魔法少女いろは☆マギカ 第2部 RE:Ms.Pain Planter(休載中 第二章一部完結済)   作:hidon

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FILE-2 #33 絶交階段のウワサ / ウワサの支配人⑥ (ボス戦その6

 

 

 

「はあ……はあ……っ」

 

「レナちゃん!」

 

 カミハマンから元に戻ったレナ。

 背中の傷は塞がった。

 だが、病み上がりで力を使い果たしたせいか、ぐらりと後ろに傾く体をいろはが両腕で支える。

 

「ごめん、殺しちゃった。いろはは、殺せなかったのにね……」

 

 ぜいぜいと荒い息を吐きながら囁く。

 

「いいよ。私だって一度は殺そうと思ったし……それに、誰かがこうしなきゃいけなかったと思う……」

 

 そう首を振って応えるいろはの目は、頭部を失い倒れ伏す骸に向けられていた。

 しかし――

 

 

「死んでない……死んでないぞ……!!」

 

 

 不意に聞こえてきた『彼』の声に、全員が驚愕した。

 

「カマキリ男……!?」

 

「あいつ、なんで、生きてるの……!?」

 

「お二人とも、おさがり下さい……」

 

 その異常極まる光景に、いろはとレナは肩が震え上がり、ハルバードから変身した女ー蜂貴院優花は、2人を庇うように前に立つ。

 振り向いた先は、斬り落とした筈の生首。

 ごろりと転がるカマキリのそれは、切り口から大量の血を流しながらも、ケタケタと笑っていた。

 

「ハハハ、ノルマ達成だ……!!」

 

「ノルマ……?」

 

「俺の中に溜まった負の感情エネルギーが満(・)ち(・)た(・)のさ。不思議に思わなかったか? 一撃で殺せるチャンスを何度も不意にしてまで、わざわざお前らから吸収したのか……」

 

「……!!」

 

「段階は4つだ。まず、禁忌を犯した人間を連れてきて、なるべく沢山吸収すること。第二は、人間の体を捨てること。第3が、お前ら魔法少女から吸収すること。最後に、俺自身が死ぬこと……」

 

「なにを、する気なのよ……!」

 

「最後の切り札を切るんだよお!! 不安だったんだよなあ! 死んだらどうなるか、本当にさあ!! あー安心した!!」

 

 レナの震えた声に。

 アスファルトに転がる血まみれの『首』が、バクバクと大顎を開閉して声を響かせる。

 

 

「これで俺は不死身だ!! 祟り神そのものだぁあああああああああああ!! いやったあああああああああ!!」

 

 

 新しいゲームを買って貰った子供の様に、無邪気に笑っていた。

 そして、狂っていた。

 彼の精神が完全に壊れていたのは、三人の誰から見ても明らかだった。

 当然だ。

 山吹啓吾はもう、人間に理解できる範疇に無い。

 彼は覚醒した。

 ただの人間をこれほどの化け物に創り変えてしまったのだ。

 

 マギウスの翼と、その首魁――里見灯花は。

 

 そして――絶望が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――一方。

 

「このっ!」

 

【負傷軽微。ツバメA:戦闘行動続行】

 

「くそっ」

 

 十咎ももこは、次々と襲いかかる黒羽根達と対峙していた。

 数は6人。ツバメと名乗る者達が3人。スズメが3人の構成だ。

 振り抜いたバスターソードの腹で、その一人を吹き飛ばすが、気絶させるには至らない。

 

 ――やっぱり、殺さなきゃダメなのか?

 ――いやいや、殺せるわけないだろ!! 同じ魔法少女だぞ!!

 

 いずれも行動は単純―袖口からブレードを構えて突進を仕掛けてくるのみ。

 だが、20人以上の一般人を護っている状況ではやりづらいことこの上無い。

 捜査本部からは、黒羽根もカマキリ男同様に射殺許可の指令が下っているが、プ(・)ロ(・)でないももこにそんな度胸は無かった。

 

 

【これが我ら魔法少女の到達点】

 

「っ!? しまった!」

 

【十咎ももこ。受け入れよ受け入れよ受け入れよっ】

 

 逡巡が隙となった。

 黒羽根の一人が背後に回り、ももこを斬りつけようとしてくる――が、

 

「十咎!!」

 

 叫び声と、ガァンッと銃声!

