【完結】何度やっても君が死ぬ   作:ほほほのほ

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IF:9.この門をくぐる者は

 壊相と血塗の亡骸は間違いなく高専に回収されただろう。そして、ロクな弔いもされずに今頃解剖されているはずだ。

 脹相はギリ、と歯を噛み締める。自分がついて行っていればこんなことにはならなかったはずなのに。

 

 呪霊側に着くと決めたのは、弟達が人とはかけ離れた姿をしていたからだ。3人でここから逃れても、人間たちからは到底受け入れられはしないだろうと。

 自分よりも遥かに大事な弟を失った今、脹相はその敵討ちの為だけにここにいる。

 

 虎杖悠仁。そして釘崎野薔薇。その2人を殺すためには、奴らの計画に協力するのが最も手っ取り早い。

 そいつらを殺したあとは、高専の忌庫から残りの弟達を取り戻し弔ってやる。この血の繋がりがあれば容易いことだ。

 

「待っていろ……弟達よ……!」

 

 

 五条悟が封印されたら、高専で一番の戦力となるのは夏油傑だ。

 虚枝の作戦に乗っかって、無事成功すれば必ずあの男はやってくる。那由多はそう考えていた。

 

 寝転んだまま足を組み変えれば、ギシリと安物のベッドが軋んだ。

 足元には人間の死体。別に那由多が殺した訳ではなく、彼女がやってきた頃には呪霊に殺されていた。

 元凶の呪霊をゆっくり味わいながら、今も尚解放されない仲間のことを憂う。

 

『取り込まれた花御は自我をまだ保っている。そして、驚くべきことに口を割っていないようだよ』

『そんなことあるの?』

『ああ。流石は特級の中でも上澄みの存在だね。だが、戦闘で使役する分には問題ないそうだ。可哀想だよね、那由多?』

『うん。絶対絶対、私が助けてみせる……!』

 

 夏油傑。頭の中で何度もその名前を反芻する。それだけで、暗い感情で魂が覆い尽くされていく。

 魂は本能と理性のブレンド。その割合は各々違うと真人は言っていた。

 

 生来の気質である本能に比べて、理性は後付けのストッパー的な代物であり、那由多にとってはまるで枷を付けられたように身体が押さえつけられているような感覚があった。なんとも煩わしい。

 こんなもの早く捨ててしまいたい。那由多は大きく口を開けて欠伸をすると、少しだけ目を瞑った。

 虚枝から貰った面を外さないように気をつけながら、血まみれの布団を被る。

 夢の世界へ落ちると、いつも通り、那由多は肉の器に閉じ込められていく。

 

 

「ごーじょー」

「んだよ。バランス崩れるから動くな」

 

 目の前には真っ白な毛髪。那由多を閉じ込める肉の器は五条という男におんぶされていた。

 よくよく見れば器は傷だらけだ。あちこちから血が滲んでいて、那由多にまでチリチリと痛みが走る。

 

「ごめん」

「別に。つーかオマエさぁ、靴下もっと長いやつ履けよ。それか硝子みたいにタイツとか」

「締め付けられるの嫌いなんだよね」

 

 おんぶの体勢なので、自然と彼の手は器の太もも辺りにある。生足の感覚のせいか少しだけ彼の耳は赤くなっていた。五条とやらは随分健全な男子高校生らしい。

 傷だらけになったことに何か感じるものがあるのか、器がため息を着くと、五条の肩が跳ねる。

 

「お、い!! やめろ!!」

「え? 何が?」

「耳元で喋んなボケ!!」

「あーごめんごめん」

 

 耳に息が掛かっていたらしい。ほんのりどころではなく耳の先端から根元まで紅潮していた。

 それにいたずら心がくすぐられたのか、器の口端が上がる。

 

「ふぅ〜」

「ぎゃぁっ!!」

 

 わざとらしく口を窄めて空気を噴き出すと、面白いほどにびくりと痙攣する彼。

 もしこの五条が那由多の想像する五条と同じだった場合、最強の名を冠する男の弱点を知ってしまったことになる。

 

 ──しかしこんなこと知ってもなあ。

 耳を責めようとしても無下限のバリアで遮られて終わり。というかその前に叩き潰されるのがオチだろう。

 那由多はただ男女の乳繰り合いを見せつけられただけだ。思わず真顔になってしまった。

 

「テメェマジで落っことすぞ!」

「きゃーやめてー五条様ー」

「全部棒読みなんだよ!!」

 

 五条はグラグラと背中に乗っている器を揺らす。

 落とされないように、器は五条の首に回した腕に力を入れて、より一層身体を彼の背中に押し付ける。

 

「うお……っ」

「あ?」

「………………」

「え、なんで黙るの?」

 

 密着したせいで器に付いている胸の脂肪の存在を強く感じてしまったらしい。盛大に自爆してしまった。

 やあね、人間の男って。那由多は内心唾を吐き捨てた。

 

