【完結】エヴァンゲリオンANIMA-1.0   作:サルオ

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【l.抗戦】

 

 LCLの水槽の中に浮かぶ、無数の『わたし』だった『モノ』。

 

 感情も魂も持たない、ただの器。

 

 それらが破壊され、粉砕され、中身を巻き散らかして、水中を漂っている。

 

 彼女たちは、いったいなんだったのだろう……?

 

 わたしは、彼女たちをじぃっと眺める。

 

 バラバラになった彼女たちの体、その部品の一つと目が合う。

 

 なぜ、『わたし』は笑っているの?

 

───なぜ、わたしは笑っていないの?

 

 なぜ、『わたし』はそんな姿で平気なの?

 

───なぜ、わたしはそんな姿で平気なの?

 

 『わたし』の体は、もう壊れてしまっているのに。

 

───わたしの体は、『ソレ』ではないのに。

 

 わたしはいったい、何者なの……?

 

 わたしは『3人目』の綾波レイ。

 

 わたしは必要とされたから、ここにいる。前の二人もそうだった。

 

 わたしは彼女たちの代わり。彼女たちができなかったことを、わたしがしなくてはならない。

 

 わたしは必要とされている。

 

 でも、それは一体、何のため?

 

 それは、わたしでないとダメなもの?

 

 それとも、他の『わたし』でもいいもの?

 

 わからない。

 

 わたしは、わたしがわからない。

 

 わたしが生まれてきて、ここにいる意味が、わからない。

 

 わたしは………。

 

「レイ」

 

 不意に名前を呼ばれる。

 

「やはり、ここにいたか」

 

 振り向けば、わたしを必要としてくれる人が立っている。

 

「碇司令……」

 

「約束の時が来た。さあ、行こう」

 

 司令の手がわたしの頬を優しくなでる。

 

「おまえが還るべき場所へ……」

 

 わたしが還る場所。

 

 わたしはそのために生きてきて、ここにいる。

 

 なのに、なぜだろう。胸の奥がズキズキする。

 

 わたしが必要とされた、わたしが生まれてきた理由。

 

 それがわかるこの瞬間を、わたしも待ち望んでいたハズなのに。

 

 わたしはなぜ、スカートの裾を強く握っているのだろう?

 

 

 ◇

 

 

 N2兵器の使用により、ジオフロントは完全に天井を失った。ミサイルの雨も止み、一時的な停戦状態が訪れる。

 

『表層部の熱は退きました。高圧蒸気も問題ありません』

 

 束の間の静けさを取り戻した戦場の上を、戦自の無線が飛び交う。

 

『全部隊の初期配置完了』

 

『了解、そのまま指示を待て。送れ』

 

 山腹から双眼鏡で戦況を確認する戦自の司令官である夏月は、その様子を満足そうに眺めていた。

 

 悪くない。

 

 作戦は自分たちの想像以上に手こずるだろうと想定していた夏月司令官だったが、ネルフの反撃が想定の上を行く事はなかった。作戦遂行に対し若干の遅れがあるものの、十分許容範囲内である。

 

(やはり、エヴァが無ければこんなものか)

 

 油断はしない。数々の使徒を葬り去ってきたエヴァンゲリオンだ。奴らが動き出せば戦況は一気に傾くかもしれない。逆に言えば、エヴァを抑えればネルフは烏合の衆でしかない。だからこそ、エヴァンゲリオンの出現の有無がこの作戦の勝敗を決定する鍵なのだ。

 

 司令官が気を引き締め直そうとしたとき、現場から最新の報告が上がってきた。

 

「現在、ドグマ第3層と紫の奴は制圧下にあります」

 

 司令官の口端が僅かに上がる。

 

「赤いやつは?」

 

「現在ルート確認中。ネルフ側のハッキング妨害のため、難航しております」

 

「構わない。そのまま続けさせろ。飛行部隊に通達!ジオフロントに侵入後、赤いやつの捜索にあたれ。目視で発見した場合、即攻撃を開始せよ。是非の確認は不要!送れ!」

 

『了解、目視で発見した場合、即攻撃を開始。是非の確認不要。送れ』

 

 指示を受けたVTOLが、ジオフロントに次々と侵入していく。

 

(逃しはしない。人類を滅亡に追い込む悪魔ども・・・!お前らは必ずこの場で仕留める!)

