【完結】エヴァンゲリオンANIMA-1.0   作:サルオ

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【k.悲嘆】

 

 タタタタタタタッ!

 パパパッ!パパパパパパ……ッ!

 

 鳴り止まぬ銃声。戦自隊員たちの攻撃を、遮蔽物を利用して躱しながら応戦するネルフ職員たち。うっかり顔を晒せば、その瞬間に頭を撃ち抜かれるだろう。

 

 第二発令所での戦闘は膠着状態に陥っていた。

 

 戦自隊員たちの足元には、既に息絶えたネルフ職員たちの死体が転がる。それこそ男女問わず、無差別に。

 

 伊吹マヤは戦闘への参加を忌避し、机の下でうずくまっている。

 

 応戦しているのはミサト、日向、青葉の3人。

 

 冬月はかろうじて生き残っている回線をフル活用し、各所に指示を出し続けている。

 

「かまわん!ここよりターミナルドグマの分断を優先させろ‼」

 

 冬月の指示を背中で聞いていたミサトは歯痒い気持ちでいっぱいだった。本来なら自分が、毅然と振る舞い皆を鼓舞し、指示を振るべきなのに。

 

(私は、何をしているんだろう…?)

 

 渦中にいながら結局は蚊帳の外。人類補完計画の真実の一端を垣間見ておきながら、シンジを救出する立場にあるはずの自分が、こんなところで足止めを食らっている。シンジの救出は加持が、各所への指示は冬月が実行している。

 

(私は、何のために、ここにいるんだろう?)

 

 ミサトは若干の自己嫌悪を感じつつあったが、しかしネルフ全体の戦局を見る限りでは、現状の布陣は最適解と言っていい。発令所内で最も戦闘能力の高い人材は間違いなくミサトだ。そのミサトを戦自の最終目標である発令所、およびマギの防衛に回すのは理想的展開と言っても過言ではない。

 

 冬月もそれを理解しているからこそ加持を放置し、ミサトをここに留めたのだ。加持の出現は冬月にとっても想定外であったが、こと戦闘中において、戦略に織り込んでいなかった『駒』の出現はありがたかった。

 

(もっとも、それは『ネルフの職員にとって』であって、碇の補完計画にとってどうかは知らんがな…)

 

 冬月も碇ゲンドウの補完計画の協力者だ。だが、ゲンドウ自身の思惑に全面的に賛成しているかといえばそうでもない。ゲンドウの補完計画に乗っかったのは偏に、『碇ユイとの再会』というゲンドウとの共通の目的があったからだ。

 

 計画の最終段階に入った時点で、既に必要なピースは全てゲンドウの手中にある。事態も大方予想通りに進んでもいる。よほどの事が起きない限り、ゲンドウは補完計画を完遂するだろう。

 

 だが冬月は感じている。加持リョウジの出現はゲンドウにとっても完全に想定外。生きていた事自体が驚きだが、それ以上に厄介なのが、加持が身を潜めている間に『何をしていたのか』だ。数々の刺客に命を狙われて、それでもなお加持が生き延びたならば、あの男がそのまま大人しく隠れているなんて選択を取るはずがない。必ず、何かを仕組んでいたハズだ。

 

 その『何か』がわからない。

 

 加持の存在をゲンドウに知らせたい。しかし既にゲンドウは計画の最終段階に向けて動き出している。どうにかして連絡を取ろうにも難しい状況だろう。

 

 加えてこの戦闘状況。戦自がここまで踏み込んできた以上、気を抜けば冬月もこの場で命を失いかねない。しかもそれに加えて、ゲンドウの補完計画が始まるまでは本部施設を守り切るというタスクもこなさなくてはならない。故にここを離れるわけにもいかない。正直にいって、ゲンドウのフォローなどしている余裕がないのだ。

 

(まったく、我ながら本当に損な役回りだな)

 

 冬月は心の中でため息をついた。

 

 

 

「あちこち爆破されてるのに、やっぱりここには手を出さないか…」

「一気にカタをつけたいところだろうが」

 

 日向と青葉が応戦しながらも敵の動きを注意深く観察する。

 

