【完結】エヴァンゲリオンANIMA-1.0   作:サルオ

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【w.脇役】

 

(俺たちは、いったい何を見てるんだ…?)

 

 命令によって地上まで撤退した戦略自衛隊の全部隊が、地下のジオフロントに開いた穴の淵から、眼下で繰り広げられる巨人同士の戦いを見下ろしていた。

 

 戦自の部隊をことごとく蹴散らしたエヴァンゲリオン弐号機。

 

 それを殲滅するためにユーロ空軍によって輸送されてきたエヴァシリーズ。

 

 巨大な太刀を振り回し、エヴァシリーズと大立ち回りを繰り広げるエヴァンゲリオン初号機。

 

 それらの人智を超えた戦いは、戦自隊員たちに絶望を植え付けるのに十分な衝撃を与えていた。

 

 人の敵う相手ではない。

 既存の兵器で歯が立つとは思えない。

 

 事実、弐号機のATフィールドの前に全ての物理的火力は無効化され、その桁外れの膂力によっていくつもの部隊が蹂躙された。

 

 そうやって死んでいった隊員たちの恨みを、戦略自衛隊の夏月司令官は忘れない。相手が人類滅亡を企むカルト組織であれば尚更だ。彼らの無念を晴らすため、必ずこの戦いに介入する。そして、あの赤い悪魔を必ず仕留める!

 

 そう誓っていた司令官だったが、その心は既に折れていた。

 

 折れた要因は2つ。

 

 1つはもちろん、エヴァンゲリオンの圧倒的な兵力を垣間見た所為(せい)

 

 そして、もう1つは。

 

(弐号機の、先程のアレは…)

 

 エヴァシリーズによる拷問。その際に聞こえてきた、少女の悲鳴、絶叫。

 

(迷うな…!見た目がどうであろうと、セカンドチルドレンは階位を持っている軍人、危険人物だ…!)

 

 頭ではわかっている。事前資料も穴が開くほど読み込んだ。だが──、

 

 司令官が家族写真を胸ポケットから取り出す。写っているのは司令官と、妻と、中学生の娘。恐らく、アスカと同じくらいの年頃だろう。可愛い娘が元気よく、両親の腕に抱きついている。

 

(…………)

 

 わかってはいる。娘とセカンドチルドレンは別人だ。カルト組織に所属している軍人の少女が、マトモなはずがない。

 

 そう考える一方で、司令官の脳裏に先程のアスカの絶叫が蘇る。「助けて、助けて」と必死で叫ぶ声が蘇る。

 

(……俺は)

 

 舞い降りた白亜の巨人たち。白い翼を広げ、まるで天使を模したような、その姿。それらが行った残虐行為が脳裏に蘇る。死してなお蘇生し、立ち上がる姿が蘇る。

 

(俺たちは、あんなバケモノに未来を託すのか…?)

 

 今もジオフロントで繰り広げられている死闘。初号機が全身に血を流しながら、弐号機を必死に守り、戦っている。

 

(俺たちは、本当にあんな子供たちを殺さないといけないのか…?)

 

 司令官の目が再び写真に戻る。

 

(俺は、娘に胸を張って「お前と同じくらいの少女を殺した」と言えるか…?)

 

 葛藤。

 

 アスカへのエヴァシリーズの拷問の際、アスカの絶叫を聞いた司令官は反射的に飛び出そうとし、それを必死に耐えた。他にも飛び出そうとする隊員たちを叱咤し、踏みとどまるように厳命を下した。

 

(本当に、それが正しかったのか…?)

 

 司令官の心がぐらぐらと揺れていた時だった。

 

「司令、内閣府からです」

 

 通信兵が、司令官に通信機を渡す。司令官は写真を胸ポケットにしまい、無言でそれを受け取り、耳に当てた。

 

『夏月司令官』

 

「総理…⁉」

 

『少し、相談に乗ってほしいのだが』

 

 通信の相手に、司令官が驚愕した。

 

 通常、内閣総理大臣が前線に直接連絡をすることはない。国防省を通し、何人かの上官を通し、そうしてやっと前線に連絡が来るのが通例だった。こんな事は異例中の異例だ。しかも命令ではなく『相談』ときている。

 

「自分に、ですか・・・?」

 

『ああ。前線で、間近で彼らの戦いを見ている君に聞きたい』

 

 総理は一拍置いたあと、単刀直入に切り出した。

 

『勝てると思うかね』

 

「不可能です」

 

 司令官が即答する。

 

