【完結】エヴァンゲリオンANIMA-1.0   作:サルオ

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【i.合流】

 

 ネルフ本部に死が満ちていく。

 帰宅後の団欒を楽しみにしていた者。

 明日の予定があった者。

 週末の予定を考えていた者。

 恋人がいた者。

 家族がいた者。

 子供がいた者。

 ペットがいた者。

 一人暮らしの者。

 それらを等しく、死が飲み込んでいく。

 銃弾で。

 爆炎で。

 ナイフで。

 泣き叫ぶ者も。

 怒り、立ち向かう者も。

 怯え、逃げ惑う者も。

 正気を失う者も。

 これほどの声が出るものかと驚きながら。

 最期の叫びをあげて死んでいく。

 戦略自衛隊は、そんな叫びを全て無視する。

 知った事ではない。お前らは悪の手先だ。

 人類の滅亡を画策する、イカれたカルト組織だ。

 だから、お前らは死ななくてはならない。

 殺さなくてはならない。

 人類の平和を守るため、

 お前らは全員ここで死ね。

 

 同僚の亡骸を泣きながら引きずる女性職員。戦自隊員は容赦なく銃弾で撃ち抜く。

 

 投降してきた職員たち。戦自隊員たちは一斉に一切の慈悲なく銃弾を浴びせていく。

 

 通路には無数の遺体を跨ぎながら、戦自隊員が通路にある配電盤をこじ開け、銃で破壊していく。

 

 「やめて!助けて!!」と悲鳴が上がる部屋。戦自隊員は手にした火炎放射で焼き殺す。

 

 ネルフ基地内に侵入したVTOL機が、通路に潜んでいたネルフ戦闘員を機関銃で肉塊に変えていく。

 

『全隔壁を閉鎖します!』

『非戦闘員は第87経路にて避難してください!』

 

 館内放送とともに通路が隔壁で遮断されていくが、爆破によってすぐさま破壊される。

 

 ネルフ本部内は地獄と化し、戦自隊員は虐殺を繰り返しながら更に内部へと侵攻していった。

 

 

 ◇

 

 

 第二発令所に絶望的な報告が次々と上がってくる。

 

『地下第三隔壁損壊!』

『第2層に侵入されました!』

 

 青葉の報告を聞いた冬月は、冷静に戦局を分析する。

 

「戦自約一個師団を投入か。占拠は時間の問題だな」

 

「…ああ。時は来た」

 

 それに碇ゲンドウが答える。地獄と化したネルフ本部内にあって、ゲンドウと冬月の二人だけが静観を保っていた。

 

『第二グループ応答なし!』

『77電算室、連絡不能!』

 

「52番のリニアレール、爆破されました!」

 

 青葉の報告が、茫然自失していたミサトの思考を引き戻す。

 

「たち悪いな。使徒のほうがよっぽどいいよ」

 

『無理もないな。みんな人を殺す事に慣れてないもんな』

 

 日向のこぼした愚痴を聞き取ったのか、ミサトの電話の相手が軽い口調で言った。

 

「アンタ……今まで一体…」

「パイロット収容完了!エヴァ弐号機、射出します!」

 

 どこにいたの、とミサトが口にする前に、青葉の操作によって気を失ったままのアスカを乗せた弐号機が射出された。

 

「8番ルートから水深70に固定されます!」

 

 日向の報告にミサトはハッとした。電話の相手も気にはなるが、今はもっと大事な事がある。

 

「シンジ君はまだ見つからないの⁉初号機も急いで発進させて!」

「初号機パイロット、所在位置を捕捉しました!」

 

 焦るミサトが日向に詰め寄る。そこに青葉から報告が上がった。発令所のモニターの一つに映像が映し出される。そこには、階段の下で膝を抱えて座り込んでいるシンジの映像が映し出されていた。

 

 ミサトの顔から血の気が失せる。

 

「なぜ、まだこんなところに…!」

 

 冗談ではない!ミサトは唇を強く噛んだ。

 

