樹木化した女エルフ 作:天元擬き
「ねぇ、シド。さっきから聖域とは真逆の方向に歩いているけど、大丈夫なの?」
「え?そんな筈は…………あ、観光名所の方か。確かにあそこにも聖域って場所はある。言葉足らずだったね。今向かっているのはあんな大人達の泥々した(儲け話的な意味で)欲望が煮詰められた場所より、よっぽど素晴らしくて、尊い場所さ」
私が聖域に招かれたのは、シャドウによって肉の塊の姿から解放されて程なくであった。
伝説上に語られる三英雄、魔人ディアボロス。その戦いと隠された真実。
世界の裏を牛耳るディアボロス教団の存在。
そして隠蔽された英雄の子孫、悪魔憑きの正体。その利用価値。
シャドウの陰の叡智により紐解かれた真実は、これまでの常識を打壊した。
それを裏付ける為の情報収集や、悪魔憑きとして覚醒する前との魔力差によるギャップの調整、恐らく私以外にもいるであろう悪魔憑きとして捨てられた同胞達の捜索と保護。それらを目的とした組織シャドウガーデンの立ち上げと、することは山積みで圧倒的に時間や人手が足りない。
せめてあと一人……欲を言えば六人ぐらいは欲しいと復讐に燃えていたアルファとも言えど、流石に頭を痛めていた頃であった。
そんなに疲れているなら、ちょっと聖域まで癒されにいかない?
シドからの提案だ。
聖域と言うと……聖地リンドブルム。
この国で最も勢力の大きい聖教が聖地として認定している地域には聖域と呼ばれる観光スポットがあった。
真偽は不明だが、英雄オリヴィエが魔人ディアボロスの左腕を切り落としたとされる場所であり、そこに行けば英雄の加護を受けられるという……眉唾物の人を集める為に使われる、よくある話の一つだ。
リンドブルムは聖地に定められているが、観光地として栄え、教徒以外でも観光を楽しむことは出来る。
こんな時だが、彼なりに私のことを労ってくれているのだろうかと、ありがたくその提案を受け入れることにした。
そしてエスコートされることになったが、徐々に案内される道行きが怪しくなり、人通りの少ない街道から、整備のされていない街道へ、そして石造りから土を踏んで固めたものへと、気づけば獣道のような場所を歩いていた。
これは流石におかしい。そう思って声をあげたら、向かう場所は違うという。
「そろそろだね」
途端。彼が私を抱き寄せた。
「ちょ、え!?」
「ごめんね。屋根もなければ壁もない、壁がないんだから扉があるわけもなく、それで柵もないって無用心過ぎないかな?って思ってさ。ちょっと前に防犯意識を見直したらって軽く提案したら僕以外の魔力を宿した人間が彼女の領域に踏み込むと──」
彼の全身は魔力によって強化され、空へと駆け上がる。
当然抱き上げられた私も空へと上がるが、下を向いて唖然とした。
あまりの高さからではない。
辺り一面に生い茂る木々の先端が全てこちらに向いているのだ。
「まさか、私たち……いえ、私を狙って!」
「口閉じてないと噛むよ」
本来身動きの取れない筈の空中で足を強く踏みしめて方向転換、(シド曰く空気を蹴っているのだという)ワンテンポ遅れて一斉に私たちに向けて走る木々の間を縫うようにシドは駆け抜けて行く。
「このまま一気に突っ切る!!!」
絶え間なく、四方八方から襲いくる木の嵐。一度足を止めたら一溜りもないだろう。
散った木葉が粉微塵になる光景にはアルファもゾッとした。
平時の彼女であれば迷わず撤退を選んだ。
いや、どんな状況であれ、これは無理だと撤退する。
だがシドは止まらず、ギリギリで躱しながらどうしようもない波状攻撃だけを操作したスライムで打ち払っていく。
(なんて、無駄のない洗練された動き。ここまで練り上げるまで、いったいどれだけの努力を)
「お、見えてきた!」
シドが喜色の声を上げる。
釣られて視線を向けると、淡い虹色のような光が木々の隙間からうっすらと覗かせていた。
(……綺麗)
「あと10歩……否、この距離、この数の有象無象ならひとっ飛びで貫ける!!!」
最後の一勝負と言わんばかりにシドは可視化されるほど魔力を練り上げて──音を置き去りにする。
ガクンとアルファの首が曲がってはいけない角度まで傾いた。
「いやー!長々楽しかったよ!これでゴーレムとか毒の雨でも降ってくれば程よい緊張感が生まれると思う!」
