魔法少女いろは☆マギカ 第2部 RE:Ms.Pain Planter(休載中 第二章一部完結済) 作:hidon
――突然、頭の中に響いた父の声。
「お父さん……!? お父さんなのっ!?」
「ちょっ……、いきなりどうしたのよ?」
「どこにいるの!?」
狼狽。
魔法少女のテレパシーを受け取った時のような、ピシッと電流が走る感覚。
焦りと不安が混じった―正に“混乱”を表情に描いた彼女は、周囲を忙しなく見まわし始める。
自分以外の周りの物が見えてなかった。聞こえてなかった。
それぐらい、夢中だった。
豹変するいろはに戸惑いながらも、レナは心配の声を掛けるが、もう、届かない。
――電流。
記憶の父と寸分の違いも無い、穏やかで精悍な声が、脳裏に響く。
「わかった……。“そこ”にいるんだね。お父さん……!」
「ちょっと、レナの話聞いてる!?」
「今、行くから……待ってて、お父さん!」
レナの制止も聞かず、走り出すいろは。
訳が分からず、呆然と見送ることしかできなかった。
あっという間に、いろはの背は小さくなり、街の群衆にまぎれて消えていく。
「……一体なんなのよ、アンタ……!?」
数泊経って。
我に帰ったレナが、愕然とした様子で、ぽつりとそう呟く。
頭が混乱しきっていて、いろはを追いかける事さえ、考える余裕が無かった。
気が付けば、アパートや古い住宅が並び立つ、閑静な住宅街へと迷い込んでいた。
「お父さん……!!」
声を頼りに、いろはが駆け込んだ場所。
そこは建物の裏に隠れた、薄暗い路地のような通路であった。
分かる。この先でお父さんが待っている――――
頭に響いてくる声を信じて、いろはは必死に走る。
正常な思考なんてできる筈も無い。
父が生きている。
近くにいる。
自分が、進む先にいる。
その感動が、今のいろはの心を満たしていた。
――そして、彼女は見つける。
「あ……」
視線の先に、一人の男性の後ろ姿を見つける。
黒いオールバックの短髪、ブラウンのスーツに包んだ細見の体躯。
ぶわりと――記憶の映像が鮮明に蘇ってくる
それらは、穏やかで優しい父なりの精いっぱいの“強がり”だった。母と自分達を護りたいから、もう少し自分を男らしく見せたいって恰好つけた、その姿。
間違い無い。あの人は、間違いなく、私の――――
「お父さんっ!!」
喉が枯れる程、声を張り上げていろはは全力で走り出す。
ずっと、会いたかった。
ずっと、話したかった。
声が聞きたかった。笑って欲しかった。前みたいに、一緒にご飯を食べたかった。
でも何より、褒めてほしかった。
今までずっと独りで頑張ってきたことを、認めて欲しかった。
胸に飛び込む私を、抱きしめてほしかった。良く頑張ったねって、頭を撫でて欲しかった。
待って、お父さん。今行くから――――
だが。
「っ!?」
父との距離まであと一歩――という所だった。
黒薔薇の装飾を施された“柵”が、地面から伸びていろはの行く手を塞いだ。
なんだ、これ。
「お父さん……」
『…………』
眼の前にいるというのに。
「っ、お父さん!!」
魔法少女に変身し、いろはは黒薔薇の柵を掴む。
『…………』
柵を壊さんとするほど強く揺らして。
喉が潰れるぐらい全力で、いろはは叫んだ。
声は届いた。
父は、ゆっくりと振り向き、いろはを見つめる。
ああ、本当に間違いない。色白で、鋭い目つき。だけどいつも穏やかで優しい瞳が、私を見つめている。
でも……。
「あ……」
その表情にいろはは愕然となる。
何かを諦めてしまったかのような、寂しそうな顔。
――――
父は、いろはに駆け寄ってはくれなかった。
再会を、喜んではくれなかった。
寧ろ逆。
目の前の
『…………』
やめて、お父さん。
どうして、そんな目で私を見るの?
でも――――
ぐすっ、と嗚咽が漏れる。
「っ……! ごめんなさい……。お父さん……」
涙を零しながら、黙って見つめる父にいろはは懺悔した。
ずっと、父の言いつけばかり守っていた。
自分の運命と戦いたい。そして自分の事を知らなければいけない。だから、大賢者様に会わなきゃって、ずっと考えてた……でも。
「お母さんの、言いつけ、破っちゃって、ごめんなさい……!」
お母さんは違った。
手紙で最後に書き残していたじゃないか。
『どうか、身体を大事にして、幸せに暮らして下さい』って。
「私が、悪い子でした……。お父さん、ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……」
だから、何か喋って欲しい。
私を、迎えに来て欲しい。
こんなに謝っているのだから、許して欲しい。
『…………』
「っ!? 待って!! こっちに来てよ!! 私の手を取ってよっ!! お父さん……お父さんっ!!!」
結局、父はいろはに何も言わなかった。
踵を返し、暗闇に向かって小さくなっていく父の背中を、いろはは必死で呼び止める。
しかし、どれだけ叫んでも、その声はもう二度と届く事がなかった。
「待ってよ……っ」
涙で滲んだ視界に映る小さな父の背に向けて、柵の隙間から腕を伸ばす。
その手もまた、二度と父には届かなかった。
父は、先の暗闇に紛れ込むようにして、消え去っていく。
「行かないで……………」
また、希望を一つ、失った。
胸を染み込んだインクのように黒く満たしていくのは、諦念。
伸ばした腕が、力を失い弛緩した。
顔面蒼白の愕然とした顔で、いろははただ俯くしかなく――――
――刹那。
【カラスA。標的A:環 いろはを視認】
【カラスB。標的A:環 いろはを視認】
【カラスC。標的A:環 いろはを視認】
――――それは、人の声とは思えなかった。
肉声、と呼ぶにはあまりにも無機質で、フラットな声。
「えっ……?」
愕然とした顔のまま、いろはは振り向く。
突然真後ろから聞こえてきたのは、複数の少女達の声。
「…………!?」
しかし、その声に生気は感じられなかった。
父を失った悲しみによる目頭の熱が、急激に冷めていく。
ぞっとするような緊張感が、寒気となって背中を這い回る。
違和感。
見えたのは、足元まで届く漆黒のフードを被った、三人の少女達。
(……誰!?)
もっと、父の事を想っていたかった。悲しんでいたかった。
なのに……!
自分が、
この緊張感は――魔女に遭遇した時と同じものだ。
防衛本能と生存本能が、全身に訴えかける。
『武器を取れ』、『戦え』と――!
そんないろはをドライに見つめる、三人の黒装束。
横並びに立った彼女達の中心に立つ者が、口を開いた。
【カラスAより紅羽根へ報告。チーム:カラス、これより“作戦行動”を開始します】