「加持さん…?」
シンジの前に立った加持は、たった今射殺した戦自隊員の死体を蹴り転がし、なんでもないといった風にシンジに振り返った。
「よぉ。久しぶりだな、シンジ君」
「加持さん…生きてたんですか……?」
「あぁ。まぁ、色々あったが、な」
加持はそう言いながらも胸ポケットからタバコを取り出す。しかし、タバコを咥え、火をつけようとしたまさにそのタイミングで加持の携帯が鳴った。加持は携帯を取り出し、着信画面をシンジに見せる。
「見ろ。こわ〜いお姉さんからだ」
その様子にシンジは唖然とするばかりだ。
(なんで…?死んだんじゃなかったのか…?じゃあ、ミサトさんが聞いていたあの留守電はなんだったんだ…?)
混乱するシンジをよそに、加持はタバコに火をつけながら携帯の通話ボタンを押す。
「よぉ葛『アンタ絶対あとで殺すわ‼』
加持の言葉を遮り聞こえてきたのはミサトの怒りの叫び。そばにいたシンジも思わず耳を塞いだ。
『シンジ君!あなた、そんなところで何してんのよ!第一種戦闘配置って聞こえなかったの⁉』
「ミサトさん……」
「まあまあ落ち着けよ、葛城。そんな頭ごなしに怒鳴られちゃあ…」
『アンタは黙ってて!シンジ君、その男は危険よ!急いでその場から離れて、それで早く初号機に乗って‼』
ミサトの言葉に、シンジは顔をしかめる。
「ミサトさん……」
『今は詳しいことを話してる時間はないわ!後で説明するからとにかくエヴァに…』
「ミサトさん‼」
シンジの怒鳴り声に、そばにいた加持だけでなく電話越しのミサトまでが肩をビクッと震わせた。
「嫌です。僕はもう、何があってもエヴァには乗りません」
『シンジ君、こんな時になにを…』
「乗らないって言ってるんですよ!」
シンジは肩で息をしていた。彼の体の内から湧き上がってくる怒りの感情を、シンジ自身も抑えられないようだ。
「なんなんですか、みんなして『エヴァに乗れ』『エヴァに乗れ』って。そんなに僕をエヴァに乗せたいんですか?そんなに僕を人殺しにしたいのかよ⁉」
胸が苦しくて息が詰まりそうな、胃の中のモノを吐き出してしまいそうな、今まで吐露できなかったシンジの本音。
シンジの目から涙があふれた。
「いま襲ってきてるのは使徒じゃない、人間じゃないですか、できるわけないよ!」
『やらなきゃこっちがやられるのよ⁉』
「そんな事どうでもいいよ‼」
ミサトの正論をシンジが強く拒否する。自分がいま欲しいのは、そんな言葉ではないと言うように。
「ここに来てから、いい事なんて何も無かった。いきなり父さんに呼び出されてエヴァに乗って使徒と戦わされて。怖くて、痛くて、何度も死ぬようなツラい目にあわされて、それなのに無理やりエヴァに乗せられて……、もう嫌なんだ。こんなのってないよ、なんで僕がこんな目に合わなきゃいけないんだよ‼」
『無理矢理なんかじゃないわよ!アンタ自分の意思で乗ってたんじゃない!それを今さら…』
「そんなのどうだっていいって言ってるでしょ‼」
シンジの気迫に、ミサトは思わず黙り込んでしまう。そばにいた加持も、黙って成り行きを見守っている。
「結局、みんな同じなんだ……みんなで僕をエヴァに乗せようとしてる。エヴァを動かすために僕を利用してる。誰も僕自身のことなんかどうでもいいんだ……。ねぇ、誰か助けてよ。誰か僕に優しくしてよ…アスカぁ……」
『こんな時だけ女の子にすがって、逃げて、ごまかして!中途半端が1番悪いわよ!』
「待て、葛城。俺が話す」
『ちょっと加持…!』
ミサトの言葉を遮り、加持は構わず電話を切った。
「もうやだ。死にたい。何もしたくない……」
シンジは耳を塞いでうずくまっている。もう、誰の言葉も聞きたくない、というように。
「……シンジ君。少し、話をさせてもらうよ」
シンジは耳を塞いだまま、幼い子供の様にイヤイヤと首を振った。
「ああ、大丈夫。俺が勝手に話すだけだから。気になるようなところがあったら、その部分だけ聞いてくれるんで構わない」
