【完結】何度やっても君が死ぬ   作:ほほほのほ

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 喉にポッカリと空いた丸い穴。その断面が蠢き、反転術式によってゆっくりと千切れた気管、筋肉、血管は形作られる。

 穴が塞がり、微かだった呼吸の音が正常なものへと戻るのを、那由多は微動だにせずただ見ていた。

 

「ブッ殺してやる」

「祓うの間違いだろ、呪術師」

 

 真っ黒な激情に駆られて実行犯を睨み付ける虎杖。その身体から迸る呪力は感情とは裏腹に一定量を保っていた。

 つい数ヶ月前まではズブの素人だったということを考えると、中々良い才能を持っている。那由多は宿儺の器──虎杖悠仁をそう評価した。

 

「ねえ真人、代わる? 怪我しちゃってんじゃん」

「いや、良い!」

 

 垂れた鼻血を舌で拭い取り、真人はニンマリ笑う。なんだか楽しそうな彼の様子に、那由多は満足気に頷いた。

 

「あ、そうだ。順平が──」

 

 最後まで言い切る前に、彼女の顔面に衝撃が走る。そのまま身体は窓を突き破り、校舎の裏側へと落ちていった。

 腕の中の人間は既に意識を取り戻しており、空にはふわりと海月が踊る。

 

「──ッ! 順平!!」

「オマエの相手は俺だろ」

 

 空から飛来する触手たちを避け、那由多は地面に落下した衝撃でねじ曲がった手首を呪力で治す。

 痛いな、と小さく呟くと、また彼女に棘の付いた一対の太い触手が迫ってくる。咄嗟に那由多は身を翻して避けた。

 

「順平? もしかして怒ってる?」

「アナタ達は僕を殺そうとした。いや、殺したんですよ!? どうしてそんな平然としていられるんですか!」

「……? オマエが言ったんだよ、『無関心は美徳』だって」

「は……」

 

 虚をつかれたように固まる順平の鳩尾に、那由多は膝を叩き込んだ。鍛えていない腹の奥にいる、内臓の柔らかな感触に那由多の肌が粟立った。

 

「私にとって重要なのは仲間、そして私の中に眠る記憶の欠片。オマエはどちらでもない。だから、どうだっていいんだよ」

「嘘だったんですか! 僕の全てを肯定するって、才能があるって褒めてくれたじゃないですか!」

「あれは真人が言ったことだしー? というかさ、順平はなんで私たちのことそんなに信じてるの?」

「……那由多、さん」

「私たちは人間の負の感情が積み重なったもの、呪いなの。人にとっては、どうしようもなく悪い奴なんだよ?」

 

 昨日と同じ、緩く弧を描いた口元。目元はピクリとも動かさず、光のない瞳がまっすぐこちらを見つめている。

 そして、那由多の口が開いた。

 

「順平、これからどうするの?」

 

 彼の頭に浮かぶのは、今真人と戦っているだろう男の姿。

 少しの間、話をしただけの関係。それでも、彼は自分に対して親身に接してくれた。

 

『順平、高専に来いよ』

『バカみてぇに強い先生とか、頼りになる仲間がいっぱいいるんだ』

『一緒に戦おう』

 

 あの明るい髪色は、この黒く染まった帳の内側で、より一層光輝いている気がした。

 ガシャン、と大きな音が響く。校庭側の窓ガラスや壁が真人と虎杖の戦闘の余波で崩れたのだろう。

 

「僕は、高専に行きます」

「良いね! でも私は君に術式が知られている以上、君を高専に行かせる訳にはいかないの」

 

 両者は拳に呪力を纏わせて、構える。

 

「順平、オマエを殺すよ。呪いらしく」

「僕は……アナタを祓います。呪術師らしく!」

 

 ──『龍樹の面』。

 虚枝が那由多に渡した呪具は、本来は姿を隠すためのものだ。

 それを虚枝が改造し、その力を呪力のみに絞ることで、より隠蔽能力を底上げしている。五条悟の六眼をもってしても、長い間しっかりと注視しなければ見破れないだろう。

 しかし、体外に吐き出した呪力はこの呪具の範囲外だ。よって、彼女は今取り込んだ呪霊を呼び出すことを制限されていた。

 

 那由多は襲ってくる触手を切り、先程同様順平の腹部を狙って拳を振るう。しかし、彼の式神──『澱月』によってその衝撃は吸収された。

 澱月は傘を広げて那由多を呑み込もうとするが、地を蹴って避ける。ふわりと宙を舞う彼女の身体。

 

 ──着地寸前。彼女の足元を狙って、針が放たれた。

 

「む……」

 

 ドス、と右足首に突き刺さる毒針。ブーツに隠れて見えないが、ジワジワと何かが広がっていく感覚に襲われる。

 

「……よし!」

 

 順平が歓喜の声を上げた時、那由多は歯を見せて笑う。そして、その足を膝下で自ら断ち切った。

 

「言ったよね。呪霊は反転術式なんてなくても、肉体の再生が簡単に出来るんだよー」

 

 断面からにょきにょきと生える足。それが完成するのを待ちながら、床に手をついて残った左足で順平の顎を蹴り上げた。

 脳の揺れる感覚。順平は必死に踏ん張って、倒れそうになる身体を支えた。

 

 わざわざ切除して毒が全身に回るのを防いだということは、特級呪霊──規格外のような存在でもこの力は通用するということ。

 なら、容易に切除できない部位、胴体や頭を狙うしかない!