 

 司令官は無意識に左胸に、正確には左胸にあるポケット、その中にある、司令官の家族写真に手を当てた。

 

 

 

 

 N2兵器の投下後、一時的ではあるが第二発令所も休戦状態となっていた。ネルフを狙っての攻撃でもあったため、発令所に侵入した戦自隊員たちも衝撃に耐える必要があったからだ。

 

 その隙をミサトは見逃さない。貴重な時間を使い、オペレーターたちに指示を飛ばす。

 

「青葉君、シンジ君の位置確認、できる?」

 

「すみません、この状況ではとても…」

 

「いい、無理をしないで。マヤ、戦えないなら青葉君の仕事を引き継いでシンジ君の位置把握を。日向君は初号機へのルート検索。その間、私と青葉君でこの場を死守するわ」

 

「葛城三佐、防衛には私も加わるよ」

 

 冬月が申し出るが、ミサトは素早く却下する。

 

「副司令はネルフ全体の指揮をお願いします。私はこれから戦闘に入りますので、指揮をする余裕がありません。お願いします」

 

 ミサトの決意を秘めた目に射抜かれ、冬月も強く頷く。

 

 問題はマヤだ。ノートパソコンを取り出しマギとの接続を試みているが、手が震えて上手くいかない。

 

「葛城三佐・・・私、ダメです・・・動けません……!」

 

「泣き言を言ってる場合じゃないわ!早くやって!」

 

「私、もうイヤです‼」

 

 とうとうマヤはノートパソコンを取り落とし、頭を抱えた。

 

「伊吹二尉‼」

 

 ミサトの叱責に、マヤはビクッと身体を震わせた。

 

「アンタが死にたくないのはよくわかってるわ。でも今アンタが動かないとここにいる全員死ぬわよ⁉」

 

 マヤが涙を流しながらミサトを見つめる。マヤの顔は完全に戦意を失った弱卒のソレだった。それを見たミサトはチィッと小さく舌を打った。

 

「アンタが怖いってんなら私が発破かけたげるわ!見てなさい!!」

 

 言うなりミサトは青葉からサブマシンガンを引ったくると、階下の戦自に向かって出鱈目に乱射し始めた。

 

「⁉」

 

 ミサトの突如の攻撃に戦自隊員が2、3人倒れる。戦自隊員たちに僅かな動揺が生まれるが、すぐに盾を構えて防御の姿勢に入る。

 ミサトはそれを見て軽く舌打ちをすると、今度は倒れ込んだ戦自隊員に執拗に銃弾を浴びせ始める。これでもか、というほどに弾丸を浴び続ける戦自隊員は徐々に人としての形を保てなくなり、みるみるうちにただの肉塊と化していく。

 

「葛城三佐⁉」

 

 青葉が驚きの声を上げる。まさか、気でも触れてしまったのか、と。階下の戦自隊員たちも同様に感じたのだろう。肉塊と化していく死体に動揺を隠しきれていない。狂ったように銃弾をばら撒かれ、死体を回収することもできない。

 

「バカね」

 

 ミサトの口端がにぃいっと上がる。青葉がその言葉の真意を問い詰めようとした瞬間、

 

 ボオオオン‼

 

 階下の戦自隊員たちを爆炎が襲った。

 

「壁を爆破してくるくらいだもの。持ってんでしょ?爆弾」

 

 戦自が装備していた構造物破壊用のプラスチック爆弾。誰が持っているかは賭けであったが、ミサトはどうやら当たりを引いたらしい。雨あられと撃ち込んだ銃弾が、死んだ戦自隊員の所持していた爆弾を見事に撃ち抜いたのだ。

 

 爆発を確認したミサトは再びコンソールの影に身を隠す。

 

「これでまたしばらく持つわね…マヤ‼」

 

「はい⁉」

 

 ミサトの突然の呼びかけに、マヤが再びビクッと肩を揺らしながらも応答した。

 

「アンタは死なないわ。ここで私が守るから」

 

「葛城三佐……」

 

「アンタ達もよ!」

 

 ミサトが気合を入れて、日向と青葉に宣言する。

 

「こんなところで私たちは死なない!私達の使命はここの死守。でも死なない!きっとシンジ君が立ち上がってくれる!癪だけど、加持も参戦しているし。私たちは彼らを信じて、ここに残るの!それまでは私が誰一人死なせやしないわ‼」

 

「葛城三佐…」

 

「葛城さん…」

 

