魔法少女いろは☆マギカ 第2部 RE:Ms.Pain Planter(休載中 第二章一部完結済) 作:hidon
大ボリュームとなりましたので、決着編は3つに分けて投稿させていただきます。
「市川巡査、これが……!!」
「恐らくな……」
天空に浮遊するフィールドの最端に辿り着いたももこと市川巡査。
彼女達に率いられる形で総勢27名の人質達も居た。
先頭の二人が端から見上げた先にあるのは、真紅の巨大な螺旋階段だ。
これの乗っていけば、地上に帰れるという――しかし、離れた位置で空中浮遊しているそれに、一般人達をどう運ぶか――そう考えていると。
「!? こっちにくるぞっ!」
急に迫ってきて市川巡査が驚いた。
赤い螺旋階段は、ももこ達の目と鼻の先まで近づくと――
「と、止まった?」
「なんて、でかいんだ……!?」
「でも、これで地上に戻れる! みんな!!」
ももこが後ろを振り向く。
しかし、人質達の顔に活気は戻らない。全員が首を項垂れ浮かない表情だ。
「みんな、どうしたんだよ!! 帰れるんだぞ!? 家族が心配してる! さあ、早く!!」
「…………バカいえ」
家族、と聞いて一人の男性の肩が震えた。
彼がポツリとももこに反論する。
「え?」
意味が分からなかった。
だが、次々と人質達は、声を荒げる。
「帰ったところで、もう一度あいつとやり直せる訳ないだろ……!」
「俺はなあ、離婚届を役所に提出したんだぞ……!」
「あいつと一緒にいたら、頭がおかしくなりそうよ……!!」
「……っ!」
ももこはぞっとした。
家に帰れると聞いた彼らの顔に、より深い絶望が浮かんでいたからだ。
彼らを捕らえたのはカマキリ男だが、そのきっかけを作ったのは、彼らの“絶交”が原因だった。
地上に戻れば、その現実と向き合う事になる――縁を切った者との思い出と、その存在に。
ここで死ぬのを待つより、その方が嫌だというのが、信じられなかった。
「じゃ、じゃあ、階段を踏まないように気をつけて過ごせば……!」
「そんなの、無理に決まってるだろ……!」
「階段なんて、出勤する時にいつも渡るし……、ああ、ダメだ……! あのカマキリ男がいる限り、いつかまた呪われるっ!!」
男性が一人、膝を付いて頭を抱えた。
「そうしたら、またここに連れてかれて……!?」
「眼の前で誰かが死んで……いつか、私達自身も……」
「嗚呼、地獄の日々は続くんだ、永遠に……!」
「神様、神様ぁ……」
「「「「ああぁぁああああぁぁああああ!!!」」」」
彼の嘆きを皮切りに、膝を折り、頭を抱えて泣き叫ぶ人々。
捕らわれた時の恐怖が蘇り、全員が一斉に発狂する。
「!?」
同時に全員の体から黒い霧が噴出し、凄まじい勢いで曇天に昇っていく。
「なんだよアレっ!?」
「“負の感情エネルギー”……っ! 落ち着け!! このままだと、全員廃人になるぞ!! そうなれば奴の餌だ!!」
「みんな、地上に帰れるチャンスは今しかないんだ!!」
「「「「ああぁぁああああぁぁああああ!!!」」」」
市川巡査とももこが必死に説得するが、悲嘆に暮れる彼らの耳には届かなかった。
「もうダメだ、おしまいだ……」
「感じる、感じるのぉ……あのカマキリ男の力が、どんどん強くなっていくのをぉ……!」
「っ……! 奴は、アタシたち魔法少女が必ずっ!!」
「無理だぁあああ!! あいつはもう、祟り神に覚醒したんだああああ!! みんな殺されるうううううあああああああああ!!!」
金切り声の悲鳴を挙げる青年の言葉に、ももこはギョッと目を見開く。
「祟り神に覚醒……!?」
平 将門の怨霊伝説が脳を過った。
不意に空を見上げると、グレー一色の曇天が、奥の方から漆黒の闇に侵食されていくのが見える。
「あの野郎、まさか……!」
くっと歯噛みするももこ。
やはり、勘は的中したか。
カマキリ男の魔力が増大していくのを感じる。このままここにいるのはマズイ。
しかし、人質達は、皆その場で蹲り動こうともしない。
(カマキリ男の呪いは、こんなに凄まじいものだってのかよ……!)
