魔法少女いろは☆マギカ 第2部 RE:Ms.Pain Planter(休載中 第二章一部完結済) 作:hidon
私の中には、“深淵”がある。
『答える義理はありません。
私が言えるのは、あなたに邪魔はさせないっていうこと。
未来の子供たちが、平穏に生きていくためにも……。
それがたとえ、私のワガママだったとしても……』
「ごめん、そうだよね……。
だけど、貴女の命を犠牲にするようなやり方が、本当に正しいと思うの?」
一切の光が遮られた洞窟のような漆黒。
その中で、白衣を着た私と、白い薄着を一枚纏っただけの“彼女”は話し合っていた。
彼女は何かを決意したように私をじっと睨み据えていた。
私は、彼女を思い留まらせるべく、必死に説得を試みる。
『たまきさんの気持ちが分からない訳じゃないですよ。
新薬の実験の為に、…………の体を使う。
その危険性は理解しています』
その目は、恐怖に震えていた。
そうだ、それでいいんだ。それが貴女が“モノ”では無く、人間である証。人であるからこそ感じる正しい生理的反応。
彼女の意思は、彼女自身の心から生じる言葉によって決定されるべきだ。悪魔の言葉ではなく。
それでも、彼女は私に真剣な顔を向けたまま、決意を述べる。
『それに実験の後で、プロフェッサーが、私たちをどうするか分からない。
その危険性だって理解しています』
「それなら!」
『だけど誰かが犠牲にならなきゃいけないの!!』
「………………」
人類の為に。
ここに連れてこられた少女達の頭に刻みこまれた――悪魔の言葉。
甘美な響きに“彼女”たちは皆陶酔し、馬鹿正直に従い、その身の限りを燃やし尽くした。
正に鬼畜の所業。イカレ狂った洗脳教育。吐き気を催す邪悪……しかし、それでも。
彼女たちにとっては、それが何よりの“救済”なのだと、
滅私奉公――ここにいる限り、それ以外に求められるものは、何も無いのだから。
つまり、全ての少女達はいずれ、“死”を望む。
それが誰かの為に――より多くの人々を救える結果になるのならば、“幸福”に死を臨んだ。
「平行線だね。私は、貴女を犠牲にする危険な実験を認められない……!」
私は否定する。
ここにいる鬼畜共を。悪魔の言葉で彼女達を惑わすモノ達を。私自身の悪魔を。
「貴女が無事にお母さんの元へ帰る前に、命を潰すようなことなんて、絶対にさせたくない……!」
だから私は――
「私のために、実験を止める。それが私のワガママだから」
私はワガママを貫いた。
酷いエゴだと言われようが構わなかった。
ただ、彼女には生きてほしかった。
その思いを胸に、必死で悪魔を説得した。
結果――――
新薬投与の実験は行われなかった。
彼女は、生き延びることができた。
しかし――――
「全て、たまきのお陰です」
――私はただ、“それ”を見上げることしかできなかった。
「彼女が、被検体…………を説得してくれなければ、計画は頓挫している所でした」
――くふっ、と含み笑いが聴こえてきて、私はどうしようも無い屈辱と怒りに頭が破裂しそうだった。
「聖母計画は?」
「順調です」
――許さない。許されない。こんなことが、許される訳が無い。なんてことだ。どうして、こんな……。
憎悪、嗚咽、悔恨、狂乱。
腹を抱えて蹲る私を悪魔達は気にも止めなかった。
顔に浮かぶのは、穏やかな微笑み。そこから伺える奴らの感情は、フラット。
「生きていればそれでいい」
「同感です」
――プロフェッサーは、またも不快な含み笑いを漏らし、私を見下ろした。
「よくやってくれた、たまき。見給え……!」
――促して、“それ”を見上げるプロフェッサーの顔は、恍惚に満ちていた。
焼け付く胸を抑えながら、今にも全部ブチ撒けそうな嘔気を喉元で堪えながら、私も“それ”を見上げた。
自分の犯した罪を、受け止める為に――現実を直視しなければならないと思ったから。
・・・・・・・
――“彼女”は、静かに浮かんでいた。
丸裸のまま、培養液に満たされた大型のカプセルの中で。
今まで受けてきた苦痛から全て解放されたような、安らいだ顔で眠っている。
まるで絵画の中の聖母のような、幻想的な佇まい。
だが、その頭部にはヘッドギアが取り付けられていた。
チューブを通じて無限に送られてくる薬物と電波信号の波が彼女の神経を麻痺、そして意識を遥か彼方の夢の国へと遠ざけていった。
下半身は、“異形”そのものだった。
