【完結】何度やっても君が死ぬ   作:ほほほのほ

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IF:11.夢中逢瀬

「おはよ」

 

 鞄を机の横に掛けて、席に座る。珍しく白い先客がいたので、声を掛けた。

 

「ん」

 

 まだ眠いらしい。机に突っ伏していた五条は少しだけ頭を上げて、こちらを一瞥したあとまた俯いてしまった。

 夏油と硝子はまだ来ていない。

 少しだけ教室に熱が篭っていたので、私は窓を少しだけ開けた。爽やかな風が吹いて髪が揺れる。うん、涼しい。

 

 五条の方を見ると、ふわふわ靡く白髪が毛玉みたいでちょっと可愛かった。思わずその頭に手を乗せる。指通りの良い髪は縺れることもない。なんたるサラサラだろうか。羨ましい。

 

「……おい」

「うん? 嫌だった?」

「別に……」

 

 猫みたいに目を細めてリラックスしている様子の五条に、思わず笑ってしまう。

 教室の扉が開いて、夏油と硝子が入ってきた。

 

「2人ともおはよー。一緒なの珍しいね」

「おはよう。途中で硝子と会ったんだ」

「……てか何してんの?」

「ん?」

 

 硝子の視線はうとうとしてる五条と、その頭の上にある私の手。

 

「いやあ、五条って髪フワフワサラサラじゃん? つい」

「ついって」

 

 まあ硝子も髪の毛サラッサラだし、いい匂いするけど。夏油もわざわざ伸ばしているだけあってちゃんとケアしててツヤツヤだけど。五条のこのフワフワさは唯一無二なのだ。

 

 始業時間も近いし、名残惜しいがそろそろ終わろう。最後に軽く全体を撫でて、頭から手を離す。

 

「もう終わり?」

「え、うん。そろそろ始まるし、五条も起きなよ」

「ん……」

 

 むくりと身体を起こして、サングラスを外し寝ぼけまなこを擦る五条。その姿も顔の良さからか名画のようでなんか腹立ってきた。顔がいいって罪だなぁ。

 

 

 昼休み。コンビニで買った1袋5個入りのクリームパンを頬張りながら雑誌を斜め読みする。

 ふと、隣の席から腕が伸びてきた。目にも止まらぬ速さでそれは私のパンを1つ奪い去っていく。

 

「五条!!」

 

 その真っ白な腕を引っ捕らえようとしたが、時すでに遅し。私の昼ごはんの5分の1が奴の口に入っていた。

 早い。早すぎる。術式でも使ってんのかこの野郎。

 

「うーん、安っぽい味」

「人から奪っといてその感想……舐めてんのか」

「てへっ」

「言っとくけどかわいくないから」

 

 ショックを受けて泣き真似をする五条はほっといて、目の前の硝子に慰めてもらうとする。昼食時はいつも椅子を持ってきて、向かい合わせでご飯を食べるのだ。

 

「いやー最悪だね。ま、その雑誌のスイーツでも奢ってもらえば?」

「ん? ……確かに。五条ならいくらでも金持ってるじゃん。いいよね?」

 

 スイーツ特集のページを開いて五条に見せる。

 某有名店のマカロンとか、スイーツタルトとか、最近新しく日本に上陸してきたドーナツとか。どれも美味しそう。

 

「釣り合い取れてなくね? 別にいいけど」

「元はと言えばアンタのせいなんだから、『喜んで奢らせていただきますぅ!』ぐらい言えないのかな」

「誰が言うかよ」

「このっ……!」

 

 ボンボンには分からないかもしれないけど、1つ21円だとしてもクリームパン1つ奪われるのは庶民からすると結構ムカつくのだ。相手が五条だから余計に。

 平然としているその頭にチョップを叩き込む。無下限を展延で中和して、私の手が五条の頭に刺さった。

 

「いってぇ……」

「フ……小学生みたいな悪戯ばかりしてると嫌われるよ、悟」

「そうだぞ五条」

「うるせぇ!」

 

 夏油と硝子の援護射撃もあるし、今日は私の勝ちだな。これ以上奪われないようにクリームパンを急いで口に詰め込んで、麦茶で流し込んだ。

 

「私これから任務だから。五条、後で空いてる日メールで送ってよね」

「へいへい」

 

 よっこらしょ、と席を立って、3人に手を振って教室を出ていく。

 ──違和感。

 何かがおかしい気がする。だが周囲を見渡しても、不審な点は見当たらない。そもそもここは高専。天元様の結界の内側だ。

 ……気のせいだろうか? 

