【完結】エヴァンゲリオンANIMA-1.0   作:サルオ

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【y.拒絶】

 

 崩壊した第三新東京市の上空が、光と炎に包まれる。

 

 空に描き出されたセフィロトの樹を焼き尽くさんと、戦略自衛隊の全ての攻撃が撃ち込まれていく。

 

 そのほとんどが、エヴァシリーズのアンチATフィールドによって形を保てず空中で崩壊していくが、それでも戦自が攻撃の手を緩める事はない。

 

「総力戦だ!全火力を白い化け物共に浴びせ続けろッ!人間の底力を見せつけてやれ‼」

 

 戦自の夏月司令官が全部隊に向けて檄を飛ばす。

 

 後の事など考えない。どうせ負ければ後などない。いや、例え勝とうと、指揮権を無視して勝手な行動を取ったのだ。どの道、この作戦に参加した彼らに未来はない。

 

 だからこそ、ここで命を燃やす。最終決戦という名の炎に、自分という薪を投げ込んでいく。

 

『14番機、残弾ゼロ。これより突貫する。送れ』

 

「〜〜〜ッ!!全隊、14番機の道を開けぇ!!」

 

 夏月司令官の指示の下、戦自の攻撃が左右に割れた。全弾を撃ち尽くしたVTOLの一機がセフィロトの機に向かって突っ込んでいく。

 

『お前らなんかになぁ…マキコとカズヤの命をくれてやるかってんだよォ‼』

 

 14番機のパイロットが家族の名を叫ぶ。VTOL機がアンチATフィールドによってボロボロと崩れていく。

 

 それでも14番機は、決して止まりはしない。例え、この場でこの身が炎に焼かれようとも。

 

『俺は自衛隊なんだ!「カッコいいパパ」なんだ!あんな、白いウナギの化け物なんかなぁ…!』

 

 燃料に引火し、少しずつ己の操るVTOL機が炎に包まれ、崩れ去ろうとしようとも。

 

『パパが絶対、やっけてやるからなぁーーーッッ‼』

 

 VTOL機は目標に到達する事なく、空中で爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは…」

 

 リフトで地上に上がった仮称エヴァンゲリオン零号機が、ジオフロント内にある小高い山の嶺に降り立った。

 

 ネルフ本部からかなり離れた場所だが、今はそれが良い。見晴らしが良く、零号機の射撃武装であるF型装備『天使の背骨』の射線を十分に確保できる位置だ。

 

「ここなら…」

 

 レイが台座と化した右脚を地面に下ろし、戦闘準備を進める。

 

 零号機の右腕に取り付けられたF型装備『天使の背骨』は、赤木リツコによって考案され開発された、現在考えられる最強のATフィールド兵器である。

 

 ATフィールドはATフィールドによって中和、つまり侵食が可能だ。その特性を利用し、侵食型に変換したATフィールドを加速した重粒子に乗せ、従来のATフィールドの特性である斥力を利用して撃ち出す事でさらに加速、目標に到達させる超遠距離型ATフィールド兵器である。対使徒戦を想定した兵器であり、強化加速した重粒子は敵のATフィールドを瞬時に相殺、使徒を破壊する。

 

 この『天使の背骨』を使いこなすためには、当然、高度なATフィールド技術が必要となるが、この兵器にはエヴァのパイロットの負担を限りなく少なくする工夫が施されている。エヴァンゲリオンの右腕と右脚が兵器に換装されているのは、エヴァンゲリオンのニ肢の体組織、神経組織を兵器の中に組み込むためであり、これによってエヴァンゲリオン自身にこの兵器が『身体の一部』であると誤認させるためだ。

 

 兵器にATフィールドを纏わせ、かつ維持させるには、かなり高等な技術を要求される。近接戦闘、中距離ではエヴァンゲリオン自身が使徒のATフィールドを中和するか、パレットライフルなどであれば弾丸に薄くATフィールドを纏わせる事は可能だ。だが、遠距離兵器でATフィールドの維持はできない。エヴァンゲリオンから離れれば離れるほど、心の壁であるATフィールドの維持は難しくなり、その強度も弱まっていく。現在の科学力ではどうにもできない超難問。第5使徒ラミエルとの戦闘でポジトロンスナイパーライフルを採用したのは、こういった理由からだった。

