【完結】エヴァンゲリオンANIMA-1.0   作:サルオ

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【p.熱情】

 

 自分でも信じられないくらいの速度で、シンジはネルフ内を疾走する。

 

 この心を、身体を、突き動かすこの感覚をそなんと言うのだろう?

 

 絶望のような冷たい感覚ではなく、希望のような暖かい感覚でもなく、全身を沸騰させるような、炎のように熱いこの感覚を、なんと呼べばいい?

 

 答えはわからない。

 

 そんなものはあとから考えればいい。

 

 今はただ、この衝動に身を任せるだけ。

 

「アレだ!」

 

 シンジの目に飛び込んできた、非常用のキャットウォークの先にある「EMERGENCY ELEVATOR R10-20」と書かれたゲート。そこを目指してシンジがさらに足に力を込めた瞬間、階下から飛んできた無数の銃弾がシンジを襲った。

 

「うわぁッ‼」

 

 咄嗟にシンジは身を屈める。

 

「いたぞ!サードだ!」

 

 いつのまにか階下に集まっていた戦自隊員たちがサブマシンガンの引き金を引く。瞬く間にシンジは銃弾の嵐に晒された。

 

(そんな、ここまで来て…。もう目の前なのに…)

 

 シンジの中の熱が急速に冷えていく。

 

(僕は、ここで死ぬのか…?せっかく、ここまで来たのに。ここまで来て…)

 

 しかし炎はまだ消えてない。

 

(死んで、たまるか‼)

 

「うわああああああーーーーッッ‼」

 

 雄叫びを上げ、シンジはキャットウォークを駆け抜けた。

 

バキン!キン!ガキン!

 

 すぐ後ろで、銃弾がキャットウォークの手すりに当たって弾かれる音が響く。

 頭の後ろを、空気を切り裂きながら銃弾が通り過ぎていくのを感じる。

 それでも足を止めはしない。止めれば死ぬ。例え撃たれたとしても走り抜ける覚悟で、シンジは必死に足を動かす。エレベーターホールへと繋がるゲートに飛び込み、防護扉の開閉ボタンに拳を叩きつける。バシュンッという音とともに扉が瞬時に閉まった。

 

「はっ、はっ、はっ…痛ッ!」

 

 シンジの右腕に痛みが走る。どうやら銃弾が掠っていたらしい。シンジのワイシャツの袖が、ゆっくりと赤く染まっていく。

 

「まだ、まだぁ…!」

 

 普段のシンジならば、うずくまってしまうほどの腕の痛み。だが、今のシンジは止まらない。腕の痛みよりも、大切な人たちを失う痛みの方が遥かに痛いという事を、シンジは既に知っている。

 

 トウジを殺しかけたとき。

 綾波が使徒と共に自爆したとき。

 カヲル君を、この手で握り潰したとき。

 

「あの時の痛みは、こんなものじゃなかった…!」

 

 非常エレベーターに乗りこみ、ボタンを押す。エレベーターの駆動音を聞きながら、乱れた呼吸を整える。

 

 やがて、エレベーターは目的地へと到着した。

 

 扉を抜け、シンジが目にしたのは、硬化したベークライトによって固められた初号機の姿。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」

 

 その光景にシンジは苦悶の表情を浮かべた。シンジの頭によぎった迷い。初号機を動かせないという諦めの感情。

 

「くぅ!」

 

 それらを全て振り切るように、シンジは格納庫のフェンスに手をかける。右腕に走る鋭い痛み。それがシンジの負の感情を消し去った。

 

「ふっ!」

 

 シンジはフェンスを飛び越えて、硬化ベークライトの上に降り立った。

 

 ベークライトを踏み締めながら、シンジが初号機に近づいていく。

 

──僕には、将来なりたいものなんて何もなかった。

 

──夢とか希望の事も考えたことがなかった。

 

──良いことがあっても、悪いことがあっても、ただそれだけのことで、どうとも思わないような。

 

──周りの世界はろくでもないし、自分自身もろくでもない。

 

──そんなものだろうと、ずっと思っていた。

 

 一歩。

 

 一歩。

 

 自分の人生を確かめるように、自分の足跡を見つめるように歩いていく。

 

──だから、いつ死んでもいいと思っていた。

 

──何かの事故で死んでしまっても、あっさり死んで楽になるなら、それはむしろ幸運なんじゃないかって思っていた。

 

──僕は、特別な人間なんかじゃなかったから・・・。

 

 後悔しかない人生だったかもしれない。

 

 誰かを憎んでばかりの人生だったかもしれない。

 

 独りよがりの身勝手な人生だったかもしれない。

 

──でも、それで十分。

 

 強くなくても、大人じゃなくても、

 

──誰かを助けたいと思うのは、そんな奴でも十分。

 

 加持さんが泣いてくれた。

 

 ミサトさんが叱ってくれた。

 

 みんながシンジの幸せを願ってくれた。

 

 そして、アスカが戻ってきてくれた。

 

 それだけで十分だ。

 

 この後、シンジが初号機に乗り、結果として世界を救おうが、世界の敵になろうが知ったことではない。

 

