魔法少女いろは☆マギカ 第2部 RE:Ms.Pain Planter(休載中 第二章一部完結済) 作:hidon
――後日。
神浜旧煉瓦工房内で、“潰れた蚊”から採取された血液反応は科捜研へと送られた。
怪しい3種の下足痕の内2つもまた、天音月咲・明槻月夜から任意で下足痕を採取し、照合したところ、サイズと形状が完全に一致した。
だが、カマキリ男との関係については、白を切られてしまう。
鑑識課の金井巡査によれば、“怪しい人間”はすぐに分かるという
所謂、罪を自覚している者は、指紋や下足痕を採取している最中に、大体判明するという。
『手に汗を掻く』、『手が震える』、『目が泳ぐ』、『声のトーンが変わる』。
そして、耐えきれなくなり、『私がやりました』と自白する。
照合結果が出る前に、自首しに来るパターンも多い。
だが、姉妹の反応は至ってフラット。
旧煉瓦工房もあくまで、お互いの密会場所に使ってたぐらい。
カマキリ男とか『マギウスの翼』の事は、本当に知らない様子であった……。
――そして、一週間経過し、科捜研からDNA型鑑定の結果が出たのと同時に。
水波レナが、消息を絶った。
そのDNA型を県警の前歴者データベースと照合した所、ある男と一致した。
――『
捜査会議の際、ディスプレイに映されたのは、ただの優男であった。
如何にも朴訥とした印象のサラリーマン。どこにでもいそうな、中肉中背の、身体性格共に大きな特徴の無い青年。
大量殺戮を実行したシリアルキラーのものとは程遠い精悍な顔立ちに、『被害者の間違いでは無いか?』とももこ含めた魔法少女達は疑問に抱いた程だ。
その男の身柄は、なんと拘置所にあった。
2018/10/21(水)・PM19:30頃、神浜市慶治町・新西区にて発生した、一家惨殺事件の犯人として殺人罪で起訴された。
殺されたのは、山岸富雄・由紀恵夫妻。その長女・山岸深雪と婚約者の跡部雄馬の4名。
夕食時に山吹の襲撃を受け、全員が刃渡り23cmのナイフにより全身を滅多刺しにされた。
金銭や通帳等を奪われた形跡は無く、あくまで怨恨――特に長女・山岸深雪に対しての――による犯行であった。
山吹は、殺害後に自ら警察に通報し、自白。刑事事件として捜査され、鑑識課により凶器と指紋・下足痕及び凶器と衣類に付いた血痕や繊維片等―多数の証拠品もすぐに発見された。
そして現在、刑事裁判中の身であった。
☆
「灯台下暗しとは、正にこのことだな……っ!」
慶治町・北養区にある巨大な施設――神浜拘置所。
水名署の春川捜査係長は、二人の魔法少女を引率し、通路を進んでいた。
いつも通りの冷徹な表情だが、その声色には、いつになく悔しさと苛立ちが滲み出ていた。
当然だが、豚箱にブチ込まれた被告人が、裁判以外で外に出れる筈も無い――つまり、山吹が本当にカマキリ男だった場合、“最高の隠れ蓑”を警察は提供していた事になる。
……春川係長は、その事実が歯痒くて仕方ないのだ。
だが、疑える余地が無いのは、誰から見ても当然だった。
猟奇的殺人犯の被疑者ともなれば、24時間厳しい監視の目が向けられる。
刑が確定するよりも先に“自殺”のリスクがあるからだ。そのような環境下にある山吹が外に出るなど、現実的に不可能だった。
事実、担当刑務官の記録では、山吹は、収容されてから監視の目が離れたことは無い。
やはり、例の秘密結社・『マギウスの翼』が―
厳重に施錠された独房から抜け出し、刑務官全員の目を欺く程の、“超科学力”を用いて――
「年貢の納め時だぞ……カマキリ男……!」
春川係長の後ろに付いていくスーツ姿の十咎ももこも、拳をぐっと握り締めて、唸るようにそう呟いた。
奇妙な感覚であった。
犯人への強い怒りの中に、一種の達成感による高揚感が混じっていた。
みんなには、感謝してもしきれない。
チームメイトに調整屋、七海部長達。町の人達に警察……みんな、この町を護るべく、殺戮を止めたいと協力してくれた。皆の力が無ければ、ももこは、ここまで辿り着く事ができなかった。
「かえでとレナの為にも、絶対に逃がしはしない……」
正直、カマキリ男に勝てるかは分からない。
ももこ自身の力は非常にちっぽけなものだ。非凡な他のチームリーダーと比べて実力面は大きく劣ると常々痛感している。寧ろ、何でチームリーダーを自分が任されてるのか、いつも疑問だった。
だとしても――今のももこに止まる事は許されなかった。
ここまで自分の背中を押してくれた、みんなに託されたから。
カマキリ男は、死ぬ気で捕らえてやる。
そして何より、チームメイトとの約束を守らなくては。
いなくなったかえでの為にも。
『 ももこ。
カマキリ男のもとへ行く方法がわかった。
さっそく、乗り込んでみようと思うの。
大丈夫、安心して。無茶はしないから。
祟りに打ち勝つ方法を教わったし多分、死にはしない。
これ以上、町の人達が危険な目に遭ったり、かえでが殺されるのは、レナにはもう絶えられないから…
レナ、ももこ達が来るまで、カマキリ男を足止めしてる。
だってレナ、カミハマンだから。
みんなのヒーローでなくちゃいけないから。
ももこ、必ずカマキリ男の正体を掴んでね!