豚の全身に似た、赤く腫れ上がった球体が、彼女の下腹部の下――切断された両足の代わりに取り付けられていた。
――――人工子宮、その数は8。
それが意味するのはつまり、被検体から新たな被験体を、“同時に複数”生み出す為の器官。
怪物の肉塊と形容するに相応しいそれらが、軟体動物の足の如く不規則に蠢いている。
どくん、どくん、と――不気味な鼓動音を奏でて。
「君が、彼女をここまで導いてくれた……!」
私のせいだ。
私が……彼女を……。
人間だった彼女を、“異形の怪物”にしたんだ。
――もう、限界だった。
私はそこで目を反らし、全てをブチ撒けた。
最後に、現実から逃げたのだ。
ごめんなさい。あゆみちゃん
ごめんなさい。ごめんなさい……
☆
「……………」
今。
私、『環 いろは』はいつも夢で見る、大切なあの場所にいる。
そこには、命より大事な妹の、“うい”がいる筈だった。
そこには、“灯花ちゃん”がいる筈だった。
そこには、“ねむちゃん”がいる筈だった。
「……………」
けれど、そこには誰もいない。
神浜総合病院・小児科病棟の病室は、もぬけの殻だった。
中央に立つ私以外、誰もいない。
窓の外には沈みかけの夕陽がくっきりと見えて、朱色の光を部屋に落とし込んでいた。
真っ赤に染まる私。
真っ赤に染まる、かつてのみんなが過ごしていたベッド。
血の池のような光景が、私に現実はこうだ、と突き付けているかのよう――
『……たまき』
「ねむちゃん……!」
振り向くと、扉の前に、パジャマ姿のねむちゃんが立っていた。
いつも夢で見る、あのままの姿で。
でも、彼女は――
「ここには、本当に何も無かったんだね。つまり、私の過去は……本当は……っ!」
私はもう一度、ういのベッドを見つめる。
感情はぐちゃぐちゃだったけど、私はそこにういがいるって信じたかったんだ。それなのに……!
『たまき、過去を糧にすることは進むことであり、過去を羨むことは止まることだ』
「えっ?」
ねむちゃんはまっすぐに私を見つめたまま、淡々と語り続ける。
『人は生きようとして前に進む。死んで停滞したとしても、腐敗という形で前に進む。決して過去に戻ることは無いんだ』
「ねむちゃん……?」
『彼女は過去を羨んでいる。彼女にとって、そこは全てが有った場所だから。……でも、そこに未来は無い』
話しながら、ねむちゃんは私の隣に並んだ。
何を言っているのかよく分からなかったけど、凄く真剣な顔を見てると、最後まで聞かなきゃいけないと思ったんだ。
『彼女が創り上げる世界は、無だ』
漆黒。
朱色に染まった病室が、突如暗黒に飲み込まれていく。
私とねむちゃん以外の全ての世界が、一瞬で、一色の黒に満たされた。
「っ……!」
『それでも、君は立ち向かうつもりかい? たまき』
その言葉を最後に――ねむちゃんも、闇に飲み込まれていく。
☆
「――ねむちゃん!!」
ガバッと私は飛び起きた。
「えっ……!?」
夢を見ていたのだと気づいたのはすぐの事だった。
視界に広がるのは、見慣れてきた光景。
「う~ん……うるせぇよぉ~……サチ~……」
隣で寝言と共に寝息を立てるのは、相性最悪の金髪の相棒。
暗闇に満ちているが、無ではない。私とフェリシアちゃんのベッドが並んだ小さな部屋だ……つまり、ここは現実で、私が今生きている世界だ。
夢から覚めたのだった。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあっ……!」
ドクドクと脈打つ胸を抑える。呼吸も荒い。
汗でびっしょりと濡れた背中を悪寒が走り回る。
ういも、灯花ちゃんも、ねむちゃんも、幻想のままで良かったのに。
こんな苦しい思い、しなくて済んだのに……!
「はあっ、……っ!」
でも、だけど――
奥歯をギリッと噛み締めて、私は思い出す。
やちよさんと、みたまさんの前で、誓ったんだ。
この先に、何があっても、何を失っても戦い抜くって。
私の全てを――封じ込められた
『それでも、君は立ち向かうつもりかい? たまき』
ねむちゃんが最後に問いかけた言葉が頭を過る。
私は、胸の前で拳を作り、もう一度誓いを立てる。
「うん。戦うよ、ねむちゃん……!!」
これは、私の人生なのだから。
拳の中は汗に塗れていたけれど、確かな熱を感じたんだ。
――――私の中には、“深淵”がある。
私の記憶には無い、暗闇が心の底に潜んでいる。
私の中の悪魔が、そこに眠っている。