戦闘のあとはもう大変だった。
夜蛾先生には『使用許可は出したが更地にまでしろと誰が言った』って小一時間ではすまないぐらいに説教されたし、拳骨落とされたし。
五条はもう浮かれっぱなし。そりゃそうだ。もはや自分と並べるものはいないと思っていたら、親友が牙を必死に研いで自分へ喰らいついて来たんだから。
「傑、もっかいやろうぜ!」
「少し待ってくれ悟、もう少し鍛錬を積んでからで頼む」
毎日のように再戦を求めている。どんだけ嬉しかったんだよ。
まあ、それはいい。私には直接は関係ない事だし。
それよりも! 重要なのは! 夏油の方!!
極ノ番『うずまき』。百鬼夜行での切り札となったそれをいつの間に習得してたんだ。こっちは領域展開も展延も教えたのに、自分だけこっそり必殺技作ってるのずるいじゃないか。
グダグダ文句を言ってたら流石に夏油も悪いと思ったのか、練習に付き合ってくれた。とは言っても呪霊を練り練りして固めてぶつける。それだけといえばそれだけだ。
「小さくしすぎても、大きくしすぎても制御が案外難しい……」
「そうなんだよ。やる度に全部の呪霊を吐き出す訳にもいかないから小さいうずまきも練習しないといけないな」
じゃあ、ということで夜蛾先生に呪骸を貸してもらった。好き放題動く呪骸に野球ボールぐらいのうずまきを多く当てられた方が勝ち。
勿論呪骸はこちらに攻撃も仕掛けてくる。うずまきの制御、操作を学べるぞ。
「あ、外した」
「速度を上げないと。おっと!」
私のうずまきは的外れな方向へ飛んでいく。呪骸の攻撃を難なく避ける夏油。攻撃をスカした無防備な背中に呪霊の塊を叩き込んだ。1ポイント。
「てかさあ、ちっちゃいけどうずまきするのにも呪霊使うじゃん? 私またあのゲロ雑巾飲み込むの嫌なんだけど」
「フッ」
「なんで今笑った?」
勝ち誇ったような笑みを零す夏油。その顔は余裕で満ちている。お前にうずまきぶつけてやろうか。
夏油が呪骸を思い切り蹴り上げて、そこにうずまきをぶつける。1ポイント。
「刹那は私の領域展開の能力を聞かなかっただろ? 実はね……」
大乗金殊勝──それが夏油の領域展開。私はとにかく展延の方に力を入れていたから領域に関してはマジでどうでもよかった。そのため全然情報を聞いていなかったのだ。
その内容を聞いて私は、もう、思わず構えていたうずまきが暴発するかと思った。
必中効果は呪霊を問答無用で呪霊玉にすること。そして展開後壊されることなく閉じれた時にはその呪霊玉を体内に瞬時に取り込めるらしい。なんと、ゲロ雑巾味なしで!!
む、無法すぎる。領域展開に抗う術のないような呪霊は打つ手がないじゃないか。人間相手なら領域の効果が今一つだから押し合いにも強い。なんてこったい。
「ふざけんなよボケが」
「なんで怒ってるんだい?」
「マジで言ってる?」
はー。めちゃくちゃ大きなため息が出た。副次的効果だな……まさか領域展開がこんな能力だとは思わなかった。
前回と同様に私は『縛り』を上手く使って呪霊玉の味を改善するつもりだった。
呪霊操術の頭おかしいところはそのストックが無限大なこと。それを1日に取り込める量を制限することで、自分のあんまり好きじゃない味にするぐらいなら出来たのだ。
だが領域展開でその必要もほとんどなくなった。アイツは武器庫呪霊を持ってるし、そいつに呪霊玉を一時的に呑み込ませておいて、溜まったら領域展開で取り込む、なんて芸当も出来るだろう。
私には無理だ。もはやこの辺は才能の世界だと分かりきっている。この身体で領域展開は不可能だって自分で分かっていた。つまり私はこの時点で夏油傑の劣化版と化したわけだ。元からそうだろうという意見は受け入れません。
「……」
「まだ怒ってる?」
「怒ってるよ! ゲロ雑巾仲間だったでしょうが私たち!」
「そんな括りに縛られたくないね……」
うずまきを一つだけじゃなく、両手の指分──10個形成して、適当に辺りにぶち込んだ。あわよくば当たりやがれ。
「うずまきの制御が上手くなってるじゃないか」
夏油は軽い身のこなしで避ける。でも回避動作は大きくて隙だらけ。私はその無駄に長い足に足払いを掛ける。
油断していたのかなんかのか、珍しく上手く技が決まって夏油はすっ転ぶ。その隙に無駄に長い腕を掴んで、両脚で挟み腕を思い切り引っ張る。腕ひしぎ十字固めじゃい!