「ハッキリ言ってめちゃめちゃ悔しいわ!いまの私にできるのはこのくらいしかないもの、私がみんなの盾になるくらいしかできないもの!でも私たちが諦めたら、本当に全てが終わりよ!ここで歯を食いしばって、最期まで絶対耐え切ってやるわ!だから……!」

 

 ミサトは全館への放送用マイクの電源を押し、

 

「信じていいのよね⁉加持くん‼」

 

 声高に叫んだ。

 

 

 ◇

 

 

(ああ、もちろん!と返したいところだが……)

 

 加持は愛車の運転席でミサトの館内放送を聞いていた。だが、隣には魂の抜けたようなシンジが座席に身体を預けており、とてもじゃないが返答できるような状況ではない。

 

 車内の空気は最悪だった。

 

 加持はとにかく安全な場所を求めて車を飛ばしていた。相当荒っぽい運転だ。ブレーキも踏まずにカーブに突入する。車が跳ね上がる。その度に助手席からゴヅッゴヅッと音が聞こえる。シンジが重力に任せて頭をぶつける音だ。

 

 シンジには、もはや立ちあがろうとするだけの意志が残っていなかった。それがたとえ、自分のためだとしても。

 

「……大人ってのは、本当に残酷だよな」

 

 加持はしみじみと、噛み締めるように呟いた。

 

 大人はいつだって子供に期待する。シンジのような特殊な子だけではない。普通の子供にだって過度な期待を押し付ける。それは例えば受験だったり、スポーツだったり、就職だったり。その期待に応える子供もいるだろう。だが、過度な期待に押し潰されてしまう子供も沢山いるハズだ。

 

 今の状況もそうだ。ミサトの放送。加持自身はミサトと同じ気持ちだが、こんな事態を受け止めて、しかも百点満点で応えることなど、たとえ大人であったとしてもできるわけがない。

 

 そして、これから加持が話すことも、大きな重圧となってシンジを押し潰すだろう。

 

 それでも、縋るしかない。

 

「シンジ君、話をしよう」

 

 加持は自分でも重くなったと感じる口を無理矢理開けた。

 

「これから話すことは、順序立てて説明しなきゃならない。不快に思うかもしれないが、とりあえず聞いてくれ」

 

 シンジは動かない。

 

「その昔、一つの天体と共に生命の卵がこの星に落ちた。それがファーストインパクト」

 

 シンジは動かない。構わず加持は続ける。

 

「宇宙の塵となり、やがて衛星となったその星が地中深く残したもの。その生命の卵がリリス。対して、地球自体が昔から宿していた生命の卵がアダム。それがネルフの上に君臨するゼーレが手に入れた『裏死海文書』に記されていた名前だ」

 

 加持の脳裏に、かつて見た、セントラルドグマの地下深くに磔にされたリリスの姿が浮かぶ。

 

「アダムは自身を含む17の使徒を生み、リリスも同じように1つの使徒を生んだ」

 

 加持が横目でシンジを確認する。シンジは動かない。

 

「シンジ君、俺たち人間はね、本来ならこの星に生まれるハズのなかった18番目の使徒、リリスの使徒なんだ」

 

 車のスピードが上がる。

 

「15年前のセカンドインパクトは、人の手によって仕組まれたものだった。でもそれは、他の使徒が目覚める前にアダムを卵の形まで戻すことによって、本当のインパクトを先延ばしにして被害を最小限に抑えるためだった。他の使徒は、別の可能性だったのさ。俺たちヒトとは異なった人類のね。違ったのは、使徒たちが永遠の命を得る『生命の実』を持つのに対し、俺たちヒトは『知恵の実』を持って生まれたということ。使徒たちが地下のリリスを目指したのは、失われたアダムの代わりにリリスと融合することで『生命の実』と『知恵の実』の両方を手に入れ、『神』に等しい存在となり、地球上の全ての種を滅ぼし、自らが新しい種として生き残るためだったんだ」

 

 シンジは動かない。加持は唇を強く噛んだ。

 

「君たちエヴァのパイロットは全ての使徒を倒し、人類を守ってくれた。…だが、ゼーレや、碇司令はまだサードインパクトを諦めていない。自らが『神』になる事を望んでいる。『神』になり、人類を全て溶かして混ぜ合わせ、一つの新たな生命体へと進化させる。それこそが『人類補完計画』。……渚カヲルが俺に話してくれた事だ」

 

 シンジは、動かなかった。

 

 当たり前だ。こんな話、誰が信じる?

