魔法少女いろは☆マギカ 第2部 RE:Ms.Pain Planter(休載中 第二章一部完結済) 作:hidon
2018/11/19(水)AM9:20
真っ白に閉ざされた曇り空の下。
『神浜ミレナ座』の屋上にて。
一人の秋色の髪の少女が、柵越しに地上の
あの時のモカウサギを、私はずっと見つめている。
だって、これはただのマスコットじゃない。
私達の証だから。
――――きっと、あの人の事が好きだった。
一緒に戦おうって言ってくれたのが、嬉しかった。
クレーンゲームが私より得意なあなたが、羨ましかった。
とろいと思っていた私の……慎重さが必要だと言ってくれた。
このモカウサギをくれたあなたが、特別だった。
学校の友達と一緒にいる時とは違う。
着飾る必要も、無理に合せる必要も無い。
ありのままの私。
とろくて、臆病で、でもたまにキツイ事を素で言っちゃう、図々しいこの秋野かえでを受け入れてくれた――私の“居場所”になってくれたあなたが、好きだった。
「しかたないよね……」
だから、私もあなたの居場所になりたかった。
でも多分、その思いは傲慢だったんだ。
あの人は、自分の居場所を見つけた。秋野かえでのもとではない、別の誰かに。
そこに秋野かえでが割り込む余地は無いと悟っている。
あの人は、素晴らしい人と出会い、恋に落ちたから。
大切なものを失っても、夢に向かってストイックに努力を続けている、素晴らしい人だ。
秋野かえでが敵う相手ではない。同じ土俵に立てる筈もない、次元が違うと感じるくらい、立派な人。
……だから、もう秋野かえでは、永遠にあの人の隣には立てない。
愛は美しく、そして残酷だ。
いつか、いずもさんが言ってた映画の引用を、私は身を持って味わった。
「良いなあ、レナちゃん……」
あの人が、
朝は何食べたの、明日こそ良い天気になるかな、ヒーローショー一緒に頑張ろうね――そんな他愛の無い話し合いで、幸せそうに笑うあの人達を見てて、私は息が詰まりそうだ。
心の中で黒いものがふつふつと沸き立ってくる。
苛立ちのような熱が頭の奥で煮えたぎってくる。
こつん、と自分の頭を小突く。
……ああ、これは多分、嫉妬だ。
ああ、嫌だな。こんな感情を抱く私は本当に駄目な奴だ。
あの人は、自分の居場所を見つけたんだから。
祝福しなくっちゃいけないんだ。
でも、私の居場所が無くなってしまう。
それは、許していいことなのかな。
私の大切なものを失ってまで、私はそうしなきゃいけないの?
居場所が無い。
今まで当たり前にあったものが、突然現れた“自分より優れた誰か”に奪われてしまう。
虚無感・無力感・脱力感が同時に襲い掛かって来る感覚こそが、今。
足元が空虚で、いつもふわふわ浮いているような錯覚。
昔は当たり前に受け入れてたそれが、今は気持ち悪い。胸がぎゅうっと締め付けられていく。苦しい。胃の中がぐるぐると渦巻いている。逆流して溜め込んでたものが吐き出そうだ。ひどく不愉快だ。こんなの、凄く嫌いだ。
ああ、嫌だな。
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。
ああ、こんなに苦しいなら、いっそのこと……
「始めまして……」
「ッ!!!」
知らない男の囁きが聞こえて、秋野かえでの心臓がドクンと跳ねる。
「誰っ?! ……!!?」
振り返り、目を見開いた。
そこに佇んでいたのは、黒い紳士服を纏い、シルクハットを深く被った大男。十咎ももこが血眼で探している敵――この祟りを仕組んだ真犯人……!!
