【完結】エヴァンゲリオンANIMA-1.0   作:サルオ

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【g.侵攻】

 

 ネルフ第二発令所に、作業の音が木霊する。

 

外部からのマギへのハッキングの騒動は一旦の落ち着きを見せ、先程までの大騒ぎが嘘のような静けさだ。ミサトは、もうだいぶ前に湯気の出なくなったコーヒーのマグカップを手にしながら、事の成り行きを見守っている。

 

「あと、どれくらい?」

 

 赤木リツコがマギへのプロテクト作業に入ってからどれほどの時間が経っただろうか。この事態を収束する事のできる唯一の女性は、マギの要となる巨大な3つのシステムのうち、まだハッキングによる侵食を完全に受けずに済んでいた『カスパー (CASPER)』の内部に入っていったまま、もうずっと出てきていない。

 

「間に合いそうです。120ページ後半まであと1分半。一次防壁展開まで2分半ほどで終了しそうです」

 

「さすがは赤木博士ですね!」

 

 日向とマヤが安堵の声を上げる。しかし事態はまだ収まったわけではない。

 

「安心してる場合じゃないわよ」

 

 ミサトが2人に釘を刺す。

 

「マギへの侵入だけですむような、生易しい相手じゃないわ…」

 

 ミサトの緊張を含んだ声を聞き、冬月も首肯する。

 

「マギは前哨戦にすぎん。奴らの目的は本部施設、および、残るエヴァ2体の直接占拠だな」

 

 静かな発令所の中で、冬月の声はよく響いた。黙々と作業をしていた職員たちの手がピクリと止まる。誰もが理解はしていながら、しかし言葉には出さないと決めていた暗黙の了解。これから起こり得るだろう『人と人の殺し合い』の可能性。

 

 それを冬月副司令が、肯定した。

 

 止まっていた作業の手が再び動きだす。夢であってほしいと願いつつも、万が一のときには自分1人だけでも生き残る。その可能性を少しでも高めるために。彼らはこの瞬間、自らの命運をその手で握っていることを自覚した。

 

 しかし、彼らの大多数は知らない。

 人と人との争いが、

 どれほど周到で、

 どれほど狡猾で、

 どれほど救いがないのかを。

 だから、彼らは知らなければならない。

 彼らが握った自らの命の価値を、その身をもって。

 

 

 ◇

 

 

 同じころ、『カスパー (CASPER)』内部では赤木リツコがプロテクトの仕上げに入っているところだった。

 

「必要となったら捨てた女でも利用する。エゴイストな男…」

 

そう愚痴をこぼしたリツコの顔は、曇ってはいない。

 

「なのに私、まだそんな男の言うことに従っている。バカなことをしてるわね」

 

 リツコはうっすらと笑みを浮かべたままだが、作業の手が止まることはない。常人では何が起きているのかわからない程のスピードでキーボードを叩き、プロテクトをかけていっている。

 

「でも…」

 

 リツコの目線がチラと壁に貼り付けられた大量のメモに向けられる。そこにはデカデカと「碇のバカヤロー」という文字が殴り書きされていた。

 

「母さんなら、少しはわかってくれるかしら……?」

 

 リツコが最後の入力を終える。カスパーに最後のプロテクトがかかり、ピーという音ともに作業が終了した事を告げる。同時に、耳にかけていた無線イヤホンからマヤの喜びの声が聞こえてきた。

 

『マギへのハッキング、停止しました!Bダナン防壁を展開!以後62時間は外部侵入不可能です!!』

 

 その声を聞き、リツコも安堵のため息を漏らす。リツコは壁の殴り書きにそっと手を添え、慈しむように目をやわらげた。

 

「母さんの残した裏コードのおかげで助かったわ」

 

 そっと手を離し、リツコはこの場を後にする。

 

 「それじゃあね、母さん」と、一言声をかけて。

 

 

 ◇

 

 

『碇はマギに対し第666プロテクトをかけた』

 

『この突破は容易ではない。マギの接収は中止せざるを得ないな』

 

『できるだけ穏便に進めたかったのだが、いたし方あるまい』

 

『本部施設の直接占拠を行う』

 

 

 ◇

 

 

 山中に潜む戦略自衛隊の通信士に、命令が下る。

 

「始めよう。予定通りだ」

 

 ゼーレの猟犬と化した者たちの目がギラリと光る。

 既に部隊の展開は完了している。

 空へはVTOLが飛び立ち、陸では戦車たちがキャタピラを鳴らす。

 それらの兵器の配置が整い、合図とともに一斉に火を吹いた。

 戦略自衛隊によるネルフ本部への攻撃が、爆音とともに開始された。

 

 

 ◇

 

 

「大観山第8から17までレーダーサイト沈黙!!」

「特務大隊、強羅防衛線より侵攻してきます!」

「御殿場方面からも2個大隊が接近中!」

 

 再び蜂の巣をついたかのような騒ぎとなったネルフ第二発令所。オペレーターたちの元へ、自分達が攻撃されている、という報告が絶え間なく入る。通信が途絶えた者もいる。それはオペレーターたちへ、通信の向こうにいた者が『死んだかもしれない』という恐怖を叩きつけてきた。

 

 昨日まで、笑顔で会話を交わした同僚。

 廊下ですれ違うだけの、名前は知らないが顔だけは覚えている職員。

 毎朝ゲート前で挨拶をするだけの守衛。

 

 そんな人たちが、死んだ。

 

 オペレーター達だけでなくネルフに所属する職員全員が、恐怖と混乱の感情に飲み込まれていく。

 

