死に藻掻くが、空中に浮かされたような体勢で上手く力が入らない。

 つきはぎ顔の人型呪霊、その横に佇む面を付けた女型呪霊。虎杖が七海から聞いていた、改造人間の主犯たちの特徴と一致する。

 ──自分が抜け出せないのなら、せめて順平だけでも。

 

「逃げろ順平!! コイツらとどんな関係かは知らん!! けど今は逃げてくれ!! 頼む!!」

「虎杖君落ち着いて!! 真人さんたちは悪い人じゃ──」

 

 順平は途中で言葉に詰まる。

 頭によぎるのはトンネルで人を笑いながら弄り回す真人と、それを見て微笑むだけで止めようともしない那由多。

 

「悪い……人……」

「ま、私たちは少なくとも人ではないなあ。ね、順平?」

 

 ポン、と順平を抑えるように那由多は彼の両肩に手を置いた。

 そして真人は虎杖を拘束している腕とは反対側の腕を少しずつ変形させる。

 

「順平はさ、まぁ頭いいんだろうね。でも、熟慮は時に短慮以上の愚行を招くものさ。君ってその典型!!」

 

 少しずつ、その先は鋭利なものへと変わっていく。

 

「順平って、君が馬鹿にしている人間のその次位には馬鹿だから」

 

 太い棘のようになった腕が、順平の喉を貫いた。

 

「──だから、死ぬんだよ」

「ぁ゛……、ま…………」

「……順平!!」

 

 那由多が手を離すと、順平は喉を抑えて倒れ込む。傷口からは大量の血液が吹き出しており、虎杖の鼻に鉄臭さが届いた。

真人は拘束を解き、虎杖を自由にする。そして、囁いた。

 

「ほら、宿儺に代わらないと。順平、そのままだと死んじゃうよ?」

「順平!! 今、治してやるから!」

 

 ゲホ、ゲホと何度も咳き込みながら吐血する順平に走り寄って、虎杖は必死にその背中を撫でる。

 

「──ッ!! 宿儺……宿儺ァ!」

「なんだ?」

「うわっ」

 

 虎杖の目元辺りに口が生える。話は聞いてはいたものの、実際に見るとちょっとびっくりして思わず那由多は声を上げてしまった。本当に宿儺と同居している。

 

「なんでもする!! 俺のことは好きにしていい!! だから俺の心臓を治した時みたいに、順平を治してくれ!!」

 

 虎杖の必死の懇願も虚しく──

 

「断る」

「テメェ!!」

 

 宿儺は笑い声を上げながら、その願いを断ち切った。

 

「矜恃も未来も!! お前の全てを捧げて!! 俺に寄り縋ろうと!! 何も救えないとは!!」

 

 ──絶好のチャンスだったのに。どうして断るんだろう? もしかして、もう縛りは作ってたりして。

 ぱしゃぱしゃと順平から吹き出た血溜まりを足で叩きながら、那由多は頭を巡らせていた。そのうち、自分が考えても大した答えは出ないだろうと諦める。

 

「惨めだなぁ!! この上なく惨めだぞ!! 小僧!!」

 

 宿儺の笑いに釣られてか、真人の口角も歪む。

 ゲラゲラと虎杖を嘲笑する2人。そのテンションについていけず、那由多はちょっとだけ疎外感を覚えた。

 彼女はほとんど動かなくなった順平をそっと抱き上げる。

 

「ゆ……うじ……な……んで?」

 

 喉がぐちゃぐちゃに裂かれているからか、最後に振り絞った声は元の声音とは随分違っていた。虎杖に伸ばした腕が力無く、だらりと垂れ下がっていく。

 

 ──真人さん、那由多さん、どうして。

 

 ゆっくりと狭まっていく順平の視界。その真ん中で、虚ろな瞳が彼を見つめていた。

 まるで、路傍の石を見るかのような視線。濁り切った白い瞳は、何の感慨もなさそうに死にゆく順平を見下ろす。

 

 走馬灯のようなものが、彼の頭を駆け巡る。

 母と暮らした日々、学校で映研を作った時のこと、それが乗っ取られてイジメに合い、不登校になった時のこと。

 ──そして、真人たちと出会い、呪術について教えてもらった時のこと。

 

『毒なら術師にも使えていいよね。反転術式でも解毒って結構難しいし』

『反転術式……? なんですか、それ?』

『えっと、マイナスとマイナスでプラスに……真人! あとは頼んだ!』

『えー? ……人間はね、俺たち呪霊と違って負の力で肉体の再生は出来ない。だから、負の力同士を掛け合わせて、正の力を作り、傷なんかを回復させる。それが、反転術式』

 

 真人が『順平、死んじゃったねー』と煽り、虎杖がそのニヤケ面に拳を叩き込んでいる最中。

 那由多の腕の中の順平が、ピクリと小さく痙攣した。その身体に巡っているのは、呪霊の大嫌いな正の力(反転術式)

 

「なるほど。ただの小魚じゃなくて、出世魚だったかあ」

 

 それはそれで殺し甲斐があるって、真人なら言うんだろうなあ、と那由多は鼻血を垂らす友人を見ながら思っていた。




全然渋谷まで遠い

Q.なんでこんな頭弱い子なの?
A.記憶がないから約10歳児(本人曰く29歳)なのと、死に際に脳とられる!!とめちゃくちゃ強く思っていたから。
これがほんとのノータリン。

あまり関係ない話ですが、作者はカルマ値を貯めすぎると浄罪がより大変になるということをruinaというフリーゲームで学びました。皆もやろう!ruina!

那由多の明日はどっちだ

  • しめりけ
  • だいばくはつ
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