【完結】何度やっても君が死ぬ   作:ほほほのほ

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IF:14.母胎回帰

「あ、いたいた」

 

 呪霊に案内されて那由多が行き着いたのは渋谷駅構内のトイレ。その壁に叩きつけられて気絶している虎杖悠仁がいた。

 何故か水浸しになっている床に顔を歪めながら、虎杖のフードを掴んで引き摺る。

 

「なんとか生きてる〜。よかった!」

 

 息も絶え絶え、肝臓辺りに穴が空いていて血が吹き出した跡がある。常人なら死んでいるが、やはり宿儺の器と言うだけあって異常に丈夫のようだ。

 

 残穢や撒き散らされている血液から、恐らく交戦していたのは脹相のはず。弟の仇を殺さずに放置しておくなど考えられない。

 彼にも何かあったのではないかと一瞬那由多は思い、一応姿を探しておくことにした。

 

「さてさて」

 

 虎杖の血に塗れた口元を拭い、那由多は懐から指を取り出す。1本ずつ、確実に取り込ませていく。

 漏瑚から託された1()1()本。頬に刻まれた紋様は消えることなく染み付いている。

 

「今何本だっけ? えーっと、11本食べさせて……」

 

 虎杖から手を離し、指折り数えていく。

 呪力を得るための1本目、五条から食わされたらしい2本目、少年院、八十八橋で3、4本。

 

「15本! 漏瑚が8、9本だったから、それより強いのかぁ……」

 

 呑気に気絶している虎杖の顔からは想像もつかない。那由多がその頬をつついていると、ふと指先が落ちた。

 指先だけではない、その手首に至るまで等間隔に切り落とされて、床に散らばっていた。

 

「ぃ゛、ったぁ……!!」

 

 那由多は思わず切断面を手で抑える。焼き付くような熱さと痛みに悶えながら、膝から床に崩れ落ちた。

 

「うむ。俺が言う前に頭を垂れるとは、中々殊勝な心掛けではないか」

 

 別に好きでこうしたわけではない、と反論しようとしたものの、那由多の口から言葉が紡がれることはなかった。

 

 口内が乾ききって、喉が張り付くような感覚に襲われる。じっとりと汗が滲み、項に髪がまとわりつく。

 今、この場において自分は紛れもなく弱者であり、目の前の男が空気の一片すらも支配しているような錯覚を覚える。

 

「で、何の用だ? 俺は久々に外の空気が吸えて中々気分が良い。聞くだけ聞いてやろう」

「……え?」

「同じことは2度言わんタチでな。早くしろ」

「……用とか別に……ないかも」

「何だと?」

 

 那由多は漏瑚の遺言を果たすためだけに指を食わせた。そこに他の目的は一切ない。

 恐らく羂索や他の仲間は何か思惑があったのだろうが、彼女にとっては知る由もないのである。

 

「というわけで……」

「つまらんな。一体その頭には何が詰まっている?」

 

 ──キン。先程と同じ、不可視の斬撃が飛び、那由多の頭蓋を滑る。

 頭がズレて中身がドロリと零れそうになったのを生やした手で必死に抑えた。疼痛に身を捩り、叫びたくなった。しかし那由多は喉奥で悲鳴を噛み殺し、荒い呼吸をするのみだ。

 

 塵芥を見るような宿儺の目線に気圧されて、那由多は自身の脳漿と血液で出来た床のシミを見つめることしかできない。

 気まずさが蔓延していく中、涼やかな空気と共に白髪の人間が現れる。

 

「宿儺様、お迎えに上がりました」

「……誰だ」

 

 片膝を着き、宿儺へ頭を下げる人物。

 その白髪を一瞥して、宿儺は声を上げる。

 

「裏梅か!」

「お久しうございます」

 

 那由多はその姿に見覚えがある。

 羂索から紹介された協力者のはずだ。どうやら宿儺とは旧知の仲らしい。

 

 完全に場違い空間である。さっさと退散したい。

 那由多は痛む頭と手を治しながら、どうやって退散しようか考えていた。

 

「……!」

 

 少し離れた地で、強力な呪力の起こり。

 真っ先に宿儺が、やや遅れて那由多と裏梅もそれを感知した。

 

「宿儺様?」

「急用だ」

「……左様で」

 

 宿儺の言葉に裏梅は名残惜しそうな顔をする。

 さっさと行ってくれと思いながら、那由多は例の地点にいる呪霊を呼び戻した。少しでも情報が欲しい。

 

 またな、と言い残し、宿儺はその場を立ち去った。感慨深そうに息を吐く裏梅。

 那由多はジロジロと2人のやり取りを眺めていた。不躾な視線に、裏梅が眉根を寄せる。

 

「……先程から何を見ている」

「随分宿儺と仲良しなんだね」

「なかっ…………低俗な言い回しをするな! 私はただあの方に仕えているだけだ!」

「へぇ〜」

 

 あれだけ強ければそりゃあ従者の1人や2人いるか、と那由多は納得し、戻ってきた呪霊から話を聞く。

 伏黒恵の奥の手によって、調伏不可能な程の強さを持つ式神が召喚されたらしい。

 

 わざわざ彼を助けるために宿儺が足を運んだ? 