「おりゃああ!!」
「フッ……甘い」
夏油の趣味を知っていますか皆さん? そう、格闘技です。
私の齧った程度の弱関節技はあっさりと抜け出され、逆に私が同じ技をかけられる始末。
「がああああ」
「刹那、もう少し鍛えなよ」
「鍛えてるわああああ!!」
この身体頑張っても筋肉つかないの!
あの、ギブ! ギブだって! 私は床を叩いて必死に意思表示をしているのに夏油は技を一向に解かない。おい! スポーツマンシップが足りないぞ。私の腕がそろそろ限界だ。折れちゃうって!!
私の悲鳴が聞こえたのか、こっちに誰かが向かってくる足音が聞こえる。誰か知らんけど早く私を助けて。
「ん? プロレス?」
「やるなら俺も呼べよ!」
五条と硝子だった。五条が混ぜて混ぜてと周りをウロチョロしだすので夏油はやっと技を解いた。あー痛かった。死ぬのは慣れるけど痛みには一向に慣れないわ。
2人は『久々に呪力なしの肉弾戦しようぜ』と意気揚々と出ていった。勝手に戦え!
残された私はうずまきが何度も当たって動かなくなった呪骸を回収する。後で夜蛾先生に返さないと。
「アイツ全然手加減しなかったんだけど。酷くない?」
「流石クズだね〜」
ニヤニヤしながら硝子は懐からタバコを取り出す。私はライターを硝子のためにいつも持ち歩いているから、火をつけてあげる。硝子は色っぽくふう、と煙を吐き出した。
「刹那さ、なんか最近明るくなったよね」
「そう?」
「最初の時とかさ、目つきやばかったよ。人殺してんのかと思った」
まあ最初の頃は私も荒んでたからね。今は順調に行ってるから大分精神も安定してきた。
「ね、硝子。私にも1本頂戴」
「えー……あとちょっとしかないんだけど」
「後で夏油が買いに行ってくれるよ」
「確かに。じゃああげるわ」
軽くお礼を言ってさっき直したライターを取り出そうとする。懐を漁る手を、硝子が止めた。
「ん」
私と硝子のタバコの先が暫くくっついて、煙の筋がひとつ増えた。口に広がる煙を、この身体では初めてだからゆっくりと肺に吸い込む。じんわりと広がる煙草の風味。うん、マズイわ。
私たちは煙草が短くなるまで、隣同士黙って座っていた。
夏になると、大分新入生たちも高専に慣れてくる。そしてこの辺で大体油断なり慢心なり疲れなりで死ぬ。おお、おいたわしや。
今年は災害の影響で呪霊の発生が多かった。呪霊玉の味を克服したどこかの前髪はボーナスタイムだと言わんばかりに任務に行っていたが。生態系を破壊する気かと言わんばかりの勢いだ。
私も単独任務から帰ってきて、高専の寮へと戻る途中。自販機の前に見慣れた白髪を見かけたので声をかけようと近づいた。
「おーい、ごじょ……」
「オマエ術師やめろ。クソの役にも立たねぇから。今すぐ普通免許取ってこい、MTな。断ったらマジビンタ」
「アンタ何言ってんの?」
どう見てもパワハラだ。後輩と思しき男は涙目になって震えている。そりゃそうだ。特級御三家クソデカ男にこんな圧掛けられて怯えないわけはない。
あ、よく見たら伊地知だ。
「いや、コイツ弱ぇもん。そのうち死ぬぞ」
「心配して言ってるんなら言葉を選んだら?」
「別に? 任務失敗した後でその後処理すんの俺だろ。それがめんどくせぇから言ってんの」
クソガキここに極まれり! 伊地知も呆気にとられている。
「悟」