 

 第5使徒との戦闘後、リツコはどうにかしてATフィールドの強度を維持したまま兵器に運用できないかと試行錯誤した。その結果として、兵器にATフィールドを纏わせるのではなく、『自分の体の一部を、ATフィールドを纏った状態で撃ち出す』という発想が生まれた。

 

 リツコは早速、テスト機の作成に取り掛かった。だが既存のエヴァンゲリオンは対使徒の貴重な兵器。おいそれとテストに使用する事はできない。そこでリツコは、既に廃棄されたエヴァの試作機を繋ぎ合わせ、苦心の末、このF型装備を生み出した。

 

 この零号機のコアには、ダミープラグに使用された『綾波レイ』の魂が僅かに入っている。テスト機であるために誰かを人柱にする事はできず、レイの魂がリリスの魂である以上、それをコアに入れることもできない。ダミープラグに残った情報を使うのはリツコにとっても苦肉の策であったが、結果としてレイが試作の零号機に近づいた事によって、コアの中にわずかに残った『綾波レイ』の魂は呼び起こされた。

 

 レイとこの零号機のシンクロ率は当然の100%である。しかもレイは『複数存在する綾波レイの一人』という認識を持っている。『自分の身体を切り離し、撃ち出す』という概念は常人には想像もできない概念であったが、かつて「私が死んでも代わりはいる」と言ったレイは、自分の身体の一部、または全てを失っても問題ないという概念をすでに持っていた。リツコが運用に際して苦慮していた数々の問題点は、結果として、レイがパイロットとして乗り込む事で全てクリアされたのだ。

 

 レイは、この零号機と『天使の背骨』を操る事のできるネルフ唯一のパイロットとなっていた。

 

 零号機のセッティングが完了する。

 

 『天使の背骨』の威力は絶大。かつて日本中の電気を集めて使徒を撃破した『ヤシマ作戦』を、この零号機は単機で実行できる。それも、再充電が必要なく連射が可能な状態で。

 

「目標捕捉…」

 

 レイが零号機の補助を受けながら、空中に浮かび上がったセフィロトの樹と、それを描き出した者達に照準を合わせる。

 

 『天使の背骨』のトリガーを引こうとして、レイは視界の端に、何かを捉えた。

 

 セフィロトの樹の遥か下。

 

 地上に横たわる、エヴァンゲリオン初号機。

 

「碇、くん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、葛城さん……」

 

 ミサトが最終決戦を映し出すメインモニターの映像を睨みつけている中、日向が震える声でミサトに話しかける。

 

「なに?日向君」

 

「シンジ君の、脈拍が…」

 

「え⁉」

 

 声を上げたのはマヤだけだったが、発令所にいた全員が驚きを隠せないでいた。

 

 ただ一人、ミサトを除いて。

 

 ミサトは変わらず、モニターを睨み続けている。

 

「……そう」

 

 腕組みをしたミサトが、ようやく返事をした。

 

 しかしその目は、モニターから離れない。

 

「それで?生命維持装置はどうなの?」

 

「…え?あ、はい。正常に稼働しています…」

 

「わかったわ。心臓マッサージを開始して」

 

「り、了解」

 

 ミサトが淡々と指示を出し、困惑しながらも日向とマヤが処置を施し始める。

 

「葛城…、大丈夫か…?」

 

 加持がミサトを気遣うが、ミサトはモニターから目を離さない。

 

「……加持くん。今、また戦自の戦闘機が落ちたわ」

 

 ミサトが組んでいた腕に力を込める。

 

「いま、彼らは命を捨てて戦っている。この戦いで負ければ次は無いと理解してるからよ。自分の大切なモノを守るため、今も文字通り必死で戦っているわ」

 

 ミサトの爪が、腕に食い込む。

 

「ネルフも戦自も、お互いに殺し合った。けど、今は共通の敵がいる。アレを止めなければ人類自体が終わってしまう。それがわかってるから、彼らは命を散らしながらも突っ込んでいけるのよ。…ならば、私たちだって必死の覚悟で臨まなくちゃダメ、って事よね?」

