【完結】何度やっても君が死ぬ   作:ほほほのほ

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IF:6.願い事

「あ!! いたいた!! 漏瑚ー!!」

 

 人が滅多に立ち入らない、山奥の温泉。俗に言う秘湯。

 真人は服を音速で脱いですっぽんぽんになると、湯気の立つ水面へ思い切り飛び込んだ。

 大きな水飛沫が上がり、温泉の近くに座っていた漏瑚は少し熱めの温水を被ることになった。水を吸って使い物にならなくなったパイプをその辺に放り投げ、彼は渋い顔をする。

 

「呪力は大分戻ったようだね」

「……まあな。ここは居心地がいい。人間共も寄り付かん」

「真人、私まだ服脱いでないんですけど!」

 

 そして被害者はもう1人。真人の後ろを歩いていた那由多もまた、濡れ鼠状態。毛先から滴る水の感覚が不愉快で、犬のように頭を振った。

 これだけ濡れてしまったのなら服を脱ぐ必要もない。ブーツだけ脱ぎ捨てて彼女も温泉に飛び込んだ。

 

「あはは、ごめんごめん! あーあ、肉体がないのも考えもんだよねー。自己補完の効率悪いし」

「真人、オマエも随分消耗しているな」

「あ、バレた? 宿儺と器、アイツら天敵でさー」

「ホントおつかれ!」

 

 戦闘の後、呪力もほぼ空っぽになった真人のために、那由多は必死に呪力玉を捏ねていた。

 等級によって全く味が違うんだよ、と彼女が力説しても、真人にはあまり違いが感じられなかったらしい。『全然わかんなーい』と言われ、那由多は自分の舌に自信が持てた。

 

「那由多は……あまり大したことなさそうだね」

「だって相手は1人だし、ちょっと前に力に目覚めたばっかの若い子だったもん。それに取り込んでる分の呪霊でいくらでも回復できるしね」

 

 ただ、毒は厄介だったな、と那由多は先程までの苦しみを思い出す。中々治せないし、気持ち悪いし、致死量じゃなくて良かった。

 彼女は暖かな水に身を委ねる。真人が暴れ回った水流に乗ってプカプカと浮いているとなんだか落ち着く。

 暖かいのは好きだ。ついでに漏瑚も好きだ。

 

 話題は自然と宿儺とその器に移る。

 真人は宿儺の指を集め、彼に献上するという虚枝のプランに乗っかった。

 漏瑚は頭に据えた彼の判断に異論はない。那由多は異論を唱えられるほど話をよく理解していなかった。

 

 那由多が水面を足で叩いて泳いでいると、また漏瑚に水がかかったらしく、彼の頭から鳴る機関車のような音が山に響いた。山彦効果で何度も。

 

「いい加減にせんか!!」

 

 


 

 

「うーん、ちょっとだけ想定外だなぁ」

「うん?」

 

 テーブルの上には数字や記号の描かれたカードが乱雑に散らばっている。那由多は持ち札から1枚適当に出して、虚枝を見上げた。

 

「秤金次は保守派と問題を起こさせて停学中。夏油傑は海外に派遣させて、乙骨を残す予定だったんだけど……そっちが海外に行っちゃったか」

「那由多、ウノって言ってないよ」

「あ、ウノ! ウノ!!」

「遅いわ阿呆」

 

 那由多は山札から7枚のカードを渋々取る。さっきはたったの1枚だったのに、これでは負けてしまいそうだ。

 周りを見る。花御は4枚、真人は3枚、漏瑚は5枚。

 那由多は小学生ぐらいの姿になって虚枝の膝の上に乗りながら、どう動くべきか考えていた。

 

『夏油傑……呪霊操術の使い手ですか』

「そうだね。君たちならそう簡単には調伏されないだろうが、一応気をつけてくれ。特に真人、君は呪霊たちの頭なんだから」

「はいはーい」

「じゃ、作戦を伝えるよ」

 

 真人は術師を狩りつつ自分の呪力を辿って高専の忌庫へ。

 花御は帳で閉じ込めた学生の相手。

 漏瑚は療養。

 そして陀艮と那由多は留守番。

 

「ヤダーッ!」

 

 那由多は断固拒否の姿勢。カードを放り投げ、イヤイヤブレイクダンスを白い砂浜の上で踊った。

 舞い散る砂粒を漏瑚は鬱陶しそうに手で払う。

 

「なんでお留守番なの!? 私も行きたい!!」

「我儘言わないでくれるかな……」

「えーいいじゃん。こんなに言ってるんだから連れていったら?」

「真人!」

 

 砂の上でのたうち回っていた那由多が希望を見出して真人の方を見上げる。だが、『駄目だ』と虚枝に一刀両断された。

 

「五条悟は勿論、夏油傑もそれなりに強い。術式を制限した状態の君が満足に抵抗出来ずに捕まると、作戦に支障をきたすんだよ」

「でも……」

『那由多、少しの間だけですから』

 

 不満の声を漏らす那由多の頭に手を載せる花御。ふわりと花の香りが彼女から漂った。

 