 空は夕焼け模様。オレンジ色の太陽が沈んでいき、少し青みがかった夜の気配が近付いてきている。

 白髪は陽の光を受けて柔らかな色に染まっていた。器はぐしゃぐしゃと細い髪の毛を乱す。『やめろ』と抗議の声が上がったが、寧ろ大胆に両手でワッシャワッシャと撫で始めた。

 

 やがて器は頭を撫でるのはやめて、五条の顔を覆うように腕を回す。

 六眼を持つ彼にとっては視界を塞がれようが関係ない。しかし、背後から小さく啜り泣く声が聞こえて五条は足を止める。

 

「何泣いてんだよ」

「……いわない」

 

 スン、と鼻を啜る音。

 夕暮れ時らしく、何処かで烏がカアカア鳴く声も聞こえる。ノスタルジーとはこういうことを言うのだろうか。那由多は最近読み始めた本で見た単語をふと思い出した。

 

「言えよ」

「やだ。……いや、そうだな。五条の次の誕生日、それを超えたら言ってあげてもいいよ」

「俺こないだ誕生日だったんだけど!?」

「また来年だね」

「ったく仕方ねえな。まぁ別に俺は寛容だからぁ? 来年とは言わずとも、何年でも何十年でも待ってやっていいけど?」

「来年が無理ならもう良いよ。絶対待たないで」

「人が気ィ使ってんのに何だよ!」

 

 なぜだろうか。那由多はこの約束が果たされることはないと思ってしまった。このあと一体、器に何があったのかなど彼女にはわからないはずなのに。

 ああ、気持ち悪い。胸焼けを起こしたような不快感に襲われる。

 

 自分が一体何者なのか。この世に生まれ落ちた時はそれを知ることを渇望していたのに、今は真逆。

 その片鱗に触れるだけで自分が自分でなくなるような感覚に襲われ、怖気が走った。

 

 那由多の中でゆっくりと、理性が本能を喰らう音がする。やめろ。やめろ。これは私には必要ないものだ。

 呪いの本能の首根っこを掴んで、理性が大きく口を開けた。もし全部呑み込まれたら、自分はどうなってしまう? 

 恐怖が身体を包み込み、那由多は必死に身を捩る。

 

「やめろっ!!」

 

 振り下ろした彼女の拳がベッドのフレームを破壊した。木片が床に散らばる。冷や汗で前髪が髪に張り付いていて不愉快だ。

 内容こそ思い出せないが、最悪の夢だった気がする。

 那由多は苛立ちを紛らわせるように髪を手ぐしで梳かす。寝ていたせいで癖のついた髪は少し指を通したぐらいではちっとも大人しくならなかった。

 

 作戦実行の日──ハロウィンまであと10日近くある。もっと強くならないと。

 那由多は死体が転がった部屋を覚束無い足取りで出て行き、より強い呪いの気配を探した。

 


 

 10月31日、渋谷。

 ハロウィンということもあって、仮装した人間たちがビルとビルの隙間にごった返していた。

 露出度の高い女に集る男、アルコール臭を漂わせて大声で話す集団、面白半分に車をひっくり返そうと騒ぎ立てる人間。

 

「あまり見てていい気分にはなんないね」

「そう? 俺は結構好きだよ」

「え〜真人趣味悪っ」

「だってこの後どうなるか考えたらニヤついてきちゃってさぁ」

 

 駅前のスクランブル交差点にはより1層人が溜まっていた。警察は必死に歩行者の案内をしているが、これでは車も通れないだろう。

 

「さて、始めようか」

 

 少しずつ渋谷の空に帳が降りていく。

 宵闇のカーテンが見えるものは空を指さし、見えないものは虚空を見つめる人々に対し怪訝そうな顔をする。

 そして駅前の交差点に屯していた人を、何かが地下へと引きずり下ろしていった。

 

「人間さんいらっしゃ〜い」

「陀艮、死なない程度にどんどんやっちゃえ」

「真人! 貴様もさっさと手伝わんか!」

 

 呪霊が見えない一般人たちは何が起こっているのかも分からず、戸惑うばかり。僅かに魔の手から逃れた人間は必死にその場から立ち去ろうとする。

 やがて、そこには誰もいなくなった。意味をなさなくなった信号だけがチカチカと点滅していた。

 

「脹相?」

 

 那由多は少しぼーっとしている様子の彼の肩を叩く。

 

「シャキッとしてよ、五条悟を封印できないと虎杖悠仁達殺しにいけないんだよ?」

「分かっている」

「おい待て、宿儺の器は殺すな」

「あー……その話はややこしいから終わったあとにしよう」

 

 真人が無理矢理話を収めて、全員配置に着いた。

 

「漏瑚達は頑張ってるのに私本当に待機でいいのかなぁ」

「いいんだよ。君は君の役割があるんだから」

 

 虚枝の膝の上に乗りながらそわそわと左右に揺れる那由多。『重いよ』と言われ、少しだけ口を尖らす。

 

「重くないよ! ね、陀艮」

 