 

 ミサトの腕が震えている。腕だけではなく、その声までも。

 

「シンジ君は、もう十分すぎるほど頑張ってくれたわよね?エヴァシリーズを追い詰め、その弱点まで割り出した。どれだけ傷を負いながらも、必死に私たちを守ってくれた……本当は、こんな風にならないようにするのが、大人の役割のハズなのにね……っ」

 

「葛城…」

 

「だから、ここで終わりにするの!もう二度と、私や加持くんのような、シンジ君のような悲しい子供たちが生まれないような世界にするの!シンジ君のような子供が、犠牲になんかならなくていい世界に…どんな子供だろうと、泣かないで済む世界になるように!」

 

 ミサトも解っている。恐らく、碇シンジは助からない。あれだけの傷を負い、それでも無茶を押し通した。そのツケがシンジの命で支払われる事は容易に想像できる。軍人として世界を転戦した経験のあるミサトなら、なおさら。

 

 もちろん、シンジが蘇生する可能性も否めない。だが今は、シンジに構っている余裕がない。シンジを見捨てることになろうとも、心を鬼にしてでも、この戦いにだけは勝たなければならない。でなければ、ここまで奮戦したシンジの行いが全て無駄になってしまう。

 

 辛い。心が千切れそうだ。

 

 だがこの痛みを無視してでも、今はこの戦いに集中せねば。

 

 

 

 

 

『葛城三佐、違うわ』

 

 

 

 

 

 通信で、レイがミサトに話しかけた。

 

「レイ?」

 

『葛城三佐の「こころ」は、いま、なんて言っているの?』

 

 努めて冷静に振る舞うミサトに対し、ひどく抽象的な質問を投げかけたレイ。

 

「私の心…?」

 

『わたしは、まだ、こころというのがよくわからない。けれど、葛城三佐のこころはきっと、泣いている』

 

「……!だったら、何よ?今はそれよりも、この戦いに勝つ事のほうがはるかに重要なのよ!?」

 

『碇くんは、帰ってくるわ』

 

「……え?」

 

 メインモニターの端に、レイの顔がパッと表示される。いつもと同じ無表情。だがどこか、確信を秘めた表情で。

 

『あの時とおなじ。碇くんが、初号機のなかで溶けあってしまった時と、きっとおなじ。誰かが呼びかければ、碇くんは、帰ってこれる』

 

 それは本来、『3人目』であるレイが持つハズのない記憶。『2人目』のレイが初号機に呼びかけ、シンジの帰還を願った時の記憶。

 

『でもそれには、だれかが彼を呼び続けなければいけない。それはきっと、葛城三佐の役目』

 

「レイ…」

 

『わたしではダメ。わたしは「3人目」だから。これは碇くんと「こころ」が通った、葛城三佐にしかできないこと』

 

「でも…でも、私は…」

 

「行ってきたまえ、葛城三佐」

 

 レイの言葉に迷うミサトに優しく声をかけたのは、冬月だった。

 

「副司令…」

 

「迷子になっている子供は、いつでも迎えを待っている。迎えに行ってやれるのは、いつの時代も大人だけだ。それも、子供にとって信頼できる大人だけが、な」

 

 冬月の思いがけない言葉に、ミサトは思わず組んでいた腕を解いた。

 

「私で……いいんでしょうか?」

 

「君しかおらんよ。ここは私に任せておけ。…なに、子供に必要なのは大人だが、大人に小言を言えるのは老人だけだ。必要とされるかされないかは知らん。そういうワガママを、とりあえず言いたいだけなのが「老害」と言うのだよ」

 

 「私のような・・・な」、と冬月は微笑みながら小さく呟いた。

 

 ミサトは少しの間俯いていた。その言葉を噛み締めるように。

 

 だがミサトは意を決したように冬月に改めて向きなおり、最敬礼をした後、急いで発令所を駆け出して行った。

 

「……んじゃあ、冬月副司令!あとはよろしく頼みます」

 

「おや、君も行くのかね」

 

 ちゃっかり後を追おうとする加持に対し、冬月は言葉とは裏腹に全く意外でないといった様子で加持を茶化す。

 