レナ、先に待ってるから。
必ず追いついてきなさいよ!! 』
今日の朝、突然携帯に送られてきたメッセージが、ももこの頭から離れない。
孤独を感じたのは、すごく久しぶりだ――魔法少女になった時以来か。
いつも隣で子犬みたいにキャンキャンうるさい、お節介でヤキモチ妬きなアイツは、もういない。
朝、自分にメッセージを送った後、音信不通になった。
恐らく、自ら祟りの禁忌を犯したのだ。
かえでに続き、レナもいなくなった。
いつも自分の両隣で当たり前のようにいた、あいつらが……。
それを実感すると同時に、心に穴がぽっかり空いたような寂しさと、誰かに縋り付きたくなる程の不安感が急激に襲ってきた。
それでも、自分に立ち止まる事は許されなかった。
レナは先に戦いに向かった。
強い覚悟を抱いて――そして、今も必死でカマキリ男の凶行を抑えてくれている筈だ。
いつもあんこパフェをかっ食らうドが付く程の甘党で。
かえでとみっともなく喧嘩をしたあいつは、いつまでも変わらないと思っていた。
でも本当は、確かに成長していたんだ。
自分がやらかした責任を自分で取る為に、命を張ろうとするまでに。
だから自分も、あいつの誠意に応えなければならない。
気持ちは辛いが、踏みとどまってる暇は無い。
只管、犯人を捕まえる為に突き進むのみ。
「……フェリシア、頼むぞ」
「任せろ……!」
ももこの言葉に、真剣な顔で頷くもう一人の魔法少女――それが深月フェリシアだった。
無表情だが、ももこと同じく強い怒りが鋭い瞳の奥で燃えているように見えた。
――こいつにも、人の血が流れていたんだな、とももこは感心する。
ヤクザだけに冷血な印象を抱いていたが、意外にも義理堅い一面があるようだ。
……いや、偶然仲良くなって、一緒にサッカーやって遊んだ男の子が、数日後に殺されたんだ。キレない方がおかしいよな……。
なお、こいつは今回の“鍵”だ。
犯人が言い逃れできないようにする為の。
☆
「では、十咎くん……」
面会室前で、春川係長はももこにカバンを渡す。
受け取りながら、ももこは頷いた。
「分かりました。言われた通りにやってみます……!」
「落ち着いてやれば大丈夫だ。頼むぞ」
――面会室。
春川係長と山吹の担当刑務官には外で待機してもらっていた。
彼が本当にカマキリ男だった場合、一般人の警察では身に危険が及ぶからだ。つまり、魔法少女で無ければ初手で抑えることは難しい。
よって、特例としてももことフェリシアのみで、山吹との面会が許された。
――――こいつが、山吹啓吾か……?