「…………ちょっと外出てくる」

「那由多」

「留守番はもうわかったから! 気分転換に散歩するだけ!」

 

 虚枝が声を掛けても、とぼとぼと背を向けて扉へ歩く那由多。その背中は捨てられた犬のような哀愁があった。

 

「まだウノ途中だったのに」

「彼奴はいつまで経っても餓鬼臭い。少しは成長せんのか」

 

 

 色彩鮮やかな常夏から、外に出ると鈍色のコンクリートジャングル。生憎天気も曇天。

 少し雨の気配を感じながらも、那由多は街中を彷徨う。

 

 信号を渡って、右へ左へ。帰りのことなど考えずに、ぐるぐると歩き続けていると、人の気配をほとんど感じない店の前に辿り着いていた。

 

「本屋さんだ」

 

 開きっぱなしの引き戸をくぐってそっと中に入ると、店の奥に店主であろう高齢の男が座っている以外に人の姿は見当たらない。

 広いとは言えない店内には本棚が敷き詰められていて、視界も悪い。少しだけ立ち読みしてもバレないだろう。

 

 那由多が深く息を吸うと、紙の匂いが鼻腔を刺激する。別に良い香りとは言わないが、臭くもない。なんというか、癖になりそうな匂いだった。

 

 適当に背表紙に書かれている文字を見ながら、開いて閉じるを繰り返す。活字ばかりの本はすぐに飽きてしまう。

 もっと簡単な本はないかと探していると、文庫本よりも大きな本が並べられている本棚を見つけた。

 

「やさしい……おりがみ?」

 

 頁を捲る。正方形の紙を折りたたんで何かしらを再現するようだ。

 ぺらぺらと適当に飛ばしていた頁を、ある所で止める。

 

「……これだ!」

 

 那由多がズボンのポッケを漁るとくしゃくしゃになった紙幣と何枚か小銭が出てきた。それをそっと平積みの本の上に置いて、折り紙が同梱されている本を抱えて店を出る。

 

 外に出ればとっぷりと日が暮れていて、吹き込む風に微かに秋の兆しを感じる。元から人通りは少ない道だったが、人っ子一人いなくなっていた。

 どこか折り紙が出来るような場所はないかと商店街を抜け、那由多は住宅地を歩き回る。

 

 やがて、家宅がひしめき合う中で開けた空間に出た。緑地化のためにとりあえず作っておきましたよ、と言わんばかりの小さな公園。その中には滑り台とジャングルジム、ブランコが設置されていた。

 不自然なスペースが空いており、昔は別の遊具もあったが撤去されてしまったのだろう。

 

 こんな時間に遊ぶ子供がいるわけもなく、静寂を保つ公園に那由多は足を運ぶ。

 滑り台の面に折り紙を置いて、見よう見まねで折ってみた。説明書通りの手順を踏んでいるはずなのに何故かぐちゃぐちゃの紙屑が出来上がってしまった。

 那由多は顔を顰める。それを丸めてゴミ箱にスローイン。狙いは完璧で、小さく音を立てて中へ入った。

 

「……だれ?」

 

 ふと、公園の砂を踏みしめる音が彼女の耳に届き、入口の方へ目を向けた。

 今の那由多よりも少し大人びた──中学生ぐらいの男の子が立っていた。迷子なのか、少し不安げな顔をした彼はこちらに気付いて目を丸くする。

 

「こんな時間に、危ないよ。……君、小学生だよね?」

「オマエの方こそ。私には少しやることがあるから気にするな」

 

 古めかしい街灯の光は滑り台の方までは届かない。暗がりの中では少年の目には那由多がまだ人間に見えるらしい。

 年下であろう少女にオマエ、と言われた少年は一瞬顔をヒクつかせた後、黙ってブランコに座った。金属が擦れ、あまり心地よいとは言えない音が鳴る。

 

 どちらも、帰る様子は見せない。那由多は折り紙を何度も丸めながら、横目で彼の姿を見た。

 

「なあ、オマエ」

「……え? 僕?」

「他にいないでしょ。これの、折り方分かる?」

 

 那由多は彼にずい、と本を押し付ける。少年は街灯の光に近付いてその内容を理解したあと、小さく頷いた。

 

「上手くできなくて。教えて欲しい」

「……うん」

 

 滑り台に並んで、小さな手を動かす。たまに少年から『そうじゃないよ、こうだよ』とか『ちゃんと端と端をくっつけないと』とかアドバイスを受けながら、1枚の紙を折り畳んでいく。

 

 あ、と那由多は微かな声を上げた。見本の写真と同じ形。綺麗な折り紙が出来上がった。

 

「できた」

「えっと……おめでとう?」

「ありがとう。次、キラキラの紙で本番のやつやるから見てて」

「ええ……」

 

 那由多に言われるがまま、少年は彼女の様子を眺めていた。

 案外、悪い気分ではなかった。夜の公園で1人でいると、不安な気持ちが膨らんでいくばかりだ。誰かと一緒にいるというのは中々気が晴れる。

 