 同時に、黒羽根が突然力を失ったように、ぐらりと倒れ込む。

 脇腹に風穴が空き、そこから血が大量に噴き出していた。

 

【ツバメB:心臓に損傷。異物混入。戦闘継続不可能。応援要請、応援要請……】

 

「っ……すみません市川巡査!」

 

 振り向くと、警察官の一般的な回転式拳銃であるニューナンブM60を構えた市川巡査が見えた。

 

「気持ちは分かるが迷ったら自分以外の誰かが死ぬぞ!!」

 

 流石プロの警察官だ。人命を守る為に躊躇わない姿勢は敬意に値する。

 黒羽根は魔法少女の上、“痛みを感じない”――とはいえ、腹や胸を撃たれれば大量に出血してやがて動けなくなる。

 彼のお陰で、数は一人減らせたが、それでもジリ貧なのには変わらない。

 

【ツバメAより:スズメAと共に十咎ももこを仕留める。他の黒羽根は、罪人どもの排除に集中せよ】

 

【スズメA:了解。ツバメAと協力し、十咎ももこを排除する。スズメBは指令通り行動せよ】

 

【ツバメC:了解。罪人どもを一斉排除します】

【スズメB:了解。罪人どもを一斉排除します】

【スズメC:了解。罪人どもを一斉排除します】

 

「くぅ、市川巡査!! 頼みます!!」

 

「分かった!! お前も覚悟を決めろ! 十咎っ!」

 

 市川巡査は強いがあくまで一般人だ。負担を掛けたくないが、この状況では仕方が無かった。

 お互いに分担して、人々を守りつつ、黒羽根の攻撃に対処するしかない。

 接近した黒羽達の剣戟を大剣で捌きつつ、距離を取るももこ。

 未だ恐怖に震えている人々の前で、市川巡査が銃を構える。

 

「止まれ! 止まらんと撃つぞ!!」

 

【ツバメC:罪人どもは全て排除。排除。排除。排除。排除……】

【スズメB:罪人どもは全て排除。排除。排除。排除。排除……】

【スズメC:罪人どもは全て排除。排除。排除。排除。排除……】

 

「止まらんか、くそッ!!」

 

 市川巡査が吐き捨てる。

 覚悟は決めたが、少女を撃つことに躊躇いはある。

 刃を構えた黒羽根達は、並んで突進を仕掛けてくる。後ろの女性や子供から悲鳴が聞こえた。

 元々弾数は少ない。絶対に撃ち漏らす事はできない――

 

 

「オラアッ!!」

 

 

 ――だが、そこで。

 真横から勢い良く飛び出した影が、巨大な鈍器でツバメCの頭を叩き潰す。

 

【排除。はい、じょ……】

 

 壊れたラジオのようにツバメCの言葉が途切れ、ぐらりと後ろに倒れる。

 影は、ツバメCの骸を足蹴にスズメBに飛びかかる!

 

【スズメB:深月フェリシアを視認。排除。排】

 

「そらあッ!!」

 

【、じょ……】

 

 瞬時に頭上からハンマーを振り下ろされ、スズメBは全く反応できずに、叩き潰された。

 即死級の一撃だった。

 後頭部がベコンッとへこんだ骸が、前のめりに倒れる。

 

「オラッ!!」

 

【排除。はい、じょ……】

 

 スズメCもまた、一瞬で事切れた。

 巨大なハンマーに顔面ごと頭蓋を叩き潰され、骸が後ろに吹き飛んだ。

 確実に始末した事を確認しつつフェリシアが皆に向けて叫んだ。

 

「レナは助けたー!! 全員無事だー!! あとはカマキリ野郎をぶちのめすだけだー!!」

 

「……っ!!」

 

 大剣で抑えていた黒羽根二人を力任せに弾き飛ばし、声の方を向くももこ。

 

「フェリシア!! 来てくれたんだな!!」

 