 それを茶化して返すのが、加持リョウジという男だった。

 

「ええ。アイツ、目を離すと何かやらかしそうで怖いんで」

 

「はっはっはっ!そうだろうな!」

 

 そう言いながらミサトの後を追った加持を、冬月は笑顔で送り出した。

 

「さて、我々は我々でやらなければならない事が沢山ある。多いぞ?気を引き締めたまえ」

 

「「「はいッ!」」」

 

 冬月がオペレーターの3人に向き直る。その言葉を受けた3人も強く頷く。

 

 帰ってくる。

 

 レイのこの言葉を疑う人間は、この場にはいない。皆がきっと、シンジは生還すると心の底から信じている。

 

 それはもしかしたら、ただの身勝手な願望でしかないのかもしれない。

 

 それでも、彼らはシンジを信じている。

 

 あの悲しい運命を背負った子供を。それでも立ち上がってくれた少年を。

 

 だから、彼が戻るまでに少しでも良い状況を。碌でもない大人たちができる精一杯を。

 

 やるべき事は、結局いつもと同じ。

 

 そう。いつだって彼らは自分の精一杯を尽くしてチルドレンを送り出してきた。ただそこに、若干の後ろめたさがあっただけ。彼ら自身が、自分の行いを信じきれなかっただけ。

 

 今は違う。シンジが心の内を明かしてくれた今であれば。

 

「零号機、攻撃開始!」

 

『了解。フィールドシンカー起動』

 

レイの零号機が『天使の背骨』を起動させる。

 

『撃つわ』

 

 レイの言葉と共に、ジオフロントの空を一筋の光が切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キコ……キコ……

 

 

 

 夕陽が公園のブランコを紅く染める。

 

 

 

「ここは……」

 

 

 

 幼いシンジは、夕焼けに染まる公園の砂場で立ち尽くしていた。

 

 

 

 足元には砂でできたピラミッド。その形はまるでネルフ本部のようで。

 

 

 

 シンジが足を上げる。足元の砂のピラミッドを潰してしまおうと考えて。

 

 

 

 だが、シンジはピラミッドを踏み潰さず、そのまま足を下ろした。

 

 

 

「ここに来たら、なにかあると思ってた」

 

 

 

 シンジが公園を見渡す。正確には公園ではなく、正方形に作られた映画のセット。その境界線を踏み出せば、そこには自分を撮影するための機材の数々。

 

 

 

「ずっと、誰かが僕を見てくれていると思ってた。だから僕は、誰に見られてもいいように振る舞っていて……」

 

 

 

 シンジが歩き出す。セットの境界線の一歩手前まで。

 

 

 

「でも結局、誰も僕を見ていなかった……」

 

 

 

 シンジの背後に、僅かながらに人の気配。

 

 

 

「もう、いいの?」

 

 

 

 振り向けば、そこには懐かしい人影。

 

 

 

「母さん・・・・・・」

 

 

 

 碇ユイが、そこには立っていた。

 

 

 

「赤い色は終わりの色。1日の終わり、世界は必ずその色に染まる」

 

 

 

 ユイの後ろで、太陽がゆっくりと沈んでいく。

 

 

 

 沈んでいく先は、血のように赤い海。

 

 

 

「満足、できた?」

 

 

 

「はは…。できるわけないよ」

 

 

 

 シンジが苦笑する。その姿は今の、中学生の姿まで成長していて。

 

 

 

「だって、僕は知れたから。今までがそうだったからって、これからもそうとは限らない。ここには何も無かっただけで、ここじゃないどこかには、何かがあるかもしれない」

 

 

 

 シンジが、沈んでいく夕陽の反対、自分の後ろの空を振り返り、見上げる。

 

 

 

「そこがどこかはわからない。何があるかもわからない。でも…」

 

 

 

 シンジの目に映るのは満点の星空。

 

 

 

 そして、そのさらに先にある、どこまでも青く澄み渡った空。

 

 

 

「行ってみたいと思う。自分のできるところまで。自分のやれるところまで」

 

 

 

 不安はある。それでも。

 

 

 

「生きたいんだ。苦しくても痛くても、まだ生きていたいって、心が言ってる」

 