「やはり、最後の敵は人間だったな」

 

 冷静にそう告げる冬月の言葉に、碇ゲンドウは答えない。代わりに、ネルフ全体に向けて一言、こう告げた。

 

「総員、第一種戦闘配置」

 

 ゲンドウの言葉に、マヤは動揺を隠しきれない。

 

「戦闘配置?相手は…、使徒じゃないのに…」

 

 マヤの顔が歪む。

 

「同じ人間なのに……」

 

「向こうはそう思っちゃくれないさ」

 

 日向は横目でマヤを見遣りながら答えた。発令所のモニターに、残酷な報告が次々と表示される。

 

 警告音は鳴り止まない。

 

 

 ◇

 

 

『総員第一種戦闘配置!くり返す!総員第一種戦闘配置』

 

 シンジはネルフ内にある休憩室のベンチに呆然と座っていた。

 

「また外で何かが起こってる…」

 

 シンジの言葉に力はない。

 

「戦闘配置・・・エヴァに乗る、準備をしなきゃ…」

 

 口から出る言葉とは裏腹に、彼の目には生気がない。

 

「でも、どうしよう。体が動かないよ…ミサトさん」

 

 

 ◇

 

 

 兵装ビルが一斉にミサイルを放ち、応戦する。第3新東京市とネルフ周辺は、瞬く間に戦場と化していった。

 ネルフ本部の出入口ゲートでは見張りの戦闘員が、無線で状況を報告している。

 不安な面持ちながらも銃を構えていた戦闘員の後ろに、敵である戦自隊員が静かに忍び寄る。

 

「はい、ええ。今のところこっちは異常なしです……うッ⁉」

 

 口を塞がれ、背後から一瞬でナイフによって貫かれたネルフの戦闘員は、あっけなくその人生に幕を下ろした。

 同時に、出入口ゲートのシャッターが開く。その外側で待機していた大量の戦自隊員が、一斉にネルフ本部に雪崩れ込んだ。

 

 

 ◇

 

 

「おい!どうした、おい‼」

 

 別の場所でも異常を知らせるブザーが鳴り響き、報告を受けていた戦闘員の顔が青ざめる。異常に気づいた他の戦闘員たちが、すぐに一箇所に集まってくる。

 

「何があった⁉」

「わかりません。南のターミナル駅です!」

 

 ゴンッ‼ガンッ‼

 

 突然の轟音。彼らの傍に止めてある装甲車に、なにかが撃ち込まれた。

 

 隊員たちが装甲車に目を向ける。

 

 しかし彼らが音の正体を知ることはない。

 

 装甲車の爆炎が、彼らネルフの戦闘員をつつみ込んだ。

 

 

 ◇

 

 

 ネルフ本部内で次々と血が流される。

 

『台ヶ岳トンネル使用不能!』

『西5番搬入路にて火災発生!』

『侵入部隊は第一層に突入しました』

『南ハブステーションは閉鎖』

 

「西側の部隊は誘導よ!本命がエヴァの占拠ならパイロットを狙うわ!至急シンジ君を初号機に退避させて!」

 

「はい!」

 

 ミサトの怒号に日向がすぐさま対応する。

 

「アスカは?」

 

 続いてアスカの所在を確認する。それに答えたのは青葉だ。

 

「303号病室です!グループ4が警護しています!」

「かまわないから弐号機に乗せて!」

「でも操縦できる状態じゃありません!」

 

 マヤが「無茶な」といった表情を見せるが、ミサトは強い口調でそれを遮る。

 

「そこだと確実に消されるわ。匿うにはエヴァの中が最適なのよ」

 

(私の目の前で、あの子たちを殺させやしないわ…!)

 

 ミサトの思いが伝わったのだろう。マヤはミサトに従い指示を回す。

 

「了解!パイロットの投薬を中断。発信準備!」

「アスカ収容後、エヴァ弐号機は地底湖に隠して!すぐに見つかるけどケージよりはましだわ。レイは?」

 

 日向に素早く指示を出し、ミサトは青葉に確認をとった。しかし、

 

「所在不明です!位置を確認できません!」

 

 ミサトの頬を嫌な汗が伝わる。

 

「殺されるわよ!!捕捉急いで!」

 

 ミサトが焦りながらも指示を飛ばした時だった。ミサトのポケットの中からピピピ、ピピピ、と軽い音がなる。ミサトの携帯電話だ。

 

「こんな時に誰よ‼」

 

 緊急事態であるが、重要な報告の可能性もある。瞬時にそう判断したミサトは声を荒げながらも携帯を開いた。

 

 

 

「……………………うそ」

 

 

 

 ミサトの表情が凍りつく。

 なぜなら、そこにはかかってくるハズのない番号が示されていたから。

 

 震える指で通話ボタンを押す。

 

 携帯を耳にあてる。

 

 なにかの冗談ではないか?

 

 タチの悪いイタズラか?

 

 でも、もしかしたら、本当に?

 

 さまざまな憶測がミサトの思考を塗り潰す。何か喋ろうとするが声が出ない。

 

 戦闘中ということもあるし、極度の緊張状態でもあるだろう。

 

 ひゅっ、ひゅっ、と自分の呼吸が短くなっているのを感じる。

 

「……………………だれ?」

 

 ようやく絞り出せた声は、ミサトでも自覚できるほどにしわがれていた。

 

 だがそんなミサトの緊張を、電話の向こう側にいる人物は気にも留めず、極めて軽い口調でこう答えた。

 

『よう、葛城!……無事か?』

 

 まぎれもない加持リョウジの声が、ミサトの思考を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

つづく

 

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