 このままではシンジは殺されてしまう。電話の向こうには死んでいたと思っていた男が生きていて、モニターの向こうでは守ろうとしている少年が命の危機に瀕している。

 

 何かの冗談なのか?だとしたら笑えない。

 

 押し寄せてくるアクシデントの波を前に、ミサトの頭は混乱を極めていた。

 

(とにかく、早くシンジ君を救い出さなくちゃ…)

 

 そんなミサトの考えは、次の日向の報告で砕け散る。

 

「ルート47はすでに分断されています!このままではシンジ君が…!」

 

「なんてこと…」

 

 余りにも絶望的な状況を前に、ミサトは気を失いそうになるのを必死で堪えた。

 

 

 

 ミサト達の喧騒を他所に、今まで静観を保っていたゲンドウが静かに立ち上がる。

 

「冬月先生………」

 

 冬月が横をこともなげに見遣る。

 

「あとは頼みます」

 

「わかっている、ユイ君によろしくな」

 

 冬月の言葉を背に受けながら、ゲンドウは発令所を後にした。

 

 待ち望んでいた瞬間の訪れに、喜びと期待で胸を満たしながら。

 

 

 

 ゲンドウの退室に気付く者はいない。

 

『第3層に侵入者!防御できません!!』

 

「Fブロックからもです!メインバイパスを挟撃されました!!」

 

「第3層までを破棄!!戦闘員は下がって!803区間までの全通路とパイプにベークライト注入!」

 

『葛城、状況を教えてくれ』

 

 混乱しながらも必死に指示を飛ばすミサト。手に握っている携帯から加持の声が聞こえるが、ミサトは無視した。

 

 状況がいくら絶望的であっても、諦めてはならない。いま考えることをやめてしまえば、最悪の事態を防ぐことは絶対にできない。

 

 ミサトは拳を強く握り締めた。ミサトの指示に従い、日向がベークライトの注入を実行する。

 

『第703菅区、ベークライト注入を開始。完了まであと30。第730菅区、ベークライト注入を開始。完了まであと20』

 

 ベークライトがその赤い液体で通路を塞いでいく。放置された大量のネルフ職員の死体を諸共に飲み込んで。

 

「これで、しばらく保つでしょ」

 

 ミサトが大きく息を吐きながら、携帯していた拳銃を点検していく。稼いだ時間でシンジを救出するためだ。

 

『葛城…おい、葛城…!』

 

 電話の向こうの加持が騒いでいるが、ミサトは構わずオペレーターたちに告げた。

 

「非戦闘員の白兵戦闘は極力避けて。向こうはプロよ。ドグマまで後退不可能なら投降した方がいいわ」

 

 そう言いながら、ミサトは日向の耳元に近付く。

 

「ごめん、あとよろしく」

 

 日向が返事を返そうとミサトに振り向く。

 

 その時、

 

 

 

『おい!葛城!返事をしろッッ‼』

 

 

 

 加持の声が、発令所に響きわたった。

 

 

 

 

 

「いまの、声は……!」

 

 加持の声を聞き、最初に状況を理解したのは冬月だった。

 

(生きていたのか、馬鹿な…。だが間違いようがない。しかし、この状況で接触してきたということは……)

 

 冬月はこの瞬間、ゲンドウの補完計画に大きなヒビが入ったことを悟った。

 

 

 

 

 

「うっさいわね‼こっちはそれどころじゃないのよ‼」

 

 ミサトが携帯に怒鳴り返す。

 

 さきほどの大声に両耳を塞いでいたオペレーター達は、状況の変化に理解が追いついていない。

 

「いまの声って…」

 

「まさか、加持さん…?」

 

 青葉とマヤが口を開く。

 

「生きていたのか…!」

 

 日向も驚きを隠せない。

 

 そんなオペレーター達を他所に、ミサトは携帯にまくし立てている。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

「マギはハッキングされるしネルフは襲撃されるしシンジ君は孤立しちゃってるし!こっちはコロコロ変わる状況に一つ一つ対処しなきゃなんないの!アンタなんかに構ってるヒマはないのよ!ていうか、生きてるんなら連絡のひとつもよこしなさいよ、このバカっ‼」