言いながら加持は死んだ戦自隊員の無線を耳に当てる。
『紫のほうは確保しました。ベークライトの注入も問題ありません』
『赤いヤツは射出された模様。目下ルートを調査中』
「こいつは、うかうかしてられないな…」
シンジとエヴァの接触を妨害しようとする戦自の無線を聞いた加持は、シンジに駆け寄ると背を向けてしゃがみ込んだ。
「悪いがシンジ君、いくら俺でも君をお姫様抱っこで連れてくのはなかなか厳しい。俺の背に乗っかってくれないか?」
シンジは返事をしない。
「君が動きたくないなら、それはそれで構わない。俺も一緒にここに残る。2人で一緒にここで死のう。だが、できれば俺は少しでも長く君と話をしたい。シンジ君が少しでも俺の話に興味を持ってくれるなら、俺の背中に乗ってくれると嬉しいかな」
加持はシンジに背中を向けたまま、じっと待った。
やがて、背中に重みを感じた加持は後ろ手にシンジを引き寄せ、一気に立ち上がった。
「ありがとう、シンジ君」
加持はシンジに礼を言うと、一気に走り出した。銃声や爆発音が近づいてくる。急いでこの場を離れなければならない。
「シンジ君。渚カヲルを知ってるね?」
走りながら、加持はポツポツと話し始めた。渚カヲル、という単語にシンジがビクッと震える。
「俺はね、その渚カヲルに命を救われたんだ」
加持の衝撃的な言葉に、シンジはハッと顔を上げた。
◇
「なんなのよ、あの男は!!」
ミサトが勢いよく携帯を地面に投げつける。壊れなかったのは奇跡だ。
「葛城三佐、どうしますか?」
青葉がミサトに指示を仰ぐ。ミサトは軽く舌打ちをすると、拳銃を握り直した。
「私はシンジ君のところに向かうわ!みんなは私の指示通り、ここに残って・・・」
「いや、君もここに残りたまえ。葛城三佐」
いつの間にか隣にまで来た冬月が、厳しい声でミサトを止めた。
「冬月副司令……?」
「サードチルドレンの捕捉を継続!ここもすぐに戦場になる。総員武装確認!」
驚きを隠せないミサトを横に、冬月がオペレーター達に指示を飛ばす。
冬月の指示に納得のいかないミサトは、冬月を睨みつけ食ってかかった。
「冬月副司令、あの男を信じるんですか⁉」
「信じるも何もない。今から君が動いても、何処かですれ違いになる可能性が高い。ならばここでシンジ君と加持リョウジの動向を観測し続けるほうがよほど良い」
「しかしアイツは!」
「彼が我々の味方なのか敵なのか、現段階では判断ができない。その時間も無い。それよりも、我々はここでマギの直接占拠を少しでも長く防ぐために備えるほうがいいのではないかね?……音声は拾えるか⁉」
「はい!」
冬月の指示に日向が迅速に対応する。
『俺はね、その渚カヲルに命を救われたんだ』
ネルフ内の至る所に仕掛けられているマイクが加持の声を拾う。
「なんで、加持くんが渚カヲルを……」
ミサトは、加持の口から『渚カヲル』の名前が出た事に驚きを隠せない。
「それはこれから聞いていればわかる。…君らも早く装備の確認をしたまえ」
ミサトの呟きに、冬月は自身の携帯していた拳銃を確認しながら答えた。その声に、オペレーター達も慌てて自身の机の引き出しを漁り始める。
「……今考えれば侵入者要撃の予算縮小ってこれを見越してのことだったのかな」
青葉がサブマシンガンを確認しながらつぶやく。
「そうかもしれんな。ここまでの強硬策を取るとは正直思わなかったが」
冬月の何気ない一言。その言葉を聞いたオペレーター陣はギョッとした。
「それは、副司令はこうなる事を知っていた、ということですか…?」
「予想はできても、どうしようもないという事はままある。今回はそうだった、というだけだよ」
日向の問いに対し、冬月は涼しげに答えた。
「副司令、やはり貴方は人類補完計画を…」
ミサトが冬月に向けて銃を構えようとしたその時だった。
ボオオオン‼
第二発令所の下層で大きな爆発が起きた。
「なに⁉」
マヤが悲鳴混じりに叫ぶ。