 

 セカンドインパクトは比較的近年に実際に起きた出来事だからまだしも、『生命の実』『知恵の実』『人類の別の可能性』おまけに『神』?話のスケールがデカすぎて、ついていけない。もはやおとぎ話だ。加持自身、渚カヲルから聞かされた当初は面食らったくらいだ。総理に直談判しに行くときも、このおとぎ話にどう信憑性を持たせるかで相当苦心したものだ。

 

 だが、話さなければならない。これは、渚カヲルが命をかけて加持に伝えたかったことなのだから。

 

「彼は、渚カヲルは、自分が死ぬことを理解していたんだろう。相当な覚悟を持っていたハズだ。俺にこの情報を渡した時点で、彼はゼーレを裏切ったことになる。それでも俺を助け出し、情報を与え、その事実を全てから隠し通した。君に出会う、その時まで」

 

 シンジの肩が、少しだけ動いた。

 

 

 ◇

 

 

「サードチルドレンの位置、捕捉しました!」

「ずいぶん早いじゃない?」

「葛城三佐に守られてばかりじゃ、ね?」

 

 先程よりも激しくなった銃撃戦の中、マヤは強がりながらもなんとかしてシンジ達の居場所を掴んだ。

 

「車で移動してるのね、これじゃあ向こうの会話は拾えないわね・・・」

「見つけました!初号機へのルート!」

「どこ⁉」

「非常用のルート20がまだ使えます!」

 

 負けじと日向からも報告があがる。

 

「さっきみたいにマイクで知らせたんじゃ、さすがに間抜けよね」

 

「葛城三佐、私が戦線を代ろう。加持君に連絡を」

 

「お願いします!」

 

 ミサトは一旦戦線から下がり、加持の携帯番号を素早く押した。

 

 

 ◇

 

 

「俺はね、シンジ君。あの時、渚カヲルが目の前に現れたとき、死を覚悟していたんだ」

 

 加持の携帯が震える。ミサトからだったが、加持は無視した。無視をしながら、アクセルを踏み込む。

 

「……いや、したつもりだった。俺は真実に辿り着けず、葛城に本当の想いを伝えることもできず、アスカや君のような若い子達を救うこともできない。俺の中途半端な人生にお似合いの最期だって、本当は諦めてたのさ」

 

 加持の運転がさらに荒くなる。

 

「俺の覚悟なんて、そんなちっぽけなもんだ…。渚カヲルみたいに、本当に死を覚悟なんてしていない。彼は俺に言ったんだ。『君たちには未来が必要だ』って」

 

 シンジの顔が上がる。車の運転のせいじゃない。自分の意思で。それはかつて、シンジ自身が渚カヲルから聞いた言葉と全く一緒だったから。

 

「クク、なんて格好悪いんだろうな、俺は。彼は使徒だ。俺たちとは生き死にを賭けて殺し合うハズの存在だったハズだ。なのに彼は、ただ1つの目的のために、願いを叶えるためだけに自分の命を差し出した。他の誰でもない、君の為だ。シンジ君」

 

 加持は渚カヲルの姿を思い出す。

 

 圧倒的な美を放つ存在。なのに、すぐにでも掻き消えてしまいそうな儚さを持った存在。

 

 その儚さを何に例えば良いだろう。

 

 一瞬だけ輝き消えていく、花火のような儚さか。

 

 降り積もる事なく消えていく、粉雪のような儚さか。

 

 加持にはわからない。わからないからこそ、その生き様が強く刻まれていて。

 

「どんな形でもいい。君に生きて、幸せになってほしいって言っていたよ」

 

 加持自身の本当の願いと重ね合わせる事で、決意を新たにすることができたのだ。

 

「俺は恥ずかしくなった。俺自身の小ささに。あまりに恥ずかしくて、その場で自害したいほどに。だが渚カヲルはそれを止めた。彼は『君たちには』と言った。シンジ君だけじゃない。シンジ君の幸せのために、俺にも、他のみんなにも生きてほしいと願っていた。そこまで聞いたら、もう恥も外聞もどうでもよくなったよ。醜くても浅ましくても、俺はここで死ねないって思った。生きて、君に伝えなきゃいけないって。君や、葛城やアスカ、俺の大切な人達を、今度こそ俺の命を賭けて守りたくなったんだ」

 

 加持が鳴りっぱなしの携帯を手に取る。いい加減に出てやらないとまずいだろう。加持はすぐに通話ボタンを押した。

 