 アイツがいっていた、宿儺にとっての地雷というのはもしかすると──。

 

「ま、どーでもいっか」

 

 そこまで考えを巡らせたところで、那由多は思考を一旦放棄した。

 漏瑚から託されたものの1つは遂行した。彼女のやるべき事はあと1つ。

 真人の行方はまだ分かっていない。渋谷に撒き散らした呪霊も祓われているのか少しずつ数を減らしていた。

 

「じゃあ、裏梅。私はもう行くよ」

「……まだ居たのか。さっさと去ね」

「ひどい……」

 

 身に纏う冷気のように冷たい態度の裏梅に泣き言を那由多は漏らした。

 

 呪霊に跨り、那由多も駅から離れる。

 宿儺と式神の戦闘に巻き込まれるのもゴメンだ。そこからは少し距離を取ろう。そう考え、空を飛んでいく。

 

 空を漂う呪霊と那由多。渋谷の街並みを一望できる特等席へ座り、水色の髪を探す。

 もしかするとまだ地下にいるのかもしれない。呪霊達には地下を探るように指示を出し、那由多は空からコンクリートジャングルを見下ろす。

 

「……ぅわっ!」

 

 ぞわり。身の毛がよだつ感覚に、思わず小さな悲鳴を上げた。

 凶悪な呪力の放出。その気配は紛れもなく、先程彼女が対峙した呪いの王のものだ。

 先程宿儺が向かっただろう場所からそう離れていない地。円形に空間を切り取ったように、その内部が全て塵へ還っていく。

 

「ありゃ酷い」

 

 その後、火柱が立ち上る。念入りに更地にされた渋谷の地面にはぺんぺん草の1本も生えていないだろう。

 花御が見たら泣いてしまいそうだな、なんて那由多が考えていると、呪霊からの反応があった。

 やはり真人は地下に居たらしい。

 

 呪霊の触覚らしい部位を引っ張って、手綱を引くように自由に空を飛ぶ。1人の特級呪霊は地下への階段へと滑り込んでいく。

 

「特級呪霊ならぬ……特急呪霊! なんちゃって。……はぁ…………」

 

 1人でボケてもツッコミをくれる仲間はいない。虚しく反響する自分の声に侘しさを覚え、那由多の早く合流したいという気持ちが高まった。

 

 


 

 左半身が焼き焦げた男がゆっくりと階段を降りていく。

 意識も朦朧としているのか、その目は虚ろだ。その瞳の奥に、ここではない何かを映しているような気もする。

 

 真人は証明写真機の中に篭もり、男──七海が1歩1歩踏みしめるように足を進める様を見ていた。

 

 七海は時間を掛け、ようやく階段を降りきった。その先には大量の改造人間が出迎えるように待っていた。

 大きく息を吐いて、七海は譫言のように呟く。

 

「マレーシア…………そうだな……マレーシア……クアンタンがいい」

 

 彼に襲いかかる改造人間達。七海は鉈を振るい、それらを両断していく。

 吹き出す鮮血。その赤色は人とは思えぬ姿形でも、彼らが呪霊ではなく、人間ということを証明する一因だ。

 返り血を浴びながらも、それに気を取られることなく七海は鉈を振るう。振るい続ける。

 

 改造人間の数は多い。負傷していることもあって、隙を付かれた七海は反撃を食らい、床へ手を付いた。

 それでも彼は手を止めない。体勢を立て直し、ただ改造人間を殺していく。

 

 ゆっくりと、彼に近付く影が1つ。

 走る足音が1つ。

 

 継ぎ目のある腕が伸び、七海へと触れそうになった、その瞬間。

 

「七海!」

「…………灰原?」

 

 走ってきた男によって腕が引っ張られて、七海は地面へ崩れ落ちた。鉈が床に落ち、カランと高い音が鳴る。

 

「折角の機会だったのに、邪魔されちゃったか」

 

