【完結】何度やっても君が死ぬ   作:ほほほのほ

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IF:おまけ.蛇足の物語

 呪霊とは人間の負の感情の集まり。

 非術師が誰かを恨んだり、嫌ったり、様々な嫌悪感によって形作られるものであり、呪術師が死の間際に未練を残し、生者への念を拗らせたものでもある。

 

 何にせよそれらは負から始まった存在。そんなものが、真っ当に生きられる道などあるのだろうか? 

 どこかの誰かはそれを追い求め、若き同胞に冠を授けた。どこかの誰かはそうなることを願って己が首に刃を刺した。

 

 ──どちらの選択も、徒花となり腐り果てていく。

 

「どうして決戦をわざわざこんな日にしたのかって? まあ私たちにはロマンチックすぎるよね」

 

 紺色の制服のポケットからスマートフォンを取り、鴉の瞳を媒介にした映像を眺める女。彼女の足下にはいくつもの死体が広がっている。どれも、彼女が第2の人生を与えた者だ。

 それを彼女自身の手で刈り取り、『死滅回游』を終わらせる。全ては無邪気な邪気に塗れた好奇心のままに。

 

「彼女の提案さ。私だって一応アレには()がある。特に不都合のない日付だったしね」

 

 目の前に人がいるというのに、独り言を呟くような素振りで彼女は口を動かし、他者の手足を折り、腹を裂き、点へと変える。

 

「……ま、こんなもんか」

 

 つまらなそうに吐き捨てる彼女の視線の先の小さな画面には、今まさしく命尽きる寸前の呪霊が映っていた。

 

 

 

 五条悟が一番力を発揮するのはどんな時か? 

 彼をとりわけ疎ましく思っていた者は言った。

 ──一人の時だと。

 

 新宿で戦いの火蓋が落とされた両面宿儺と五条悟の最強合戦。その間には誰も立ち入れない。五条と同じ特級である乙骨でさえ足手まといになる程だ。

 

 五条の攻撃に巻き込まれない、もしくは巻き込まれても問題ないこと。彼の足を引っ張らないこと。最低限この2つを満たさなければ、戦場に立つことすらままならない。

 

 だが、失っても問題のない無限の軍隊を使役できる男がいる。夏油は当然、五条の援護に回る手筈になっていた。

 だが、相手側がそれを想定していないわけがない。那由多が彼をマークするように襲来してきた。

 3度目の邂逅、夏油と那由多は再び膠着状態に陥る。

 

「大概しつこいね、君も」

「うーん、それはこっちのセリフなんだけどなー!」

 

 那由多は渋谷の戦いで負った脳の損傷はほとんど回復していない。領域の精度は落ちており、展開回数も1回に限られている。

 だが、そんなことを夏油は知る由もない。

 互いに、何処で切り札(領域展開)を切るか、どれだけ消耗を抑えられるかの駆け引きが行われていた。

 時間をかければかけるほど有利なのは那由多。だが、急いては事を仕損じる。夏油は攻めあぐねていた。

 

 双方が動くに動けない手詰まりの中、それを打ち壊すような凶悪な呪力の起こり。

 世界の法則を捻じ曲げる程の力を持った宿儺の斬撃が──その身に纏う無限ごと五条を断ち切った。

 遥か上空にいた夏油は、地上に落ちる親友の上半身をその目で見てしまった。

 

「…………悟」

 

 敵の目の前とは思えない大きな隙を晒したが、追撃はない。すぐに正気を取り戻した夏油は正面の呪霊へ警戒心を募らせる。

 しかし、那由多は固まったまま、ピクリとも動かなかった。

 何かの罠かとも思ったが、それでも絶好の機を逃すわけもない。夏油は游雲をその頭目掛けて振り下ろす。

 

「……ぁ」

 

 だら、と赤い血液が那由多の顔を汚す。それでも彼女は未だ、呆然としたままだ。薄気味悪さを感じたが、攻撃の手は緩めない。

 