「連れがいるなら事前に言ってくれればいいだろうに。ハァ……相変わらず、せっかちと言うか自分勝手と言うのか」
「きゅ……」
「この子も可哀想に……」
聖域にて。
気絶したアルファは先ずエルフにより治療を受けることになった。
「へぇ、自分の魔力で他人を治すことも出来るんだ」
「ん?知らなかったのかい?君ほどの魔力操作の達人なら出来て当然だとは思うが」
「うん。やり方はアルファを悪魔憑きの時にいじくり回した時と一緒だと思うし、多分僕でも出来ると思うよ。ただほら、陰の実力者として生きるのに、一々雑魚を治療するって概念が僕の中になかったって言うか、今まで必要に感じなかったらから試そうとも思わなかったんだよね。……あ、でも強敵を前に地に伏した主人公や部下達をサクッと治療して「お前達は下がって見ていろ」って言うのはやりたいからこれから練習しておこうかな!」
「動機が不純だな。そのうち友達居なくなるぞ」
「もともと居ないから大じょうV!」
木の藁を何重にも編んで作られたベットに寝かされたアルファ。彼女を挟んで、会話するシドとエルフ。
幸いにもアルファの首の骨は折れていなかった。
少し筋肉が傷んでいたが、これぐらいなら治すのも容易い。ものの数秒で彼女の治療は完了した。
「……ここは?」
アルファは目が覚めると、極楽のような場所にいた。
小鳥達がさえずり、木々は歌うようにざわめき、温かい光が身を包んでいる。
「目が覚めたかな?」
「ッゥ!?その耳まさか……エルフ……いえ古代エルフ!?」
大樹の中心で下半身を飲み込まれるような形でこちらを見下げている、垂れ耳のエルフ。
エルフと言えば耳が鋭いのが特徴だが、古代エルフは尚長く、自重で先が垂れてしまっていると言われていた。
実物を見るのは今回が初めてだが、同族というにはどこか古臭く感じるような違和感。恐らく間違いではない筈だ。
「フッ、やはり知っていたか」
「シド?」
「だが重要なのはそこではない。そこで思考を止めるべきではない。考えるだ。この地が何故『聖域』と言われているのか、何故千年も前に滅んだ筈の彼女が大樹に半身を捧げているのか」
既に滅んだとされる古代エルフが一人、こんな山奥で大樹に飲み込まれかけているという奇妙な姿を晒している。
これには何かがある。
起きたばかりだが眠気を振り払い、シドが足したヒントも合わせて思考を膨らませる。
恐らく大切なのは、彼女の種族ではなく生きた年月。
細々と古代エルフの生き残りが血を残してきたのではなく、彼女は太古の時代から現代まで生きている。ならばどうやって…………。
元々エルフは長命種だが、流石にそこまで長生きではない。
生命である以上、代謝がある。そして代謝があれば肉体は遠からず朽ちて行く筈だ。
そこでアルファは彼女の下腹部を飲み込んだ大樹を見て、考察する。
「まさか、大樹にそれを肩代わりさせている?いや……違う。もしかして………足だけじゃなくて全身飲み込まれているというの?」
「ほぉ。初見でそこまで行き着くのか。正解だよお嬢ちゃん。私の本体はあくまでこの大樹、今君と会話しているのは魔力で無理やり形を保っているだけの蝉人形さ。まぁそうは言ってもこれを切り取られたらまた作り直すなんて芸当は出来ない。会話が出来ない意思を持った木偶の棒になってしまうから、こっちは人間としての核っていう感じかな?」
「なんて無茶苦茶な。無生物との同化なんて、そんな芸当……いくら魔力操作を極めたって出来るものじゃない。──ッ!もしかして……嘘でしょ。まさかこんな所で出会えるなんて」
ここまでピースが揃っていて、今の今まみで気づけないなんてどうかしていた。
それは魔人ディアボロスが世界を滅ぼそうとするよりずっと前。
魔界との接触で世界に魔力が流れ込み、その影響で古代竜が衰退し人間が台頭し始めた頃の話。
まだだ。滅び行く運命にあった古代の竜が血を吐きながらも立ち上がった。
こんな所で終われるものか。
彼らは自らの滅びを否定した。
死んでなるものか。絶やしてなるものか。
生きろ、生きろ。生きろ、適応しろ。生きろ、食らえ、寝ろ、交われ、適応しろ。
人々が文明を築いていくなかで、彼らは何とかして次の世代をこの世界に残そうと全てを注いだ。
そんなバカな。
なんだこれは?