 


 

「伊地知!」

「……夏油、さ……」

 

 帳の外、東京メトロ渋谷駅13番出口付近の歩道橋。その地面に、崩れ落ちるように倒れ込む男の姿。腹を1箇所刺されたようで、そこから血が溢れだしている。

 

「下手人は!?」

「逃げ、まし……」

 

 夏油が伊地知につけていた呪霊は呪詛師に対して必死に抵抗したが、残念ながら一撃食らってしまったらしい。

 袈裟の裾を千切り、伊地知を止血する。傷口を圧迫するその手に思わず力が入った。

 

 ここに来るまでに、何人もの補助監督が負傷していた。幸い死者はほとんどいないが、治療のために一旦高専に戻ることも考えなければいけない。

 夏油が使役するペリカン型の呪霊に入ってもらった補助監督の数は増え続けるばかりだ。

 

 こちらに近付いてくる革靴の足音に、夏油の警戒が高まる。が、見慣れた姿に警戒心を解く。

 

「七海」

「……夏油さん」

 

 元一般企業勤め、現在同業の後輩。確か生徒と共に帳の内側にいたはずでは? 夏油は応急処置の手を止めずに、サングラス越しに彼と目を合わせた。

 

 お互い、ざっくりと情報共有をした。

 特に、家入がここまで来ていることが聞けたのは大きい。補助監督襲撃犯の処理は七海がやると言ったので任せ、夏油は怪我人を家入の元まで運ぶことにする。

 

「術師を通さない帳は猪野君達に任せました」

「ああ。怪我人を搬送し終わって帳が上がり次第、私も地下5階へ向かおう。……灰原はどうした?」

「彼は遠方の任務です。現在こちらに向かってきているみたいですが。……それと言い難いのですが」

「何だい?」

「……例の封印場所に、虚枝さんの姿があったようです」

「は?」

 

 夏油は口を開けたまま少しの間固まった。そして、眉間を親指でガリガリと掻く。

 開きっぱなしの唇の隙間から大きな溜息が漏れた。

 五条が封印されたと聞いたが、大方彼女への恋心でも利用されたのだろう。彼は飄々としているが、懐に入れた人間にはとことん重くなるところがある。

 

「本物か偽物かどうかは分かりませんが、彼女の姿をした何かがいるということは念頭に置いていてください」

「分かった。……死ぬなよ」

「死ぬつもりなど毛頭ありませんよ」

 

 七海は血の跡を辿り、夏油は呪霊に乗って家入の元まで。二人は互いに別の場所へと向かう。

 まさかとは思ったが、本当に刹那がいるとは。偽物だと思いたいが、術式まで模倣できるような精度の術など存在するのか? 

 とにかく今は自分にできることをやるしかない。傷だらけの補助監督を治療するために、夏油は渋谷料金所まで急いだ。

 


 

「……」

 

 やっぱり、何か変だ。

 襲ってくる呪霊をいなしながら、必死に居心地の悪さの正体を探る。動揺のせいか、呪力操作の精密性に欠けている気がする。

 とはいえ、私は腐っても特級。ただの呪霊に負けるような柔な鍛え方はしていない。呪霊玉を呑み込んで、帳を出た。

 

 補助監督の車に乗り込んですぐに、携帯から着信音。パチリとガラケーを開いて、確認してみれば五条からメールが届いていた。

 

『明日暇?』

 

 明日は私も今のところ用事はない。何奢ってもらおうかな。この違和感を探るのはもう少し後にしよう。私はどうも食欲に弱い。

 

「ちょっと、遅刻だよ」

「え? 5分くらいだし別に良くね?」

「アンタね……!」

 

 10時に駅前集合と言っていたのに、平然とした顔で遅れてきやがった。毎回毎回ちょびっと遅刻してくるこの悪癖は、夏油が何度説教しても治らない。ムカつく。

 しかも制服姿である。そんなに気合いは入れてないとはいえ、一応こっちは他所行きの格好してるのに。そんなんだから顔が良くても夏油よりモテないんだよ。

 

「さっさといくよ」

「へいへい」

 

 人の奢りということでお腹はしっかり空かせてきた。まずは雑誌に載ってたソフトクリーム屋さん。

 なんでも通常のものより脂肪分を増やして濃厚なミルク感を楽しめる逸品らしい。楽しみで実はあんまり眠れなかった。

 店の前にいくともう既に行列になっていた。五条は『え? これ並ぶの?』と露骨に嫌そうにしているが、その腕を無理矢理引っ張って列の最後尾に行く。

 

