【完結】エヴァンゲリオンANIMA-1.0   作:サルオ

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【o.奮戦】

 

 地底湖の底。

 

 未だ奮起すること叶わず、赤子のように体を丸めるエヴァンゲリオン弐号機。その中にいる惣流・アスカ・ラングレーの心もまた沈み切っており、指一本動かす気力もない。

 

 先程聞こえたミサイルの雨の音。

 

 時折り流れてくる第二発令所の各所への司令。

 

 すべて遠くの世界の出来事にしか感じない。

 

 例えるなら、嵐の日に車の中で何もせず、窓に打ち付ける雨の音を無心に聞いているような感覚。

 

 体が重い。

 

 力が出ない。

 

 どうでもいい。

 

 もう何もしたくない。

 

(どいつもこいつも、シンジ、シンジって……)

 

 怒りでも悲しみでも嫉妬ですらない。もはや諦めの境地。

 

(なんでみんなアイツのことばかり見るの…?なんでアイツのことばかり守ろうとするの…?あんなウジウジして情けない男の事ばかり…)

 

 アタシがどれだけ頑張ったって、命をかけて戦ったって、結局誰もアタシを見なかった。

 

 アタシを守ってくれなかった。

 

 アタシはいったい、何だったの……?

 

 通信に混ざって加持の声が聞こえる。

 

 アスカが今まで見たことも聞いたこともない、加持の慟哭。

 

 それがシンジに向けられている。

 

(加持さん、生きてたんだ…)

 

 久しぶりに聞いた加持の声すら、アスカの心を動かすには至らない。逆にアスカの気持ちを深く、深く沈めていく。

 

(ほんと、加持さんてアタシに興味なかったのね)

 

 拗ねているわけではない。ただの事実の確認。

 

(もう、どーでもいいや…)

 

 アスカの閉ざされた心に、決して外れることのない大きな錠前がかけられようとしていた。

 

 その時、水中に何かが放り込まれる音が響いた。

 

 それは戦自が弐号機捜索のために放った無数の水中爆雷。

 

 そのほとんどは弐号機を逸れていくか、もしくは到達する前に爆発していく。

 

 しかしそのうちの一つが、弐号機の頭にゴゴンと当たり、小さな爆発を起こす。

 

「あうッ!」

 

 ATフィールドを張れない弐号機の痛みは、そのままアスカにフィードバックした。

 

 爆雷の威力はそこまで高くない。頭部に直撃したにも関わらず、エヴァの装甲を破壊するには至らない。

 

 しかしこの痛み。沈んでいたアスカの心は無理矢理に引きずり上げられ、痛みによって現実を直視させられた。

 

 アスカの心に絶望が刻まれていく。

 

「……イヤッ」

 

 アスカが痛む頭を両手で抱える。

 

「死ぬのはイヤッ、死ぬのはイヤッ、死ぬのはイヤッ、死ぬのはイヤ……死ぬのは、イヤァァァァーーーッッ!!」

 

 

 

『まだ、生きていなさい』

 

 

 

 不意に、声が聞こえた。

 

 それはアスカにとって求めて止まなかった遠い記憶の声。

 

 アスカが最も愛した者の声。

 

「……ママ?」

 

 アスカが辺りを見回す。

 

「…ママ⁉」

 

 幻聴?いや、そんなはずはない。アスカは必死に母の姿を探す。

 

「ママッ、助けてッ!」

 

 それは迷子が母親を探す様子に似ていて。

 

『まだ、死なせない。殺させないわ』

 

 アスカは声の主を必死に探す。

 

「ママッ!ママッ‼」

 

 すっと、頭を撫でられる感触。

 

 アスカが顔を上げる。

 

『私が、守ってあげる』

 

 アスカの目に飛び込んできた、懐かしく、愛おしい姿。アスカの母親が、微笑みを浮かべながらアスカの頭を撫でている。

 

「ママ…ここにいたの」

 

『それに、みんなも…』

 

 アスカの母親は両手を差し出し、優しくアスカの耳を覆う。

 

『でも、大事なんです。大切なんです。ミサトさんも加持さんも、青葉さん、日向さん、マヤさん、冬月先生、リツコさん、トウジ、ケンスケ、委員長……それにアスカも!綾波も!どうしても、見捨てたくないんです…自分だけ逃げたくないんです!ミサトさん!これってそんなにおかしい事ですか⁉』

 

「…シンジ?」

 

『アンタに碇司令を止められるの⁉戦自を撃退できんの⁉ゼーレをぶっ潰せるの⁉無理に決まってんでしょ‼ 一人で何もかもできるなんてガキの妄想よ!調子に乗らないでッ‼』

 

「ミサト…」

 

『なんでアンタばっかり傷付くのよ…なんで私の下でみんな死んでくのよ…!レイは死んだ。アスカは壊れた。その上アンタまで不幸にしたら、私の人生なんだったのよ…ッ!お願いだから言うこと聞いてよ、幸せになってよ‼逃げていいって言ってんだから、逃げて、生き延びてよォ‼』

