ジョウ100〜成仏するために消したい100の未練〜 作:リビングデッドの歌声
日本の人口は、大体一億二千万ほど。
その内何割がゾンビになってしまったのかは分からないが……仮に七割だとした場合、ざっと八千四百万人。
つまり私が毎日キッチリ百人ぶん殴ったとして、日本のゾンビを全滅させるのにかかる時間は推定八十四万日。二千とウン百年かかる計算だ。弥生時代が現代になってしまう。
ならノルマを十倍。『一日千人』にすれば、二百と数十年……現実的な数値になるんじゃないか? ──と、思われるかもしれない。
しかし一日は二十四時間。千四百四十分しかないのだ。千人も殴るとなれば、一人につき二分もかけられない。
時に急かされて、数字や結果だけを重視してしまえば……人はすぐに本質を忘れ去ってしまう。手段と目的を履き違えてしまう。
私は、人助けがしたいのだ。それで感謝されて、褒めてほしいのだ。
フィクションの中のヒーローも、一方的な暴力で相手をぶちのめしているけれど。基本的に暴力というものは、悪の所業だ。
ゾンビの境界線が曖昧なように、暴力の正負も曖昧で……それをある程度定めていた『法律』は、最早機能していない。
私の行いが『正義』か『悪逆』かを決めるのは、明文化されていない個々の『倫理』のみだと……少なくとも私はそう思っている。
いつか、彼らを普通の人間に戻す薬が開発されるかもしれない。
その時私は、史上最悪の大量殺人鬼として……世界中の拷問を実体験させられた上で、死刑となるかもしれない。もしかしたら、永遠に使える人体実験のマウスにでもされるのかもしれない。
薬が開発される前に、生存者の手で『ただのゾンビ』として殺されてしまうかもしれない。
殴ったゾンビに反撃されて、死ぬかもしれない。
──でもそんなことばっかり考えて、自己保身に走って、誰もいなくなった世界で、また『あーあ。学習しないな』って思うのは嫌だから。
一人でも多く、ゾンビの被害を減らせるように。私は、私にできることをやる。
それが罪になるというのなら、一つだって忘れないように。記録して、管理して、見返した時に、心に刻んだソレを余すことなく受け止められる範囲内で。
それが、『一日百人』と定めた私のノルマ。
「──完了ッッ」
二日目の今日も、どうやら私は死ななかったらしい。
空は夕焼け。まだ太陽は出ている。次の日課──活動日誌の記帳を行う前に、全身の血を落としたいところだ。アレこそ、今の私の『
私が将来『英雄』と呼ばれるのか、『悪魔』と呼ばれるのか、はたまた志半ばで倒れた『有象無象』に終わるのか……。それは知らないけれど。
私という屍の『軌跡』を、『罪』を、何かの形に残さねばならない。でなければ、私は死んでも死に切れない。成仏なんてできやしない。
それが肯定ではなく、否定であっても構わないから──私は、『私』を看取ってくれる人を……探し求めている。
『その人
*
「──歩き。歩き。走り。歩き……この個体は危険度高そう」
自宅から、双眼鏡を使って外の様子を観察する。
いくら外界が危険とは言え、いつまでも籠城はできない。余裕のある内に外出し、物資の補充を行う。これは決定事項だ。
しかし思考を放棄し、運任せに外へ飛び出してしまえば……
元メイド喫茶の店員であろうゾンビに貪り喰われている男性を、私は無感動に眺めていた。
…………余計な感傷なんて、抱く
黙祷なんて、する
……
────観測を続行。
「走り。歩き。歩き。歩き……」
現
外に出るのであれば、エネルギーの消費は必要最低限に留めたい。ゾンビに遭遇した時、相手の危険度を瞬時に判断できれば……エネルギー効率及び、生存率の上昇に繋がる。
そのために、もっとデータが必要だ。
「歩き。走り。歩き────え?」
──あぁ、やはり事前に調査をしていて良かった。
なんだ?
一体だけ、
襲われたゾンビは無抵抗で、そのまま沈黙した。
二体目が殴られたあたりで、周囲のゾンビが異変に気付き始める。
三体目が殴られる頃には、火事から逃げるみたいにゾンビ達が逃げ出していた。
四体目は少し抵抗する素振りを見せたが、運動性能の違いで瞬殺。
五体目は自ら瓦礫を持って襲撃をしかけたが、異常個体は両腕で受け、その後お返しに顎を蹴り砕いていた。
そして、六体目──。
「うそでしょ……?」
逃げるゾンビの一体に追い縋り、肩口に噛みつき、その血を飲み干して──
死体が動くこと自体は、実の所あり得ない話ではない。首を落とした状態の魚が、脊椎反射で元気良く暴れる事例なんかは……よくある話だ。
しかし
そして呆けている間に、七体目へラリアット。
「…………アレの、危険度は……」
────特記個体。最優先回避対象。
他とは比べ物にならない。危険過ぎる。目を離しちゃダメだ。
たとえば『最も多用する攻撃方法』『優先して狙う対象の特徴』『ここが縄張りなのか否か』 調べる
──ゾンビ映画あるある。異常に強いゾンビがラスボスで、黒幕。
もしや、アレがこの感染爆発の首謀者なのでは?
思考のノイズを、すぐに消し去る。
ロサンゼルスの本社と連絡が取れなかった。この状況が人為的なものだとするなら、まず単独犯ではないだろう。しかし
「……どんな人生を歩んできたのかしら。彼女は」
壊れたバス内で、いつまでも吊り革を握っているゾンビがいた。水の出ないホースを、必死に炎の方へ向けているゾンビがいた。
服装を見れば、『ゾンビには生前の習慣を継続する傾向がある』という予測は簡単にできた。
──なら、彼女は?
一体どんな人生を歩めば、この現代日本の中で、あそこまで……。
……非合理的な感傷を、この時ばかりは抑えられなかった。