魔法少女いろは☆マギカ 第2部 RE:Ms.Pain Planter(休載中 第二章一部完結済) 作:hidon
「はあ……はあ……っ」
「レナちゃん!」
カミハマンから元に戻ったレナ。
背中の傷は塞がった。
だが、病み上がりで力を使い果たしたせいか、ぐらりと後ろに傾く体をいろはが両腕で支える。
「ごめん、殺しちゃった。いろはは、殺せなかったのにね……」
ぜいぜいと荒い息を吐きながら囁く。
「いいよ。私だって一度は殺そうと思ったし……それに、誰かがこうしなきゃいけなかったと思う……」
そう首を振って応えるいろはの目は、頭部を失い倒れ伏す骸に向けられていた。
しかし――
「死んでない……死んでないぞ……!!」
不意に聞こえてきた『彼』の声に、全員が驚愕した。
「カマキリ男……!?」
「あいつ、なんで、生きてるの……!?」
「お二人とも、おさがり下さい……」
その異常極まる光景に、いろはとレナは肩が震え上がり、ハルバードから変身した女ー蜂貴院優花は、2人を庇うように前に立つ。
振り向いた先は、斬り落とした筈の生首。
ごろりと転がるカマキリのそれは、切り口から大量の血を流しながらも、ケタケタと笑っていた。
「ハハハ、ノルマ達成だ……!!」
「ノルマ……?」
「俺の中に溜まった負の感情エネルギーが
「……!!」
「段階は4つだ。まず、禁忌を犯した人間を連れてきて、なるべく沢山吸収すること。第二は、人間の体を捨てること。第3が、お前ら魔法少女から吸収すること。最後に、俺自身が死ぬこと……」
「なにを、する気なのよ……!」
「最後の切り札を切るんだよお!! 不安だったんだよなあ! 死んだらどうなるか、本当にさあ!! あー安心した!!」
レナの震えた声に。
アスファルトに転がる血まみれの『首』が、バクバクと大顎を開閉して声を響かせる。
「これで俺は不死身だ!! 祟り神そのものだぁあああああああああああ!! いやったあああああああああ!!」
新しいゲームを買って貰った子供の様に、無邪気に笑っていた。
そして、狂っていた。
彼の精神が完全に壊れていたのは、三人の誰から見ても明らかだった。
当然だ。
山吹啓吾はもう、人間に理解できる範疇に無い。
彼は覚醒した。
ただの人間をこれほどの化け物に創り変えてしまったのだ。
マギウスの翼と、その首魁――里見灯花は。
そして――絶望が始まる。
――――一方。
「このっ!」
【負傷軽微。ツバメA:戦闘行動続行】
「くそっ」
十咎ももこは、次々と襲いかかる黒羽根達と対峙していた。
数は6人。ツバメと名乗る者達が3人。スズメが3人の構成だ。
振り抜いたバスターソードの腹で、その一人を吹き飛ばすが、気絶させるには至らない。
――やっぱり、殺さなきゃダメなのか?
――いやいや、殺せるわけないだろ!! 同じ魔法少女だぞ!!
いずれも行動は単純―袖口からブレードを構えて突進を仕掛けてくるのみ。
だが、20人以上の一般人を護っている状況ではやりづらいことこの上無い。
捜査本部からは、黒羽根もカマキリ男同様に射殺許可の指令が下っているが、
【これが我ら魔法少女の到達点】
「っ!? しまった!」
【十咎ももこ。受け入れよ受け入れよ受け入れよっ】
逡巡が隙となった。
黒羽根の一人が背後に回り、ももこを斬りつけようとしてくる――が、
「十咎!!」
叫び声と、ガァンッと銃声!