『やはりか』

 

 通信の向こう側、総理が深い深いため息をついた。

 

『分かりきっていた事だが、私が完全に見誤ったか…』

 

「総理、申し訳ありませんが作戦行動中です。手短に願います」

 

『わかっている……』

 

 一瞬の沈黙。そして、

 

『作戦を第二フェーズに移行する』

 

「‼」

 

 第二フェーズ。

 

 それはネルフ強襲に際し、ネルフ制圧が不可能と判断される場合、またはそれに準ずる事態が発生した場合における、予備の策。

 

 それはかつて加持が総理に嘆願(たんがん)した、戦略自衛隊によるエヴァンゲリオンへの支援。

 

「お言葉ですが、既に指揮権は国連に移っております。いくら総理の御命令でも聞き入れることはできません」

 

『ふふ。無論、無視してくれても構わない。私のやっている事は条約違反、軍法違反、その他諸々の違反の上での発言だ』

 

「なら・・・」

 

『だから、ここから先は君に任せる』

 

「なっ⁉」

 

『私は今回のことで、どの道、総理の席を追われるだろう。その後の裁判で、死刑になる事も覚悟している。だが、だからこそ私は、最期に人類が生き残る道を選びたい。この局面において、人類補完計画を起こしそうなのはどちらだろう?ネルフはグレーだが、国連の裏にいるゼーレは真っ黒だ。それならば、まだネルフのエヴァンゲリオンに賭けた方が良いというもの』

 

(勝手が過ぎる‼)

 

 喉元まで出かかった言葉を、司令官は必死に押し留めた。

 

「我々も道連れにするおつもりですか」

 

『そうなるだろうな。法を犯した総理の指示に従えば、君たちも同罪と世間は見るだろう』

 

「聞けないご相談です」

 

『だが聞かなければ、人類自体が滅亡するかもしれない』

 

「私を脅迫しておられる?」

 

『そうだ』

 

 総理はいっそ清々しいほどにそう言い切ってみせた。

 

『戦後、君たちを犯罪者に仕立て上げたいわけじゃない。だが考えてみてくれ。もしかしたらネルフも人類補完計画を発動させるかもしれない。ネルフにもゼーレにも戦自の力が通用しない以上、我々はほぼ詰んでいる状態だ。どの道、滅びがほぼ確定しているのであれば、我々だって少しは足掻きたいじゃないか』

 

「……とても総理のお言葉とは思えません」

 

『だろうな。だからこそ、相談したかった』

 

 司令官の脳裏に、電話の向こうで含み笑いをしている総理の顔が浮かぶ。自分に最悪の選択を迫った、悪人の顔が。

 

「……貴方は悪魔です」

 

『よく言われる』

 

 総理がククッと笑った。

 

「……自分は、貴方のご要望にお応えできません」

 

『うむ』

 

 

 

「だから俺は自分の心に従うんだ、クソッタレ‼」

 

 

 

 司令官が通信を一方的に切った。その行動に通信兵が驚きを隠せないでいると、

 

「全部隊に通達!我々はこれより、エヴァンゲリオン初号機、及び弐号機の火力支援を行う。フェーズ2だ!」

 

 さらに驚きの発言が司令官から飛び出した。

 

「司令!それは総理からの命令ですか⁉」

 

「いいや、俺の独断だ」

 

 通信兵の顔が青ざめた。

 

「司令、それは軍法違反です。指揮権が国連に移ってるんですよ⁉」

 

「いいからとっとと総員に送れ」

 

「何故です?せめて理由をお聞かせください!」

 

「さっさと送れ!」

 

「貴方は、自分たちに『死ね』と仰るんですか⁉作戦の成否に関わらず、全員死ねと⁉」

 

「そうだっ‼」

 

 司令官が腰の拳銃に手をかけた。通信兵が思わず身構える。

 

 だが司令官は銃身を向けず、通信兵にグリップを向けて差し出した。

 

「……⁉」

 

 通信兵が、司令官と、差し出された拳銃を交互に見遣る。司令官の意図がわからなかったからだ。

 

「コレと交換だ。気に入らないと思ったら、迷わず俺を撃て」

 

 司令官の意思が、決死の覚悟が、その瞳に宿っていた。

 

 有無を言わさぬ迫力が、その瞳にはあった。

 

 通信兵は少しだけ迷った後、拳銃を受け取り、代わりに通信機を差し出した。司令官がそれを耳に当てる。

 

「総員、傾注」

 

 司令官の声が、通信によって全部隊に届けられる。

 