 ──魂というのは、どれだけ近しいものであっても、同一の存在でなければ1つになることはない。

 那由多は真人に名を付けられ、自己を確立した時点で元の刹那とは別物の存在となっている。

 魂の持ち主を底に押し込めて、肉体の主導権を奪い取っただけだ。

 故に、何かしらのきっかけで沈められた魂が呼び覚まされ、浮上することも当然有り得る。

 

「…………五条……?」

 

 つまりは、五条の死という衝撃で刹那自身の魂が叩き起こされ、身体の主導権の奪い合いが発生していた。内部抗争に手一杯の呪霊は外部からの攻撃に対応することは難しい。

 

 パチリ、と大きく那由多が瞬きをした。白濁した瞳が、闇を押し込めたような墨色へ変わる。

 その瞳に既視感を覚え、夏油の手が止まった。

 

「……刹那?」

「──ごめん、夏油」

 

 彼女の指先に、呑み込んだ呪霊たちが集まっていく。自身の全てを凝縮させた弾丸は、迷いなくその頭部へと放たれた。

 風船が弾けたような音がして、爆ぜる。肉片と体液が撒き散らされ、塵となって消えた。

 長きに渡る戦いにしては、あまりにも呆気ない幕引きだった。

 

「まさか、今の謝罪1つで済ますつもりかい……」

 

 親友の死、級友だった呪霊の自爆。様々な感情が沸き立ち、夏油の心を掻き混ぜていく。

 だが、彼に立ち止まっている時間はない。

 夏油は呪霊を操り、転移の術式を持つ術師の元まで急ぐ。

 やることはまだ残っている。まずは、残された肉体も早く弔ってやらねば。

 

 

 

「あー? ここ、どこだよ」

 

 目を覚ました五条。己が今までいたところとはまるで違った光景が広がっていた。

 土産屋やチケットカウンター。かつて星漿体任務の際に見た事のある景色に、五条はここが空港であることを気付く。

 だが、なぜこんなところに。ガシガシと頭を掻きむしりながら、五条はとりあえずその辺の椅子へ腰を下ろした。

 

「なんで空港? つうか誰もいねえし……」

「誰もいないわけではない」

「げっ! 学長!」

「げ、とはなんだ悟」

 

 五条がよく知る恩師とも呼べる男も少し離れた席に座っていた。最後に見た姿ではなく、サングラスもかけていない昔の姿だ。

 

「何なのここ。夜蛾学長は知ってんですかー?」

「死後の世界……と言うやつだな」

「あーやっぱ俺死んだのか」

「ここにいるということはそうだろうな」

 

 夜蛾の言葉に納得したように五条は頷く。無限すら貫通する斬撃が己の身体を切断したことは朧気ながら覚えている。

 

「で、こっからどうしろって?」

「好きにするといい。待ち人がいるならここで時間を潰し、もう満足なら好きなチケットを持ってゲートへ向かうといい」

 

 カウンターのチケット売り場には南行きと北行きの2種だけが置かれていた。あまりにもざっくりとしすぎている。

 北に行ったらどうなるのか、或いは南ならどうなるのかは分からない。その辺は夜蛾にもさっぱりらしい。

 

「学長は?」

「私はまだ待つさ。息子を待たなくてはならん」

「あーそっか。パンダもちっちゃくなったけどなんだかんだ元気そうだったよ」

「その話、詳しく聞かせてもらおうか」

 

 どうやら死後の世界には残念ながら現世の様子を知れるような機能はないらしい。

 

「僕も人づてに聞いただけだけどね」

 

 そう前置きをして、今のパンダの現状や、夜蛾の呪いを受けた楽巌寺の様子などを話していた。だが、それも長くは続かない。

 話題は尽き、暇だ暇だと癇癪を起こし始める五条。

 

「せめて誰か来いよ! 傑! 刹那! 硝子! 七海! 灰原! 伊地知! 歌姫!」

「早死にしろということか?」

 