同時に、黒羽根が突然力を失ったように、ぐらりと倒れ込む。
脇腹に風穴が空き、そこから血が大量に噴き出していた。
【ツバメB:心臓に損傷。異物混入。戦闘継続不可能。応援要請、応援要請……】
「っ……すみません市川巡査!」
振り向くと、警察官の一般的な回転式拳銃であるニューナンブM60を構えた市川巡査が見えた。
「気持ちは分かるが迷ったら自分以外の誰かが死ぬぞ!!」
流石プロの警察官だ。人命を守る為に躊躇わない姿勢は敬意に値する。
黒羽根は魔法少女の上、“痛みを感じない”――とはいえ、腹や胸を撃たれれば大量に出血してやがて動けなくなる。
彼のお陰で、数は一人減らせたが、それでもジリ貧なのには変わらない。
【ツバメAより:スズメAと共に十咎ももこを仕留める。他の黒羽根は、罪人どもの排除に集中せよ】
【スズメA:了解。ツバメAと協力し、十咎ももこを排除する。スズメBは指令通り行動せよ】
【ツバメC:了解。罪人どもを一斉排除します】
【スズメB:了解。罪人どもを一斉排除します】
【スズメC:了解。罪人どもを一斉排除します】
「くぅ、市川巡査!! 頼みます!!」
「分かった!! お前も覚悟を決めろ! 十咎っ!」
市川巡査は強いがあくまで一般人だ。負担を掛けたくないが、この状況では仕方が無かった。
お互いに分担して、人々を守りつつ、黒羽根の攻撃に対処するしかない。
接近した黒羽達の剣戟を大剣で捌きつつ、距離を取るももこ。
未だ恐怖に震えている人々の前で、市川巡査が銃を構える。
「止まれ! 止まらんと撃つぞ!!」
【ツバメC:罪人どもは全て排除。排除。排除。排除。排除……】
【スズメB:罪人どもは全て排除。排除。排除。排除。排除……】
【スズメC:罪人どもは全て排除。排除。排除。排除。排除……】
「止まらんか、くそッ!!」
市川巡査が吐き捨てる。
覚悟は決めたが、少女を撃つことに躊躇いはある。
刃を構えた黒羽根達は、並んで突進を仕掛けてくる。後ろの女性や子供から悲鳴が聞こえた。
元々弾数は少ない。絶対に撃ち漏らす事はできない――
「オラアッ!!」
――だが、そこで。
真横から勢い良く飛び出した影が、巨大な鈍器でツバメCの頭を叩き潰す。
【排除。はい、じょ……】
壊れたラジオのようにツバメCの言葉が途切れ、ぐらりと後ろに倒れる。
影は、ツバメCの骸を足蹴にスズメBに飛びかかる!
【スズメB:深月フェリシアを視認。排除。排】
「そらあッ!!」
【、じょ……】
瞬時に頭上からハンマーを振り下ろされ、スズメBは全く反応できずに、叩き潰された。
即死級の一撃だった。
後頭部がベコンッとへこんだ骸が、前のめりに倒れる。
「オラッ!!」
【排除。はい、じょ……】
スズメCもまた、一瞬で事切れた。
巨大なハンマーに顔面ごと頭蓋を叩き潰され、骸が後ろに吹き飛んだ。
確実に始末した事を確認しつつフェリシアが皆に向けて叫んだ。
「レナは助けたー!! 全員無事だー!! あとはカマキリ野郎をぶちのめすだけだー!!」
「……っ!!」
大剣で抑えていた黒羽根二人を力任せに弾き飛ばし、声の方を向くももこ。
「フェリシア!! 来てくれたんだな!!」
「ああ! だがどうも雲行きが怪しい!! カマキリ野郎が何か仕掛けるみてーだ!! ももことおっさんは早く全員逃がしてこい!! ハエどもはオレが全員叩き潰すッ!!」
「よし、任せたっ!! 市川巡査!!」
「ああ!! みんな、こっちへ!!」
二人は人の群れを連れて、その場を走り去った。
追いかけようとするスズメAとツバメAの前にフェリシアが立ちはだかる。
「
いつの間にか数が増えていた黒羽根に、目を細めるフェリシア。
先程、ツバメBが死に際に放った応援要請により、スズメAとツバメAの背後に新たに出現した。
ウグイス3人、ヒバリ3人。
「傭兵は同じ轍は踏まねえ。カエレよりオレの方が上だって事を証明してやる……!」
フェリシアはハンマーを構えて、ニッと猟奇的に嗤ってみせた。
☆
懐かしい声。
始まりの詩が、聞こえてくる。
☆
いろはは、いつもの病室に辿り着いていた。
(あれ……? どうして、ここに……?)
ここが現実世界では無いことは分かっていた。
そして、自分がよく見る“夢”の中であることも。
記憶を辿る。
突然、カマキリ男の生首に青白い炎が灯り、一気に燃え上がった瞬間だった。
視界が暗黒に覆われ、いろは自身の意識も闇に飲み込まれた感覚だった。
気がつけば、長い階段を自分は昇っていた。
視界に広がるのは、黒より暗い暗闇――だけど降りる考えは不思議と湧かなかった。
――これは、カマキリ男の中?