「ああ! だがどうも雲行きが怪しい!! カマキリ野郎が何か仕掛けるみてーだ!! ももことおっさんは早く全員逃がしてこい!! ハエどもはオレが全員叩き潰すッ!!」

 

「よし、任せたっ!! 市川巡査!!」

 

「ああ!! みんな、こっちへ!!」

 

 二人は人の群れを連れて、その場を走り去った。

 追いかけようとするスズメAとツバメAの前にフェリシアが立ちはだかる。

 

「8(・)匹(・)か。上等だ……!」

 

 いつの間にか数が増えていた黒羽根に、目を細めるフェリシア。

 先程、ツバメBが死に際に放った応援要請により、スズメAとツバメAの背後に新たに出現した。

 ウグイス3人、ヒバリ3人。 

 

「傭兵は同じ轍は踏まねえ。カエレよりオレの方が上だって事を証明してやる……!」

 

 フェリシアはハンマーを構えて、ニッと猟奇的に嗤ってみせた。

 

 

 

 

 

 

☆

 

 

 

 

 

 

おねえちゃん

 

わたしはね

 

 

 

 

“死神” と会う約束があるの

 

 

 

 

ある陣地の争奪で

 

春が物騒がしい明暗と共に還ってきて

 

林檎の花々の香りが宙を満たすころに――――

 

 

 

 

 

 

 懐かしい声。

 始まりの詩が、聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

☆

 

 

 

 

 

 

 いろはは、いつもの病室に辿り着いていた。

 

(あれ……? どうして、ここに……?)

 

 ここが現実世界では無いことは分かっていた。

 そして、自分がよく見る“夢”の中であることも。

 

 

 記憶を辿る。

 突然、カマキリ男の生首に青白い炎が灯り、一気に燃え上がった瞬間だった。

 視界が暗黒に覆われ、いろは自身の意識も闇に飲み込まれた感覚だった。

 気がつけば、長い階段を自分は昇っていた。

 視界に広がるのは、黒より暗い暗闇――だけど降りる考えは不思議と湧かなかった。

 

 ――これは、カマキリ男の中?

 

 だとすれば、先に彼に纏わる“何か”があるかもしれない――そう考えて、いろははひたすら昇っていった。

 

 ――里見灯花ちゃん……。あなたはいったい、何がしたいの……?

 

 親友だった少女への不信感を胸に抱き。

 

 ――人の心を、こんなに真っ黒に塗り潰して。

 

 ――これが、あなたの望む、“開放”?

 

 ――私には、そうは思えない……!

 

 山吹啓吾は、殺人を犯した。

 山岸家の一家惨殺事件。思い出すだけでも身の毛がよだつ、恐ろしい猟奇的殺人を。

 だが、自ら警察に通報し、自白した。

 逮捕されて、留置所に入れられ、後は刑事裁判で公正な裁きを受ける予定だった。

 酷い事をしたのは許せないが、山吹は最初、自分の罪から逃げずに向き合おうとしたのではないか。

 自分の過ちを、自分のできる範囲で償おうと考えていたのではないか。

 

 その機会を、マギウスの翼が―里見灯花が―潰した。

 

 彼の人としての複雑な心を、彼女たちが、真っ黒に染め上げた。

 そこに残っていた筈の良心も、希望も、全て真っ黒に。

 二度と、誰にも上書きできないように。決して光が通らない程の“漆黒”へと。

 彼を怪物に改造し、人々に忘れ去られた“祟り”を実行させ、多くの罪無き人々を犠牲にした。

 

 ――それは、一体、何のために?

 

 

【人の生命とは無限に有限。だから価値は無い。

為れば、私はこの生を掛けて、有限を無限へと創り代える。

私の人生の価値を、絶対的な唯一にする】

 

 

 ――自分の為……? そうなの、灯花ちゃん……。

 

 『くふっ』

 

 どこからともなく、そんな含み笑いが聞こえてきそうだった。

 自分への自信に溢れ、いろはを小馬鹿に嘲る、いつもの笑い声が。

 そんなことを考えながら昇っていると――やがて、光が見えてきて、いろははそこに飛び込んだ――

 

 

(――そうだった……。でも、ここは……)

 

 全開にされた大窓から差し込む夕日。

 いろはの記憶では、それは暖かくて穏やかな光景になる筈だった。

 

 だが、この世界には、音が無い。

 窓から聞こえる筈の小鳥の囀りも。

 ベッドにいる少女たちの朗らかな話り合いも。

 忙しなく廊下を歩き回る医師(せんせい)の足音も、少女たちに和やかに調子を尋ねる看護師さんの声も、何も。

 

 リンゴを割ったような、いつもの甘く心地いい匂いも無い。

 ただ、鼻の奥をツンと刺激するような鉄臭さが漂う。 

 

(……ッ!!)

