【完結】エヴァンゲリオンANIMA-1.0   作:サルオ

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【f.前哨】

 

(少し疲れた…)

 

 葛城ミサトは長時間、とある場所で調べ物をしていた。

 

 長時間の作業や調べ物など、ミサトにとっては慣れ親しんだものだ。エヴァの作戦立案から戦時の指揮、使徒戦後の雑務処理など諸々。葛城ミサトの立場を考えればこなして当然の仕事ではあるし、ミサトの『父を殺した使徒への復讐』という目的を思えば、こんなものは苦でもなんでもない。

 しかし、すべての使徒の殲滅。その当初の目的が達成された今に至っても、ミサトの心が休まる事はない。

 かつての恋人である加持リョウジの死。まるで遺言のように残されていた録音メッセージを聞いたときから、ミサトは、この戦いは使徒を殲滅するだけでは終わらない、という予感を抱いていた。

 

 ゼーレ。ネルフの目的。そして、その終着点と思われる人類補完計画。

 

 未だ解明されない多くの謎。それらがミサトの肩に重くのしかかってくる。

 

 休んでいる暇はない。

 動き続けなければならない。

 しかし、それが無意味なものであってはいけない。

 

 『しなければいけない』が多すぎる。失敗は許されない、とミサトに過大なストレスを与えてくる。

 そのストレスの一因として、今ミサトがいる場所は、まさに心身共に負荷をかけ続けてくる場所だった。本来、人の出入りなど想定されていない空間。

 

 ゴウウウウウウウウゥン…………。

 

 機械の稼働音が辺りを満たす。

 

 そこは、人ひとりがやっと通れるかどうか、というような狭い通路。その床面には極太のケーブルが足の置き場もなく敷き詰められており、左右の壁にはネルフの頭脳とも言えるメインコンピュータであるMAGI、その補佐をするためのスーパーコンピュータの液晶パネルで埋めつくされている。

 点検のための作業員が一人やっと入れるだけのスペース。そこにミサトは、もう何時間も居座っている。個人用の端末をスーパーコンピュータの一部に接続し、ミサトのネルフでの地位を持ってしても知り得ることのできない情報をハッキングしているのだ。

 

 事は人命に関わる。ミサトだけでなく、ともすれば全人類の。たとえ軍法会議ものの処罰を受けたとしても、止まるわけにはいかない。

 

 果たして、数時間に及ぶミサトの努力は実り、ミサトの端末はミサトの求めていた答えを画面に映し出していった。

 

「そう…、この為にエヴァが13体必要だったのね…」

 

 ミサトがようやく手にした核心。

 

 ここに至るまでの全ての出来事にどういった意図があったのか、ここにきてミサトは、ようやく真実に指をかけたのだ。

 

「『できそこないの群体としてすでに行き詰まった人類を完全な単体としての生物へと人工進化させる補完計画』。まさに理想の世界ね」

 

(『誰にとっての』ってところはハッキリしないけどね…)

 

 ミサトの顔は険しいままだ。

 

 望んでいた情報は得られた。だが、それはこれまでの戦いの終結を意味していない。むしろ、これからが本当の戦いである、ということを裏付けるような内容であった。

 

 誰かにとっての幸せな理想の世界。それを実現させるための、最後の戦い。

 

「そのために、まだ委員会は使うつもりなんだわ。ネルフではなく、あのエヴァを…」

 

 ミサトの脳裏に浮かぶのは紫の巨人。それに搭乗するか弱い少年の姿。

 

 赤い巨人。それを駆る誇り高い少女の姿。

 

 青い巨人。それとともに身を散らしてしまった儚い少女の姿。

 

 そして、これから起こりうる、エヴァを懸けた人と人の殺し合い。人類が迎えるだろう、幾通りもの終わりの景色──、

 

 ピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・・・

 

 ミサトの端末機器が警告音を発し、ミサトは我に返った。

 

 端末機器にいくつも映し出される『DELETED』の文字。ミサトは傍らに置いた拳銃を手に取り、素早く立ち上がると同時に銃を構えた。

 