絶交階段を司る祟り神。
その呪いは、今までの“魔女の口づけ”とは比較できるレベルじゃない。まさに規格外だ。
そして、彼に捕らわれた人々は、開放されても、心は絶望したまま。
地上に戻ったとしても、元通りの生活を送ることは厳しいだろう。
カマキリ男を倒さない限り、その呪縛は解けない――永遠に。
「市川巡査!」
「分かってる。こうなったら動けない子供達だけでも、連れて帰るしか無さそうだな……!」
隣立つ警察官は子供を負ぶっていた。
感情エネルギーを吸収され尽くした影響か、昏睡状態に陥っている。
同じ状態の子供達が、大人達に背負われるか、抱きかかえられている。
「お願いします!」
「心得た。だが、お前はどうする気だ、十咎?」
「アタシは…………っ」
ももこはそこで、言葉に詰まった。
27人もの絶望する人たちを見渡して、考える。
(この人たちに、アタシが何をしてやれるってんだよ……! こんなとき、アンタだったら、どうするんだよ、カエレさん……!!)
――前に立って戦うことだけが、リーダーか?
――お前の本領は、そこには無い。
目を閉じて、恩師の言葉を思い返すももこ。
――カエレさんは確かにそういった。
けど、最初に前に立って戦うことを示したのは、カエレさんじゃないか!
アンタがそのスタイルだから、背中を見てきたアタシもそうしなきゃって思ったんじゃないか!
(思えば、ずっと前で戦ってきてたよな……)
それが、アタシの本領だって、ずっと信じてきた。
自分の気性的に、後方支援は向かないと思ってたし、武器だって、こんなにゴツい代物だ。
役割が“それ”しかないって思うのは仕方ないだろ?
カエレさんがいたころは、カエレさんと足並みを揃えたいが為に。
リーダーになってからは、レナとかえでを守る為に、あいつらの見本となる為に。
ずっと、そうしてきたんだ。
なのに――アタシの本領じゃないって、どういうことだよ!
自分を否定された気分だ!
何でもっと早く教えてくれなかったんだよ!
カエレさん、アンタはいつも言葉が足りないんだ。
こんな、切羽詰まった状況で。
みんなの命が掛かっている今、それを考えろっていうのかよ。キツ過ぎるだろ!!
でも――
(アタシの、願い……)
――やってみるよ、カエレさん。
それしか方法が無いのなら。
アンタが信じるアタシを、アタシが信じて、やってみる。
☆
――待って待って、でもでもって……いっつも、そればっかり!
――どうして、いっつもそう、ウジウジしてばっかなのよ!
(ごめん、なさい……)
――こないだだって……アンタのその意気地のなさのせいで失敗したのよ! そういうことわかってんの!?