 

 虫唾が全身を走る程に、いろはは戦慄した。

 夕日は、病室全てを真紅に染め上げていた。

 まるで、真っ赤な塗料を大量にぶち撒けたかのように。

 純白の天井も、壁も、床も、ベッドも、全てが血塗れのように染まっていた。

 血塗れの私――

 そして、血塗れの、“あの子”――

 嘘と、裏切り、絶望と失望、閉塞、孤独、残虐な人体実験、廃棄処分と称された殺戮の数々――

 異臭が蔓延する、廃墟の世界。

 死の螺旋。無限に繰り返された負の循環。

 それは、いろは自身に封じ込められた過去を暗喩するかのように。

 だけど――

 

「うい……!」

 

 この病室は全て自分の妄想で、現実じゃないと分かってる。

 でも、“あの子”だけは。大切な妹のういだけは、真実であったと願いたい。

 自分の眼の前にあるベッドの上に、ういはいた。背中を向けて。

 ――多分、自分に気づいてないのだろう。

 真っ赤に染まるベッドに腰掛けて、窓から夕日を眺めている。

 

「うい……!」

 

 いろはは、ゆっくりと近づいた。

 声を掛ける。しかし、彼女は振り向かない。

 

 無視――

 

「ういっ」

 

 無視――

 

「うい!」

 

 あり得ない。ういが私にそんな態度を取るはずがない。

 だって、私達は、世界一仲の良い姉妹じゃないか。

 

 なのに、無視って何?

 お姉ちゃん、貴女の為に必死で頑張ってるんだよ。

 なのに、無視ってどういうこと?

 

「うい!!」

 

「っ!」

 

「ういっ!!」

 

「……………………」

 

 堪らず、いろはは叫んだ。

 ういの肩がピクリと反応した。

 声は届いてる筈だった。

 しかし、彼女は決して振り向かない。

 

 お姉ちゃん、ういの嫌うことを、今までしたこと無かったよね?

 ういは、いつもお姉ちゃんのこと、笑って受け入れてくれたよね?

 なのに――どうして、そんなことするの?

 

 苛立ちが沸々と湧いてきた。

 ういの真後ろに立つ。

 どうしても振り向いて欲しくて、ぎゅうっとその肩を掴む。

 

 

「いやああ!!」

 

 

 悲鳴。

 拒絶。

 生理的嫌悪。

 

 ぱしっと。

 掴んだ瞬間に、自分の手はういに振り払われた。

 

「えっ……!?」

 

「来ないでよぉ……!」

 

「なん、で……?」

 

「嫌、なのぉ……!」

 

 理外。

 嘘だ。

 そんなことは絶対に有り得ない。

 ういが私に、そんなこと言う筈は――

 

 目を見開き、唖然とするいろはに、ういの震えた声が響く。

 背中を向けたまま、ういは叫んだ。

 いろはの姿を絶対に視界に入れたくない――絶対の意志を込めて。

 

「嫌って……!?」

 

「この手の形も、この肌の色も、この顔も、目も、この髪もぉ……!」

 

 薄い桃色の伸びた髪を、両手でぐしゃぐしゃに掻き乱して、彼女は叫んだ。

 

 

「あんたとそっくりなこの姿が嫌なのぉっ!!」 

 

 

 

 

 

 

 ――私、お姉ちゃんと、いつもいっしょがいいな。

 

 ういの容姿はいろはとよく似ていた。

 もう少し成長すれば、お姉ちゃんそっくりになると、皆に言われていた。

 ういは、それを聞いて、いつも喜んでいた。

 

 ――お姉ちゃんとおんなじになるんだ!