 真人が伸ばした手は空を切った。少し不満気な表情で、目の前のマッシュボブの男を見据える。

 七海は焦る。怪我人の自分は足手まといだ。そして灰原と自分ではこの呪霊にダメージを与える術を持たない。

 撤退すべきだ。だが、それを許してもらえるかどうか──。

 

 その時、階段を駆け下りてきた虎杖。彼は傷だらけの七海と知らない男、真人を目にする。

 

「ナナミン!」

「七海、ナナミンって呼ばれてるの!? 僕もそう呼ぼうかな!」

「やめろ…………というか、今はそんなこと言ってる場合じゃ……」

 

 だが、彼ならば真人に攻撃を通せる。自分と灰原がサポートに徹すれば──勝機が僅かに見えてきた。

 七海は鉈を拾い上げ、しっかりと右手で握りしめる。

 

 しかし、そこで呪霊に乗った那由多も到着。

 風で乱れた髪を梳かしながら、真人に近付いた。

 

「いた! 真人いたー!」

「おっ、那由多じゃん。……ちょっと綺麗になったんじゃない?」

「でしょ。真人、さては私の正体知ってたな?」

「なんとなくね」

「言えよー。……ちなみに生き残ってんの私だけだから」

「…………マジで?」

「漏瑚は夏油傑にやられた。そのあと指と真人を託されて今だね」

 

 その言葉に、虎杖がピクリと反応する。

 

「指……?」

「そーそー。虎杖、さっきまで宿儺だったでしょ? 私が指喰わせたんだよ。いやー、酷かったね! 全部バラバラになってたんだもん」

「へぇ? 俺も見たかったなぁ」

「お、まえたちは…………っ!」

 

 ケラケラと笑う呪霊たちに、虎杖の激情が呼び起こされる。口から怒りの叫びが出そうになったところで、七海は虎杖の肩を叩いた。

 

「落ち着いてください虎杖君。冷静さを失っては相手の思うツボです」

「……ごめん、ナナミン」

 

 呪霊と呪術師。対立する二者が揃い、睨み合う。

 真正面から相手の顔を見ることになり、七海と灰原は思わず息を呑んだ。

 那由多という特級呪霊のその顔。以前は白い面で隠されていて気付けなかったが、死んだはずの彼らの先輩と瓜二つだった。

 

「虚枝さん?」

「……そういうことですか」

「そういうこと、だね」

 

 呪霊は緩く口角を上げる。微笑みながら、彼らから目線をずらす。

 

「真人、準備おっけー?」

「勿論」

 

 真人と那由多は目を合わせ、こくりと頷いた。

 

「来ますよ」

「……ウス!」

「ああ!」

 

 七海の声に応じて、全員が臨戦体勢を取った。

 次の瞬間、真人はストックの改造人間を出し、虎杖と自分を隔離するように肉の壁を作る。

 

「……えっ!?」

 

 てっきり5人で乱闘するものだと思ってた那由多は虚をつかれたように声を上げて固まった。

 壁からは無数の腕が生え、3人を出来る限り遠くへ追いやろうと押し退けてくる。

 

「あ、あのヤロー! やりやがった!」

 

 念の為に真人に自身の呪霊を仕込んでいて良かった。那由多は心底そう思った。

 自由気ままな真人のことは気に入っているが、この状況でもそれを貫き通すとは思ってもいなかったのだ。

 

 何かあれば連絡が入るから問題はない。那由多は腹いせ混じりに壁を蹴ったあと、2人に向き直った。

 

「どうやらコンビネーションはないようで」

「私は……そこそこやる気あったんだけどなぁ……」

 

 那由多はガシガシと頭を掻き、ため息をつく。

 

「まあそれよりも。七海は悪い子だね。私に嘘をついたでしょ」

「何のことだか」

「夏油のこと、黙ってたじゃない」

「敵に情報をみすみす漏らすのはバカだと思いませんか?」

「……それは私のことを言っているのかな」

「どうでしょうね」

 

 那由多は低級呪霊を出しながら、七海と灰原はそれを祓いながら。会話は続く。

 その矛先は七海だけでなく、灰原へも向けられた。

 

「灰原、アンタも。大声を出して逃げるなんて傷ついちゃった」

「僕もですか!? あの時は顔を隠してたので仕方ないと思います!」

「そうかな……そうかも……? いや、こう……魂とかで分かって欲しいのよ。乙女心は複雑だね」

「意味が分かりません!」

 

 左半身が上手く動かせない七海をカバーしながら、灰原は呪霊を殴打する。紫色の液体が飛び散った。

 時折足元が覚束無い様子を見せる七海。

 半身を焼いた熱、改造人間につけられた傷。それらは確実に彼を蝕んでいた。

 