「下にマギのオリジナルがあるからじゃない?できるだけ無傷で手に入れたい、んでしょっ!」

 

 ミサトが2人に答えながらも階下に向けて的確に銃弾を撃ち込んでいく。今の銃撃で、間抜けにも盾から顔を覗かせた戦自隊員2名が頭を撃ち抜かれて即死した。

 

 深追いはしない。ミサトはすぐに遮蔽物に身を隠した。

 

(やはりすげえ……!葛城三佐がいるだけで敵戦力が確実に減り続けている。残ってるのは俺たちだけなのに、まだ俺たちだけで防衛できてる‼)

 

 青葉はミサトの勇姿に、心の中で感動を覚えていた。冬月の見立て通り、ミサトの存在は生き残ったネルフ職員たちの士気を鼓舞するのに十分に貢献していた。

 

「ただ……」

 

 ミサトが弾を込め直しながら呟く。

 

「対BC兵器装備が少ないのが痛いわね。使用されたら、ちょっちヤバいわよ」

 

「それと、あと…」

 

 日向がメガネを直しながらミサトのセリフの先を引き継ぐ。

 

「N2兵器も、ですね」

 

 日向がその兵器の名を口にしたのと同時刻。

 

 ネルフ本部のはるか上空にて巨大な光が観測された。

 

 それは凄まじい速度を伴って地上に落下。

 

 第3新東京市に着弾した。

 

 着弾した巨大な光は凄まじい爆発を引き起こし、瞬く間に第3新東京市を吹き飛ばしていく。

 

 衝撃の余波は止まることを知らず数多のビルを薙ぎ飛ばし、異常なまでの熱量は、遂に地下に隠されたネルフ本部が存在するジオフロントの天井を溶解、崩壊させるに至った。

 

「きゃあああああ‼」

 

 爆音の中、マヤが恐怖の叫びを上げる。

 

「あーあ、言わんこっちゃない」

「奴ら加減てものを知らないのかよ」

「無茶をしおる…」

 

 日向、青葉、冬月がそれぞれの感想を口にする。戦自がとうとうN2兵器を使用したのだ。使徒への対抗手段としては大きな戦果を上げてこられなかったN2兵器であったが、ATフィールドを持っている使徒だからこそ効果が望めなかっただけであって、N2兵器が人類にとって最強の火力を持った兵器である事実は揺るがない。

 

「まだよ‼」

 

 ミサトが大声で皆に警告を発する。ミサトの声に反応するかのように、ぽっかりと穴の空いたジオフロントの天井から、追い討ちとばかりに弾道ミサイルの雨が降り注いだ。

 

 ズドドドドドドドドドドドドド……‼

 

 ネルフ本部全体が、余りの攻撃量に立っていられないほどの衝撃に晒される。

 

「イヤッ!もうイヤッッ‼」

 

 マヤの恐怖はとうとう限界に達した。

 

「ねぇッ⁉どうしてそんなにエヴァが欲しいのォォ⁉」

 

 マヤの叫びの答えを、ミサトは知っている。

 

 だが、それをここで答える事になんの意味がある?

 

 ミサトは己の無力さに歯噛みしながら、ただミサイルの雨が止むのを待った。

 

 

 ◇

 

 

 ミサイルの雨は、地底湖にも降り注ぐ。

 

 その爆音は、ネルフ本部からすでに射出され、地底湖の底でうずくまるように身を縮めていた弐号機のもとまで届く。

 

 その音に、エヴァンゲリオン弐号機パイロットである惣流・アスカ・ラングレーはうっすらと目を開けた。

 

「どこ…ここ…」

 

 使徒の精神攻撃によって長い間意識を失い、半ば廃人と化していたアスカである。周囲の状況を認識するだけでも時間がかかるはずであった。

 

「エントリープラグ…弐号機のなか…?」

 

 あたりを見回し、観察して、認識する。

 

 アスカ自身が廃人と化していても、エリートパイロットとして鍛え上げてきた身体が、自分の軍人としてのルーティンを覚えている。廃人と化していたアスカからすれば考えられないほどのスピードで、アスカは現状把握を完了させた。

 

(弐号機に乗っている…。じゃあ今は戦闘中…?)