 

 本当に、心から嬉しそうに、笑っていた。

 

 ――それなのに。

 

 

 

 

 

 

「死んじまえっ!!」

 

 煩い。

 

「どうして……っ!!」

 

「私のことを何も知らないあんたなんか死んじまえっ!! もう来るなって言ってんだよぉぉっ!!」

 

 煩い。

 

「どうして、そんな酷いこと言うの……っ!!」

 

 煩い。

 

「ういはそんなこと言う子じゃないでしょっ!!?」

 

「いやぁ!!! やめて!! 放してよぉっ!?」

 

 煩い。

 

「お姉ちゃんだって、お姉ちゃんだってねえ……ッッ!!」

 

 ――ずっと、ういの為に頑張ってきた。

 

 それが全てだった。ういのためだったら、命だって捨てられた。

 今まで死ぬような思いだって沢山してきた。

 例え、夢の中だとしても、ういに会えただけで、お姉ちゃんは嬉しいんだよ?

 

 ――なのに、この仕打ちは有り得無いでしょ?

 ういは、裏切るの? 貴女を一番大切にしてきたお姉ちゃんを、裏切るの?

 

 肩を握りしめると、ういが金切り声を挙げて暴れだす。

 嫌がっている。自分に触れられる事を、気色悪がっている。でも、関係無い。

 いろはは、手を振り上げた。ハッとういが振り向いた――その頬へ――

 

 

『やっぱり、そんなもんなんだよ』

 

 

「っ!」

 

 あと少しで、ういの頬を引っぱたくところだった。

 不意に聞こえた男の声に、ハッと手を止めた。 

 振り向くと、そこに見えたのは――

 

「カマキリ男……!!」

 

 死んだ筈の彼が、病室の扉の前で立っていた。

 タキシードではなく、喪服姿で。

 その声と瞳に、狂気の猛りは無かった。

 ただ、冷静に憐れんでいた。

 いろはとういの様子を。

 そしていろはがたった今、ういにやろうとしていた“暴力”を。

 

『永遠の絆なんて、無いんだよ。例え、家族であっても……救えないんだ』

 

 彼は、首を落とし、涙混じりの声でそう呟いた。

 いろはがキッと睨む。

 

「なにを……!」

 

『落ち着いて。妹をよーく、見てごらん……』

 

「えっ……!?」

 

 宥めるように、カマキリ男は告げる。

 ういの方へと向き直り、愕然となる。

 

「あっ……」

 

「ひっ……ひっ……!」

 

「!!……うい、ごめんっ……!」

 

 我に返り慌てて謝罪するいろは。

 自分はなんて酷い事をしようとしたのだろう。

 ういが怯えているじゃないか。

 ベッドに蹲り、枕で頭を庇い、ガタガタと全身を震わせているじゃないか!

 

 先に裏切ったのは、自分だった。

 ういは、いつだって自分を待っていた筈だったのに。

 

「ごめんなさい……っ!!」

 

「いい加減にして……っ!」

 

 布団を被ったまま、ういが叫ぶ。

 

「えっ」

 

「あんたに何度も言ったよねっ! 私には、死神と会う約束があるんだって……!!」

 

「……!!」

 

「……私の手を取って、暗い世界に導いて、この目を閉ざしてくれるの……! 死神が、永遠に……っ」

 

「…………」

 

 ――ああ、そうか。

 

 ――そういうことだったのか。

 

 ここは、夢の世界じゃなかった。

 私―環いろは(たまき)―の心を映す、真実の世界だったんだ。

 

 いつも夢で聞く、ういが謡う『始まりの詩』。

 死神を待ち望み、死を希う、ういの寄る辺。

 どうして、ういの口からそれが紡がれていたのか、ようやく分かった。

 

 

「死神さま、死神さま、どうか私を連れて行ってください。あなたたちの住む、冥府の国へ――」

 

 

 ――“私”だったんだ。

 

 ――私が、環いろは(たまき)が、ういに望ませた。

 

 ――死への願いを。そう思い至るまでの“絶望”を、私が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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