「……七海」

「何です」

 

 呪霊の返り血で汚れた頬を拭いながら、灰原は小声で七海に話しかける。

 

「僕が囮になる。七海は逃げるんだ」

「……は? 何を、言って……」

 

 片目しかない七海の瞳が驚きで見開かれる。

 灰原は目を伏せ、彼に告げる。

 

「早くその傷を治してもらないとまずい。ただでさえ火傷は反転術式が効きにくいんだ」

「……貴方1人を置いていけるわけないでしょう!」

「七海、頼む! 一旦退いて、夏油さんを呼んできてくれないか。夏油さんならきっと!」

「バカを言うな! あの人が来るまでに死んだらどうする!」

 

 最初は小さな囁き声だったが、やがて諍いじみていく。

 それでも2人の相性は良いらしく、呪霊は血をぶちまけて祓われていった。

 やれやれと肩をすくめ、那由多は白く濁った瞳で2人を見つめる。

 

「そもそも……逃がすつもりないんですけど」

 

 那由多は左手を右手で軽く握り込んだ。

 

「領域展開──『託胎併呑禍(たくたいへいどんか)』」

 

 肉色の領域が2人を包み込む。内部は生暖かく、何か得体の知れない液体が床に薄く広がっていた。

 壁面の襞が不気味に蠢き、管のようなものが張り巡らされている。粘液に塗れ、所々が糸を引き、ぬらぬらと光沢を放つ。

 まるで化け物に丸呑みにされたようで嫌に生々しく、怖気を誘う生得領域だった。

 

「七海、こっちだ! シン・陰流『簡易領域』!」

 

 灰原は七海を引き寄せ、自身の簡易領域の中に入れる。

 この領域の必中効果は、七海の知るものと同じならば恐らく「呪霊の攻撃の必中化」と「呪霊を無条件に呪霊玉へと変化させる」の2つ。

 ──だが、本当にそれだけだろうか? 

 

 呪術師が呪霊に転化した例はさほど多くはない。だが、そのいずれも元の人物よりも力は増しているのが殆どだ。

 長年呪術師として生き残り、培ってきた彼らの第六感とも呼ぶべき感覚は、警鐘を鳴らしている。

 

「1つ、領域に引き込むこと」

 

 那由多は目を細めて笑う。呪霊の軍は容赦なく2人に襲いかかった。

 灰原の展開した簡易領域は少しずつ剥がされていく。

 このままでは不味いと分かっていても、呪霊の猛攻を防ぎ切るので手一杯だ。

 

「2つ、真名を知っていること」

 

 小さくなっていく簡易領域。範囲から真っ先に外れるのは当然術者の灰原ではなく七海。

 その筋肉が露出した左腕が領域に晒された瞬間、異常を感じすぐに切り落とす。

 

「これは……!」

 

 切断された腕が歪み、到底人体からは出ていけない音が鳴る。粘着質な水音と骨が軋み、折れる音。その体表は鮮やかな梔子色へ変していく。

 

「ああ、なり損ないだ。残念、残念」

 

 那由多はその腕を足で踏み抜く。ぐちゃ、と柔らかな何かが潰れる音がした。

 そこから飛び出す液体は、呪霊のものと同じ──暗紫色。

 

 呪霊にしか効果を上手く発揮できない領域なら、相手を呪霊にしてしまえ。その方法は彼女は──その身を用て既に知り得ていた。

 

「みんな生まれ直そう、私の(はら)のなかでね」

 

 だが、その外壁にヒビが入る。

 大技を繰り出したのだ。奴が来ないわけがない。那由多は想像通りだと笑みを零した。

 

「無事……ではなさそうだね」

「……夏油さん」

「夏油さん!」

 

 領域は崩れ、構成していた外殻は塵のように消える。

 現れた長髪の男。夏油は三節棍を握って、生傷だらけの後輩を庇うように前へ出た。

 

「夏油……どうか、私たちのために死んでくれない?」

「ウチは勧誘お断りだよ。宗教だろうが死だろうがね」

「袈裟を着てるからって、偉そうにしないでよ」

 

 どこからが強い風が吹き、互いの長く伸びた黒髪が靡いた。




・領域展開
呪霊にしか効果がないなら相手を呪霊にしちゃえばいいじゃない理論。
(一応)主人公が使う技じゃないような気もする。

・宿儺の指
原作だとミミナナが持ってきた分を高専所有カウントにしてます。
本誌で指の内訳発覚したんで11本で合ってるよね……?

那由多の明日はどっちだ

  • しめりけ
  • だいばくはつ
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