 

 ミサトが大きく肩で息をする。これまでミサトが抱えていた不安、不満、恐怖が少しだけ吐き出された。

 指揮官として戦術作戦立案を行い、指示を出す。その際に、部下が死んだことは一度や二度ではない。また、ミサト自身も戦闘に参加し、命の危機に陥ったことも一度や二度ではない。当然、人を殺したことも。

 だがこれほどまで、戦闘員だけでない一般職員まで容赦なく巻き込んで、現在進行形で事態が悪化していっている状況はミサトにとっても初めての事だった。

 アスカは逃がせた。だが、肝心のシンジは依然として命の危機に瀕している。彼を死なせれば、きっとそこで全てが終わる。

 

 これ以上のミスはできない。たとえミサト自身が命を失おうとも、これ以上は。

 

『…………すまなかった』

 

 ミサトの心情を感じ取ったのか、加持が本気で困ったように謝った。

 

『何を言っても言い訳にしかならないが、俺が生きていることを明かす訳にはいかなかった。俺は…』

「言い訳無用!アンタの事情はあとでゆっくり聞かせてもらうわ!私はすぐにでもシンジ君を助けにいかないと…!」

『待て、葛城!』

 

 早口でまくし立てるミサトを、加持が遮る。

 

『シンジ君がどうした?そこにいないのか?』

「いる訳ないでしょ⁉いたらさっさとエヴァに乗せて避難させてるわよ‼」

 

 電話の向こうで、加持が僅かに息を飲んだのをミサトは察した。

 

「わかった⁉こっちは一刻の猶予もないの。良くて全滅。下手したら人類は本気で滅亡するわ。アンタの話は全てが終わったらゆっくり聞くから、もう切るわよ!」

『待て、葛城‼』

 

 電話を切ろうとするミサトを、加持が先程よりも強く止める。

 

『俺が行く。お前はそこに残れ』

 

「………は?」

 

 加持の予想外の発言に、ミサトは一瞬だけ呆けてしまった。

 

「何言ってんの?てか、アンタ今どこに…」

『俺も今、ネルフ内部にいる。シンジ君の場所を教えてくれ。俺が行く』

「ハァッ⁉ちょっと待ってよ、なんなのアンタ。冗談はほどほどに…」

『時間がない。早くシンジ君の居場所を・・・』

 

 電話の向こうで加持が焦っているのが伝わってくる。それを察したミサトは、頭の中で散らばっていたピースがカチっとハマる音を聞いた。

 

「できるわけないでしょ⁉アンタ、内閣のスパイじゃない!戦自側の人間じゃない‼ネルフにいる、ですって?そりゃあそうでしょうねぇ…アンタ、私たちを殺すために来てんだものね‼︎シンジ君もそうやって殺すつもりなんでしょ⁉やらせないわよ、シンジ君は私が……!」

  

『葛城ッ‼』

 

 加持の予想外の怒号に、ミサトは一瞬息を呑んでしまった。

 

『全てが終わったら、俺を殺してくれて構わない。俺を信用できない気持ちはわかる。だが今の俺は、アスカやシンジ君、ネルフのみんなを救うためにここにいる。なんの肩書きもない、ただの加持リョウジとして、だ』

 

 ミサトは加持の言葉に耳を傾けた。加持の言葉に込められた熱意を感じたからだ。

 

『もう一度言う。全てが終わったら、俺を殺してくれて構わない。だから、今は俺を信じてくれ。頼む……』

 

 

 

 

 

『俺にみんなを、お前を、助けさせてくれ』

 

 

 

 

 

 加持の言葉の中にある本気を、ミサトは感じ取った。ミサトの目から、堪えていた涙がとうとうこぼれる。

 

 信じたい。

 

 愛していた男が生きていた事に喜びを覚える『女』としての自分がいる一方で、信用してはならないと警告を発する『軍人』としての自分がいる。『女』のミサトと『軍人』のミサト。その両方が、ミサトの中で熾烈な争いを繰り広げている。