(気づかれた⁉)

 

 データのハッキングがバレたのか。

 

「いや…違うか……」

 

 銃を構えていたミサトはゆっくりと銃を下す。どれだけ待てども、ここに武装した誰かが近づいてくる気配は訪れない。

 

 ネルフという組織はその性質上、内部情報の秘匿には一切手を抜かない。秘匿情報に手を出せば、それがたとえどこの誰であろうと、ネルフにとっての害となるものと見なされ、処理される。そのための職員や部隊まであるのだ。

 

 その部隊が、来ない。

 

 では、自分のハッキングにブロックをかけたのは誰だ?

 

(はじまるわね…)

 

 ミサトは自分の考えが間違っていなかったと確信を得る。しかしながら、事態はミサトの想定よりも圧倒的に速く、もっと残酷に動きはじめていた。

 

 

  ◇

 

 

 ドンドン、と乱暴にドアを叩く音が聞こえて、赤木リツコは目を覚ました。眠り自体は深くないつもりだったが、自分でも気付かない疲れが溜まっていたのだろう。もしくは、来たるべき時に備えて、本能的に英気を養っていたのかもしれない。

 リツコが起き上がるのをドアの外から確認した訪問者は、リツコに対して無感情に用向きを伝えた。

 

(来た……!)

 

 千載一遇のチャンス。

 

 リツコは、かねてから連絡の取り合っていた加持とともに、この時に備えて幾度もシミュレーションを繰り返してきた。それは『どういったシチュエーションであれば、リツコの束縛は解かれるか』というもの。

 碇ゲンドウならば、緊急事態に陥れば使えるものは何でも使う。それがたとえ、既に見限った過去の愛人であろうと、有用ならば使うのだ。

 ゲンドウを直に知るリツコからすれば、勝算の高い賭けではあった。加持であれば「この程度、外すほうが難しいさ」と苦笑するだろう。しかし元来、リツコ自身が「賭け」というものに頼らない性格であったため、この数日間は気が気ではなかった。もし賭けが外れたならば、どうなるか。

 

 加持の作戦の起点は、リツコが自由の身になるところから始まる。逆に、リツコの拘束が解かれなければ加持の作戦は失敗し、ひいては人類補完計画の遂行、つまり人類滅亡のシナリオへと一直線に進むだけであった。

 

 その賭けに、勝った。

 

 リツコがドアの前に立つ。プシューと軽い排気音を出して、隔離室の扉はあっさりと開かれた。ドアの向こうには黒服が二人。恐らく碇ゲンドウの直下の部下だろう。

 

「状況は?」

 

 リツコは賭けに勝った喜びや昂りを表に出さないよう、努めて冷静に問いただした。黒服2人が背を向ける。黙って着いてこい、ということらしい。

 

(第一関門はクリア。次に必要なのは、時間ね…)

 

 リツコは黒服二人の後を静かに着いて行く。その内心は酷く冷静であったが、それは最終的にあの男・碇ゲンドウに必ず一泡吹かせてやる、という目的を達成するための課題を、一つ一つ確実に潰していくために他ならない。リツコの女として譲れない部分が、科学者としてのリツコと見事に合致し、かつて無いほどの集中力をリツコに与えていた。

 

(なにも変わりはしない。いつも通りだわ)

 

 リツコがうっすらと浮かべた笑みを、前を歩く2人が気づくことはない。

 

 やりたい事とやれる事、やらなければならない事を冷静に見極め、優先順位を付けて処理し、最善ではなくとも最優の結果を出すのが科学者だ。いくつものパターンを想定し、最終的に目的を達成できればリツコの勝ち。そういった意味では、この状況は既にリツコの想定の内にある。

 

 後は粛々と、処理をしていくだけ。

 

(どんな顔をするのかしらね、あのエゴイストな男は・・・)

 

 それを見るのが待ち遠しい。リツコは、否が応でも深くなりそうになる笑みを必死に堪えていた。

 

 

 ◇

 

 