 

 

 シンジがユイへと振り返る。

 

 

 

 その目に、怯えは無い。

 

 

 

「母さんとの約束もあるし、ね」

 

 

 

 シンジが、微笑みを母親に向ける。

 

 

 

 ユイもまた、自分の息子に優しく笑みを返した。

 

 

 

「ありがとう。約束を思い出してくれて」

 

 

 

 ユイの後ろで夕陽が沈み、シンジの背後で朝陽が昇る。

 

 

 

 新しい朝の光が、世界を照らした。

 

 

 

 シンジとユイの距離が少しずつ縮まっていく。

 

 

 

「シンジ、あなたはきっと、自分の足で立って生きていける」

 

 

 

 ユイが愛しい息子の顔に手を当てる。

 

 

 

「もう、大丈夫ね?」

 

 

 

「うん。でも…」

 

 

 

 シンジはゆっくりと、愛する母に抱きついた。

 

 

 

「少し、寂しいよ。母さん……」

 

 

 

 母もまた、愛する我が子を抱きしめる。

 

 

 

「大丈夫。私たちはきっと、また出会えるわ。でもきっと、次が最後……」

 

 

 

 ゆっくりと、ユイはシンジから離れた。

 

 

 

「今はまだ、一緒にいられる。だから」

 

 

 

 静かに、しかし眩しいほどに輝く笑顔を、ユイはシンジに贈った。

 

 

 

「泣かないで、シンジ。甘えん坊な私の子。あの人と私のところに来てくれた、あの人に似た、私たちの愛しい子。大丈夫。あなたを抱きしめてくれる人は、愛してくれる人は絶対にいるわ」

 

 

 

「うん。知ってるよ。母さん」

 

 

 

 

 

〈………ちゃん〉

 

 

 

 

 

「この声は……」

 

 

 

 シンジが空を見上げる。

 

 

 

〈……シンちゃん!〉

 

 

 

 シンジがユイと顔を見合わせ、そして、

 

 

 

「「ほら、ね」」

 

 

 

 二人して、笑った。

 

 

 

「さぁ、起きましょう。シンジ」

 

「うん。そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「シンちゃんッッ‼」

 

 ミサトが、加持の運転するジープの窓から身を乗り出す。

 

 近づいてくる、全身を貫かれた痛々しい姿の初号機。

 

 その上空、レイの『天使の背骨』によって翼を撃ち抜かれた3体目の量産型が墜落するのが見えた。

 

 初号機の手前、約100メートル。

 

 そこでジープは急停止し、ミサトはその反動を利用して窓から飛び出した。

 

「シンちゃん……」

 

 駆け寄ったミサトが初号機を見上げる。

 

 ミサトの脳裏に、シンジと初めて会った時の光景が思い出される。

 

「……ごめーん、お待たせ。なんてね」

 

 ミサトの泣き腫らして充血しきった目に、もう何度目かわからない、涙が浮かぶ。

 

「いいかげん、枯れてくれてもいいと思うんだけど。歳かしらね・・・」

 

 ミサトの冗談に、初号機は反応しない。

 

「……ホントは、ね。アナタをこんな事に巻き込みたくなかった。普通の中学生として、普通に青春を楽しんでほしかった」

 

 初号機の向こう、撃ち落とされた3体のエヴァシリーズが立ち上がる。

 

「なのに、こんな事に巻き込んでしまって…」

 

 ミサトは必死に目を閉じて、涙を堪えた。まるで、贖罪を望むように。それに合わせてエヴァシリーズが、ミサトと、その後ろに止まっているジープに気付き、ゆっくりと手にした槍を構える。

 

「ホントに、本当に……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとう。ミサトさん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 突進してくるエヴァシリーズを、赤い光の壁が阻んだ。

 

 

 

『ヴオオオオオオオアアアアアア‼』

 

 

 

 初号機の口が大きく開き、傷だらけの初号機が雄叫びを上げながら立ち上がった。

 

 

 

 エヴァシリーズが初号機のATフィールドを破ろうと手にした槍に力を込める。

 

 

 

 だが、

 

 

 

『僕、良かったと思ってます。だって、ミサトさんと会えたから』

 

