【完結】何度やっても君が死ぬ   作:ほほほのほ

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IF:7.河清

 いつも通り、那由多は虚枝の太ももに頭を乗せている。

 そして、その上には陀艮が乗っており、花御の作った花に頬を寄せていた。

 

 ザザーン、と寄せては返す波の音。一定の間隔で聞こえるそれに、那由多が耳を傾けていると、ふと、寝転んだ彼女の頭上から声が聞こえた。

 

沼男(スワンプマン)って知ってるかい?」

「……知らなーい」

 

 雷に打たれて死んだ男。その傍の沼にも雷が落ちると、何かしらの化学反応が起きて死んだ男と全く同じ姿、記憶を持った何かが生まれてしまう。

 その男のような何かは元の男が死んだことにも気付かず、家に戻り、いつも通り日常生活を送っていく……という仮定を元にした思考実験。

 

「君は、その沼から生まれた男を元の男と同一存在だと思う?」

「んん……まあ、同じなんじゃない」

「じゃあ、落雷で男が死なず、同じような人間が2人、君の目の前にいたらどうする? 彼は、君の友人と仮定しよう」

「…………2人とも、友達なんでしょ。どっちとも仲良くするよ」

「男たちは自分こそが本物だと主張して、君に選んでほしがっているよ」

「そんなの知らんし……2人で殺しあってもらって残った方を本物にしようよ」

「中々残忍な発想だね」

 

 那由多は顔を顰める。いつもと違ってなんだか抽象的な話だし、なんだかつまらない。

 不機嫌そうな那由多の顔を見て、虚枝は彼女の長い髪に指を通す。優しい手つきで髪が梳かされていく感覚がこそばゆい。

 

「少し話を変えよう。『記憶と姿は同一だけど、中身──魂が違う者』と『姿も違うし元の記憶がないけれど、魂が本物の者』がいたら、どうだろう? どちらが本物か見分けられるだろうか?」

「んん……?」

 

 手櫛の心地良さに目を細めながら、那由多は考える。

 ──きっと、真人ならすぐ分かる。だって彼は魂をよく知っているから。

 じゃあ自分なら? しばらく頭を回していたが、やがてオーバーヒートして熱を持つ脳。

 彼女はギブアップを告げる。

 

「わかんない……」

「そうか。じゃあ、君がそういう立場だったら、友達には自分こそが本物であると理解して欲しいかい?」

「真人ならきっと分かるよ」

「真人じゃなくて、魂もよく知覚していない友人だよ」

「…………分かって欲しいけど、分からなくても仕方ないんじゃない」

 

 諦めにも似た感情を吐き出す。

 大体、こんな仮定をしても何の意味もないだろうに。那由多は虚枝の瞳をじっと見つめる。逆光で暗く見える瞳には、微かな光すらも見当たらない。だからこそ、落ち着くのだ。

 

「ふふ、君の友人(・・)は、分かるかな?」

「はぁ……」

 

 今日の話はつまらないな、と那由多はため息をついた。お腹の上にいる陀艮を撫でると、少しヌメっている。

 

「少し面白くなかったかな? 別の話をしようか」

「うん」

「呪術において、名前というのは非常に重要な意味を持つ。呪いをかけるときも肉体や魂に紐付けられた名前──真名を知っていなければ効果も減ってしまう」

 

 これこれ。こういう話が聞きたかったんだよ。ご機嫌斜めだった那由多の顔が喜色を帯びる。

 

「で、世の中にはその真名を複数持つ物体も存在するんだ。その顕著な例が、小麦で出来た皮で餡子を包んだ小判状の菓子で──」

 

 話を聞いているうちに、那由多の瞼が少しずつ下がっていく。太ももから伝わる体温が自身に流れ込んでくるような感覚。これが、那由多は堪らなく好きだった。

 

「寝てしまったか。本当に、子どもみたいだね」

 

 やがて彼女は寝息を立て始めた。

 その寝顔はすこぶる穏やかである。顔の上半分を覆う血のような痕がなければ誰もそれを呪霊だとは思わないだろう。

 

 

「おい。おい!」

「……?」

 

 那由多は肩を揺さぶられるような感覚に襲われ、目を覚ます。

 まるで、肉の器に閉じ込められたように身体が自由に動かない。

 なんだ、これは? 少しだけ怖くなって、助けを呼ぼうとしたが、一言も口に出せなかった。

 

「ボーッとすんなって。で、どうすんの?」

 

 那由多の目の前には男が1人。芸術作品のように美しい顔立ちで、サングラスの隙間から覗く瞳は太陽に反射して輝く海を閉じ込めたようだ。

 舐めたらしょっぱいのだろうか。頭だけは自由に思考できるので、那由多はそんな馬鹿みたいなことを考えていた。

 

「ごめん五条、なんの話しだったっけ?」

「はぁー!? 聞いてなかったのかよ!」

 

