魔法少女いろは☆マギカ 第2部 RE:Ms.Pain Planter(休載中 第二章一部完結済) 作:hidon
――旧神浜煉瓦製作所
「『ウワサの支配人』、パブロ・ディエゴ!!」
「貴方のノルマはもう達成した筈でございます。一度御退きなさいっ」
「そうだ!! うちらの聖域に土足で踏み込むな!!」
暗闇に包まれた工房の中で甲高い罵倒が反響する。
双子の魔法少女・天音姉妹―
彼は先程、壁に止まった季節外れの蚊を叩き潰した直後だった。
そういえば近くに川があったよな。そこから湧いたか――そう思いながら腕をポリポリと掻き、
「これはこれは、実働部隊幹部の白羽根様じゃあございませんか……?」
「「っ」」
振り向いた。
不敵な笑みを浮かべて、掠れた声で応える。
入口から差しこむ光によって、相貌が顕わになる。
同時にツンとくるヤニ臭さが漂い、天音姉妹がうっと鼻を摘む。
やや大柄の黒いパーカーに、着古した色焼けのジーンズ、新品の量販物のスニーカー……カマキリ男らしさは欠片も伺えない、どこにでもいる一般人の青年にしか見えなかった。
彼が咥えているのは、セブンスター・ボールド・ブラック。ニコチンがガツンと来るタイプで、そのキツイ臭いもまた、姉妹の怒りをより過熱した。
「クッサッ!! 勝手に煙草を吸うな!」
「……ああ? 俺がどこで吸おうが、関係ねえだろう? お前らのもんなのかよ、ここ?」
顔の前でゆらぐ煙を手で払いながら。
キッと目を鋭くして怒鳴り散らす月咲に、パブロ・ディエゴと呼ばれた青年はどこ吹く風だ。
半分程になったそれを、地面に投げ捨てて、足で踏みにじる。
「っ! 別にそうではございませんが……貴方は礼儀というものがなっていないでございますっ」
その所作に、月夜も苛立ちを募らせるが、妹のように感情的になってはいけない。
今日は、“上司”として彼を叱らなければならなかった。
「礼儀? 礼儀、ね……クククク……」
「な、何がおかしいのさ!?」
「俺は一度死んだ身だ……そして“怪人”として蘇ったんだ。そんな俺に、人間が敷いたルールに再び従えっていうのは、普通に考えておかしいよなあっ?」
「!! お前、月夜ちゃんをバカにッ」
言われた事が滑稽過ぎると肩を震わせて笑い出すディエゴ。
我慢ならなくなった月咲が喰ってかかろうとするが、お待ちなさいと月夜に止められる。
「っ……。パブロ・ディエゴ。この度の“ウワサ”利用による『感情エネルギー』回収の件、誠にお疲れ様でございました……」
「ああ……。どうだ? 俺はうまくやったろう?」
一度深呼吸して、月夜は話し出す。
既にディエゴは新しい煙草を口にしており、自賛と同時に煙を月夜に吹きかけた。
「っ……!! ですが……契約違反でございます」
内心の憤慨と駆け出しそうな月咲を抑えながら、月夜は静かにそう告げた。
「なに?」
「契約書には、ノルマに必要な人間は20人までって書いてあった筈だよ!! 50人は多すぎっ!!」
「それと、感情エネルギーを回収し終えた人間は開放することも、契約書に記載しておりました。なのに……首を狩って殺すなんて……それも20人も……! ひどすぎるではございませんかっ!?」
月夜の感情はそこで限界が来た。
激昂と同時に、その契約書をバッと見せつける。
天音姉妹が述べた通りの事項が書かれた雇用契約書には、ディエゴの
「確かに、サインしたが、書いてあることに従うつもりは全く無かった。……そもそも、こんな下らない契約書、誰が作ったんだよ?」
「梓 みふゆさんだよ……!」
「実働部隊の元統括責任者の方でございます!」
「梓……? ああ、あの腰抜けのヘタレか。誰かを犠牲にしてまで成し遂げる覚悟も無い、甘ったれた世間知らずのバカか。訳分からんこと直談判して降格処分喰らったのも、納得だなあ?」
ケラケラと笑うディエゴに、天音姉妹は鬼の形相と化す。
「っ……私だけならまだしも」
「うちらが尊敬するみふゆさんまで馬鹿にするのは許せない!!」
「契約違反者には、上司として然るべき罰を与えなくてはなりません!」
「これ以上好き勝手な真似は見過ごせないよ!!」
「『マギウスの翼』の名誉に傷を付けない為にも、余計な犠牲者の増加は防がせて頂きます!」
「「覚悟!!」」
「……あ~、つまり、俺を処分するの? いいぜ、やってみろよ、
ディエゴがニタニタと笑みを深める。
自分が死ぬ可能性など微塵も無いと言いたげに。