 司令官の血走った目が空くうを睨む。

 

 一息、もう一息、さらに一息。

 

 司令官が荒ぶる呼吸を必死に宥めている。

 

 ややあって、司令官は静かに語り出した。

 

「総員に告ぐ。これは、自分の独断による専行である。だから、諸君らがこの後に発する命令に、従う義務はない。『作戦をフェーズ2に移行。全部隊、エヴァンゲリオンへの支援を開始せよ』。以上だ」

 

 途端、戦自隊員たちに動揺が広がった。

 

「傾注っ!!」

 

 司令官が声を荒げる。

 隊員たちが即座に沈黙した。

 

「自分は、たった今、内閣総理大臣より相談を受けた。この戦闘に際し、『勝てるか』と。それに対し、自分は『不可能です』と即答した。これは、この場に居合わせた諸君が身を持って感じた事と同じと思う。誠に遺憾だが、まずはこれを事実として受け止めねばならない。その上で、総理は仰られた。『我々は詰んでいる』と。諸君らが説明を受けた人類補完計画。人類を滅亡に追いやる計画を、『戦自では止められなかった』と仰られた」

 

 司令官が拳を強く握りしめる。自分の荒ぶる気持ちを必死に抑えるために。

 

「自分は、俺は、悔しくてならない。俺たちは自衛隊だ。国民を守る事のできる、最後の砦だ。その自負があったからこそ、敵対組織とはいえ、ネルフに勤めていた国民を殺害した。日本国民の、ひいては全人類の平和と安全を守るために、我々は、この手を国民の血で汚したのだ」

 

 司令官が手を開き、ジオフロントに向けた。

 

「なのに、このザマはなんだ?そこまでして我々が得たモノは、大勢の仲間の死と、我々が役立たずであったという烙印だけだ。否定のしようがない。他ならぬ総理御自身がそう言ったのだ。この国のトップが、我々を、そう、断じたのだ。その結果と代償は、全人類の滅亡という形で我々に降りかかるだろう」

 

 司令官が顔を上げる。

 

 

 

「だが、諸君!だからといって、我々が『自衛隊』だということが否定できるだろうか?『国民の最後の砦』である事を否定できるだろうか!?否!断じて、否である!!」

 

 

 

 司令官が胸ポケットの上から家族の写真を握り潰す。絶対に離さない、見捨てない、死なせないという意志をコレでもかと込めて。

 

 

 

「我々がこれから行う最後の作戦は、国連、および我が国の内閣府に唾を吐く行為だ!我々はこの作戦ののち、裁判にかけられ、法の裁きを受けるだろう!それにより、諸君らが命を落とすことになるだろう事を、俺は否定できない‼また、本作戦によって、俺を含めた総員が命を失う事も俺は否定できない!だが、だがだ!今、ここにいる我々にしか、人類を守る事はできない‼ここで命を捨て、エヴァを援護し、あそこに蠢うごめく白い化け物共を殲滅する事でしか、我々が人類を守る術はない‼」

 

 

 

 司令官の目尻に、薄く血が滲んだ。

 

 

 

「どうか、どうか実行して欲しい!我々の後ろには、一億を超える国民が、諸君らの家族がいる事を忘れないでほしい‼そして、我々の前で今も尚戦っているエヴァンゲリオン!それに乗って戦っているのが、我が国の少年少女である事を忘れないでほしい!本来我々が守るべき者であったことを忘れないでほしい‼我々は負けた!主役では無かった!脇役でしかなかった‼だがその脇役の命こそが、全世界を守れる最後の砦であることを、忘れないでほしいッッ‼」

 

 

 

 司令官が、自分の抑えきれない想いを全てぶつけた。

 

 自身の全身全霊を懸けた想いを、全部隊に告げ終えた。

 

「繰り返す…。これは自分の独断専行だ。諸君らが聞き届ける必要も、義務もない。……以上だ」

 

 

 

 司令官が通信機を切ろうとした時だった。

 

 

 

『命令してください!司令‼』

 

 

 

 通信機から、隊員たちの願いが聞こえてきた。

 

『司令!命令してください!』

『我々に、守らせてください!』

『こんなところで終わりたくないです!』

『戦わせてください!守らせてください!』

『俺たちの家族を、誇りを、人類を!』

 

 

 

『守るために、死なせてください‼』

 

 

 

 全く統率の取れてない、軍卒にあるまじき涙の混じった声が、戦場に木霊していた。

 

 

 

 

 

つづく

 

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