 那由多が閉じ込められた肉体は勝手に言葉を紡ぐ。目の前の男は『五条』というらしい。自分たちが封印しようとしている人間と奇しくも同じ苗字だ。

 彼は真っ白だった顔を真っ赤にして、こちらに突っかかってくる。

 

「スイーツバイキングのペアチケット貰ったから、今度一緒に行こうっつってんの! 耳に耳糞でも詰まってんのか!」

「……硝子は?」

「私が甘いの嫌いなの知ってて言ってる?」

 

 ぐる、と視界が左を向いて、肩ぐらいに髪を伸ばした美少女が現れる。こちらは『硝子』と言うらしい。

 口から伸びる白い棒は煙草、とやらだろうか。子どもは吸ってはいけないと那由多は教えられたが、案外そうでもないようだ。

 

「じゃあ、夏油は?」

「今回はやめておくよ」

 

 今度は右を向く。正面の男とは別の男が視界に入る。その瞬間、那由多は心の中で悲鳴をあげた。

 ──こいつ、こいつだ!

 1束だけ前髪を垂らし、残りを後ろで丸く纏めあげた男。目を細めて笑う姿は、少しだけ胡散臭い。

 

 那由多の魂が激しく揺れ動く。ずっと探し求めていた、守るべき男。間違いなく、この『夏油』という男のことだ。

 忘れないようにその姿と名前を脳に焼き付ける。

 

 食い入るように男を見ていたが、急に視界が揺れる。顔を掴まれて、五条の方を無理矢理向かされたらしい。

 真っ赤だった顔が色を失い、少しだけ拗ねたような表情になっていた。

 

「……そんなに、俺と2人きりが嫌かよ」

「いや別に。ちょっとからかっただけだよ」

「は?」

 

 クスクス、と器が笑いを零す。どこかで聞いたような声音だった気がする。那由多は首を捻ったけど、思い出せないのですぐに考えるのをやめた。

 目の前の男はまた顔を紅潮させて、器の胸倉を掴んだ。

 

「テメェ! ふざけんなよ!」

「やめてよ、制服伸びちゃう。ほら、行くんでしょ? 日にち決めようよ」

「な、おま! …………チッ」

 

 五条は目を伏せて小さく舌打ちをした。真っ白でフサフサの睫毛がよく見える。

 器がゆっくりと五条の手に触れて、服を掴む指を解いていく。案外簡単に離された手が、行き場を失って器の指に絡まった。

 

 私は一体何を見せられているんだ、と那由多は大きく息を吐く。もしかして、これがアオハルというやつなのか。

 甘酸っぱい青春。那由多には持ち合わせないものだ。

 他人の生活を覗き見しているような罪悪感に駆られて、なんだかムズムズする。早くここから出たい。

 

 場面が切り替わった。目の前にいる男は変わらず五条のまま、場所だけが別のものになっていた。

 机にギュウギュウに並べられた皿には沢山のケーキが敷き詰められている。全部宝石みたいにキラキラ輝いていて、綺麗だ。

 那由多は呪霊なので人の食べ物など食べないが、ちょっとだけ涎が出そうになった。

 

「五条はさ、私が死んだら悲しんでくれる?」

「……は? 何言ってんだよ」

 

 カツン。金属製のフォークが陶器の皿に当たり、小さな音が鳴った。

 目をまん丸にした五条は、大きく口を開けている。そこに、器が無理矢理苺を押し込んだ。鳥の給餌か何かか?

 

 もぐ、と咀嚼しながら、五条は器と視線を合わせる。どうも、器は真剣な顔らしい。

 那由多はそれよりも、皿の上の黄緑色の果実の方が気になる。

 

「俺は……」

「うん」

「オマエが死んだら悲しい、と思うけど」

 

 視線が逸らされる。モニョモニョと彼の口から言葉にならない何かが漏れていた。

 

「私たち、友達だもんね」

 

 だが、器のその一言で目の色が変わった。口を開いたり閉じたり。顔どころか耳まで真っ赤にして、彼は肩を震わせていた。

 

「あのな、俺は! オマエの──」

 

 そして、遂に言葉を吐き出そうとしたとき。

 それを掻き消すように、ベルの音がけたたましくなった。

 

「焼き立てのアップルパイが出来上がりました! 熱いうちにどうぞ!」

 

 店員の大声と共に、周りの客が席を立つ。そして、器もそれに倣うように椅子から立ち上がった。

 

「ごめん、なんだった?」

「別になんでもねぇよ! バーカ!」

「は? 今なんつったコラ」

 

 何だこれ。本日何度目か分からない那由多のため息。

 ため息を着くと幸せが逃げるという俗説がある。それが本当なら、もう那由多の幸せは逃げすぎて、外を歩けば数秒で鳩の糞が頭に落ちるレベルでため息が出ている。

 

 この三文芝居を見せられるよりも夏油の方を映してほしいんだけどな、と那由多が思っていると、皿の上のケーキが突然、茶色い何かに変わった。

 

 ──え?