 みんなを助ける。これはもう、シンジの願いだ。

 

 助けたみんなに憎まれるかもしれない。

 

 悲しませるかもしれない。

 

 それでも、ここで終わらせるわけにはいかない。

 

──何もかも壊して、いろんな人たちを傷つけてきた。

 

──辛い。辛くてしょうがない・・・。

 

──でも、まだ途中だから。

 

──まだ、僕がなんのためにここにいるのか、確かめ終わっていないから。

 

「母さん…」

 

 シンジが初号機に触れる。

 

「お願い、母さん…。力を貸して」

 

 初号機がシンジに応えるように、低く唸り声を上げる。

 

 シンジの足元で、ベークライトにピシピシとヒビが入っていった。

 

 

 ◇

 

 

 地上で死闘が繰り広げられている頃、碇ゲンドウと綾波レイはセントラルドグマの最深部であるターミナルドグマ、リリスの眠るヘブンズドアの前に来ていた。

 

「どうやら初号機が動き出したようだ、レイ」

 

 ゲンドウは感じ取っていた。愛しい妻の魂が、シンジの呼びかけに応えて目覚めたのを。

 

(忌々しい…)

 

 ゲンドウが遥か上階にいるであろうシンジを睨みつける。

 

 例え、この流れが人類補完計画にとって必要なシナリオの1つだったとしても、シンジと妻の心が通じ合うなど、想像するだけで臓腑が煮えくりかえる。もしもその光景を目撃しようものなら、怒りで我を忘れ、シンジをくびり殺していただろう。

 

 愛しい妻。

 その間に生まれた異物。

 それが憎くて憎くて堪らない。

 

 本来シンジなど、ゲンドウの補完計画のシナリオには必要無かったのだ。だが補完計画の発動のために初号機の調整を行っていた段階で、シンジの必要性が浮き彫りになってしまった。それはエヴァとのシンクロ率の観点と、そしてそれに伴う碇ユイの魂の覚醒のため、致し方のないことではあった。

 

 だが許容する気など、一切無い。

 

 シンジが初号機に乗るたび、ATフィールドがシンジを守るたび、掻きむしりたいほどの虫唾が走った。

 

 これがレイならばまだ良かった。彼女は碇ユイの魂の器として用意されたのだから。初号機に取り込まれた碇ユイのサルベージの際に造られた器だったのだから。

 

 しかしサルベージが失敗に終わり、せめて初号機とのシンクロに使えないかとゲンドウは一縷の望みをかけたが、その望みが叶う事は無かった。ダミーシステムですら妻は拒絶し、あろうことかシンジを求めた。

 

 許しがたい。

 

 妻の愛を受け取るのは私1人で十分だ。私以外の誰にも分けてやるものか。

 

 消し去らねばならない。全て、全て。

 

「老人たちは間違いなくここでサードインパクトを起こすつもりだ。…いや、時は満ちた。起こさざるを得ないだろう」

 

 ゲンドウの視線が降りてくる。見つめるはヘブンズゲート、その向こうに眠る、リリス。

 

「用意していたシナリオとは多少違ってもな…」

 

 ゲンドウの顔が邪悪に歪む。

 

 ようやく、だ。

 待ち望んだこの瞬間がようやく訪れた。

 

「あとは」

 

 ゲンドウがヘブンズゲートを開く。

 

「アダムとリリスの融合のみだ」

 

 ゲンドウとレイの前に、磔にされたリリスが姿を現した。

 

 ゲンドウの両目が喜びで見開かれる。

 

 ロンギヌスの槍を抜かれ、両足が膝のあたりまで再生したリリス。

 

 だが、そのリリスの下で──、

 

「お待ちしておりましたわ、碇司令」

 

 白衣のポケットに両手を入れて、仁王立ちの赤木リツコが待ち構えていた。

 

 

 ◇

 

 

 戦自の攻撃が殺到する中を、弐号機がまるで散歩でもするかのように悠然と進む。

 

「ケーブルだ!奴の背中のケーブルに集中すればいい!」

 

 行手を阻もうとする陸戦部隊の隊長が無線で指示を出し、戦自の攻撃がアンビリカブルケーブルに集中される。

 

「無駄な事を…」

 

 第二発令所でモニターを睨んでいた冬月が不敵に笑う。

 

「アンビリカブルケーブル切断!」

 

 マヤの報告の通り、確かに弐号機のケーブルは切断された。弐号機の内部電源が活動時間をカウントし始める。

 

 しかしそれは初めから読んでいた手だ。冬月の戦略をひっくり返す一手にはなり得ない。

 

 弐号機が切断されたケーブルを切り離す。

 

「アンビリカブルケーブルが無くったって!」

 

 弐号機の中のアスカは、まるで獲物を見つけた捕食者のように牙を剥く。

 

「こっちには1万2千枚の特殊装甲とぉ!」

 

 弐号機が大きく振りかぶる。

 

「ATフィールドがあるんだからぁッ!!」

 

 振るった腕から発生した巨大なATフィールドが戦自の攻撃を消し飛ばし、そのままの勢いで弐号機は戦自の航空部隊に踊り掛かった。

 