 

 

 ATフィールドの壁面を這うように、マゴロク・E・ソードの刃が横薙ぎに振るわれる。

 

 その刃に、ATフィールドが絡みつくように纏われていく。

 

 

 

『みんなと会えたから』

 

 

 

 ATフィールドの刃が、エヴァシリーズを横一文字に切り裂く。

 

 

 

『エヴァに乗れて、よかったです』

 

 

 

 初号機は3体の量産型に、次々とトドメを刺していく。

 

 エヴァシリーズのコアとダミープラグが同時に破壊される。

 

 3体の量産型は活動を停止し、地響きと共に大地に倒れた。

 

『碇くん』

 

『綾波!』

 

 シンジのもとに、レイから通信が入った。

 

『残り5体、順番に落とすわ』

 

『ありがとう、綾波』

 

 

 

 

 

「エヴァ初号機、再起動‼」

 

 青葉の涙の混じった声が、発令所に響き渡った。

 

「やはり、な」

 

 同時に冬月の口に、ニヤリと小さく笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 

「シンジ…っ⁉」

 

 生け贄として捧げられようとしていた弐号機の中、アスカは立ち上がった初号機に気付く。

 

「生きてた……!」

 

 アスカは口を両手で抑え、大粒の涙を流した。

 

 

 

 

 

 1体、また1体と落とされた量産型。

 

『はあああああああああああああッッ‼』

 

 それをシンジは、ATフィールドを纏った太刀で切り払っていく。

 

 これこそがマゴロク・E・ソードの真骨頂。

 

 F型装備として開発された、マゴロク・E・ソードの真の機能。

 

 ATフィールドを太刀の形に留めることで、全てを断ち斬る、『拒絶』の刃と化す。

 

 その威力は、今まで使用してきた全ての近接武器を、圧倒的に凌駕していた。

 

 残るエヴァシリーズは空中にいる3体のみ。

 

 シンジは空中に描き出され、形が揺らぎ始めた世界樹を睨む。

 

『アスカッッッッ‼』

 

 

 

 

 

『おのれ、エヴァンゲリオン初号機ッ!またしても我らの前に立ちはだかるか!』

 

 ゼーレのモノリス達が怒りに叫ぶ。

 

『ゲンドウの息子ッ‼』

 

『たとえエヴァシリーズが失われようと、この儀式だけは邪魔させん‼』

 

『エヴァンゲリオン弐号機に、ロンギヌスの槍をっ‼』

 

 

 

 

 

(身体中が痛い。目も霞んできた)

 

 シンジの意識が再び飛びそうになる。

 

(でもまだ、僕は生きている…!)

 

 傷だらけの初号機は、マゴロク・E・ソードを杖代わりに、それでもなんとか立ち続ける。

 

(綾波が、エヴァシリーズを落としてくれる。だから…!)

 

「もう少しだけ、力を貸して!母さん‼」

 

『ヴオオオオオオオオオオオオオオオ‼』

 

 初号機が雄叫びを上げ、シンジの声に応えた。

 

 だが、奮起するシンジの目に信じられない光景が映った。

 

 空の上で、2条の光が煌めく。レイの放った攻撃が、2体の量産型を撃ち抜くかと思われた、その時。

 

 狙われた2体の量産型が、初号機に向かって急降下してきた。

 

 残った最後の1体が、セフィロトの樹を離れ、旋回しながら、手にしたロンギヌスコピーを構える。

 

 狙いはセフィロトの樹の中心。

 

 アスカだ。

 

 

 

「アスカあああああああああああああ‼」

 

 

 

 シンジが絶望に目を見開く。

 

 眼前に迫る2体の量産型。既に死に体の初号機にトドメを刺そうと槍を構えて突っ込んでくる。

 

 シンジの時間が遅くなる。全ての光景がスローモーションに映る。

 

『碇くん‼』

 

 通信からレイの声が聞こえる。

 

『シンジィィイイイイイイイイイイイ‼』

 

 アスカの悲鳴が聞こえてくる。

 

 シンジの心に、怒りの炎が灯った。

 

(たとえ、コイツらの攻撃で僕が死んだとしても…!)