 

 那由多の混乱を他所に、他のケーキも丸くて茶色い焼き菓子に変化していく。色とりどりだった食卓がきつね色1色になってしまった。

 

 そして、彼女の頭に流れてくる情報の渦。

 大判焼き。今川焼き。回転焼き。おやき。御座候。

 ──ベイクドモチョチョ。

 

「ベイクドモチョチョ!?!????!」

「睡眠学習?」

 

 那由多は勢いよく飛び起きる。なんだ、夢か。

 安堵してまたぽすんと虚枝の太ももに頭を乗せた。

 

「嫌な夢でも見たのかな。魘されていたよ」

「あ……いや、覚えてないな」

 

 夢の内容など綺麗さっぱり頭から抜け落ちていた。ただ、心の底にいる記憶の欠片がいつもより鮮明な気がする。

 お腹の上の陀艮が小さく鳴いた。寝ている間に握りしめていたらしく、花の茎が少しヘタっている。

 少し手の力を緩めようとして、違和感を覚える。

 花が枯れ始めていた。

 

「え?」

 

 手の中の植物から放たれる呪力はか弱いものになっていき、一瞬、全く別の呪力へ塗りたくられたかと思うと、塵になって消えた。

 この感覚が何なのか、那由多は知っている。

 ──呪霊操術。彼女の持つ術式で、呪霊を取り込んだ時のそれと全く同じだ。

 

「はな、み?」

 

 那由多の心臓が嫌な音を立てた。

 

 


 

 

 花御は呪いの中でも、『精霊』と呼ばれる類のものである。神聖なものに対する恐怖や後ろめたさが折り重なって形を成した彼女は、他の呪いに比べても理性が強く、心優しい。

 だが、今は。その理性のタカが外れ、呪いとしての本能、戦いの愉悦がその身を包んでいた。

 

 ──真人。私は今……戦いを楽しんでいます。

 

 花御の肩に咲いた供花に集められた植物の生命力。その放出を必中とするために、彼女は取る行動は1つ。

 

『領域展──』

 

 その瞬間、帳は上がる。五条悟が来る前に花御はその場を去ろうとした。あの漏瑚を一方的に嬲ることの出来る男をこの状態で相手取ろうと思えるほど傲っていない。

 

「アレはお前に任せる。ヘマすんなよ」

「誰に言ってるんだい?」

 

 しかし、この場には五条の他にもう1人、規格外の存在──特級と認められた男がいた。

 

「生徒を見守るのも教師の務め。そして、手本となる姿を見せるのもまた、私たちの務めさ」

「夏油先生!」

 

 夏油は自身の呪霊をばら蒔いて、撤退を選んだ花御の行動を阻害する。1つ1つは大したことはなく、簡単にねじ伏せられるが、呪霊操術の強みは手数の多さ。その物量にどうしても逃げの一手を封じられてしまう。

 

『私は……帰らねばならないのです!』

「さて、悟が帰ってくる前に少しでも良いところを見せておこうか」

 

 夏油は掌印を組み、呪力を外へ解き放つ。

 

「領域展開──『大乗金殊勝』」

 

 金色の蓮華が茎を伸ばし、彼に寄り添うように花開く。夏油の背後から放射状に光が差す。辺りは神々しい雰囲気に包まれた。

 だが、それに圧倒されるようでは特級は名乗れない。

 

『くっ……領域展開──『朶頤光海』』

 

 大きさも形も、色もてんでバラバラな花たちが咲き乱れる。全く秩序立っていないからこそ、人の手が加わっていないと感じられる花畑。生命の息吹たちはただ咲き誇るだけで、そこにいる者の心を和らげる。

 

『領域に対抗するために最も有効な手段、こちらも領域を展開する』

 

 区切られた空間の外側で、虎杖は五条の言葉を思い出し、息を飲んだ。

 2つの領域は押し合っている。拮抗して、外殻が軋み、ヒビが入った。

 

 通常なら勝負の行方は分からなかっただろう。

 しかし、花御は虎杖と東堂のコンビネーションによって度重なる黒閃を受けている。いくら頑強な身体を持っていても消耗は避けられなかった。

 リソースを削られた状態での領域展開。傷は、花御の身体を確実に苛んでいた。

 

 やがて結界が砕け散る。そこから姿を見せたのは、夏油ただ1人。花の蜜のような香りを漂わせた彼は、虎杖達の方へ歩いてくる。

 

「悠仁、葵。よくあそこまで特級呪霊を追い詰めたね」

虎杖(ブラザー)と俺なら当然さ」

「先生、呪霊は……」

「ああ、バッチリ取り込んださ」

 

 ニヒルに笑う夏油。その背後でグチャグチャに潰れた紙屑が風に飛ばされて、どこかへ消えてしまった。

 

 




・御守り
呪力も篭っていないただの紙切れ。
当然何の効果もない。

・小麦の皮で餡子を包んだ和菓子
ベイクドモチョチョ!!!

那由多の明日はどっちだ

  • しめりけ
  • だいばくはつ
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