【完結】何度やっても君が死ぬ   作:ほほほのほ

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IF:8.三位一体、五里霧中

 ざり。那由多は砂浜を何度も足でなぞる。ざり。砂浜の1部に穴が開き、その周りには砂が積もっていた。

 ざり。ざり。ざり。ざり。

 

「ええい! 鬱陶しいぞ!!」

「……あ、ごめん」

 

 露骨に気落ちした様子の那由多に、『調子が狂う』と漏瑚は歯噛みする。元気だけが取り柄の癖に、一丁前にしょぼくれた面をしていた。

 

 扉の外から誰かの足音が聞こえ、項垂れていた那由多の顔が上がる。

 中に入ってきたのは真人、ただ1人だけ。

 

「真人……」

「……花御さあ、いなかったわ」

 

 やっぱり。彼の言葉に那由多の顔は険しくなる。

 ビーチチェアに腰掛けていた虚枝も立ち上がって、他の全員に告げる。

 

「今、連絡があったよ。特級呪霊は夏油傑に確保されたってね」

「夏油……傑……」

 

 那由多は奥歯を噛み締める。心がチリチリと痛むのは何故なのか。きっと前なら記憶の欠片が反応しているだけだと思えた。

 だが、今は。この感情に名前を付けられる。

 

「虚枝、前言ったよね。主従関係にある呪霊を取り込む方法があるって」

「……ああ。簡単さ、その首をすげ替えてしまえばいい」

「なら」

 

 黒く濁った感情が那由多の心を埋め尽くす。ただの魂の代謝でも良い。それに従うのが呪いの本能。

 

「私が夏油傑を殺す」

 

 ──これは、殺意だ。

 指向性を持った悪意が渦巻いて、那由多の心を埋め尽くしていく。

 例えその自我が失われているとしても、同胞を必ず取り戻してみせる。薄ら笑いを浮かべている虚枝に気付かず、彼女は決意を固めた。

 

「花御、待っててね……」

「はな、みぃ」

 

 那由多は足元ににじり寄ってくる陀艮を抱き上げた。

 

「大丈夫! 私が何とかする! 頑張るからね、陀艮」

「……ぶふぅ……」

 

 磯臭い身体を抱き締めて、ひたすらグルグルと回る。次第に2人とも目を回して、砂浜に尻もちを着いた。

 真人は『やっぱ馬鹿だな』とせせら笑いつつ、懐から目的のブツを取り出した。

 

「はい、呪胎九相図の1から3番と宿儺の指6本」

「じゅたいくそうず? 何それ」

「……那由多には言わなかったかい?」

「忘れた!」

 

 人間と呪霊の混血児。加茂憲倫によって作られた特級呪物が3つ、試験管のような瓶に入れられて並んでいた。

 那由多は1つを持ち、ユラユラ揺らす。

 

「これ、どうするの?」

「人間に取り込ませて受肉させる。ま、何かしらの役には立つんじゃないかな」

「……新人ってことかあ」

 

 別室に移ると、磔にされている人間がいた。どうやら呪霊の姿が見えないようで、虚枝の方を見ながら必死に助けを乞うている。

 真人が九相図の3番を取り出し、その口元へ突っ込んだ。

 男は悲鳴を上げ、人体から出てはいけない音が部屋に響く。

 

 器となった人間の面影が残る人面の下には大きく裂けた口。くすんだ青緑色の肌。

 人間とはかけ離れた姿の受肉体に那由多は首を捻った。

 

「なんか思ってたのと違うなぁ」

「……まあ、2番や1番ならもう少し人型に近いはずだよ」

 

 虚枝の言う通り、2番『壊相』は背後の顔以外は問題なし。1番『脹相』は完全な人型だった。

 せっかく3人揃って受肉したというのに、下2人をお使いに出させるらしい。

 3人で行かせればいいのに、と那由多はぼやくと、虚枝は首を横に振った。

 

「3人で固まって逃げ出されても困る。まあ、あの姿ならそこまで心配いらなかったかもしれないけどね」

「ふーん……」

 

 3人仲良く話し合いをしていたが、終わったようだ。部屋から出てきた九相図達に那由多は近付いて、手を差し出した。

 

「オマエ達」

「……何だ」

 

 弟を庇うように前へ出る脹相。2つ括りの髪が揺れる。

 脹相はパンキッシュ、壊相は妙に露出度が高いし、受肉体のファッションセンスはヤケにファンキーである。血塗がもし服を着ていたらどんな服装だったのか、ふと那由多は気になった。