 

 初号機がマゴロク・E・ソードにATフィールドを纏わせる。

 

 かつて無いほどの『拒絶』の思いを刃に乗せる。

 

(アスカを犠牲に、全ての人たちを犠牲に願いを叶える…!)

 

 初号機が太刀を大きく振りかぶる。

 

 迫る2体の量産型が槍を突き出す。

 

(それだけは、そんな世界だけは絶対、認めないッッ‼)

 

 

 

「行きなさい!シンジ君!!」

 

 

 

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッッッ‼」

 

 

 

 

 

 初号機の手の先から、マゴロク・E・ソードの刀身が赤く紅く伸びていく。その渾身の『拒絶の刃』を、シンジはアスカに襲い掛からんとする量産型に向けて投げつけた。

 

 

 

 同時に、初号機の目前に迫った2体の量産型を、レイの『天使の背骨』が貫く。

 

 

 

 ATフィールドを纏った刃は、高速回転しながら、まるで巨大な手裏剣のように最後の量産型に迫る。

 

 

 

 最後の量産型、その手に握られたロンギヌスの槍が弐号機のコアを貫かんとした瞬間、下から迫った『拒絶の刃』が量産型を真一文字に切り裂いた。

 

 

 

 勢いを殺さず、刃はそのまま飛び続け、弐号機のちょうど真上を通り過ぎる。

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な『拒絶の意志』と化したマゴロク・E・ソードが、『生命の樹』であるセフィロトの樹を、『人類補完計画』そのものを真っ二つに断ち斬った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セフィロトの樹が崩れ落ちる。

 

 その中心に捕らえられていた弐号機も、解放された。

 

 しかし、とうに内部電源の切れた弐号機は何もできない。ただ重力に身を任せ、落下するだけ。

 

 地面に激突すれば、ひとたまりもない。

 

 

 

「アスカぁぁあああーーーーーーッ‼」

 

 

 

「シンジぃぃいいいーーーーーーッ‼」

 

 

 

 初号機がATフィールドの足場を作り、空を駆け抜ける。

 

 落ちてくる弐号機を、その両腕で抱きしめる。

 

 同時に身体中から血を噴き出した初号機であったが──、

 

「シンジっ⁉」

 

「大丈夫ッ‼」

 

 限界でありながら、決して離しはしないと両腕に力を込める。

 

 

 

(これが、最後の……!)

 

 

 

「フィールド、全開ッッ‼」

 

 

 

 墜落する2体のエヴァンゲリオンの真下にATフィールドが展開される。

 

 だがその壁は、2体のエヴァンゲリオンを受け止めきれず、

 

 轟音と共に、地面に激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 軽い既視感とともに、アスカが目を覚ます。

 

 死んだ、と思った。この戦いに臨んでから、もう何度も。

 

 死んだ、と思っていた。自分を庇いながら戦う、同い年の少年を。

 

「シンジ……っ⁉」

 

 弐号機の下、初号機が衝撃から庇うように下敷きになっていた。

 

『いてて…』

 

 エントリープラグ内にウィンドウが開く。

 

 画面には傷だらけの少年。

 

 アスカはそれを見て口を開き、何かを言おうとした。

 

 だがすぐに思い直し、心に浮かんだ言葉とは全く異なるセリフをシンジに投げつけた。

 

「……最後、着地のタイミング。外したわね」

 

『……ごめん。だってこんな着地になるとは思わなかったし、最後のとこで力つきちゃったからさ』

 

 傷だらけのシンジが困ったように目を逸らす。

 

(コイツ、全く気付いてないわね)

 

 アスカは心の中で、悪戯が成功したように笑った。

 

「なによ!着地くらい、特訓しなくてもちゃんとやんなさいよ‼」

 

「だからごめんって言ってるだろ⁉もう終わったんだからいいじゃない、か…」

 

 そこまで喋ったところで、ようやくシンジは気が付いた。

 

(このやりとりって…)

 

 そう。これはシンジとアスカが初めて2人で倒した使徒、第7の使徒イスラフェルを倒した後の2人の会話。

 

 初めて、2人が心を重ねられたときの会話。

 