「カマキリ男……!」
「クックックック……」
「何が、おかしいの……!」
魔法少女に変身して身構えるかえでに、カマキリ男――パブロ・ディエゴ――はくぐもった笑い声を響かせる。
眉間に皺を寄せて睨みつける彼女に、彼は嬉しそうに言った。
「秋野かえでちゃん、だよね……? ククク……。俺達、いい友達になれそうだな?」
「何が……!?」
「君、虫とか爬虫類とか、平気でしょ? 俺の事見ても、そんなにビビってない……寧ろ、興味津々って言ったところか」
「っ!?」
心の中を読まれた気がして、驚愕に目を見開くかえで。
「……っ!!」
だが、クッと奥歯を噛みしめて、覚悟を固める。
武器の先端をカマキリ男に向けて威嚇するかえでだが、彼は大顎をガクガクと開閉させながら快笑で一蹴。
「くっはははははははは!! 嬉しいよ。この姿のせいで、魔法少女はどいつもこいつも気味悪がっちまってなあ……寂しい思いをしてたんだ。君みたいな子と会えて本当に良かった、うん……うん!」
「な、何言ってるの!? あなた、殺人犯でしょ!? 私はあなたの敵だよ!!」
「敵? それはおかしい? 俺は君のことを攻撃するつもりは無いのに? 殺人犯って、証拠あるの?」
「無いけど……ももこちゃんが言ってたよ。カマキリ男が悪い奴だって!」
「へえ~、意外だねえ。君、そこまで自分の判断を他人に委ねてるんだ。結構、我が強そうに見えるのに」
「っ」
「君、おとなしそうに見えるけど、結構言いたいこと、人に言っちゃうタイプだよね? 傷つけた事、結構あるよね? でも、ついそう言ってしまうのは、君の中にある不安やストレスが根本的な原因なんだよ」
カマキリ男の態度は、温和でフラットだった。
敵意を示され、武器を向けられているにも関わらず、仲の良い友人と久しぶりの会って近況を話し合うような軽快さ。
「……あなたは、私の何を知ってるの?」
故に、かえでは警戒心を、僅かに解いてしまう。
武器を下ろして、カマキリ男と向き合ってしまう。
生来の太い神経が、器の大きさが、怪物と同じ目線に立つ事を許してしまった。
「…………」
カマキリ男は、そこで大顎を閉ざし、静かに歩み寄る。
そして、かえでの隣に立ち、先ほどまで彼女が見つめていた光景――かえでが大切に思っている“あの人”と、妬ましい感情を向けた“あの人”が和気藹々としている様子を、見つめだした。
「え……」
その顔を見て、かえでは気づく。
カマキリ男が、あの二人に向ける眼差しと相貌は、先の自分と全く同じ感情を示していると。
「何が、見えるの……?」
彼は、“自分と同じ”――だから、親近感が沸いた。
カマキリ男は、苛立ちを抑えた低い声で、呟く。
「……多分、君がさっき見てたものと同じだよ……」
「羨ましいの?」
「いいや、妬ましい……!!」
かえでが目を細めた。
カマキリ男が手袋を嵌めた拳をぎゅうっと握りしめている。指が肉に食い込むんじゃないかと思うくらい、強く。メキメキと骨の音が鳴る程に――
「とても嫌いで、不愉快だ。君も、そう思ったろう?」
「…………」
暫しの沈黙。
しばらく何も言わずに、二人の様子を見つめた後――カマキリ男が隣のかえでを見下ろして、静かに問う。
「なあ、君……」
現れた時の異質さが嘘に思えるほど、今の彼の声色は穏やかだった。
かえでに対する確かな同情心と、哀れみが籠もっていた。
「何?」
「自分の居場所が無くなってしまうのは、辛いよなあ……?」
「……うん」
「誰も悪くない。でも誰かを攻めたくて堪らない……。攻めるつもりは無いのに、つい攻めるような言葉が口から出てしまう。……そんな自分が、嫌になってくるよな?」
「…………うん」
かえでは振り返る。
隣のカマキリ男と一緒に、二人の姿を見つめている。
大切な人。
でも今は、私の手の届かない場所にいる。
きっと、
「でもさ、よく考えてみなよ……」
「え?」
「今もこうして君を苦しめている居場所が、本当の居場所だと思うか?」
「それは……」
「……」
口にするのを躊躇うかえでに。
カマキリ男は一拍置いてから、こう言い放った。
「いっそ、壊してみないか?」
「……え?」
すんと、心が冷たくなるのを感じた。
心の中に潜んでいた黒く禍々しいものが、一気に噴き上がってくるような感覚。
頭の奥で控えていた熱が、脳みそ全体を燃やすように巡りまわってくる。
「大切な人が、自分の居場所になってくれないなら、壊してしまえばいい。そして、新しい居場所をまた作ればいい」
「…………!!」
内側から、促されていく。
暴走する熱が自分の喉元と、手と足と指先の内側で今か今かと待ち構えている。
秋野かえでが、自分に正直になる時を。
溜め込んでいたフラストレーションを爆発させる、その瞬間を――!!