 ぴょんと陀艮の頭に飛び移ってしがみつく。陀艮はコクコクと頷くので、それ見た事かと那由多は虚枝にドヤ顔を向ける。

 それを軽く受け流して、虚枝は戦況を眺めていた。

 

 一般人を手始めに何人か灰にした後、漏瑚は展延で五条の無下限を中和していく。

 領域展延と生得術式は同時には使えない。五条は無下限をわざと解き、術式を誘発するつもりだった。

 

「ま、そう簡単にはいかないか」

 

 漏瑚はそれに乗らない。展延は無下限を中和する武器であり、五条の猛攻から身を守る盾でもある。

 大量の人間に紛れ、隙を見て攻撃。あくまで彼を消耗させるのみに留める。倒そうなどとは考えていない。

 派手な術式の行使が封じられていても尚、五条の力は呪霊を圧倒していた。冷や汗を垂らしながら、漏瑚は人の間を縫うように逃げ回る。

 

「ちょこまかと……面倒だな」

 

 ──領域展延。五条にとってそれは既知のものであった。

 自力で編み出したのか、どこかから情報を得て習得したのか定かではないが、10年前にそれを使える級友が居たのだ。

 

『どーよ! これでアンタの無下限も形無しってワケだ』

『完全に中和される前にボコってやるから別にヘーキだけど?』

『うるせっ! おい夏油、協力しろ! 2人でこのレイドボス倒すぞ!』

『都合悪くなったら私を呼ぶのやめてくれないか』

『じゃあ硝子も呼んで3対1』

『私まで巻き込まれるとかありえねー。悪いけど断固拒否〜』

 

 過去の記憶が彼の脳内をよぎる。まるで思い出に土足で入り込まれたようだ、なんて。

 思っていたよりも自分は感傷的だったらしい。五条の口角が少しだけ上がった。

 

 閉じ込められた一般人は数を減らし、呪霊が見えずとも元凶らしき五条を避け始める。空間が開けば直ぐに漏瑚を捉えられるだろう。

 全員をここから救うことは不可能だ。五条は心の中で巻き込まれた人々に謝罪する。

 

「その代わり、絶対祓ってやる」

 

 戦闘が行われている所とは少し離れた線路近くで、虚枝は悠々と顎に手を当てる。

 

「まだまだ。五条悟全然余裕じゃん。もっとヒリヒリしないと」

「花御がいたらもうちょい消耗してたかなぁ」

「さぁ、どうだろう? 案外サックリやられちゃったかもね」

「そういうこと言わないの」

 

 那由多は陀艮の頭に乗ったまま、虚枝を咎めるように睨む。刺さる視線を意にも介さず、彼女はただ戦場を見つめるだけだった。

 

 僅かに膠着した戦況を覆すように、ホームに電車が到着する。我先にと人を押しのけ車両に乗り込もうとした男は、真っ先に中に詰め込まれていた改造人間達の餌食となった。

 

「……何考えてやがる」

 

 空っぽになった電車から軽やかな足取りで降りてきた真人は、仲間の姿を見つけて声を掛ける。

 

「漏瑚〜! いや〜空気が美味しいね。恐怖が満ちてる。やっぱり人間少しは残そうよ」

 

 彼は大きく深呼吸して、悪意の籠った笑みを浮かべた。

 

「週末は森に放して狩りをするんだ」

「森ごと焼いていいのか?」

「花御がいなくなったからって拗ねるなよ」

「拗ねてなどおらぬわ」

 

 そして減らした人間を補充するように吹き抜けの結界が砕け散り、穴から大量の一般人が落ちてくる。

 改造人間に蹂躙される者、呪霊達の攻撃に巻き込まれる者。悲鳴と血が飛び交う構内で五条悟が選んだ行動とは──

 

「領域展開『無量空処』」

 

 ──一か八か、0.2秒の領域展開。

 

 マジか、と引き攣った笑いを浮かべた真人、驚愕する漏瑚と脹相、逃げ惑う一般人、それを襲う改造人間。その全てに平等に降りかかる情報の渦。

 まるで時が止まったように、五条以外が静止した。その間に彼は改造人間達を殺戮していく。

 

「うわー! ねえ、アレ大丈夫なの!?」

「思い切ったことするよねぇ。まぁ問題はないよ。一般人にも被害がない程度の無量空処なら直ぐに復帰するはずさ」

 

 那由多は虚枝の肩を掴んで思い切り揺さぶる。その腕を無理矢理剥がして、虚枝はようやく地に足を付けた。

 

「さあ、そろそろ私たちの出番だよ」

 

 彼女は手のひらで小さな立方体を撫で上げる。

 どこか艶やかなその手つきに違和感を覚え、那由多は少しだけ眉間に皺を寄せた。

 




ちなみに今まで主人公がループ中に誰かとアレ的な関係になったことはないです。それどころじゃないんじゃい。

那由多の明日はどっちだ

  • しめりけ
  • だいばくはつ
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