 折り紙の袋の中に1枚ずつしか入っていない金色と銀色の紙。特別感のあるそれを綺麗に折って、出来上がったものを本に挟み、那由多はようやく立ち上がった。

 

「ありがと。……私は那由多」

「え?」

 

 催促するように少年を見上げる。白い仮面から覗くその瞳は真っ白で、その周りは真っ黒。少しだけ、不気味に感じた。

 

「み、湊。湊海里」

「海里、これあげるよ」

 

 上擦った声を上げた海里の様子に気付かず、那由多は彼の手のひらに先程の成功作を置いた。

 彼女の腕は酸化した血を塗りたくったような色で、海里がその異常さを察して後退りする。

 その隙に、那由多は踵を返して公園から出ていってしまった。引き止めることはしなかった。

 

 ──まだ、帰れない。

 海里は先程同じようにブランコに腰掛けて、軽く漕ぐ。

 そして、今度は高校生ぐらいの男と会う。

 虎杖悠仁と名乗った男は少し不良のような見た目で、初めは警戒していたが、その人懐っこそうな笑顔にすっかり警戒心は和らいだ。

 

 しばらく話をしているうちに、手に持った水色の紙切れに虎杖が気付く。

 

「海里、なんだそれ。……御守り?」

「はい。さっきまで、別の女の子がいて、その子に貰ったんです。那由多……って子で」

「な、」

 

 少年の口から出てきた名前に思わず言葉が詰まる。

 虎杖の心に強く闇を落とした事件の主犯が言っていたことが脳裏に浮かぶ。

 

『ほら、早く俺を殺してみろよ。じゃないと、順平が那由多にもう1回殺されちゃうかもよ?』

 

 首のへし折れた順平の死体。それを抱えた呪霊の姿。

 恐らく、あれの名前を目の前の少年が口にした。話を聞くと、その特徴は虎杖が知るものと一致する。

 

「オマエ、アイツに何もされなかったか!?」

「……は、はい!」

 

 虎杖は海里の肩を掴み、揺さぶる。その顔は先程の快活な顔とは程遠く、鬼気迫る表情だ。海里は気圧されて視線を逸らしながら、何度も首を縦に振った。

 彼の青ざめた顔色に気付いて、虎杖は手を離し、海里に頭を下げた。

 

「す、すまん……でも、アイツは危険なんだ。次会ったら逃げて欲しい」

「……分かりました」

 

 


 

 

「ただいまー」

「遅かったね。もう帰ってこないものかと思ったよ」

「私の帰る場所なんてここしかないでしょ!」

 

 虚枝の軽口に笑顔で答える那由多。どうやら機嫌は治ったらしい。

 彼女は花御と真人に近付いて、小さな輝く紙を取り出した。

 

「じゃーん!」

「何これ、ゴミ?」

「ゴミじゃないよ!! お守り!」

『……私たちにですか?』

「うん。なんか、願いを込めて折ると願いが叶うってこの本に書いてあったの。だから、2人がちゃんと帰ってきますようにってお願いしながら折った!」

『おやおや……』

 

 金紙と銀紙の御守り。形こそちゃんとしたものだが、細部は少しズレていたり、シワが出来ていたりと拙い出来だ。

 だが、花御はそれを受け取った。

 

『真人、あなた金と銀どちらがいいですか?』

「銀かな」

 

 2人は那由多の折ったそれを服に仕舞う。そして、花御は術式で1つ、花を出した。

 白く小さな花が幾つも咲いた茎を那由多に渡す。

 

「かわいい、何の花?」

『霞草ですよ』

 

 すんすんと嗅ぐと、独特な香りがして那由多は思わず眉を寄せた。花なんだからいい匂いだと思い込んでいた。

 それでも花御の呪力が篭っていて、彼女にとっては心地いい。

 いつの間にか陀艮も海から上がっていて、那由多の持つ花に引き寄せられていた。

 

「陀艮は花御好きだもんねぇ」

「ぶふぅ……」

 

 真人も花を嗅いで『くっさ』と呟いた。那由多は怒った。

 そこからちょっとだけ小競り合いをして、花御が止めに入る。彼女の術式で砂浜に花が咲き、皆の心が和やかになる。

 漏瑚は『何をやっているんだ、馬鹿者共め』と毒を吐いたが、その口角は微かに上がっていた。

 

 作戦実行の日──姉妹校交流会は迫りつつある。

 




ハッピー呪霊ファミリー

・真人
弟。気が割と合う。
・陀艮
弟。マスコットみたいでかわいい。
・花御
姉。優しい。いい匂いもする。
・漏瑚
お爺ちゃん。よく怒るけど暖かいので好き。

・羂索
ママ……?ママ…(母胎回帰)

湊海里君は少し前の真人と話してたお爺ちゃんと同じくノベライズのキャラです。
『呪術廻戦 逝く夏と還る秋』を読もう!(ダイマ)

那由多の明日はどっちだ

  • しめりけ
  • だいばくはつ
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