これは、同族ではない。
これは竜ではない。
これは全てを食らいつくす。
これはあらゆる全てに適応する。
これは全てに寄生し、侵食する。
そうして生まれたのが、名もなき怪物であった。
それは生き残った古代の竜の殆どを貪り尽くし、もう残っていないと分かると、獣や人間を襲い始めた。
抗ってもそれ以上の力で押し潰す。時間を掛ければかけるほど成長していく……手のほどこしようがない怪物だ。
このまま世界はこれによって壊滅してしまうのだろう。
誰もがそう思ったが、そうはならなかった。
古代エルフと僅かに生き残った古代の竜。彼らが死力を注いで世界に一つ【孔】を開けた。そして当時の英雄達が死力を注いで、その【孔】に怪物を落とした。
当然怪物は這い上がってこようとしたが、それを一人の古代エルフがふさいでみせた。
「その名は聖母マリア。おとぎ話だと思っていたけど、これも実在する本当の話だったのね」
「「ん?」」
「……あぁ、よくぞそこまでたどり着いた」
私の答えに満足そうに頷いたシド。
「聖母……マリア。彼女こそがこの聖域の守護者だ。君も知っての通り、彼女はここから動くことは出来ない。彼女がここを離れた時、それは世界の破滅を意味する」
「教団はあの怪物を利用しようとしてる、成る程。それを私に伝える為に連れてきたのね。……この聖域の守護はシャドウガーデンの最重要事項に据える必要があるわ」
「え、あーうん。そうだな……(参ったなぁ。人が増えると超越者と唯一対等に話せる陰の実力者ムーヴが壊れかねないんだけど)」
「聖母マリア。改めて自己紹介を。私の名はアルファ、彼の旗の元に集うシャドウガーデンの一人。まだ私と彼しかメンバーはいないけれど、貴方が守ろうとしたこの世界。悪の手には渡らせたりしないと、この命に誓うわ」
「え、あーうん。そうだね……(聖母マリア?何それ?)」
まさか教団が名もなき怪物なんてものまで狙っているとは思わなかった。いや、そもそもこれが本当の話であることもシドから教えられなければ気づくのはずっと先になっていただろう。
流石はシド……そして聖母マリア。
伝説上に語られるに相応しい……清らかな魔力だ。近くにいるだけで癒されているように感じる。
温かくて……守られているような安心感。
こんな気分は、小さい時……い、ら……いけない。こんな所で眠っちゃ!
私が頬を叩こうとしたら、その手をマリアが優しく掴んだ。
「疲れているのだろう?ならば安心して眠りなさい。ここには敵はいない。君から何か奪おうとするものがいたら私がこてんぱんにしてあげるから、瞳を閉じてゆっくり呼吸をするといい」
「でも、」
「シド、分かってるね?」
「…………アルファ。ここではシャドウガーデンのこともディアボロス教団について考えることも一切禁止する」
「貴方がそう言うなら……そうね。少し疲れたから……少しだけ横になろうかしら」
アルファは絶対的な強者二人からそう言われて、肩の力を抜くことにした。
するとどうだろう。本当に疲れていたのもあるが、この空間そのものが自分を優しく包んでいるような不思議な安心感に満たされて、直ぐに寝息を立ててしまった。
「ひどい顔だ。激しい苦痛と絶望を感じる。……まさかとは思うが君がそうさせた訳じゃないだろうね?」
「まさか、(アルファって絶叫マシーンとかダメなタイプだったのかな?)」
朧気だがマリアに優しく撫でられた感触は覚えている。
久しく忘れていた母の温もりを思い出した。
ぐっすりと眠ってしまい、起きたのは昼過ぎだったが、まるで生まれ変わったみたいに清々しい目覚めだった。
「また疲れたら来るといい。私は君みたいな頑張り屋さんはいつでも大歓迎さ」
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうわ」
この日、以降。
私は寝付けなかったり、疲れが限界に達すると、この場所で眠りにつくのが習慣になった。