 初号機のエントリープラグ内に映し出されたウィンドウの中、アスカは今にも崩れそうな仏頂面でシンジを見つめる。

 

「特別に許す。使徒、じゃなくてエヴァシリーズには勝てたんだしね。…どんくさいわりには、まぁ、よく頑張ったわ」

 

 アスカの口の端がひくひくと震えている。

 

「…君の口からお褒めの言葉を聞けるとは思わなかったな」

 

 シンジもそれに気付き、口の端がピクピクと動く。

 

 やがて、どちらからともなく。

 

「ふっ……くくっ……」

 

「くく……あはは……」

 

「「アハハハハハハハハハ…‼」」

 

 2人とも限界に達して、声を上げて笑った。

 

 

 

 

 

 2人の通信は、この場に居合わせた全ての人が耳にしていた。

 

 第二発令所内では日向、青葉、マヤが抱き合って喜びを噛み締めていた。

 

「全く、恥をかかせおって…」

 

 それを見る冬月の目にも、わずかだが、光るものが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「碇くん、よかった」

 

 零号機の中で、レイは深く深く息を吐いた。

 

「でも、これでよかったのかしら…」

 

 レイの中に残る、微かな違和感。

 

 それが何なのか、今のレイはまだ掴めていない。

 

(わたしの心の声に従う、か…)

 

 レイの中で、リツコの言葉が蘇る。

 

 今はただ、この勝利の余韻に浸ろう。

 

 レイはそう思い、そっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

「あっちゃ〜」

 

 ミサトが額に手を当てる。

 

「元気そうでよかったじゃないか」

 

 ミサトの後ろに、加持が立つ。彼らの真上には、真円を描いた青空が広がっていた。

 

「それ、あの時のマネかい?」

 

「あっ、バレたぁ?」

 

 ミサトがペロっと舌を出す。

 

 シンジとアスカのやり取りを見て思い出したミサトが、当時の自分が取った行動をなぞったのだ。

 

「ホント、心配して損しちゃったわぁ。シンちゃんもアスカも、人の気も知らないで…」

 

「そう言う割に、良い顔してるぜ?今のお前は」

 

 加持が懐から取り出したタバコを口に咥える。

 

「……そうね!」

 

 ミサトもゆっくりと髪をかき上げた。

 

「ホント、今日は大変な1日だったわぁ〜。帰ったら美味しいおつまみ作ってもらわなきゃ、割に合わないわね!」

 

 ミサトの涙は、いつのまにか枯れていた。代わりに、眩しいほどの笑顔を浮かべて。

 

「作戦終了よ。お疲れ様、シンジ君。レイ。アスカ」

 

 

 

 

 

「だってさ、アスカ」

 

「ほんとよね〜。あー、疲れた。アタシずぅ〜〜〜っと何も食べてないし、お腹ぺこぺこぉ〜」

 

「そうだね。アスカはずっと寝てたから」

 

 そう返すシンジの脳裏に、いつかの病室での出来事が思い出される。

 

(あの時、踏み止まって本当に良かった……)

 

 心の中で安堵したシンジだったが、その時の情景も思い出してしまい──、

 

(まずい…!恥ずかしくて、アスカの顔が見れないよ…)

 

「な〜に目ぇ逸らしてんのよ、バカシンジ。あっ!どうせ寝たきりのアタシに何かしようとしたんでしょ⁉」

 

「し、してないよ⁉ただお見舞いに行っただけで…!」

 

「ウソばっかし。エッチ!チカン!ヘンタイ!信じらんない‼」

 

『アンタたちぃ?2人とも重傷者なんだから暴れずに大人しくしてんのよ〜??』

 

 2人が言い争いを始めかけた途端に、ミサトが「待った」をかけた。

 

 アスカが少しだけ不貞腐れる。それを見たシンジはつい笑ってしまって。

 

「なによバカシンジ。なに笑ってんのよ?」

 

「いや、なんでもないよ……。

 

 お帰り、アスカ」

 

 その言葉に目を丸くしたアスカだったが。

 

「ただいま。バカシンジ」

 

 彼女にしては珍しく、快く返事を返してくれた。

 

 

 

 

 

つづく

 

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