 

「私は那由多。これからよろしくね」

「よろしくするつもりはない。俺たちは俺たちだけで十分だ」

「えっ」

 

 差し出した手を退けられ、那由多は硬直する。

 呪霊達の中で彼女は1番新米で、ようやく現れた新人に興味津々だった。なのにこの反応。

 

「何だよー! お使い終わったら遊んでやろうと思ったのに!」

「遊んでくれるのかぁ?」

「遊ぶ遊ぶ!」

 

 3番目の九相図はどうやらまだ精神的に幼いらしい。精神年齢が近い那由多と手を取り合って小躍りする。

 脹相は彼女を睨みつけるが、那由多はべえと舌を出して挑発した。生意気な新人なんぞこの位の扱いで十分だ。

 

「オマエ……! 弟を誑かすな!」

「うるさーい! 血塗、お使いいくまでにちょっと身体動かそう!」

「でも、兄者が……」

「兄さん、私は賛成だ。宿儺の指を取りに行く過程で戦闘が起こる可能性は高い。軽く慣らしておくのは良いと思う」

 

 壊相の冷静な判断に、脹相は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、納得する他ない。

 ただし、絶対に脹相が同席する、怪我をさせたら許さない、などの条件を付け加えた。

 怪我をさせないって難しくないかな、と那由多が過保護な長男に呆れつつも了承した。

 

「さあ、好きにかかって来いやー!」

 

 回収場所は八十八橋。恐らくは宿儺の指を取り込んだ特級呪霊がいるだろう。呪霊との戦い方を知っておいて損は無い。

 那由多は『大舟に乗ったつもりでいなさい』と胸を叩いた。壊相は若干泥舟ではないかと疑っている。

 

「いくぞぉ」

 

 ぷくぅ、と膨らませた口から、血塗が血を吐き出す。

 ただの人間なら間違いなくこの量を吐いたら失血死ケース一直線だ。しかし、呪霊と人間の混血である九相図達は呪力を血液に変換出来る特異体質。呪力さえあればいくらでも術式の媒体となる血液を放出できる。

 

 一応身体と術式の試運転も兼ねているのに回避するのもどうかと思ったので、那由多は腕だけにその血液を浴びる。

 じわ、と焼けるような感覚。

 

「……毒?」

「似たようなものです。いきますよ……蝕爛腐術『朽』」

「い、いててて!! なんで血塗の血液なのにオマエが術式使えるんだよ!」

「私たちは血の繋がった兄弟ですので」

「そういうもんなのぉ!?」

 

 ジクジクと身体が蝕まれていく。体表面がゆっくりと分解されている。

 壊相が術式の開示を済ませると、その速度は上がった。

 

「知識として理解していても、実際やるとなると中々目新しいものです」

「それはよかった。ま、ちょっと呪霊には不利かもね」

 

 負傷した部位を切り落として、那由多は新しい腕を生やす。

 ブクブクと泡立ちながら生える肉体に、血塗が声を上げた。

 

「おぉ! 生えた!」

「呪霊は人間混じりのオマエ達とは違って、呪力で幾らでも自己補完が出来る。宿儺の指を取り込んでるなら多少頭は回るだろうし、油断はしない方が良いと思うの」

「成程」

 

 術式のお試しが終わったらあとは肉弾戦。

 ただし、こっちは脹相の視線が怖すぎるのであまり那由多も本腰を入れて、というわけにはいかなかった。

 オマエ達のお兄ちゃん怖いんだけど、と彼女は文句を垂れたが、2人は何処吹く風。寧ろ、かっこいいだろうと自慢される。

 対抗意識が膨らんだので、那由多は呪霊達を呼んだ。

 

「えー? 何? てかそろそろお使い行って欲しいんだけど」

「くだらん用だったら焼き殺す」

「ぶふぅー?」

「漏瑚はお爺ちゃん。暖かいよ! 真人と陀艮は弟分。可愛いよ! 皆仲良しだよ!」

 

 胸を張って仲間を紹介する那由多だったが、脹相は鼻で笑う。

 

「血の繋がりもない癖に」

「心で繋がってるもん!!」

「……儂は戻るぞ」

「てか俺が弟っておかしくない?」

「おかしくない!!」

 