「なあ、これいつまで立ってりゃいいわけ?」

「うるさい、並ぶのもまだ一興。1人じゃないんだし、話してりゃすぐ済むでしょ」

「それもそうか。この間傑とさあ、カレー味のうんこかうんこ味のカレーどっちがいいって話をしてて」

「話題のチョイスがカスすぎる……」

 

 こいつにデリカシーとかそういうものを求めてはいけない。女子と2人で、しかもよりにもよって、ソフトクリームを食べようとしているのに出す話題ではないことがわからないのだろうか。小学生じゃないんだからさ。というか夏油もそんな話するんだ……。

 五条がふざけたことを言って、私が半ギレになるのを繰り返しているうちにレジへ辿り着いた。並んでる時間は短く感じたけど、気苦労がすごい。

 

「私バニラ。五条は?」

「俺チョコとバニラのミックス」

 

 店員さんから商品を受け取って、少し離れたベンチに並んで座った。

 手の中で、純白の三角錐が陽の光で輝いている。地上に顕現した天使か〜? 

 溶ける前に携帯でパシャパシャ写真を撮ってると、五条が横から話しかけてくる。

 

「なんで写真なんか撮んの? さっさと食えばいいじゃん」

「記録だよ。いつか携帯を見返した時に『ああ、こんなこともあったなあ』って思い出に浸る用」

「ふーん」

「自分から聞いといて反応薄いなこの野郎……。ま、記念に撮ってあげるからほら、こっち向いて」

「ん」

 

 五条は案外素直に内蔵カメラの方を向いた。シャッター音がして、ソフトクリームと五条の姿が収められた写真が内部フォルダに入る。ついでに夏油と硝子にも送ってあげよう。

 さて、いつまでも携帯を弄っていると本当に溶けてしまう。ポケットに仕舞って、手の中のソフトクリームを一口。

 

「うっま……」

 

 口に広がる冷たい感覚とミルキーな甘味。並んだ甲斐があったというもの。コーンもサクサクで美味しい。

 ソフトクリームの味を楽しんでいると、つんつんと五条に肩をつつかれる。

 

「何」

「一口ちょーだい」

「……一口だけだよ」

 

 五条に食べかけのソフトクリームを手渡す。正直こいつ口でかいからあげたくないけど。

 彼が大口を開けると、ズゾッと妙な音がして、私のアイスの上半分は無惨にも消し飛んでいた。

 

「ハァ!?」

「声でか」

「ご、五条! バカ、食べ過ぎ!!」

「一口だろ?」

「いやそうだけど!! てか食い方キショ!! あーもうクソ、そっちのも寄越せ!」

「口悪ッ」

 

 折角のソフトクリームを吸引するな。もっと味わえ。

 全長が半分になった私のアイスを奪い返して、白と茶色のソフトクリームを持つ五条の手を掴む。

 できるだけ大きな口を開けて、奴のアイスも食べた。冷たいのを一気に食べたからちょっとだけ頭痛がする。

 

「あ、こっちも美味しい。……じゃなくて! もうホント最低!」

「んな怒んなよ。あと何食いたいの?」

「……この辺に喫茶店があるから、そこいくよ」

「へーい」

 

 ドアを開くと、カラン、とドアチャイムが鳴る。店の中は少し薄暗くて、オシャレなジャズっぽい音楽が流れていた。ああ、良い雰囲気。

 まだ空いているからか、2人なのに大きめの席に通された。五条は迷いなくソファの方に腰を下ろす。私もその隣に座る。

 

「……え? なんで隣?」

「私もこっち座りたいんだもん。嫌なら五条が椅子の方行ってよ」

「やだね」

 

 シックな色合いに染められた革張りのソファは座り心地が良い。2人で尻を沈めながら、メニューを見る。

 

「ホットコーヒー2つとホットケーキ、日替わりケーキ、あとフルーツパフェと……」

 

 頼みすぎだろ。私の分はコーヒーとホットケーキだけだ。

 注文の品が届くと、テーブルは全部埋まってしまった。広めの席で良かった……。

 

 綺麗に焼き目のついたホットケーキ。真ん中には四角いバターが乗っていて、じわじわと熱で溶けていく。付属のメープルシロップをかけて、いただきます。

 隣でコーヒーにドボドボ角砂糖を投入してる五条から目を背けながら、私はふかふかの生地を頬張った。うん、美味しい。

 

「なあ、1口──」

「同じ轍は踏まないよ。……ちょっと待って」

 

 ナイフで小さくホットケーキを切り分けて、破片をフォークに刺す。それを五条の口元まで持って行った。

 これなら私の裁量でお裾分けできる。我ながら天才。

 

「はい!」

「オマエさぁ……」

「何? いいから早く食いなよ。冷めるでしょ」

 