(私がチームを抜けたいって言ったら……レナちゃん、どんな顔するんだろう)
首だけになったカマキリ男の、狂った大哄笑が響き渡ったのと同時だった。
曇天が、一瞬で常闇に染まる。
全ての光を遮る、漆黒の中に、レナは閉じ込められた。
空も、周りも、足元も、全てが黒、黒、黒……。
まるで視界に映る全ての景色に、墨汁を塗りたくられた様な昏い瘴気が充満していた。
閉塞感―同時に、強い恐怖心が蘇ってくる。小さい頃、親に叱られて物置や押し入れに閉じ込められた時の、苦い記憶が。
「ひっ……」
自然と背筋が凍り、涙が溢れるほど、怖い。
だけど――
「いろは――――!! かえで―――――!!」
必死で堪えて、近くにいる筈の仲間を必死で呼び求める。
が、返事が無い。
いろはの気配と魔力反応は、一瞬で消えた。
闇が広がる寸前に――もしかしたら、カマキリ男に何かされたのかもしれないが……確証は無い。
一方、かえでの方は微弱だが、反応を近くで感じる。
こちらの方に希望を感じたレナは、無事な姿を求めて、瘴気を掻き分けて進んでいく。
「……!!」
暫く進んでいると――
「かえで!!」
倒れているかえでを発見し、レナは焦った。
急いで近づいて体を抱き寄せる。口元に耳を寄せた。弱いが、息は有る。
「良かった……!」
無理して戦わされ続けた影響か、気を失っただけのようだ。
ホッと胸を撫でおろすレナ。
「ん……!」
「かえで!! 気が付いたの!?」
「レナ、ちゃん……!!」
「アタシよ!! 良かった、本当に……っ!!」
「うん、良かった。来てくれたのが、レナちゃんで……!」
ぽろぽろと涙を流して無事を喜ぶレナ。
薄目を開けて、そう微笑み返すかえで。
しかし――
「……裏切り者には、死を!!」
――感動は一瞬で、終わった。
かえでの瞳に邪気が宿る。
「えっ!? ……あぐっ」
唖然となるレナの視界が半転。
ドンッ!!
背中に凄まじい衝撃が加わり、その圧力で腹から空気が抜けた。
リミッターを外されたかえでの力で一瞬の内にマウントを取られた!
「かえっ……ぐぅっ」
「都合が悪くなったら、逃げちゃえばいいんだよ」
馬乗りになったかえでが、レナの首を両手で絞める!!
「菜園を守った、あの時のように」
「周りを全部自分の都合に合わせちゃえばいい」
「ディエゴさまが創ってくれる。私の理想の世界を」
暗い瞳で淡々と呟くその様子に、正気は無かった。
「かえで……!!」
窒息するのが先か、筋肉ごと首を握りつぶされるのが先か――
そんな苦痛の中でも、レナは必死に耐えて、かえでに呼びかける。
彼女の口元に、ニッと愉悦が走った。
「だから、都合の悪いレナちゃんは、今すぐ死んでっ!!」
「ぅっ……やめ、って……!!」
より力強く圧迫され、首の骨がギリギリと軋んだ。
死の恐怖が迫って来る。それでもレナはかえでを強く見つめたまま、懸命に訴える。
「アンタ、は……そんな、子じゃ……!!」
「だって、私って、そういう人間なんだもん!!」
弾けるように、かえでが叫んだ。
「自分が大事で、傷つくのが嫌で」
「周りを自分に合わせて合わなくなったら逃げ出して……」
「ちが、う……!」
「逃げて逃げて、また居心地のいい場所を見つける……」
「そうしないと、私はどこにも存在できないんだよ!!」
「何としても持たなきゃ! 自分の居場所を!!」
捲し立てる言葉は、咄嗟に思いついた言い訳のように聞こえた。
「……!!」
そこでレナは確かに見た。
喚き散らすかえでの瞳が揺らいだのを。“何か”に怯え、追い詰められて焦っているような感情が、奥に有った。
強迫観念――
そんなものをかえでに齎す奴は、只一人。
『自分勝手に 自由に 逃げて』『自分勝手に 自由に 逃げて』『自分勝手に 自由に 逃げて』『自分勝手に 自由に 逃げて』『自分勝手に 自由に 逃げて』『自分勝手に 自由に 逃げて』『自分勝手に 自由に 逃げて』『自分勝手に 自由に 逃げて』『自分勝手に 自由に 逃げて』『自分勝手に 自由に 逃げて』『自分勝手に 自由に 逃げて』『自分勝手に 自由に 逃げて』『自分勝手に 自由に 逃げて』
「カマキリ、男……っ!!」