 壊相と血塗は意気揚々とお使いに向かって行った。

 2人が帰ってきたら何して遊ぼうかな、と那由多は玩具箱を漁る。その中には様々な種類の遊び道具が入っていた。

 虚枝曰く『術師が使う術式の中には既存の物やルールが絡んでくることもあるから、勉強になると思うよ』とのこと。

 一際大きな箱を取り出す。人間の一生を追体験できる双六だ。

 

「待ってる間これしよーよ!」

 

 弟が心配なのか、貧乏揺すりをし続けている脹相に那由多は声を掛ける。ギロリと睨み上げられたが気にしない。

 暇そうにしていた真人と虚枝も呼んで、4人でゲームを始めた。

 

 クルクルとルーレットを回す。

 

「またマイナスマスなんだけど」

「那由多運悪いね〜」

「……」

「脹相、勝手に車にピンを指すな」

「俺たち兄弟はいつだって一緒だ」

「今一緒じゃないじゃん」

 

 那由多の余計な一言は彼の癪に障ったらしい。もう何度目か数えるのも馬鹿らしいほどに鋭い視線を向けられる。

 怖いよ〜と虚枝の背中に隠れるフリをする那由多。期待を込めて彼女を見上げると、その掌が那由多の頭を上を往復した。

 満足そうに息を漏らす那由多に見えないところで、真人がうえ、と舌を出していた。

 

 車を模したコマは4つ。1つだけ、遥か後方に位置していた。那由多のものだ。

 運の悪い彼女はいつもこんな感じでドベばかり。チリ、と脳が焼けるような感覚。

 ──昔も、こうしてずっと負けっぱなしだったような気がする。

 以前に比べて記憶の欠片が脳を支配することが増えた。那由多は体勢を崩し、虚枝の太ももへ顔を寄せる。

 まるで何か警告を発しているようだ。うるさい。黙って欲しい。

 

「那由多? オマエの番だけど」

「ごめん、飛ばして。そんな気分じゃない……」

「負けそうだからって拗ねんなよ。あ、虚枝、株券」

 

 ルーレットの回る音。脹相はコマを持ったまま、静止している。どこか様子が変だ。

 

「どうした? 脹相」

「早く」

 

 その様子に気付き、虚枝が声を掛ける。無視された真人は彼女を急かすが、彼の手元に株券が手渡されることはない。

 宙に浮いたままの脹相の手。その手に力が込められていき、ミシリとコマが軋む。それでも力が和らぐことはなく、3つのピンが刺された車は粉々に砕け散った。

 

「弟が死んだ」

「あーっ!! コマ壊すなよ!!」

「そういうの分かるんだ」

 

 話を聞いていた那由多がむくりと身体を起こす。

 

「あの2人がそんな簡単に死ぬ? いくら宿儺の指とはいえ、たかが1本でしょ?」

「何が起きた……」

「もー。まだあったかなー」

 

 2人の真剣そうな話を他所に、ぶつくさ言いながら真人は新しいコマを探す。

 虚枝の手元の携帯が鳴った。連絡があったらしい。画面をしばらく眺めた後、彼女は小さく笑いを漏らした。

 

「報告が入ったよ。壊相・血塗を殺したのは呪術高専1年、虎杖悠仁とその一派だ」

「……宿儺の器かあ」

 

 真人の顔が大きく歪む。彼は随分と虎杖悠仁にご執心の様子。目をつけられて可哀想に、と那由多は思った。真人は性格が滅茶苦茶悪いので、虎杖悠仁は今後ろくでもないことしか起こらないだろう。

 そしてもう1人、彼は新しい敵を作ってしまった。兄弟愛の権化、脹相。あれは仇を取りに行くに違いない。

 

「なんで負けたんだろ?」

「虎杖悠仁は宿儺の器だ。毒は効かない。そして、同行者の釘崎野薔薇との相性が悪かったな」

「虎杖悠仁と釘崎野薔薇、か。覚えたぞ」

「復讐ならいつでも手伝ってあげるよ、脹相」

 

 那由多はニコリと笑顔で告げる。

 

「……何のつもりだ」

「私も高専の術師に仲間を弄ばれているんだ。お互い協力して、一緒に復讐完遂しよーよ」

 

 先程は振り払われた手を取り、那由多は半ば無理矢理握手する。

 人と呪いの混じり物。かつて人であった呪い。

 今は呪いの道を歩む彼らがこの先どうなるのかは、誰も知らない。




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那由多の明日はどっちだ

  • しめりけ
  • だいばくはつ
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