「で……」
「ん?」
「できる、かな? ……私に……こんな臆病な私に、そんな事……!」
「できるさ」
悪魔の囁きに、かえでの意識が傾いてく。
それはとても甘美で心地良くて――何より楽だった。自分で考える必要が無かったから。
ただ彼の言う事に頷いていれば、求めるものが手に入るかもしれないという――根拠は無いが、確信めいたものを感じていた。
「俺も君と同じだった。でも覚悟を決めたんだ」
「覚悟……?」
「俺を苦しめる居場所を壊した。ぐちゃぐちゃに、跡形も無く粉砕してやった。 そして今、俺は俺自身を手に入れたんだ。……誰よりも強く、決して誰にも侵される事の無い、自由な俺に……!!」
カマキリ男の複眼に満ちた瞳が、秋野かえでを見下ろす。
血のように紅い眼光を放つそれは、常闇の沼に足を鎮める彼女を嘲笑う悪魔のようだ。
だが、かえでは、もう気付かない。
彼に意識を捕らわれてしまったから。悪魔の虜になってしまったから。
「で、でも……」
「ん?」
「今、祟りでたくさん人が死んじゃってるし……止めないと」
「正しいことを優先して、自分自身が壊れても構わないのか?」
「ッ」
ギュッと強く噛み締めた下唇が痛い。
それは僅かに残った理性と逡巡。
自分に言い聞かせるように。淀みきった心に喝を入れるべく、かえでが吠える。
「そうじゃないッ!! そうじゃないけどッ!!!」
しかし――
「今は、君自身の救済と、幸福を優先すべきだ。だって、君は
「!! …………っ!」
カマキリ男の最後の言葉が、背中を押した。
かえでは踵を返し、その場から走り去った。
向かっていく場所は、決まっている。
感情を爆発させる“敵”も、決まっていた。
彼女の背中を見送りながら、カマキリ男は――
「………………………………クックック。そうだ、とにかく自分に都合よく」
――閉ざした大顎の端から、愉悦を漏らす。
「都合が悪くなったら、壊してしまえ! どっかに逃げろ! そして自分に都合がいい人生を送るんだ! だって俺と君は、都合が良い人生を選んできたんだから!! そして、ずっと一緒に……自由に……ッ! 上手くいかなかったら壊して!! 逃げて!! そしてまた自由にッ!!! 逃げて壊して逃げてッ!!! そしてまた居心地のいい場所を見つける!!! そして今度こそ自由になるんだッ!!! クックックックックックックック……アハハハハハハハ……」
――アーハッハッハッハッハッハ!!!
狂笑が閉ざされた曇天に鳴り響く。
大顎を開放して放たれる怪人の卑下た笑い声は、かえでにも聞こえていた筈だった。
だが、その心にはもう届かなかった。
「最低だよ……! レナちゃん……っ!!」
――その後、かえではレナと喧嘩し、『絶交』することになる。