ガラス越しで、椅子に座って対面する優男の姿に、ももこは拍子抜けする。
写真で見た時よりも、弱々しく見えたからだ。
豊かな天然パーマだった黒髪は坊主に狩られ、体付きも、写真で見るより随分痩せていた。顔もやつれており、元々の温和な風貌と170cmも無い体躯と相まって、無害な小動物に見える。
まるで子犬みたいな男だ。
とても、一家惨殺事件を起こした犯人には見えない――それがももこの第一印象だった。
<おい、油断するなよ>
<わ、わかってるってっ>
テレパシーによるフェリシアの鋭い指摘に、ももこは深呼吸で気持ちを入れ直す。
「……な、何の御用でしょうか?」
山吹は見た目通りのオドオドとした口調で、問いかける。
「貴方は最近、水名区の旧神浜煉瓦製作所に足を運んでましたね?」
「え?」
当然、山吹はきょとんとなった。
「壁に張り付いていた蚊の死骸から、貴方のDNAが検出されました」
「はっ? ……?? 何言ってるんですか? 俺は拘留中の身ですよ? 外に出れる訳無いじゃないですか?」
山吹は、一瞬下唇を噛んだ後、捲し立てるように早口で弁明する。
「おい、オッサン。嘘付いても無駄だぜ」
「いや嘘なんて別に……」
「唇を噛んで、早口で喋ったろ? 自信が無く、不安が表れてる」
「……」
山吹は口をムッと結び、眉間に皺を寄せる。
「率直に言います。最近の祟りを模倣した連続殺人事件の犯人……“カマキリ男”は、貴方ですね?」
「は?? カマキリ男って……何のことですか?」
頬に垂れた汗を中指で拭う山吹。その仕草をフェリシアは見逃す筈が無く、
「何ムカついてんだよ?」
「え……いや……?」
「いきなりカマキリ男なんて呼ばれたら、意味不明過ぎて笑っちまうだろ? でもオッサンは、“中指を立てて顔を撫でた”、“眉間に皺を寄せて”……オレたちに対する『敵意』の表れだ」
「……っ」
「山吹啓吾さん。貴方は、マギウスの翼のメンバー・『パブロ・ディエゴ』として、多数の罪無き人々を拉致監禁し、猟奇的な殺害を行っている……違いますか?」
「……何の話をしてるのか、分からないな」
声のトーンが低くなり、同時に彼の表情も険しくなった。
はぐらかしながらも、強い敵意と憎しみに満ちた瞳で睨んでくる。
先の人畜無害な小動物然とした雰囲気は微塵も無い――つまり、彼に裏が有るのは明白だった。
「オッサン煙草吸うのか?」
「なに……?!」
キッと睨んでくる山吹に怖じることなく、冷徹にフェリシア告げる。
「臭うんだよ。……『セブンスター・ゴールド・ブラック』、オッサンの嗜好品だよな? ここじゃあ、支給されてない。どこで吸ってきたんだよ?」
「あっははは! 初っ端から言いたい事言ってくれるじゃないか? ……で? 俺が外に出たっていう証拠が、どこにあるんだよっ?!」
弾けた様に笑い出す山吹。
笑い声のイントネーションがカマキリ男と同じだな――フェリシアはそう思いつつ、ももこに目配せ。頷いたももこが、脇に置いたカバンから、袋に密封された“あるもの”を取り出す。
「これ、見覚えがありますよね?」
――途端、山吹の表情が固まった。
「この黒いパーカーとズボンに、貴方の指紋と体液が検出されました。……つい、最近まで着ていたものですよね? そして、何より……」
ももこがカバンから、更に取り出す。
小さい長方形の煙草の箱――銘柄は『セブンスター・ゴールド・ブラック』。
「この中の煙草の一本に、貴方の指紋がくっきりと染み込んでいました」
山吹の自信は一瞬で失われた。
目を大きく見開き、愕然とした様子で“証拠品”を見つめる。
「どこで、そんなものを……?」
「おっ、オッサン知ってるのか?」
「っ」
慌てて山吹は答えそうになった口を噤むが、表情をフェリシアに読み取られた。
「顔色が悪くなった。血流が一気に脚に行ったな、『パニック』だ」
「くっ!」
「オッサンの大好きな煙草の銘柄だろ? なにビビってんだよ?」
「それは…………」
山吹は何も言い返せず、ただ、青くなった顔面を隠すように両手で拭った。
だが、それを見てフェリシアは余計に笑みを強める。
逆効果だ。それも自分が大きな不安を感じている時の生理的反応――つまり、“ウソ”の仕草だ。
「どこで、それを……!?」
「新西区東二丁目の、アパート『コクーン』はご存知ですよね」
「…………」