「負けてらんないのよ!アンタたちにィィイ‼」

 

 勢いは止まらず、弐号機は次々に敵を撃破していく。

 

「アスカ、深追いはダメよ!すぐにケーブルを繋ぎ直して!」

 

 ミサトが応戦しながら通信で指示を出す。

 

「わかってるっちゅーのッ!」

 

 アスカがそう返事を返す頃には、戦自の航空部隊のほとんどが撃墜されていた。アンビリカブルケーブル接続設備はまだまだある。アスカは手近なケーブルを持ち上げ、弐号機に接続し直した。弐号機の活動時間のカウントが止まる。

 

 冬月の予想通り、戦自の攻撃ではエヴァは止まらない。

 

 また、ケーブル接続設備の破壊も間に合っていない。

 

 戦局はネルフ側に大きく傾いていた。

 

 第二発令所のモニターに大きく映し出された戦自の劣勢が、ミサト達に攻撃を仕掛ける戦自隊員たちの戦意を少しずつ奪っていく。

 

「よっ!お待たせ」

「おっそいのよアンタはさっきからぁッ!」

 

 その戦自隊員たちの攻撃の勢いが弱まったのを見計らったように、加持が発令所に姿を現した。ミサトに同調するように、応戦していた青葉やサポートに徹していた日向やマヤも、加持を恨みがましそうに睨みつける。

 

「そんな目で見るなよ。ちょっと野暮用でな」

 

 そんな視線などどこ吹く風といった具合に、加持は抜け抜けとそう言った。

 

「この緊急事態より優先される野暮用がどこにあるのよ⁉」

 

 ミサトの怒りももっともである。

 

「なに、ちょっとリッちゃんに連絡しててね」

「そう、リツコにね。・・・リツコぉ⁉」

 

 ミサトが驚いて聞き返す様子を横目に、冬月が「やはりな」と呟いた。

 

「さすがですね、冬月副司令」

「なに・・・、予想はしていた事だ」

「ちょっと⁉話が見えないんだけど⁉」

 

 話に置いてかれているミサトとネルフのメンバーに、加持が真面目な顔で向き直る。

 

「俺が当初考えていたプランのほとんどは、ご覧のとおりご破産になった。嬉しい方向にね。だが、まだ何も終わっちゃいない。ゼーレはまだ、その姿の片鱗すら見せていない」

 

 加持の言葉に、冬月を除いたメンバーがハッとする。

 

 弛緩していた。苦しい状況を耐え抜いて手にした勝機に。どんどん有利に傾いていく戦局に、このままの勢いで勝利できるだろうと誰もが思っていた。

 

 大甘もいいとこだ。人類補完計画の首謀者であるゼーレは、彼らの持つ戦力の1つも投入していないのだから。

 

 戦っていたのはあくまで戦略自衛隊。本当の戦いは、まだ始まってすらいないのだ。

 

「この後の展開の鍵を握るのは、リッちゃん。赤木博士だ」

 

 加持が表情を変える。ミサト以外、ほとんど見た事のない真剣な表情に。

 

「赤木博士がこの後どういった行動を取るのか、それは俺も把握していない。ただ『悪い男に1発ぶちかましに行く』とは言っていた。それが実を結ぶかどうかは赤木博士次第ってとこだがな」

 

 冬月が顔を手で覆う。

 

「だがそれとは別に、俺はあるものを赤木博士に用意してもらいました」

 

「あるもの?」

 

「F型装備」

 

 加持の発言に冬月が目を見開き、諦めたようにため息をつく。

 

「まさかそこまで探っていたとはな…。だがアレは開発段階で凍結されたハズだが」

 

「ですが全てではなかった。一部は既に開発され、使用可能と赤木博士は言っていました」

 

「ちょっと、なんなのよ?そのF型装備って・・・」

 

 ミサトの疑問には、冬月が答えた。

 

「F型装備・・・。それは人類補完計画の発動の際にゼーレを裏切るため、碇が赤木博士に開発させていたものだ。言うなれば、対ゼーレ用決戦兵装と言ったところか・・・」

 

 

 ◇

 

 

 エヴァンゲリオン初号機がセントラルドグマ、そのメインシャフトの淵に立つ。

 

 最下層まではとても見通せないほどの暗闇が、眼下には広がっている。

 

 初号機の中のシンジが大きく息を吸う。

 

 これから起こる、実の父との対峙に向けて。

 

「行こう、母さん」

 

 初号機が飛び降りる。

 

 そのまま重力に従って落ちるのかと思われたが──、

 

「ッッ!」

 

 初号機の足元にATフィールドが展開され、空中に一時的な足場を形成する。

 

 そこからさらに飛び降りて、再度ATフィールドを展開。

 

 これを繰り返しながら、初号機はメインシャフトを駆け降りていく。

 

「父さんを、止めなきゃ……!」

 

 かつて渚カヲルを追いかけたときのように。

 それよりもずっと速いスピードで。

 

 果てが無いと思えるほどの暗闇が、初号機の姿を包み込んだ。

 

 

 

つづく

 

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