 私は五条の唇をホットケーキで突っつく。ぐ、と眉間に皺を寄せながらも、五条はフォークの先の切れ端を口に入れた。

 何故か奴はそっぽを向いて咀嚼する。何なんだ……。そんなに人のホットケーキを思うままに貪りたかったのかこの男。

 

 メープルシロップの甘さを洗い流すように、常識的な量の砂糖を入れたコーヒーを啜る。少しほろ苦いけど、ホットケーキが甘いからこれぐらいが丁度いい。

 

「おい、オマエも食えよ」

 

 私のホットケーキを食べ終わった五条はスプーンでパフェの一部を掬って、こちらに押し付けてきた。スプーンを取ろうと手を伸ばすと、手首を掴んで止められた。

 

「え?」

「こっから食え」

「……いいけど」

 

 多分傍から見ると餌付け体験みたいになってるけどいいのか? 

 生クリームが付きそうなので、横髪を耳にかけて、スプーンを咥えた。しつこすぎない甘さのクリーム、甘酸っぱい苺、柔らかなスポンジが同時に私の味蕾を刺激する。

 これは──三者其れ其れが120%の潜在能力(ポテンシャル)を引き出すに至っている! ……つまり凄く美味しい。

 

「良いパフェだ。まさしくパーフェクト」

「そんだけ?」

「……? うん」

 

 渋い顔をしながら、五条はスイーツを口に運び続ける。山ほどあった食卓の上の皿を全部ペロリと食べ切って、私たちは喫茶店を出た。

 

 その後はフラフラとデパ地下巡りで美味しそうなスイーツを買い漁ったり、グレーズでコーティングされたドーナツをテイクアウトして歩きながら食べたり、30種類ぐらいフレーバーがあるアイス屋さんで3段アイスにチャレンジしたり。とにかく甘味づくしだった。

 

 途中で流石に良心が咎めたので、自腹を切ろうとしたけど、五条に止められた。

 ま、金持ちだし別にいいか。私も別に任務の報酬があるから貧乏って訳でもないんだけど。

 

 寮に帰ると、共同スペースで夏油と硝子がソファに座ってテレビを見ていた。

 

「ただいまー」

「2人ともおかえり。随分大荷物だね……」

「五条にちゃんと奢ってもらったの?」

「バッチリ!」

 

 買ってもらったスイーツを冷蔵庫に入れる。共同キッチンの冷蔵庫はバカでかくて良い。いくらでも入る。

 

「今日はありがとね、五条」

「別に。俺にとっては端金だし」

「悟、こういう時は『どういたしまして』って言うんだよ」

「…………どういたしまして」

「素直でウケる」

「ねー。硝子、隣座るよ」

 

 私も五条も2人が先に腰掛けているソファに座る。共同スペースに置いてあるのはかなり大きめのものだけど、大男2人がいるからちょっと狭い。

 

「今テレビなにやってんの?」

「『海の生き物特集』だってさ。見たことある生き物も沢山いたよ」

「そういえば夏油と五条は沖縄の水族館行ったんだっけ。いいなー、羨ましい」

「私もちょっくら旅行に行ってみたいけど、高専側に止められそう」

「硝子は忙しいもんねぇ」

 

 テレビには頭足類──ミズダコが映っていた。吸盤の部分だけ脱皮するらしく、足を振り回している。

 テレビの専門家が解説している。茹でると赤くなるのは熱で色素が化学変化するかららしい。へぇ。

 

 真っ赤な茹でタコ。それが画面の端に映った。

 その瞬間、心臓をぐちゃりと潰されたような怖気が走る。思わずソファから立ち上がってしまった。

 

「どうしたの?」

「あ、いや……ごめん。ちょっと疲れたから部屋で休もうかな」

「大方悟が連れ回したんだろう、ゆっくり休みなよ」

「連れ回されたのはこっちだっつーの!」

 

 共同スペースから、自室へ向かう。最初は早歩きだったのに、心がそわついていつの間にか走っていた。

 部屋に入って、扉を乱暴に閉める。落ち着かない。息が荒々しいのは、走ったからだけじゃないはずだ。

 

 風呂にも入らないまま、布団に飛び込んで、目を瞑る。何も分からない。ただただ、この身体を蝕む不愉快な感覚を忘れたい。必死にシーツを握り締める。

 いつの間にか、意識は落ちていた。

 




現状
七海:しげもんぶっ殺しゾーン
夏油:硝子のところ
那由多:スヤスヤ……

ファンパレ始めたけど今ってもしかして夏油手に入らないんスか?

那由多の明日はどっちだ

  • しめりけ
  • だいばくはつ
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