 

 アスカの耳から、そっと手が離れる。アスカはその手を離したくないというようにしっかりと掴む。

 

「ママ、今のって…」

 

『みんなも、見てくれている。守ってくれるわ』

 

 そう言って微笑み、母親は我が子を愛おしく抱き寄せる。

 

『行きなさい。生きなさい。アスカちゃん』

 

「ママ…‼」

 

『ずっと、ずっと一緒よ』

 

 アスカも強く抱きしめ返す。

 

 すぅーっと、アスカの母親の姿がアスカに溶け込んでいく。

 

 そうしてアスカの腕の中から、母親の気配が消えた。

 

 

 

 幻だったのだろうか。

 

 しかしアスカの手には、今しがた抱きしめた母の感触が残っている。

 

 アスカの胸には、確かな温もりが宿っている。

 

 アスカの心に、かつての炎が戻ってきている。

 

「ふふふ。なにやってたんだろ、アタシ」

 

 アスカが操縦桿を強く握りしめる。

 

 流れてくる通信によって把握した状況は、最悪に近い。

 

 だが、あの情けないシンジすらが立ち上がろうとしてるのだ。

 

 なら、アタシが立ち上がらないでどーする。

 

 アスカは大きく息を吸い込んだ。

 

 心の中の炎にさらに空気を取り込み、より大きく燃え上がらせるために。

 

『はん!だから、あんたには任せらんないのよ、バカシンジ!』

 

 裂帛の気合いで、喝を入れた。

 

 

 ◇

 

 

 戦自が次々に弐号機に向けてミサイルを撃ち込んでいく。弐号機はそれを、持ち上げた護衛艦を盾にする事で防いだ。

 

「どおおおりゃああああああああああ‼」

 

 そのまま護衛艦を陸から攻撃してくる戦自に目がけて投げつける。護衛艦はその質量をもって戦自の陸上部隊を叩き潰し、大爆発を起こした。

 

『エヴァ弐号機、起動!』

『アスカ⁉』

 

 通信からマヤとミサトの驚きの声が上がった。

 

「ハロー、ミサト!こっちの声、聞こえてる?」

 

『聞こえる…!聞こえてるわ‼無事だったのね、アスカ‼』

 

「おかげ様でね」

 

 言いながらアスカは、いまだ地底湖の湖畔に展開する戦自部隊を見回す。

 

「バカシンジ!聞こえてるわよね?こっちはアタシが受け持つから、あんたはあんたのパパのところに行きなさい!」

 

『アスカ‼』

 

 シンジの感極まった声が通信に流れる。

 

「ちょうどいいじゃない。あんたは自分のパパ、アタシは戦自とゼーレとかいうよくわかんないの。3つのうち2つ受け持つくらいのハンデなんてヨユーよ!むしろリハビリにちょうどいいわッ!」

 

 戦自の放った大量のミサイルが弐号機に殺到する。

 

「それにね!」

 

 アスカは不敵な笑みを浮かべ、

 

「ママが見てくれてるんだから!」

 

 湖面から高く高く飛び上がり、

 

「負けるわけ、ないでしょうがああああ‼」

 

 かつてのアスカを遥かに凌駕する動きで、飛来する全てのミサイルを躱しきった。

 

 

 ◇

 

 

「ジオフロント内の全てのアンビリカブルケーブル接続設備を展開!」

 

 冬月はモニター越しの弐号機と戦自の動きを確認した瞬間、間髪入れず指示を飛ばした。

 

「戦自は必ずケーブルを狙ってくる!弐号機に攻撃を集中させるな!」

 

 設備は囮。残っている設備が多ければ多いほど、弐号機への攻撃が分散される。それは転じて、弐号機の活動時間を引き伸ばす事に繋がる。

 

 戦自がエヴァを物理的な火力でもって止める事はできない。ATフィールドの前には物理的な攻撃の一切が意味を成さない。

 

 ならば当然狙うのはアンビリカブルケーブル。それを切断し、内部電源の活動限界である5分間さえ耐えてしまえば、エヴァはただ巨大なだけのデクの棒に成り下がる。

 

 しかしアンビリカブルケーブルの接続設備が複数展開されればどうなるか。当然、戦自はエヴァへの電力供給設備を全て破壊しなければならない。それも、エヴァの猛攻を耐え凌ぎながら。

 

 人類が生み出した最強の巨人の進撃。果たして戦自に止められるか。

 

(今こそまさに勝機・・・!)