 

「わからない………」

 

 ミサトの口から言葉がこぼれた。

 

「わからないわよ、私だって。なにを信じればいいのかなんて………」

 

 ミサトの本音があふれる。ここに来て、ミサトの精神はとうとう限界を迎えていた。震えそうになる声を必死に隠しながら、ミサトは加持に答えを告げる。

 

「ごめんなさい、加持くん。あなたを信じることはできないわ………」

 

 ミサトにとっての最優先事項。それはシンジの救出だ。加持を愛していたとはいえ、戦自側の人間の可能性が少しでも残る者に、その任務を任せるわけにはいかない。

 

 ミサトにとって、苦渋の決断であった。

 

『葛城………』

 

 加持の声音に隠れる、確かな落胆の色。

 加持は本気だった、と思う。

 答えを告げた後も、信じたいという気持ちはある。

 しかし、譲れない。

 

 ミサトは加持の願いを聞き届けなかった自分に、愛する者を信じきれなかった自分に、微かに苦い嫌悪を覚えた。

 

『……わかった。葛城、もういい』

 

 諦めたような、悟ったような、加持の声。

 

『大丈夫だ、葛城。大丈夫、もういいんだ』

 

「加持くん………」

 

 

 

()()()()()()

 

 

 

「………え?」

「葛城さん‼」

 

 日向が悲鳴を上げる。

 

 振り返ったミサトの目に飛び込んできたのはモニターに映し出された、うずくまったままで戦自隊員2名に銃を突きつけられているシンジの姿だった。

 

『ま、シンジ君がどうなるかはとりあえずそこで見ていくれ。俺も余裕がないからな』

 

 そう言って加持は一方的に電話を切った。

 

 ミサトの目の前で惨劇が繰り広げられようとしている。

 

「加持ぃぃィイーーーーーーッッ‼」

 

 ミサトの怨嗟の声が響き渡った。

 

 

 ◇

 

 

(銃声、爆音。敵は中まで侵入してきてるんだ…)

 

 シンジは自分の置かれている状況を、どこか他人事のように捉えていた。

 

(僕がこのまま、エヴァのところに行かずにいたらどうなるんだろう。みんな死ぬのかな。綾波もアスカもミサトさんも父さんも、僕も…)

 

 ゆっくりと目を閉じる。

 

(もういいんだ。疲れた。もう、何もしたくない)

 

 シンジが自分の殻の中に完全に閉じ籠ろうとした瞬間、

 

 ジャキッ

 

 銃を構える音が聞こえた。

 

「サード発見。これより排除する」

 

 シンジは薄く目を開ける。

 

(人だ。使徒じゃない。なぜ…?)

 

「悪く思うな、坊主」

 

 シンジの頭に銃口が押しつけられる。

 

(死ぬ?死ぬのか、僕?)

 

 状況を理解できないシンジだったが、

 

(いいんだ、もう。死んだって。楽になれるなら……)

 

 シンジは全てを諦めた。

 

 銃の引き金にかけられた指に力が篭る。

 

 

 

 パンッ!パンッ!

 

 

 

 短い銃声が2発。その音に思わず身をすくめるシンジだったが、

 

(死んでない?)

 

 撃たれたのはシンジではなく、目の前の戦自隊員だった。

 

 なぜ?誰が?

 

 シンジの疑問を置き去りに、事態は急激に動き出す。

 

 シンジの目の前でもう一人の戦自隊員が銃を構え直すが、視界の外から飛んできた黒い影が戦自隊員を吹き飛ばす。

 

「悪く思うな」

 

 パンッと1発の銃声が響く。シンジはとっさに目をつぶった。

 

 何かが壁をずり落ち、ドサッと音を立てる。

 

 シンジは恐る恐る目を開き、音のした方を見た。

 

「・・・・・・・・・・・・加持さん?」

 

「よぉ。久しぶりだな、シンジ君」

 

 

 

 ヨレヨレのワイシャツを着た男が、そこにいた。

 

 

 

つづく

 

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