【完結】何度やっても君が死ぬ   作:ほほほのほ

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IF:10.一切の希望を捨てよ

「獄門疆、開門」

 

 五条の足元にあった立方体が音を立てて展開し、その中央の瞳が彼を見つめる。本能的な危機を察知し、その場を離れようとする彼の背後から、懐かしい声が聞こえた。

 

「五条」

 

 思わず振り返る。その先にいたのは、かつての級友。それも、恋慕の情を抱いていた相手。

 あの時と変わらない、頭の上部で一纏めにした髪とプリーツスカートが吹き抜けから降りた風で少し靡いた。

 髪と同じ、真っ黒な睫毛で囲われた丸い瞳が、ゆっくりと半月状に歪んでいく。

 

「久しぶり。……元気だった?」

「──は?」

 

 空を閉じ込めたような青い瞳がそれを映す。

 偽物でも変身の術式でもなく、本物。彼が最強たる所以の一端を担う六眼はそう告げていた。

 

『五条』

 

 彼の脳内に彼女と過ごした学生時代の記憶が流れこもうとした。しかし、別の記憶がそれを妨げるように挟み込まれる。

 

『私も終わったらすぐにそっちへ向かうけど……ヘマはするなよ、悟』

『ハッ、誰に言ってんの?』

 

 単独で帳に突入する前に親友と交わした言葉。過去の思い出に呑み込まれる前に、五条は思い切り頭を振った。

 今、この状況で目の前にいる以上、これは敵だ。

 

 ──とりあえずぶちのめして後で話を聞いてやる。

 

「術式順転──」

 

 五条の脳内時間1分を経過させるためには、まだ足りない。もっと混乱を煽らねば。

 必要な最後のピースは今、彼女の手の内だ。女はその名前を呼んだ。

 

「助けてくれるかな、那由多」

「うん!」

 

 カツン、と床に固いものが落ちる音。

 同時に五条の背中に柔らかな何かが押し付けられる。誰かが背後から抱きついた。発動しているはずの無下限は、敵意の一切感じられない展延でまろやかに溶かされていた。

 

 ──新手? 何故気付かなかった? 

 

 五条は微かに動揺しながらも、すぐに組み付かれた身体を外そうとした。

 少しうねった毛先が五条の滑らかな肌を滑る。いつか誰かを背中に乗せた時と同じ香りがする。

 彼の真っ白な耳の近くで、囁くような声が聞こえた。

 

「駄目だよ、五条」

「……刹那?」

 

 目の前にいたはずの女と同じ声。五条の手の先に込められた呪力が動揺によって霧散した。

 彼は顔を後ろへ向ける。

 白目と黒目の色が入れ替わったような眼球。血を垂れ流したような顔。色彩こそ異常だが、同じ容貌、同じ呪力、同じ術式。彼の六眼は曇りない真実を映し出す。

 

 ──刹那が2人? 

 

 これは一体どういうことなのか。彼の思考回路が少しずつ熱を持っていく。

 

 赤黒く冷たい指先が五条の手に絡みついて、掌印を解く。肌と肌が触れ合った場所から、体温が奪われるようだ。

 暗赤色の手は白磁のような彼の指と指の隙間に入り込んでいく。きゅ、と緩く結ばれた手と手。五条は思わずその手を握り返してしまった。

 

 正面から押し殺したような笑いが聞こえる。妖艶な婦女の声、或いは無垢な幼女の声のようにも思えた。

 1歩ずつ、いつも履いていたショートブーツの踵を鳴らしながら目の前の何かは近付いてくる。まるで自分の領域を食らってしまったように、五条は微塵も動けない。

 

 女は背後の者とは違う方の耳に唇を近付ける。微かな吐息が当たり、五条は一瞬身震いをした。

 それを気に留めることなく、彼女はゆっくりと口を開き、彼に問う。

 

「ねえ、どっちが本物だと思う?」

 

「五条」

 

 未来を憂い、嘆き、希望を込めて喉を引き裂いた彼女。その願いは呪いとなって、最悪の形で産声を上げた。

 呪術師に悔いのない死などない。彼女は悔いを残したまま命を落とし、その残骸は元の主を嘲笑うように人を呪う。善意でできた悪意の塊は、かつての友へと牙を剥く。

 

 ──呪霊。呪霊だが、間違いなく、虚枝刹那。じゃあ、目の前の女は? 

 

 六眼は告げる。どちらも本物。

 いや、そんなことはありえない。どうする、いや、殺せ。殺さなければ。どちらを? どちらかが本物のはずだ。呪霊が本物なら親友を呼べば祓わなくてもなんとかなるか? 違う、今はその選択肢はない。待て、とにかくこの場から離れなければ──

 

 1分という時間は、冷静さを失った五条が結論を出すにはあまりにも短すぎた。

 

 ──やられた! 