ミサトが爆発の起きた階下に目を向けると、爆発で開いた壁の穴から、盾を構えた戦自隊員が雪崩れ込んでくるところだった。戦自隊員達は手にしたマシンガンを乱射し、階下にいたオペレーターたちを無差別に撃ち殺していく。
第二発令所はあっという間に戦場と化した。
◇
「カヲル君が……?」
加持の背で揺られながら、シンジは加持に聞き返した。
渚カヲルがシンジ達の前に現れたのは、加持が行方をくらましてからずっと後の事だったハズだ。そのカヲルに、加持は命を救われた、と言う。
「少しは興味を持ってくれたかい?」
加持が走りながらシンジに問い返す。シンジはバツが悪そうに目を逸らした。全てを拒絶する態度を取っていたのに、カヲルの名前に反応してしまった事。それに加えて、自分のことを唯一「好きだ」と言ってくれた友人が、自分よりもだいぶ前に加持に会っているという事実に、シンジは軽い嫉妬を覚えたのだ。
「君が思っているような仲じゃないさ」
その嫉妬を見透かしたように加持が笑う。シンジは居心地が悪くなり、身をよじらせた。
「別に、そんなんじゃないですよ」
そんなセリフを呟くシンジに、加持は思わず苦笑する。そのセリフ自体が、まさに典型的な嫉妬する女の子のセリフだったからだ。
「命を救われたって言っても大したことじゃない。彼に会ったのは一回だけ。それもほんの短い時間だけだ…」
加持は走りながらも周囲を警戒する。銃声や爆発音はまだ遠いが、どこから戦自隊員が飛び出してくるかわからない。
このまま走り続ければやがて通路は二手に分かれる。その片方の行き着く先こそが、加持の目指している場所であった。
「だがそんな短い時間でも、彼は色々な情報を与えてくれた。自分が使徒であること、セカンドインパクトの真実、そして人類補完計画とは何か、ということを」
分かれ道に差し掛かる。加持は背負っているシンジごと壁に背を当てて、警戒しながら通路を覗き込んだ。幸いな事に、ここには戦自はいないらしい。通路には無数のネルフ職員の死体が転がっているから、この道を戦自が通った事だけは確かなようだ。
「シンジ君、これから一気にここを駆け抜ける。君は俺にしっかりとしがみついて、何があっても顔をあげるな」
シンジに向かって早口で指示を出すやいなや、加持は意を決して通路に飛び出した。
「ははっ!コイツは運がいい!」
必死にしがみつくシンジには何が『運がいい』のか分からないが、確かに運は彼らに味方していた。
加持は目的の場所にたどり着くまで、必ずどこかで戦自と出くわすと予想していた。
しかし現実はどうだ。どれだけ走っても戦自隊員は全く見当たらない。それどころか、今も聞こえる戦闘音は、加持が走るに連れてどんどんと遠くなっているようだ。
「どうやら奴ら、よっぽど早く仕事を終わらせたいみたいだな!」
戦自隊員たちがここにいないという事は、それはつまり、戦自が第二発令所に殺到しているという事に等しい。加持にとっては幸運だが、発令所に立て籠るミサト達の危険は計り知れない。
(すまん、葛城。しばらく耐えてくれ。俺も後で必ず向かう…!)
加持は必死に走り続ける。この幸運がいつまで続くのかはわからない。できる事なら戦自に出くわさずに目的地に辿り着きたい。
自分で言い出した事だが、子供とはいえ人を一人背負ったまま走り続けるのは相当にキツい。足を前に出すたびに、シンジの体重がダイレクトに加持の足にのしかかってくるようだ。
(タバコ、控えるべきだったな)
肺が酸素を求めて暴れ回る。
血の流れが激しくなり、心臓の爆音が耳元で聞こえる。
見える景色がチカチカと明滅し始め、脳に酸素が十分に行き渡っていないことを知らせてくる。
それでも走るのを止めるわけにはいかない。加持は歯を食いしばり、懸命に走った。
(あそこまで行けば…!)
通路の先に『VISITOR PARKING 667』と書かれたドアが見えた。加持が目指していた場所だ。
(頼むから戦自が待ち構えているなんて事、あるんじゃないぞ・・・!!)
加持は祈りながら、体からぶつかる様にしてドアを開けた。
つづく