「貴方を追っていたのは、警察だけじゃないってことですよっ」
刑務所に向かう直前、水名署にタレコミがあった。
――――三笠カエレの“租界”からだ。
『新西区に不審な男を見かけた』
10日前の事。
社員の一人からそんな情報を聞き、独自に調査をしていたという。
カミハマヴィレッジは、業態柄、町に住む人々の情報は粗方把握している。
つまり、男は慶治町の住民ではなく、今まで見たことも無い風貌であった。
男を発見し、尾行していると、アパート『コクーン』に入っていくのを見た。
だが、管理会社に問い合わせたところ、男とは契約していない、とのことだった。
「送られてきたその男の顔写真を鑑識課に送り、貴方の顔と照合したところ、完全に一致しました」
山吹は青い顔のまま、黙り込んでいる。
ももこが続ける。
アパートの213号室。
そこには寝たきりの老人が一人住んでいて、訪問医療やデイサービス等を利用して過ごしていた。
山吹はそこに目を付けたのだろう。
人が住んでいない部屋を使うより、人が住んでいる部屋を利用する方が怪しまれにくい、と。
福祉サービス側が、部屋を物色することはまずない。
デイサービスなら日中は基本不在だ。
寝たきりなら、押入れの奥に何か置かれても、家主が気づく筈が無い。
怪しまれたとしても、自分は福祉サービスの関係者とか、老人の親族だとかで偽っておけばいい。バレはしない。
だが、誤算だった。
不審に感じた“租界”は、老人と彼のケアマネージャー、そしてアパートの大家に許可を取り、老人宅を物色させてもらった。
そして、“老人のものでない衣類と、煙草の箱”を発見した。
それこそが――――!!
「お前がどうやって外に出ていたのかは、結局分からなかった、でも」
だが、数々の証拠品が教えてくれている――つまり。
「お前がつい最近まで外出し、この老人宅を利用していたのは、事実なんだ!」
「ち、違う! 俺には、その、双子の弟が……!!」
「はい、嘘」
フェリシアが素っ気なく即答。
ここに来てまだ白を切ろうとする浅ましさに、ももこの怒りが沸騰する。
「双子で同じなのはDNAくらいだ。指紋には大きな差が出るんだってよ! 何よりお前には、親族がいないのは調査済みだ!! いい加減観念しろ、カマキリ男!!」
「くっ…………くっ…………!」
山吹は、顔を両手で覆い、苦しそうに呻きながら肩を震わせた。
――――かに、思われた。
「くくっ……!! くっ……! くっ……ックックックックック」
次第に聞き覚えのある、くぐもった笑い声を響かせる山吹。
「ああ……なんだよ、クソ。せっっかく……自由な身になれたっていうのに、もう終わりかよ。ミス・ペインプランターの奴、ふざけた事いいやがって……クソがっ」
それが、“答え”だった。
肩を震わせて笑いながらと、山吹は強い苛立ちを孕んだ声でそう吐き捨てる。
咄嗟にももこが立ち上がる。
「ミス・ペインプランター!? やっぱりおまえっ!!」
「日本の警察を舐めてたよ。やっぱり、優秀だったんだなあ……いやあ参った参った。こんなに早く辿り着くなんて思いもしなかった。嗚呼、死ぬほど悔しいしムカつくが……約束通り、お嬢ちゃんには豪華なプレゼントをあげなくっちゃあ……」
山吹は、両手から顔を開放する。
彼はもう、人ではない。
不気味な虹彩に染まった双眸が紅と紫のグラデーションをギラギラと瞬かせ、全身が鮮やかな緑色に変色し始めた。
強い憎悪を込めた瞳でももこ達を見つめながら、彼は恍惚な快笑を浮かべて、明かす――
「そうだよ。俺はマギウスの翼のメンバー・『パブロ・ディエゴ』だっ……!!」
――自らの正体を。
「こいつっ!」
「……っ!!」
同時に強力な魔力反応をももことフェリシアは肌で感じ取った。
本性を表したか――ここで暴れさせる訳にはいかない!
咄嗟に変身し二人は、山吹の様子をじっと睨む。
……だが山吹は、そこから動かなかった。
カマキリ男に変身する様子も無く、ただ狂ったように、ずっとくつくつケタケタと笑い続ける。
やがて――
「あばよ」
――天を仰ぎ、そう一言。
がくり。
刹那、男が
まるで魂が抜けたかのように、瞠目したままの男の顔がテーブルに横たわった。
――――死んでいた。
先週はお休みいただき申し訳ありませんでした。
体調不良もあり、難産でした。
来週以降は予定通り執筆できたらと思います。