『自分自由自分自由自分自由自分自由自分自由自分自由自分自由自分自由自分自由自分自由自分自由自分自由』
脳に酸素が渡らず、ぼやけてくる視界の奥で、レナは捉えた。
かえでの背後の暗黒で妖しく揺らめく、二つの半月状の“複眼”が。
そして、微かに耳に聞こえてくるのは、かえでを縛り付け、操り人形にする呪文。
禁忌を犯した者への、呪いの言霊。
『自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分』
「あ……あ……」
微笑みながら、かえでの顔が歪んでいく。
――死んでしまう。レナちゃんが死んでしまう。
――殺さなきゃ。裏切り者を殺さなきゃ。私の邪魔者を消すんだ。
不安と、恐怖に。
「かえ、で……!」
ギリギリと締め付けられる首。
限界が近く、それでも――
「レナ、ちゃん……?」
――やめて。起きないで。私に声を掛けないで。このまま安らかに眠って。
――そうだ、死んでしまえ。私の居場所にならない奴は、みんな消え失せろ。
「こ、れ……!」
――レナは、諦めない。
差し出された右手。
解かれる変身。
その手首に巻かれているものを、かえでに見せた。
「あ…………」
☆
『わたしは君が毒ある蠅どもの群れに刺されているのを見る。のがれよ、強壮の風が吹くところへ』
いつか、どこかで聞いたことがある。
ねむちゃんの教えが、不意に頭の中を過った。
――紅に染まった病室には、ういの慟哭がただ響いていた。
「お前と俺は、同じじゃないか」
「…………」
背後からカマキリ男が近づいてくる。
環いろはは、ただ呆然と、ベッドの上で泣いて蹲るういを見下ろしていた。
そうだ。
私が、ういを追い詰めていた。
カマキリ男が、拐った人々にそうさせていたように。
私が、ういをここに閉じ込めた。
自由を求めていたういの翼を剥いで、この地獄に。
「どれだけ強い光を当てようと、決して心の中の闇を拭い去ることはできないんだ……」
「…………」
カマキリ男が隣で立ち止まり、いろはの耳元で囁く。
ういの為に、正しい選択をしたと思っていた。
今も、そうだ。必死にういを探し求める自分は、きっと正しいのだと、確信していた。
でも、それは傲慢だった。
私から見たうい。
ういから見た私。
私は、ういの立場に立って考えたことが、一度でもあっただろうか。
「受け入れろ。お前の闇を。俺の暗黒を……」
「…………」
何の為に、生きるのか。
その意味すら、もういろはには分からない。
それでも――
「…………できない」
「んー?」
「あなたを受け入れたら、私はもう二度と、ういに向き合える資格は無くなる……!」
――鋼の意志で闇を拒んだ。
決して、悪魔と目を合わせてはいけない。
『目に見えぬかれらの復讐からのがれよ。君にたいしてかれらは復讐心以外の何ものでもないのだ』
ねむちゃんの声が、聞こえた気がした。
しかし――
「くふっ」
「えっ……」
「変わらないね、たまき」
「……っ!?」
聞き覚えのある含み笑いに、いろはの背筋がぞっと凍りついた。
カマキリ男のくぐもった声が、無邪気な少女のおどけた声色に変貌する。
「里見、灯花ちゃん……?」
「耳障りの良い正論で、自分の闇を覆い隠そうとする、その悪癖が……」
「あ……!」
いろはの全身が粟立った。
彼女の声を聞いていると、頭がおかしくなりそうだ。
胃がぎゅっと押し潰されるような圧迫感。急激に喉元まで昇ってくる吐き気。
「やめて……!」
堪らず、耳を塞ぎ頭を伏せるいろはに。
微笑みの少女は、冷酷に言葉を浴びせる。
「ほらまた。都合が悪くなると、否定する」
「……………っ!」
「そうやって耳を塞ぐところも、変わらない。わたくしの夢を、否定した癖に……」
「違う……!」
「自分は、逃げるんだねー。現実からも、記憶からも……」
「そうじゃない……私はっ!」
いろはが、彼女の方へと振り向き、何かを言おうとした――瞬間。
「この時を、待っていた」
彼女の両手がいろはの相貌を捉える。
いろはの記憶に存在する姿と寸分変わりない。
病衣を纏った小柄の少女は、満面の笑みで囁いた。
「さあ、深淵の底に堕ちるがいい。環 いろは」