 夜蛾の言葉に、五条はブスくれた顔のまま「何十年後かでいいや」と呟く。1人は寂しいが、別に彼らにさっさと死んでほしいわけではない。

 ふと彼の頭に浮かぶ、早世した仲間の顔。

 

「つーか刹那はもう死んでんだから来てて良くねー!?」

「呪霊としてはまだ生きているだろう」

「あれ生きてる判定っておかしいだろうが!」

「そんなことは私に言われても知らん」

 

 わあわあと喚く五条。うんざりとしたような夜蛾。

 広々とした空港の中には2人しかいない。

 いや、どこか遠く離れたところに憎たらしい顔の奴がいた気がしたが、五条は見ないフリをした。

 

 喚き散らすことにすら飽き、一眠りでもしようかと五条が椅子に寝転がったとき、新たな来訪者が空港へ現れた。

 

「……ぁ、……?」

 

 それは、一見人間のように見えた。だが、五条がその姿を見ようとすればするほど、輪郭が曖昧になっていく。

 気配も呪霊と人間を反復横跳びするようなものだった。本人──或いは本呪霊も自分のことがよく分からないのか、首を傾げるばかり。

 

「おい」

 

 だが、五条は迷いなくその何かの手首を掴む。

 

「オマエ、誰だよ」

 

 問いかけられた人型は首を横に振る。分からない、と呟く声は涙混じりだった。

 

「ここはどこ、私はだれ、なにをしてきたのかも……全部、わからない」

「あっそ」

「あなたは?」

「……五条悟」

 

 五条の名を聞いて、揺らいでいた輪郭の一部が固まる。

 

「あのさ」

「五条、さん? なんですか?」

()()

「せつ……」

「オマエの名前」

 

 何かは驚いたようにぱちぱちと瞬きを繰り返し、何度もその名を呼ぶ。刹那、刹那。そう言われると、なんだか馴染み深い気もする。

 

「オマエは硝子の親友で、七海と灰原と伊地知の先輩で、歌姫の後輩で、夜蛾先生の教え子」

 

 少しずつ確かになっていく人型。紺色の制服、膝上のプリーツスカート。様々な仕込みがなされている厚底ブーツ。高い位置で結んだポニーテール。

 

「んで、傑の友達」

 

 その瞳は、全ての絵の具を混ぜたように濁っていて、黒かった。

 

「どう、思い出した?」

「なんと、なくは……?」

 

 自身の存在を確かめるように手を握ったり開いたりする彼女。そして、五条を見上げて言った。

 

「あれ? 五条と私は、どんな関係?」

「……あー……うーん…………」

「え、何その微妙な反応」

 

 五条の口から呻き声の様なものが垂れ流される。

 刹那は良くないことを聞いてしまっただろうかと不安になった。

 頭をガシガシを乱暴に掻き、五条は胸を張る。

 

「その先はオマエの目で確かめろ!」

「どうやって!? ……意地悪しないでよ!」

「じゃあ俺がオマエとの思い出話してやるからさ、そっから考えてみろよ」

「思い出……話?」

「おう。長くなるから座ろうぜ、刹那」

 

 小首を傾げる彼女の手を引いて、五条は椅子へ座る。刹那も誘導されるがままに隣へ座った。

 

「時間はどうせまだ沢山あるからさ、聞いてくんね?」

「……うん」

「まずさ、初対面なんだけどオマエが傑と術式同じだからさ、おもしれえと思って喧嘩売って〜」

「嘘でしょ!?」

 

 2人の話は始まったばかり。

 いつかその記憶は蘇るかもしれないし、蘇らないかもしれない。だが、五条の記憶の中に生き続ける自身の姿を刹那は知ることになる。

 ただ、それだけ。

 




Twitterで言ってたやつの修正版です。
元の案よりもだいぶ救いようがある感じになりましたね!

那由多の明日はどっちだ

  • しめりけ
  • だいばくはつ
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