だとすれば、先に彼に纏わる“何か”があるかもしれない――そう考えて、いろははひたすら昇っていった。
――里見灯花ちゃん……。あなたはいったい、何がしたいの……?
親友だった少女への不信感を胸に抱き。
――人の心を、こんなに真っ黒に塗り潰して。
――これが、あなたの望む、“開放”?
――私には、そうは思えない……!
山吹啓吾は、殺人を犯した。
山岸家の一家惨殺事件。思い出すだけでも身の毛がよだつ、恐ろしい猟奇的殺人を。
だが、自ら警察に通報し、自白した。
逮捕されて、留置所に入れられ、後は刑事裁判で公正な裁きを受ける予定だった。
酷い事をしたのは許せないが、山吹は最初、自分の罪から逃げずに向き合おうとしたのではないか。
自分の過ちを、自分のできる範囲で償おうと考えていたのではないか。
その機会を、マギウスの翼が―里見灯花が―潰した。
彼の人としての複雑な心を、彼女たちが、真っ黒に染め上げた。
そこに残っていた筈の良心も、希望も、全て真っ黒に。
二度と、誰にも上書きできないように。決して光が通らない程の“漆黒”へと。
彼を怪物に改造し、人々に忘れ去られた“祟り”を実行させ、多くの罪無き人々を犠牲にした。
――それは、一体、何のために?
――自分の為……? そうなの、灯花ちゃん……。
『くふっ』
どこからともなく、そんな含み笑いが聞こえてきそうだった。
自分への自信に溢れ、いろはを小馬鹿に嘲る、いつもの笑い声が。
そんなことを考えながら昇っていると――やがて、光が見えてきて、いろははそこに飛び込んだ――
(――そうだった……。でも、ここは……)
全開にされた大窓から差し込む夕日。
いろはの記憶では、それは暖かくて穏やかな光景になる筈だった。
だが、この世界には、音が無い。
窓から聞こえる筈の小鳥の囀りも。
ベッドにいる少女たちの朗らかな話り合いも。
忙しなく廊下を歩き回る
リンゴを割ったような、いつもの甘く心地いい匂いも無い。
ただ、鼻の奥をツンと刺激するような鉄臭さが漂う。
(……ッ!!)
虫唾が全身を走る程に、いろはは戦慄した。
夕日は、病室全てを真紅に染め上げていた。
まるで、真っ赤な塗料を大量にぶち撒けたかのように。
純白の天井も、壁も、床も、ベッドも、全てが血塗れのように染まっていた。
血塗れの私――
そして、血塗れの、“あの子”――
嘘と、裏切り、絶望と失望、閉塞、孤独、残虐な人体実験、廃棄処分と称された殺戮の数々――
異臭が蔓延する、廃墟の世界。
死の螺旋。無限に繰り返された負の循環。
それは、いろは自身に封じ込められた過去を暗喩するかのように。
だけど――
「うい……!」
この病室は全て自分の妄想で、現実じゃないと分かってる。
でも、“あの子”だけは。大切な妹のういだけは、真実であったと願いたい。
自分の眼の前にあるベッドの上に、ういはいた。背中を向けて。
――多分、自分に気づいてないのだろう。
真っ赤に染まるベッドに腰掛けて、窓から夕日を眺めている。
「うい……!」
いろはは、ゆっくりと近づいた。
声を掛ける。しかし、彼女は振り向かない。
無視――
「ういっ」
無視――
「うい!」
あり得ない。ういが私にそんな態度を取るはずがない。
だって、私達は、世界一仲の良い姉妹じゃないか。
なのに、無視って何?
お姉ちゃん、貴女の為に必死で頑張ってるんだよ。
なのに、無視ってどういうこと?
「うい!!」
「っ!」
「ういっ!!」
「……………………」
堪らず、いろはは叫んだ。
ういの肩がピクリと反応した。
声は届いてる筈だった。
しかし、彼女は決して振り向かない。
お姉ちゃん、ういの嫌うことを、今までしたこと無かったよね?
ういは、いつもお姉ちゃんのこと、笑って受け入れてくれたよね?
なのに――どうして、そんなことするの?