 第二発令所では『EMERGENCY』の文字が壁一面のディスプレイに表示にされ、警告音が鳴り響いていた。

 

「通信機能に異常発生!」

「外部との全ネット情報回線が一方的に遮断されています!」

 

 職員たちの怒号が飛び交うなか、寡黙な冬月にしては珍しく語気を荒げながらも、職員たちに的確に指示を飛ばしていく。

 そんな中、青葉シゲルからの「敵はマギへのハッキングを目指している」との報告に、冬月は顔をしかめた。

 

「やはり、目的はマギか…」

 

 冬月は指示を飛ばす手を止めて、青葉の端末に近づいて行く。

 

「侵入者は松代のマギ2号か?」

 

「いえ!少なくともマギタイプ5…、ドイツと中国、アメリカからの侵入が確認できます!」

 

「ゼーレは総力を挙げているな。彼我兵力差は1対5…、分が悪いぞ」

 

「第4防壁、突破されました!」

 

冬月がさらに表情を険しくさせる間もなく、日向から更に深刻な報告が入る。

 

「データベース封鎖……ダメです!侵攻をカットできません‼」

 

「さらに外郭部侵入!予備回路も阻止不能です‼」

 

「まずいな…」

 

 マギの占拠は本部のそれと同義。冬月も、そしてその後ろの司令席で静かにしている碇ゲンドウも、それを理解している。

 

(手は打ってあるんだろうな、碇…)

 

 そんな疑問を抱いた冬月だが、実のところ、この点に関してはそこまで心配はしていない。碇ゲンドウという異常なまでに臆病な男を知り尽くしているからこそ、ゲンドウがこういった状況に瀕した際に手を抜くはずはない、と冬月は理解している。

 問題はこの事態を解決できるのが、この場にいないたった1人の女性であること。そしてその女性が、碇ゲンドウに対してただならぬ感情を抱いていること。

 ゲンドウは、女性の怖さを知らない。正確には『わかっていない』と言ったほうがいいか。それはゲンドウが彼の妻であった碇ユイを神聖視しすぎているからであり、それ以外の女性はゲンドウにとってはただの道具でしかない、と捉えているからである。碇ユイに対しては怯えた子供のように顔色を伺い愛想を振りまくが、それ以外の女性に対しては全く別の冷酷な面しか見せない。利用価値があれば多少は対応を変えるだろうが。

 

 冬月はその点を心配している。事実、過去にマギを開発した天才科学者であり、同時にゲンドウの愛人でもあった、リツコの母であるナオコ博士を痴情のもつれの末に失っている。そのことからも冬月は、ゲンドウが女性に対して下す判断を全くといっていいほど信用していない。

 

 ゼーレが本腰を入れてきたこの土壇場の状況で、赤木リツコを自由の身にする事が、後にどれだけの影響を及ぼすか。冬月の胸中に、言いようのない不安が積もり始めていた。

 

 

 ◇ 

 

 

「状況は⁉」

 

 ミサトは第二発令所への道を急ぎながら、部下である日向に連絡を取っていた。

 

『先程、第二東京からA‐801が発令されました』

 

「801?」

 

『特務機関ネルフの特例による法的保護の破棄、及び指揮権の日本国政府への移譲です』

 

 ミサトは発令所へ続くリフトに乗り込み、乱暴に『上』へ行くボタンを押した。

 

『最後通告ですよ、現在マギがハッキングを受けています。かなり押されてます…』

 

 電話越しの日向は冷静ではあったものの、事の重大さからか、声に若干の緊張が含まれている。

 

(早く着け、このオンボロ…!)

 

 ミサトの心が焦りの感情に塗り潰されていく。

 そこに、横から伊吹マヤが割り込んできた。

 

『伊吹です!今、赤木博士が、プロテクトの作業に入りました」

 

 ガシャンと大きな音を立ててリフトが止まる。ミサトの目の前には発令所があり、たった今まで連絡の取り合っていた日向とマヤが、大きな音に驚き、こちらを振り返るところだった。

 

「リツコが……⁉」

 

 

 

つづく

 

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