 

 冬月が鋭くモニターを睨む。

 

 

 ◇

 

 

 アスカの復活は、憔悴しきっていたミサトにも希望を与えた。

 

「今よ、シンちゃん!走って‼」

 

 ミサトが館内放送用マイクのスイッチを入れながら叫ぶ。もはや携帯でのやりとりすら時間が惜しい。戦自に聞こえても構わない。とにかく『速さ』こそが勝負を分けるとミサトは瞬時に判断した。

 

『はい!加持さん、ミサトさんを頼みます!』

『あ!おいッ!』

 

 モニター越しのシンジが駆け出し、加持がそれを追いかけようとする。

 

「シンちゃん、地下よ!碇司令は恐らくそこにいるわ!……ッッ!」

 

 ミサトの通信を妨害するように、階下の戦自隊員達が攻撃を再開する。

 

「どうやらご到着のようね…!」

 

 ミサトに銃弾は当たってはいないが攻撃の手は激しく、ミサトもコンソールの影に身を隠す他なかった。初号機を見張っていた部隊の参戦。シンジに同情的な隊員たちも、さすがにこの状況では攻撃に加わるしかないらしい。威嚇射撃程度ではあるが、先程以上の銃弾が発令所を飛び交う。

 

『葛城!無事か⁉』

「平気よ、加持くん‼」

 

 加持の問いかけに、涙で腫れた目を擦りながら大声で返すミサト。

 

 これはチャンスだ。戦自の猛攻に耐えて、耐えて耐え抜いて、ようやっと光が射した勝機。

 

 先程までのシンジを初号機に乗せて逃す作戦は、ある意味では消極的な一手。シンジを逃したいのはミサトの本心であったが、勝ちの見えない一手でもあった。

 

 だがアスカの復活により、戦局は一変した。

 

 動けるエヴァが2体に増えた事で、取る事が出来なかった両面作戦を実行できるようになった。ゲンドウとゼーレ、各々の思想にもとづく人類補完計画。それら全てを叩き潰す目が出てきたのだ。

 

 刻一刻と変わる戦況を正確に把握し、柔軟に作戦を変えて指示が出せなければ、現場の指揮官などやっていられない。ミサトがこの機を逃すわけがなかった。

 

「加持くん!そっちは⁉」

『くっそ!彼、あんなに速かったのか?もう見えなくなっちまった!』

 

 そんなアホな、とミサトは内心ツッコミを入れたが、今はそれどころではない。

 

「今はシンジ君を信じるしかないわ!それよりこっちに来れない⁉ちょっち厳しい感じになってるのよ!」

 

 戦自の猛攻に、ミサトといえども迂闊に顔を出せない。ミサトの後ろではマヤと日向が頭を庇いながらも必死にアスカのサポートに徹している。

 

「今は少しでも火力が欲しい!急いで!!」

『勝ちの目が出てきたのは嬉しいが、完全にプランが台無しだ!』

「そんなの、アンタが泣き出した時点でオジャンなんじゃないの!?」

『仰る通り、予想外の連続だ!!生きてるルートはあるか!?』

「ルート28がまだ生きてます!電源確保しました!」

「日向君ナイス‼」

『三分耐えてくれ、すぐに向かう!』

「ハチの巣になんないようにね!」

『そう願いたいな!』

 

 ミサトは青葉と共に階下に銃弾をデタラメにばら撒きながら、ネルフのメンバー全員の志気が高まっているのを感じた。

 

(頼んだわよ、シンちゃん!アスカ!)

 

 

 ◇

 

 

 ずっと繰り返し、何度も見た同じ夢がある。

 

 小さい頃ママとピクニックに行った、ひまわり畑の夢。

 

『アスカちゃん、ママをつかまえて』

 

 ママはそう言ってひまわりの中へ姿を消したけど

 

 アタシは背の高いひまわりに囲まれて

 

 いつもママを見つけられなかった。

 

 ごめんね、ママ。

 

 ママを見つけられなくて。

 

 ママはずっとここにいたのに。

 

 ここでずっと、アタシを見てくれていたのに。

 

 

 

 

 

 大地を踏み砕き、赤い巨人が降り立つ。

 

 大量に巻き上げられた巨大な礫が重量に引かれて落下し、さらに大地を砕いていく。

 

 破壊の連鎖と轟音が、ジオフロントを震わせた。

 

「ママ、わかったわ。ATフィールドの意味」

 

 遥か彼方より飛来した巨大なミサイルが、巨人の顔に叩き込まれる。

 

 トドメとばかりにもう1発。

 

 しかし、巨人には届かない。

 

 全てを拒絶する赤い光の壁が、巨人を守っていた。

 

 巻き起こる爆発。その爆炎から悠々と姿を現す無傷の巨人。

 

 対峙する戦自部隊にとっては、まさしく恐怖の権化。

 

 しかし、アスカにとっては、

 

「ママ…ずっとアタシを護ってくれていたのね…!」

 

 まさしく、母の愛の象徴。

 

 次々と飛来するミサイル、砲弾、銃弾。

 

 ATフィールドに阻まれて爆発していくその様は、まるで祝福の花火のようにアスカの目には映っていた。

 

 

 

つづく

 

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