苛立ちが沸々と湧いてきた。
ういの真後ろに立つ。
どうしても振り向いて欲しくて、ぎゅうっとその肩を掴む。
「いやああ!!」
悲鳴。
拒絶。
生理的嫌悪。
ぱしっと。
掴んだ瞬間に、自分の手はういに振り払われた。
「えっ……!?」
「来ないでよぉ……!」
「なん、で……?」
「嫌、なのぉ……!」
理外。
嘘だ。
そんなことは絶対に有り得ない。
ういが私に、そんなこと言う筈は――
目を見開き、唖然とするいろはに、ういの震えた声が響く。
背中を向けたまま、ういは叫んだ。
いろはの姿を絶対に視界に入れたくない――絶対の意志を込めて。
「嫌って……!?」
「この手の形も、この肌の色も、この顔も、目も、この髪もぉ……!」
薄い桃色の伸びた髪を、両手でぐしゃぐしゃに掻き乱して、彼女は叫んだ。
「あんたとそっくりなこの姿が嫌なのぉっ!!」
――私、お姉ちゃんと、いつもいっしょがいいな。
ういの容姿はいろはとよく似ていた。
もう少し成長すれば、お姉ちゃんそっくりになると、皆に言われていた。
ういは、それを聞いて、いつも喜んでいた。
――お姉ちゃんとおんなじになるんだ!
本当に、心から嬉しそうに、笑っていた。
――それなのに。
「死んじまえっ!!」
煩い。
「どうして……っ!!」
「私のことを何も知らないあんたなんか死んじまえっ!! もう来るなって言ってんだよぉぉっ!!」
煩い。
「どうして、そんな酷いこと言うの……っ!!」
煩い。
「ういはそんなこと言う子じゃないでしょっ!!?」
「いやぁ!!! やめて!! 放してよぉっ!?」
煩い。
「お姉ちゃんだって、お姉ちゃんだってねえ……ッッ!!」
――ずっと、ういの為に頑張ってきた。
それが全てだった。ういのためだったら、命だって捨てられた。
今まで死ぬような思いだって沢山してきた。
例え、夢の中だとしても、ういに会えただけで、お姉ちゃんは嬉しいんだよ?
――なのに、この仕打ちは有り得無いでしょ?
ういは、裏切るの? 貴女を一番大切にしてきたお姉ちゃんを、裏切るの?
肩を握りしめると、ういが金切り声を挙げて暴れだす。
嫌がっている。自分に触れられる事を、気色悪がっている。でも、関係無い。
いろはは、手を振り上げた。ハッとういが振り向いた――その頬へ――
『やっぱり、そんなもんなんだよ』
「っ!」
あと少しで、ういの頬を引っぱたくところだった。
不意に聞こえた男の声に、ハッと手を止めた。
振り向くと、そこに見えたのは――
「カマキリ男……!!」
死んだ筈の彼が、病室の扉の前で立っていた。
タキシードではなく、喪服姿で。
その声と瞳に、狂気の猛りは無かった。
ただ、冷静に憐れんでいた。
いろはとういの様子を。
そしていろはがたった今、ういにやろうとしていた“暴力”を。
『永遠の絆なんて、無いんだよ。例え、家族であっても……救えないんだ』
彼は、首を落とし、涙混じりの声でそう呟いた。
いろはがキッと睨む。
「なにを……!」
『落ち着いて。妹をよーく、見てごらん……』
「えっ……!?」
宥めるように、カマキリ男は告げる。
ういの方へと向き直り、愕然となる。
「あっ……」
「ひっ……ひっ……!」
「!!……うい、ごめんっ……!」
我に返り慌てて謝罪するいろは。
自分はなんて酷い事をしようとしたのだろう。
ういが怯えているじゃないか。
ベッドに蹲り、枕で頭を庇い、ガタガタと全身を震わせているじゃないか!
先に裏切ったのは、自分だった。
ういは、いつだって自分を待っていた筈だったのに。
「ごめんなさい……っ!!」
「いい加減にして……っ!」
布団を被ったまま、ういが叫ぶ。
「えっ」
「あんたに何度も言ったよねっ! 私には、死神と会う約束があるんだって……!!」
「……!!」
「……私の手を取って、暗い世界に導いて、この目を閉ざしてくれるの……! 死神が、永遠に……っ」
「…………」
――ああ、そうか。
――そういうことだったのか。
ここは、夢の世界じゃなかった。
私―
いつも夢で聞く、ういが謡う『始まりの詩』。
死神を待ち望み、死を希う、ういの寄る辺。
どうして、ういの口からそれが紡がれていたのか、ようやく分かった。
「死神さま、死神さま、どうか私を連れて行ってください。あなたたちの住む、冥府の国へ――」
――“私”だったんだ。
――私が、
――死への願いを。そう思い至るまでの“絶望”を、私が……。
次回、決着。