 

 彼の呪力を封じ、身動きすらも拘束するように生えた肉の柱。すぐに抵抗をやめ、五条は青い瞳を細くして目の前の女を睥睨した。

 

「ダメでしょ、五条。戦闘中に考え事なんてして」

 

 クス、と彼を揶揄うように笑う女。

 

「……で、誰だよお前」

「虚枝刹那だよ。酷いな、忘れちゃったの?」

「ねえ、虚枝。もういい?」

 

 話の腰を折るように五条から身体を離し、那由多は虚枝の服の裾を引く。虚枝が『好きにするといいよ』と返答すると、那由多は口を下に向けて、嘔吐するように舌を突き出した。

 ビチャビチャと水音を立てながら、彼女が吐き出した無数の低級呪霊達は四方八方に散らばっていく。

 

「夏油傑を探してきてね。人間は……まあ好きにしたらいいよ」

「……那由多、少し目と耳を塞いでいてくれる?」

「え? なんで? ……ま、いいけど」

 

 虚枝の言う通りに那由多は目を瞑り、耳に手を当てる。その無防備な姿に口角を歪ませながら、虚枝は五条の方へ向き直った。

 

「話を戻そうか、五条」

「その顔と声で喋んな。本物はアッチだろ、俺には分かる」

 

 ぐい、と顎で那由多の方を指し示す五条。

 

「なんで分かるんだい? 愛の力と言うやつなのかな。10年は経ったっていうのに……重い男は嫌われるよ、五条悟」

「黙れ」

 

 虚枝は未だ笑みを湛えたまま、ゆっくりと縫合糸を解いていく。彼女は自身の術式について説明したあと、垂れる脳汁を拭い、また糸で頭を縫い合わせた。

 そして、那由多の頭にポンと手を乗せる。

 

「これは確かに虚枝刹那が死後呪霊と化したものだ。私も驚いたよ。最後の抵抗に一撃くれるのかと思いきや、まさか自害するなんてね」

「アイツを殺したのもテメェか」

「ああ。でも正当防衛さ、あっちから襲ってきたんだから。どうやって私の情報を掴んだのかは知らないよ」

 

 動かない那由多の頭を虚枝はするりと撫でる。その口許が微かに緩んだのを見て、五条は歯を食いしばった。

 

「まあ、本物とは言ったけどね。彼女は生前の記憶を有していない──言わば残りカスのようなものさ。君がそこまで心を砕く必要もないよ。これは単なる呪いだ」

「……はっ」

 

 五条は虚枝の言葉を鼻で笑う。そうではないと確信しているように。

 

「まあ、良い拾い物をしたよ……お陰で君をこうして封印できた。さあ、おやすみ五条悟。新しい世界でまた会おう」

「僕はな。オマエはそろそろ起きろよ」

 

 ピクリ、と虚枝の片腕が微かに痙攣した。

 

「いつまでいい様にされてんだ、刹那」

 

 まるで彼の言葉に反応するように、指がバラバラに動き、明らかに指向性を持った動きを見せる。

 その腕の先にあるのは、すぐ側に立っている呪霊の首元。

 

「ゔぇ゙っ!? ……ぁ゙、が……はっ」

 

 その細い首を手折る勢いで力が込められる。手の主は笑みを深め、声を上げて笑う。丁度無量空処によって脳に詰め込まれた情報を処理しきった真人にそれを見せびらかした。

 

「うわ、何してんの」

「真人、見てくれ。君は魂は肉体の先に在ると述べたが、やはり肉体は魂であり魂は肉体なんだよ」

「ぅ、ろ……はな゙じ、……っ!」

 

 身を必死に捩り、自らの首を絞める腕を引き剥がそうと抵抗する那由多。口の端から垂れた涎は顎を伝い、地面へと落ちていく。

少しずつ手の力は失われ、那由多の腕は垂れ下がった。完全に絞め落とされてしまったらしい。

 

「でなければこの現象にも、入れ替え後の私の脳に肉体の記憶が流れてくるのにも説明がつかない。それに、彼女の方にもこの肉体を通して何か影響があるようだからね」

「それって一貫してないといけないこと? 俺と虚枝の術式では世界が違うんじゃない? ……というかいい加減離してやりなよ。死にそうじゃん」

「仮にも特級呪霊、そう簡単には死なないさ。しかし、術式は世界……か。フフ……いいね、素敵だ」

 

 ようやく虚枝はもう片方の腕で那由多の首を絞める手を外す。

気絶したままの彼女はべちゃりと床に崩れ落ちた。

 

「おーい、やるならさっさとしてくれ。流石に見てて気分悪ぃんだわ」

「君のせいでもあるんだけれど。こちらとしてはもう少し眺めていたいが……そうだね、何かあっても嫌だし」

 

『閉門』と虚枝が呟くと、獄門疆は五条を閉じ込めるように元の立方体へと戻っていく。

 

 ──五条悟、封印完了。

 

 床に転がった那由多の目尻から、微かに液体が零れた。

 