魔法少女に変身した天音姉妹は、腹立たしさにくっと眉間に皺を寄せた。
だが、
「余裕ぶっこいてられるのも、今の内だよ……自分の
「泣くなら今のうちでございます。私達が奏でる音色に、酔いしれてくださいませ……!」
怒りの形相ながら、心の中でディエゴにほくそ笑む姉妹。
実は、組織のシステム的に、白羽根である彼女たちの方に分がある。
「行きますよ、月咲ちゃん……!」
「うん、演奏開始……!」
『ウワサの支配人』は、強力無比だ。
だが、白羽根以上の幹部には、絶対に敵わないように
つまり、戦う相手が上司であれば、強制的にデバフがかかるという仕組みだ。当然、此度のような反抗を防ぐ為の処置である。
天音姉妹は、固有武器の笛を揃って口元に据える。
――――笛花共鳴。
演奏する姉妹から同時に発せられる強力な音波攻撃。
音楽を相手の脳内で反響させ、動きを止める技だ。硬直を確認したらすかさず、同時に物理攻撃――ディエゴはその流れで処分される――
「バカが……!!」
――筈であった。
「「えっ」」
残像、消滅。
演奏直前で、眼の前のディエゴがふっと掻き消える。
その光景に不意を突かれた天音姉妹は、つい口を止めて目を見開いた。
瞬間――――
「!? なっ……!!」
「!? ひっ……!!」
深緑の陰影が高速で後ろに回った気がしたが、確かめる間さえ無かった。
同時に姉妹の視界が捉えたのは、お伽噺で見る死神の鎌。
生きた心地がしなかった。
ゾッと急激に悪寒が走り、姉妹は同時に息を飲んだ。
気が付けば二人は、彼の両腕から生えた、巨大な三日月状の白銀の刃を首筋に突きつけられていた。
「クックックック……」
背後から聞こえてきたのは、ディエゴのくぐもった笑い声。
まさか――
「そんな……ウワサの支配人は……!」
「白羽根以上の幹部には絶対に逆らえない筈でございます……!」
言いながら、恐る恐る姉妹は後ろを振り向いた。
どこにでもいる、中肉中背の青年ではない――ジェントルマン風のスーツを纏った“カマキリ男”へと変貌したディエゴが、大顎をバクバクと動かしながら哄笑を響かせる。
「ハッハッハッハ!! 残念だったなあ!!」
「どういうことで、ございますか……」
「俺の体は怨霊の祟り……つまり、呪いの力によって構成されている」
「まさか……!!」
「捕えた人間どもから回収した、絶望から生じる負の『感情エネルギー』。余ったそいつを、俺の体に注ぎ込んだらどうなるか……ガキでも分かるよな、んなこたあ!! アーハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」
「パワーアップしたって訳、うちらよりも……!」
「契約違反どころではありません……!? 組織への反逆行為にございます……!! 許される訳が」
幹部・白羽根としてのプライドがそう言わせてるのか。
全身を震わせ、脅えながらも、虚勢を張る月夜をデェエゴは嘲笑う。
「許されない?? 何か勘違いしてるようだから教えてやる……! そもそも、統括責任者様が言ったんだぜ? “俺の好きにやれ”って。だから俺は言われた通りに動いてるまでだが?」
「そ、そんな……!?」
自分以上の者達による救済――その希望が絶たれた瞬間。
月夜の顔から血の気が引いた。絶望感に、さあっと青ざめていく。
「フェーズ2は、
「「…………」」
姉妹は何も言い返せず、ただ身を震わせていた。
しかし――――
<くっ……こうなったら、月咲ちゃん!>
<うんっ……『今すぐ助けに来い! 黒羽根!!』>
抗う手段が無くなった訳ではない。
開放を望んだ魔法少女達の身体を再利用した肉人形。
直属の指揮下にある兵隊達を呼び戻し、カマキリ男の虚を突いて救出してもらうつもりだ。
しかし――
<………………!?>
<……!?……どうして来ないのですか、黒羽根は!!>
「……今、何か考えたな?」
「「っ!?」」
「だが、無意味だ……」
姉妹を頭上から見下ろすカマキリ男の複眼が、ギラギラと紅紫のグラデーションを瞬かせた。
瞬間、姉妹が驚愕する光景が周囲に広がった。
【【【【【【チーム:カラス。<ウワサの支配人>パブロ・ディエゴ様より要請を受け、只今結集致しました】】】】】】
電子音の同時再生のように聞こえてくる、感情が欠落した少女達の音声。
どこからともなく、黒羽根達が二人と一匹を取り囲むように集まっていた。
姉妹の指令ではなく、カマキリ男の呼応によって!!