いつの間にか夏油まで。たくさん呪霊を取り込んできたらしい。心なしかホクホクしている。五条を諭すのは夏油に任せて、私は伊地知のフォローでもしてやるか。
「伊地知」
「は、はい! ……先輩、私のことなんて覚えてくださってたんですね」
「当たり前でしょ。えーっと……ドンマイ!」
駄目だ、これだけしか思いつかない。背後で夏油の呆れたようなため息が聞こえた。
「夏油、あとは頼んだ」
「全く」
私は逃げるようにその場を去る。あれ、私ってこんなに口下手だったかな……。
今日も今日とてうずまきの練習。ボチボチ安定してきたのでもう夏油と一緒にやることもないかな。
2人で椅子に座って休憩していると、灰原がこちらへ駆け寄ってきた。
「夏油さん! 虚枝さん!」
「灰原」
「お疲れ様です!」
「今日も元気だね〜」
ちょうど傍には自販機。私が視線をよこすと、夏油も直ぐに察して灰原に飲み物を勧めた。
「えぇ!? 悪いですよ……コーラで!!」
「私はぶどうジュースね」
「刹那の分を買うとは言ってないよ。というかこの自販機にはないじゃないか」
「じゃあ別の自販機まで買いに行ってくれない?」
「はぁ……」
夏油はコーラを灰原に手渡す。そして私の要求に頭を抱える。私は笑顔で左腕を指差した。夏油は黙って外へと出ていく。私の勝ちだ。
ちなみに高専の自販機にはぶどうジュースはない。悔し泣きしたから覚えてる。
「明日の任務結構遠出なんですよ」
「そうなんだ、大変だね」
「いえいえ、七海と一緒なので全然ですよ! お土産は甘いのとしょっぱいのどっちがいいですか?」
「硝子と食べるからしょっぱいの……じゃなくて。あー……あのさ、その任務私も着いて行っていい?」
「え?」
コーラを片手に持っていた灰原は一瞬キョトンとする。
唯の2級呪霊の討伐任務に一応は特級である私がわざわざ同行するのもまあおかしな話だ。それが本当に2級ならね。
実際は1級相当のものであり、何も起こらなければ灰原が死ぬ。それは大変困る。
「夏油が最近任務に行きまくってるのは知ってるよね? そのせいで私も呪霊取り込みたいのに中々出来なくて……」
「なるほど! そういうことなら大丈夫ですよ! 七海にも後で伝えておきます!」
「ありがとう」
その後も話を弾ませる私たちの前に、金髪の女性がブーツの音を鳴らしながら現れた。
「やあ、君が虚枝君だね? ──どんな男がタイプかな?」
特級術師、九十九由基。任務も受けずに海外をブラブラしてるろくでなし、というのが上層部からの噂だ。
「あー……」
「ん? 答えにくいなら好きな女のタイプでも構わないよ?」
「自分はたくさん食べる子が好きです!」
私が困っているのを察してか、それとも普通に答えたかっただけなのか、灰原が勝手に自分の趣味を吐露する。九十九さんはその答えにほう……と感嘆を漏らした。お気に召したらしい。
「私もよく食べる灰原は好きだね、あはは。また今度ご飯に連れて行ってあげよう」
「えー! いいんですか!?」
この後用事があるようで、それじゃあ失礼しまーす! と灰原はその場を去った。私と九十九さんだけが残される。
「後輩? 素直でカワイイじゃないか」
「そうでしょう。で、特級術師様がわざわざ何をしにきたんですか?」
「なんだ、私のことを知ってるのかい」
「ええ。上層部からよく愚痴られてますよ。マトモに働けって」
「私高専って嫌ーい」