 順平は口内に溜まった血液を吐き出して、目の前の呪霊を見据える。

 

「……ん?」

 

 澱月をただ向かわせるのではなく、順平本人も前へ出てきた。真人によって掴んだ呪力操作で身体能力を強化している。

 その拳を掴んで、那由多は彼の腕を曲げてはいけない方向に捻る。パキ、と嫌な音がした。

 

「ぅ、ぐ……っ!」

「素敵な式神を持ってるのになんで前に出てきたの?」

「それ、は……」

 

 必死に反転術式で関節を治しながら、順平は彼女の身体に追い縋る。背後から、1層長く伸びた触手が迫っていた。

 

「ああ、肉を切らせて……なんだっけ?」

 

 それを手刀で切ろうとしたが、軌道は彼女の想定していたものとは違う。手は空を切った。

 あれ、と少し焦った顔をする那由多。これは刺す為ではなく、拘束するためのもの。触手は腕に絡みついて、澱月の傘は大きく開かれた。

 

「わ、やば──」

 

 捕食するように、海月の中へ呑み込まれる那由多。しばらくして、毒が回ったのか身体の動きは鈍くなっていく。

 

 澱月に吐き出させると、彼女はビクリと痙攣したあと、動かなくなった。

 ──祓わなければ。

 1歩、順平は近付く。そして、その身体の違和感に気付いた。

 綺麗すぎる。毒が回っているなら斑点が身体を覆っているはずなのに。

 ギョロ、と那由多の瞳が開き、順平の足首を掴む。

 

「残念」

 

 そのまま砲丸投げのように彼を振り回し、校舎の壁目掛けて放り投げた。ミシ、と壁に罅が走る。

 

「なんで……っ!」

 

 軋む身体を回復させながら、順平は焦燥感に駆られる。さっきは間違いなく効いたのに、どうして。

 

「えっとねー、領域展延って言ってね、身体になんかこう……纏わせて術式を中和するやつがあるの。私はあんまり上手くないからちょっとしか使えないけど」

「……そんな」

 

 いや、少ししか使えないなら、何度かやるうちに毒が回るはずだ。壁にめり込んだままの身体を動かして、もう1度やり直しだ。澱月をこちらに近付けようとして、順平は気付く。

 

「……澱月?」

 

 先程までいた式神の姿がない。そして、身体を巡る呪力が限りなく薄くなっている。

 

「順平、何回反転術式使った?」

「え?」

「反転術式はマイナスとマイナスを掛け合わせる分、消費する呪力がおっきいんだよ。慣れてなきゃ尚更。まあ、つまりは、呪力切れってことだね」

 

 生身の身体で抵抗出来るような相手ではない。暗闇の中で、白い虹彩が不気味に光っている。

 少しずつ近づいてくる呪霊に、後ずさりしようとして、背後が壁であることを思い出した。

 

「ごめんね」

 

 那由多は感情の篭っていない謝罪をして、順平の首に手を伸ばした。ギュウ、と首に回す手に力を込める。

 彼は必死に那由多の腕に爪を立てると、彼女の赤黒い肌から鮮血が滲み出た。

 

 ──ポキン。思っていたより呆気なく、首の骨が折れる。

 那由多は心がモヤモヤするような感覚に襲われて、一瞬首を傾げる。頭を振って、それを無理矢理追い出した。

 動かなくなった順平を抱えて、那由多は真人がいる方へ向かう。

 戦闘に夢中で気づかなかったが、いつの間にか乱入者が増えていたらしい。校舎を通って校庭へ出ると、七海も居た。

 

 パン、と弾けた真人の身体。だがそれは身代わりだ。

 排水口目掛けて逃げていく小さな呪霊。七海は鉈を振るうが、グレーチングを破壊するだけに終わった。

 

「あれ、真人負けちゃったの?」

 

 呑気な声を上げる那由多に、七海と虎杖は振り返る。その腕に収まる肉塊に、虎杖は目を見開いた。

 

「順平……?」

「うん。人間は死んだら燃やすんでしょ? ウチでやってもいいけど、折角ならオマエ達に任せるよ」

 

 そう言って、目の前の呪霊は地面に順平を転がした。その首は不自然に捻じ曲がっていて、どう見たって生きているとは思えない。

 