「な、なんで……?」
「設定を忘れているのは、お前らの方だったなあ?」
「ど、どういうことだよ……?」
「こいつらは世界一合理的に考えて行動できる……簡単に言えば、お前らより俺の方が上だと認めた訳だ。……さて、お前らはどうする気だ?」
「「…………」」
絶望。
得意技は完封され、手駒は奪われた。もう、勝ち目はない。
顔面蒼白の姉妹はただ沈黙し、カマキリ男の言う事に従うしか生き残る術は無くなってしまった。
「……言っとくが、逃げても無駄だぞ。お前らの住所は黒羽根を通して把握している。逃げたら家族を全員殺してやる……!! 家族だけじゃない、友達も全員見つけ出してバラバラにしてやる……!!」
「「っ……!!」」
気色悪く開閉する大顎を、二人の耳元に近づけてカマキリ男は囁く。
「なあ、お前らさあ……? 今まで育ってきた環境が違うんだってなあ? お互いに合わないと思ってるところが、沢山あるんだろ?? 苦手だって、感じてるんだろう?? ……なのに、いつも一緒にいるぐらい仲良しなのがさあ……許せないよなぁ~?? 許せないんだよなぁああああああああああああああ!!!」
「ひいっ……!!」
「いやっ……!?」
姉妹の首元に突きつけられた大鎌がガクガクと大きく震え出す。
カマキリ男の噴き出す怒りに呼応するように――鋭利に研がれた刃は、微かに触れるだけで、痺れるような痛みと同時に皮膚を裂き血を垂れ流す。
一歩も逃げる事も許されない姉妹は、ただ涙を流して耐え忍ぶしかなく、
「いいか……お前らは腹の底からムカつくが……首を斬り飛ばされないだけ有り難いと思え。生き延びたかったら俺の言う事に従え。忠誠を誓うんだよ!! 俺の為なら人を殺せると!! 家族や友達だって犠牲にできると!! 今すぐ誓えッ!!」
「「!? ~~……………っっ!!」」
彼に生を懇願するしか、道は無かった。
涙を流し、ガクガクと震えながら、姉妹は同時に首を縦に振った。
それを見た、カマキリ男は、恍惚の眼差しで、
「ああ……嗚呼、俺はなんて慈悲深いんだろうなあ……。良かったなあ、これでお前らはまだ生きることができる……。本当に良かった良かった。一件落着だ。……俺の言う通りに働けばだけどな? ……クックック……クククククク……! アーハッハッハッハッハッハ!!!」
暗闇に閉ざされた工房の天井を仰ぎ、カマキリ男は狂った大笑いを響かせた。
――嗚呼、“自由”だ。
今までに感じたことの無い充足感を、彼は深く噛み締めていた。
「でも、足りない……。全然、満たされない……っ。まだまだ……もっとだ……! もっと、この力を使い尽くしたい……。 せっっかく、超人に生まれ変わったんだ……。魔法少女を超える、強力な力を手に入れたんだっ!! もっともっと自分を試したい!! まだまだ暴れたりない!! 俺は“俺”であることを証明し続けたい!! だから見せつけてやる……俺の生き様をっ!! 人間に魔法少女に警察! 全て皆殺しにしてやるっ!! そうだ、俺が、俺だけが……この世界で」
“自由”だ――――!!