「俺だ」

 

『アンタね!携帯壊れてないんだったらすぐ出なさいよ!』

 

「悪いな、大事な話をしてたもんで…」

 

「いい加減にしてくださいよ」

 

 加持の会話を、シンジが唐突に遮った。

 

「さっきからなんなんですか?カヲル君、カヲル君て。カヲル君の名前を出せば、僕が言う事聞くとでも思ってるんですか…?」

 

「シンジ君…」

 

『良かった!シンジ君も無事ね!』

 

「ミサトさんは黙っててください」

 

『はぁ⁉ちょっと…』

 

 ミサトが何かを言いかけるが、急に電話の向こうが騒がしくなった。ミサトの声が途切れる。

 

 何が起こったのだろう?電話の向こうで増していく緊張感。

 

 

 

 その理由はすぐにわかった。

 

 

 

『加持くん!飛ばして!!』

 

 ミサトが叫ぶのと同時に、強い衝撃が車を襲った。

 

『VTOLよ!狙い撃ちされるわ!』

「こんな時に…っ!」

 

 加持がサイドウィンドウから外の様子を伺う。ネルフ本部内に侵入したVTOLの一機が、機銃をこちらに向けるところだった。

 

「くっそ‼」

 

 加持がハンドルを切り、車を蛇行させる。その跡を辿るように、機銃の弾がアスファルトを抉っていく。

 

『あと500メートル!トンネルがあるわ!』

「持てばいいが、な…ッ!」

 

 歯を食いしばり、アクセルを踏み込む。だが速度はVTOLの方が上。全く離れる様子がない。機銃の弾が車に徐々に近づいてくる。

 

(こんなアクロバット、やりたくなかったが…!)

 

 加持は意を決してブレーキを踏み込み、同時にハンドルを思いっきり切った。甲高いブレーキ音。タイヤを焼け付かせながらスピードを落とした加持の車が、独楽のように勢いよく回転する。

 

 その動きに、背後まで迫っていた銃撃は対応できない。車のトランクに2、3発もらったが、車を止めるには至らない。

 

 速度で上回るVTOLはその動きに対応できず、機銃を放ちながら車を追い越してしまった。

 

「完全に賭けだったが上手くいったな!」

 

 加持がハンドルを握り直し、車の姿勢を制御する。目の前ではVTOLが旋回してこちらに向き合ったところだった。その向こうに、ミサトの言っていたトンネルが見える。

 

『あと100メートル!!』

 

 ミサトが叫ぶ。だがどうしようもない。加持の車とVTOLはハナを突き合わせているのだ。このまま突っ切るのは不可能だ。

 

「伏せていろ、シンジ君‼」

 

 加持が再びアクセルを思いっきり蹴り込む。瞬時に車の速度が上がり、強烈なGが加持とシンジを襲い、二人はシートに押しつけられた。

 

 その瞬間、VTOLの機銃がこちらを向くのをシンジは見た。

 

 

 

 死ぬ。

 

 

 

 シンジの時間が遅くなる。

 

 

 

 死ぬ?

 

 

 

 これで?

 

 

 

 シンジの体が強張る。まるでこれから注射を刺される子供のように。

 

 機銃の動きがやけに遅い。だが止まらない。全てがスローモーションではあるが、止まりはしない。逃れられない運命が徐々に迫ってくる。

 

 

 

 嫌だ。

 

 

 

 死ぬのは嫌だ。

 

 

 

 死ぬのは嫌だ!

 

 

 

 死ぬのは、嫌だ‼

 

 

 

 シンジの口から恐怖の叫びが飛び出そうとした瞬間、シンジの世界が『回った』。

 

「おおおおおおおお…っ‼」

 

 加持が雄叫びとともにサイドブレーキを思い切り引いた。前輪にかかったブレーキは車のスピードを殺しきれず、後輪を浮かす。それでも勢いは止まらず車体は浮かび上がり、加持の車が『縦』回転で宙を舞った。

 

 宙を舞った車の下を弾丸が通り過ぎていく。

 

 空中にブレーキはない。

 

 ゆえにVTOLも車も、空中で止まることはできない。

 

 激突をなんとか回避しようと、VTOLの操縦士が操縦桿を倒すが間に合わない。

 

 猛スピードで突っ込んできた加持の車のトランク部分が、VTOLの操縦席を思い切り叩き潰し、爆炎がネルフ本部内に広がった。

 

 

 

つづく

 

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