「あーもう、気絶してるけどどうするんだよ」

「さぁ? ここに置いておくと五条を助けるために来た術師に祓われてしまうかもしれないから、何処か別の場所に隠すことを勧めるよ」

「だよねー……」

 

 京都校の術師の忘れ形見によって、五条を封印した呪物が動かせないことが露呈してしまった。こちらに意識を失った那由多を放置しておくのは危険だ。

 虚枝はここに残るが、彼女が身を呈して那由多を守るとは思えない。寧ろわざと置いていって囮にしそうだ。真人は仕方なしに那由多を抱え上げる。

 

 脹相は弟の敵討ちのために虎杖悠仁と釘崎野薔薇を殺したい。漏瑚は宿儺を顕現させるために虎杖悠仁に指を食わせたい。

 相反した目的を持つ2人は睨み合うが、真人はそれを仲裁する。

 

「──ゲームをしようよ」

 

 狭苦しい駅の構内で真人の声が響く。

 

「俺が虎杖と先に遭遇したら奴を殺す。漏瑚が先なら指を差し出して宿儺に力を戻せばいい」

「俺が先なら俺が殺る。いいな?」

「おい!」

「お、脹相も参加する? 勿論いいよ」

 

 真人の提案に乗っかってきた脹相。話がおかしな方向に進んでいると感じて漏瑚は声を上げるが、もう彼らは止まらない。

 

 よーいドン、と掛け声を上げて、真人と脹相は上へ向かっていく。陀艮もそれに続いた。

 

「待たんか!!」

 

 それを追いかけるために漏瑚も結局階段を駆け上がることになった。

 1人残された虚枝は、地面にめり込む獄門疆の前で腰を下ろし、独りごちる。

 

「君は、こうなることを分かっていたのかな? ……なんてね」

 

 ふふ、と抑えきれない笑いが零れる。

 魂の形を弄り、肉体すらも改造できる真人。呪いの坩堝である那由多。未だ成長を続ける未熟な呪霊たちは、一体どのような姿へ羽化するのか。

 可能性の塊に彼女の好奇心は擽られっぱなしだ。

 

「どうか、面白いものを見せてくれよ」

 


 

 五条悟は〝最強〟──それは揺るぎない真実。

 しかし彼は1人のときが1番強いと言われるように、全力を出せば周りへの被害が甚大なものとなる。

 それとは全く逆。多くの呪霊を操ることで無力な一般人を守り、周囲の建造物への被害をなるべく最小限に抑えながら任務を遂行できる特級術師がいる。

 

 人呼んで〝最優〟──夏油傑は今、単独で渋谷の地に降り立った。別の任務を終わらせた後、そのままここに直行して来た彼は補助監督から説明を受け、帳の中へ入る。

 五条悟が封印された旨は生徒の爆音じみた伝言で既に彼の耳には入っていた。

 

「全く、どいつもこいつも悟ばかりだね。私の方にもたまには目を向けてもらわないと、妬いてしまうよ」

 

 取り込んだ呪霊を使役できる呪霊操術。今の渋谷のように山のように湧き出る敵への対処は彼の術式が最適だ。

 低級呪霊ですら呪力で強化すれば、一般人を元にした改造人間なら簡単に殺すことができる。

 夏油は無数の呪霊を操作し、ひたすら改造人間の処理と一般人の保護に徹していた。

 

「ハロウィンにこの場所で遊んでいるのなんて、猿ばかりだろう。本当なら助けたくなどないが……流石に真面目にこなさないとね」

 

 コスプレ集団に辟易しつつも、術師としてここにいる以上は一応助けざるを得ない。

 

「……?」

 

 ──呪霊が祓われている。

 

 自身が放った呪霊が少しずつ数を減らしていることに気付き、夏油は眉を顰める。

 冥冥のように使役する呪霊との視界共有は未だ出来ないままだ。何が起こっているのか詳しくは分からない。

 死んだ呪霊達の場所から判断して、元凶は恐らく──渋谷ヒカリエ。五条悟が封印されたであろう場所から何かが這い出ているのだろうか。

 

 この感覚。呪詛師ではなく呪霊。それも数が多い。夏油が強化した呪霊を祓えるのだ、ただの有象無象ではないだろう。

 一瞬、夏油の脳裏に同じ術式を持っていた女の姿がよぎった。しかし、彼女は10年も前に死亡判定が下りている。

 馬鹿な考えはやめだ。

 とにかく術師を通さない帳を壊さねば、親友を助けることも出来ない。微かに生まれた疑念を脳の端へ追いやって、呪霊を偵察に向かわせた。

 

 この状況で連絡網を繋げてくれる補助監督の護衛もしなければいけない。現在まともに動ける唯一の特級術師は大忙しである。




プライベートで色々あって遅れました。すみません。

那由多の明日はどっちだ

  • しめりけ
  • だいばくはつ
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