 

 なぜこの様な状態の自分が?などとアスカは考えない。

 

 求められているから乗る。

 

 そしてアタシがどれだけ優秀でどれだけ一般人とは違うのか、アタシの必要性を世界中の人間にわからせてやる。

 

 それが惣流・アスカ・ラングレーとしての信条、誇りと言っても良い。

 

 しかし、信条や誇りがどれだけ崇高なものであろうとも、今のアスカは心が壊れている。

 

 アスカが操縦桿に手を伸ばす。

 ガチッ 起動せず。

 ガチッ 起動せず。

 

「動かない…なんで?このポンコツ…」

 

 かつてあれだけ溺愛し、自身の誇りの象徴であったエヴァ弐号機。

 それをポンコツ、とアスカは言った。

 

「ふふっ」

 

 だからアスカも本当は気付いている。

 気付いているからこそ、アスカは自嘲する。

 

「そっか…ポンコツはアタシだ…」

 

 湖の底。少女の心はいまだ奮起せず。

 

 そして、少年の心もまた………。

 

 

 ◇

 

 

 体当たりで扉を開いた加持はそのまま地面に倒れ込んだ。当然、背中に乗っていたシンジは放り出され、床面をゴロゴロと転がることになった。加持はすぐさまシンジに駆け寄り、辺りを警戒するように見回す。

 

 駐車場内は静まりかえっていた。幸運が重なったのか、ここにも戦自隊員の姿はない。止めてあるクルマも全て無傷だった。その中には、加持がここまで乗ってきた愛車も混ざっている。

 

(ラッキーの連続。後からぶり返しが来そうで怖いな)

 

 加持は警戒しつつも立ち上がり、ほぅっと息を吐いた。心臓はまだ早鐘を打っていたが、深く息を吸い、ゆっくりと呼吸を整えていく。

 

「シンジ君、立てるか」

 

 返事はない。だが肩が上下しており息をしているのが確認できる。苦痛に耐えている様子もない。十中八九、怪我はしてないだろう。

 

「悪いがここもいつまで安全かわからない。すぐに移動したほうがいい。すまんが俺の車に乗ってくれ。話は車の中でする。その方が落ち着いて話せるしな」

 

 加持がシンジを助け起こそうと手を伸ばす。だがその手を、シンジは強く振り払った。

 

「シンジ君?」

 

「どうして……」

 

 シンジが掠れるような、小さな声で呟いた。

 

「どうして、加持さんはそんな必死なんです…?見捨てればいいじゃないですか、僕なんか。せっかく助かったのに、生きてたのに、バカみたいじゃないですか。カヲル君が何を言ったか知らないですけど、そんな、命を賭けるだけの価値があるようなことなんですか…?」

 

 シンジの目に、再び涙が浮かぶ。

 

「加持さんだって、結局のところ父さんやミサトさんと同じだったじゃないですか。ミサトさんや僕を利用して、色々と探ってたじゃないですか…!今だって、結局僕をエヴァのところに連れてこうとしてるんでしょ⁉」

 

 シンジが加持を強く睨みつける。加持はその視線に、一瞬だが気圧された。

 

 気圧されて、しまった。

 

「やっぱりそうだ…」

 

 シンジが諦めたように笑う。

 

「なんなんだよ、アンタ…。今更のこのこと出てきて、話がしたいだなんて。意味わかんないですよ…。意味わかんないですよ‼」

 

 シンジは勢いよく立ち上がり、加持の胸ぐらを締め上げる。シンジの力は強くはない。日頃から鉄火場をくぐり抜けている加持からすればなおさら。

 

 だが加持には、その手を振り払う事ができない。シンジの言葉が、行動が、必死さが、加持の心を文字通り締め上げているからだ。

 

 シンジの呼吸が荒くなる。目に大粒の涙を溜めながらもその顔には、加持のことを心の底から見下した、侮蔑の笑みを浮かべていた。

 