拗ねたように身体を投げ出し、大きなため息をつく九十九さん。とても大人とは思えないな。やるときはやるんだろうけど。
「そう拗ねないでくださいよ」
「冗談だよ、冗談。でも高専と方針が合わないのは本当」
先程までふざけたような態度をとっていたが、急に彼女の雰囲気が真剣味を帯びる。
九十九さんが望んでいるのは今のような呪霊が発生して祓除するような対処療法ではなく、原因療法。
呪霊は人間──それも非術師から漏出した呪力が形を成したもの。ならば全人類の呪力をなくすか、呪力をコントロール出来るように、ようは術師にさせるか。その2択。
九十九さんはそのどちらかを進めようとしていたが、呪力のない人間のサンプルがないから苦労しているらしい。伏黒甚爾は五条が殺しちゃったしね。
「私は呪力をなくす方向がいいと思いますけどね」
「そうかい? しかしサンプルがなくてはねえ……」
「禪院家に確かいましたよ、呪力を持たない天与呪縛の娘が。但し一卵性双生児ですが」
「へえ? それはいいことを聞いた」
背後の窓から差す光が、九十九さんの金髪に反射して眩しい。私は目を細めた。それをどう受け取ったのか、九十九さんが立ち上がる。
「おや、疲れてしまったかい? 悪いね、長話に付き合わせて」
「あ、いえ。ちょっと眩しかっただけです」
色々と。九十九さんはこの世界のことについてちゃんと考えていて、改善するために色々と動いている。
自分勝手な私とは大違いだ。だから傍に居るとなんだか後ろめたくなってくる。
高専の玄関まで九十九さんを見送る。彼女はバイクに跨り、エンジンを吹かす。ヘルメット、ゴーグル、全部似合っていてカッコイイな。
「本当は五条君や夏油君にも挨拶したかったんだけどね。間が悪かったようだ」
「特級は忙しいですからね」
「君も特級だろう? これからは特級同士、4人仲良くしよう」
「……私なんて夏油のお零れで特級認定を貰っただけですよ」
「そう自分を卑下するものでもないよ」
九十九さんは私の頭をぐしゃぐしゃと雑に撫でた。その掌はすごく暖かかった。
最後に、九十九さんは言い残していった。星漿体──理子ちゃんの件。
天元様が口出ししたこともあって、理子ちゃんと黒井さんは無事に暮らしているらしい。理子ちゃんとの同化は失敗したけれど、天元様は安定しているから気にする必要はない、とも。
私は未来を知っている。天元様は〝進化〟して、羂索の手中に収まる。問題大ありだ。
でも私はそれに目を背けた。私にとって大事なのは私と夏油の命だけなのだ。
高専の出入口で黄昏れる私の顔面にペットボトルが投げつけられる。顔面にぶち当たる直前になんとか受け止めた。危ねえ!
「刹那……まさか高専の外にまで行かないと売ってないとはね。知っていたのかい?」
「アッハッハ、何のこと? パシリありがとねー」
■虚枝 刹那
夏バテ中。
誰が呪霊操術の〝じゃない方〟やねん。
■夏油 傑
元気いっぱい。
実は非術師に対して思うところはある。
■灰原 雄
元気いっぱい!!
先輩の奢りで食べるご飯はおいしいです!
■九十九 由基
タイプ聞き忘れた。
R-15タグを追加しました。
那由多の明日はどっちだ
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しめりけ
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だいばくはつ