「オマエが、オマエが殺したのか!?」

「そうだよ。でも順平だって私を殺す気だったんだから、仕方なくない?」

 

 平然と告げる呪霊に、虎杖の殺意は漲る。

 

「殺──」

「虎杖君!!」

 

 那由多に近付こうとしたところで、虎杖は地面に崩れ落ちた。真人との戦闘で残ったダメージが彼の身体を蝕んでいた。

 七海は虎杖を支えながら、那由多を見る。攻撃する気はなさそうだ。

 

「その怪我人を庇いながら私と戦うなんて無理だよね?」

「残念ながら、そのようです」

「まぁ、真人を追いかけなきゃいけないし、今日のところはこれで。また会おうね」

 

 手を振りながら排水口へと身を投げる呪霊。正直なところ、2度と会いたくない。七海は携帯で後輩に連絡を取りながら、大きくため息をついた。

 

 排水口の先の暗がりのトンネル。肩の傷口を抑えて荒い呼吸を繰り返す真人に、那由多は追いついた。

 

「大丈夫?」

「平気平気。そっちこそどう?」

「ぜんぜ──ゲホ、うぇっ!」

 

 平然としていたはずの那由多は冷たいコンクリートに膝から崩れ落ちる。その肌には黒い斑点が薄く滲んでいた。

 ──私の下手くそな展延じゃ完全に中和できなかったんだ。あぶねー!

 ここに来てから発症して良かった、と胸を撫で下ろす。

 片や呪力切れ、片や毒が回りきっている。満身創痍状態である。

 

 互いの窮状を笑いつつ、真人は宿儺について考えていた。

 魂の格が違う。あれが復活すれば間違いなく呪いの時代が来ると。

 そして、それを理解していても尚──虎杖悠仁を殺したい。

 

「うーん、もどかしー!! でも、まぁいっか」

「ええ? 何の話?」

「虎杖悠仁の話。アハハ、肉体と違って魂は何度でも殺せるから、次が楽しみだよ」

「へー」

「那由多はどうだった?」

 

 話を振られた那由多は少しだけ、口を噤む。目を伏せながら、やがて話し始めた。

 

「……今日ね、私は初めて人を殺したよ」

「ああ、初めてだったんだ」

「戦ってる時は楽しくって、もっとこの時間が続けばいいのにって思った。そんな感じー」

「そっか。良いんじゃない?」

「うん!」

 

 呪いの本能が、少しずつ彼女を侵食している。これはいいことだ。真人は口角を上げる。

 ──彼女は呪いとして生きる道を選んだのだ。

 

「ハッピーバースデー、那由多」

「うん?今日は私の誕生日じゃないよ?」

 

 


 

 

「うーん……」

 

 高専の自室で1人、柔らかな椅子に身体を任せながら五条悟は頭を悩ませていた。

 火山頭、雑草、そして今回の任務で確認されたツギハギ顔と白い面の呪霊。特級呪霊がポコポコ雨後の筍のように湧いてくるなんて一体どうなっているんだか。

 

 特別だから特級。誰かが気ままに植えたミントみたいにわさわさ群れられても困っちゃうよねーと五条は目隠しを弄り回す。

 

 暑苦しい部屋の空気を入れ替えるように、少しだけ開けていた窓から風が吹き込む。

 机に置いていた写真立てが、その悪戯な風に煽られてパタンと倒れた。

 

「……もう10年か」

 

 突如として失踪した級友。某県でその痕跡こそ残っていたものの、致死量を超えた血液が確認されたことから死亡判定を受けている。

 それでも、死体は見つからなかったから、任務の傍らで探していた時期も1年ほどあった。

 10年も経てば流石に諦めがつく。五条は倒れた写真立てを起こして、その写真を久々にじっくり眺めた。

 

 思い返せば喧嘩ばかりしていたような気もする。

 自分の態度に彼女がキレて、2人で睨み合っていると傑が水を差す。2人で彼を煽れば乗っかって来て、乱闘しているところを硝子が煙草を吸いながら眺める。いつもそんな感じだった。

 4人が写った写真は喧嘩直後で、硝子以外は少しだけブスくれた顔をしている。

 

 青天と言えばいいのだろうか。雲ひとつない澄み切った空のような青春。

 そこに混じった淡い恋情も纏めて、目の前の日に焼けて退色した写真のように色褪せてくるような気がした。

 新しく現像しようかな。写真を指でなぞりながら、なんとなく五条はそう思った。

 

「もしもし傑? 学生時代に撮った写真ってさぁ、オマエが元データ持ってったっけ?」

「そうそう、4人が写ってる奴ね。ちょーっと昔のこと思い出しちゃって」

「悪いね。……え? あの2人なら憂太がいるなら大丈夫だって。過保護過ぎない?」




順平くぅん……

26巻の表紙、なんかしっとりしてない?想定外の雰囲気だったな

那由多の明日はどっちだ

  • しめりけ
  • だいばくはつ
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