「ねぇ、何か言ってくださいよ…。僕みたいなガキに胸ぐら掴まれて、情けないと思わないんですか?僕みたいなガキに目論みがバレて、恥ずかしいとか思わないのかよ⁉」

 

 シンジの問い詰めに対し、加持は無言で応える。

 

 情けない。

 

 恥ずかしい。

 

 それはまさにたった今、加持が感じている感情そのもの。

 

 だがそれは、シンジが取った行動に対して生まれた感情ではない。

 

 シンジをここまで追い詰め、こんな事を言わせてしまった、自分に対して。

 

 シンジをこうまで歪めてしまった、彼の周囲の大人の1人として。

 

 加持の目にはただひたすらに、後悔と、申し訳なさと、シンジに対する憐憫だけが宿っていた。

 

「……なんなんですか、その目」

 

 そしてその眼差しは、シンジの心を逆撫でする。

 

「何か言ってくださいよ。あるんでしょ?言いたいこと。なんで黙ってるんですか?……黙ってないで、何とか言えよ!」

 

 シンジが叫ぶ。

 

 加持は何も言わず、すっと目を閉じた。

 

「……ッ‼」

 

 その顔を、シンジは渾身の力で殴り飛ばした。少しだけよろめいた加持であったが、倒れる事はない。呻き声の一つも上げない。

 

 その様子を見たシンジの顔に、より一層の諦めが刻まれる。はぁ、はぁ、と肩で息をし、涙が頬を伝う。

 

 渾身の力で殴っても倒せない、大人という存在。

 

 自分がどれだけ騒いでも泣き喚いても覆せない、力の差の存在。

 

 それはかつて、どんなに泣いても最後まで振り向いてくれることの無かった、シンジの父親を彷彿とさせた。

 

「もしかしたら…って思ったんだ。加持さんなら、僕のこと、わかってくれるかもしれないって…」

 

 シンジの腕が力を失い、ダラリと下がる。

 

「加持さんは、さっき僕に『何かしろ』って言わなかった…。ミサトさんや父さんみたいに『エヴァに乗れ』なんて言わなかった…。ただ背中に乗ってくれないかって、僕に『お願い』をしてくれたんだ……!」

 

 それはシンジの人生において一度もなかったことで。

 

「嬉しかった…!初めて、僕のことを見てくれる人がいたんだって、僕がどんなになっていても『いいんだよ』って言われたみたいで、背中に乗せてくれて、本当に嬉しかったんだ…‼」

 

 だからこそ、加持が自分をどこに連れて行こうとするのか不安になって。

 

「加持さんが…ッ、僕を守ろうとしてくれてるのがわかって…!でも途中で、それは僕をエヴァに乗せるためなんじゃないかって思っちゃって!」

 

 それを加持が否定してくれなかったから。

 

「あぁ…あぁぁ…!」

 

 裏切られたと、思ってしまった。

 

「あああああああああああああああああああ‼」

 

 シンジは声を上げて、泣いた。

 

 自分を取り繕うことのできない、幼い子供のように、赤ん坊のように。

 

 大きな声で泣きじゃくった。

 

 そんなシンジを、加持は思わず抱きしめた。

 

 加持の心に初めて宿った感覚。

 

 この子の痛みを、苦しみを、嘆きを、涙を、どうにかして止めてあげたいという、言いようのない感覚。

 

 或いはこれが『父性』というものなのかもしれない。

 

「すまない、シンジ君…すまない……!」

 

 加持の口から自然と溢れる、謝罪の言葉。それを聞き、加持に縋る様にしがみつくシンジ。

 

 本当はこのまま、シンジの気のすむまで泣かせてやりたい。しかし、事態はそれを許してくれない。

 

 加持の耳に、銃声と、誰かの悲鳴が届く。それは今しがた通ってきた通路の先から聞こえた。 加持は有無を言わさずシンジを抱き抱えると、自分の愛車の助手席にシンジを押し込んだ。

 

 シンジは抵抗しない。そんな気力はもう残っていない。

 

 加持は愛車に乗り込むとすぐにキーを回し、車を急発進させる。

 

 走り出す直前、また誰かの悲鳴が聞こえた気がした。

 

 

 

つづく

 

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