第九話:銃弾避けゲーム
「…は?銃弾を避ける練習ができるアプリを作ってほしい?」
「いや、私がやるんじゃないんだけどね?友達とやってる対戦ゲームの話なんだけど…遠距離型の相手の攻撃が躱せないから、少し悩んでて…お兄ちゃん、そういうの得意でしょ?プログラム、組んでくれないかな?」
朝一番、朝食のトーストを齧っている俺に、妹の直葉が話がある。と真剣な顔で言ったかと思うと突然そんなことを言いだした。
銃弾を避けるとか…ほぼ無理に近いじゃないか。
いや、実際にGGOで俺もやったことあるけどあれは弾道予測線が見えていたからで…
「別に構わないけど…避ける…か。…弾くじゃあ駄目か?」
「それが友達が使ってるキャラが完全近接型なんだ。徒手空拳」
「さいですか…。にしても、どんなゲームなんだそれ?スグもやってるなんて…珍しいな。教えてくれよ」
ゲームだなんて、こちらの世界に飛ばされてから一度もやっていない気がする。
最近は情報集めたり、辺りの散策に時間を使っていたからそんな暇がなかったのだ。
直葉もやっているならレクチャーも簡単に受けられるし、という理由で問いかけてみたのだが、当の本人は。
「た、ただのどこにでもある格ゲーだよ!しかも知ってる人が少ないマイナーゲー!そのくせ手に入れるのも困難だから、多分、もう手に入らないんじゃあないかなぁ~」
なんてことを言ってきたので、一先ず諦めることにした。
「んーと、どんなのが良いんだ?普通に人が銃撃つ奴でいいんだよな?」
「うん、あ、人は表情が見えない感じにしてほしいな。ええと、ロボットみたいな?」
「了解、じゃあやっておくよ」
俺の言葉を聞くと、直葉は笑顔で礼を言ってきた。
……やっぱりどの世界でも直葉は直葉なんだなと再認識しつつ、俺はコップに入っていた牛乳を飲みほしたのだった。
*
「は…?」
「だから、訓練用ソフト。私が知り合いに頼んで作って貰ったから、こっち使いなよ。余計なお世話かもしれないけど、≪ペインアブゾーバー≫切ってあんなのやってたら、精神的にも疲れちゃうよ?」
時刻は昼休み。
シアン・パイルとの戦いからすでに三か月が経っていた。
加速世界唯一の≪飛行能力≫を持つシルバー・クロウは現在、レベル4になっていた。
能力が目覚めてから一週間でレベル2、一ヵ月で3と、かなりのハイペースでレベルを上げてきていたハルユキだが、レベル4になった時点からそのスピードは格段と落ちていた。
原因は、シルバー・クロウ対策のアバターが増えてきたことにある。
飛ぶ、ということは常に相手の視界にその身を晒し続けるということである。
よって、遠距離射撃能力持ち、視認さえ難しい超高速の精密狙撃の前には、恰好の的でしかなかったのだ。
そのことを重く考えたハルユキは、自作で射撃回の訓練ソフトを作り、それを回避するという訓練を続けていたのだ。しかも違法パッチを使い、痛覚遮断機能≪ペインアブゾーバー≫の制限を無くして。
痛覚遮断機能はまさにその名の通りの機能で、ニューロリンカーでのゲームならどんなものにもついている安全機能だ。
要は仮想空間での痛みをある程度コントロールできるもので、それを切った状態で同じ怪我を負えば、現実でもその苦痛に悶えるほどのモノである。
「な、ハルユキ君!!それは本当か!?」
「ハル…キミってやつは…」
全ては黒雪姫のため。
そのため、このことは知られてはいけなかったのだ。
昼休みの≪ネガ・ネビュラス≫での簡易会議の最後に、リーフ・フェアリーがそんなことを言わなければ。
驚愕の声を上げた黒雪姫とタクムに、ハルユキは何も答えない。
事実でもあるし、なにより突然のことで言い訳も何も考えていなかったからだ。
タクムのことにも触れておかなくてはならない。
彼はシルバー・クロウと戦った後、七年間通っていた新宿区の学校から、この梅郷中に引っ越してきたのだ。
チユリのニューロリンカーにハッキングプログラムを仕掛けたことや、黒雪姫を狙ったこと、そのことを贖罪するために、自分の時間を使うことに決めたのだ。
その決意の表れに、彼はニューロリンカーで視力を補正するのをやめ、眼鏡をかけるようになった。
今ではシアン・パイルも、立派なネガ・ネビュラスの仲間だ。
そして目の前のリーフ・フェアリー。
彼女の正体を知った時の衝撃が一番大きかったかもしれない。
彼女のリアルでの名前は桐ヶ谷直葉。荒谷とのいざこざの時に間に入ってくれたあの時の少女が、なんと自分と同じバーストリンカーだったのだ。しかもレベルは5。ハルユキ達より上である。
タクムも、前に会った少女がバーストリンカーだったことに驚いていたようだったが、同時に彼女の強さに羨ましさのようなものを感じたらしい。
≪加速≫を使わないで剣道であそこまでいけるなんて、と言ったタクムに、直葉の二人で準決勝でタクムと戦った相手よりタクムの方が強かったとムッとして言い返したりしたのは良い笑い話だ。
「なんで……」
「えっとね…有田君、最近長距離狙撃型のアバターの攻撃が避けられなくて落ち込んでたでしょ?で、訓練してるのかなって思ったんだけど、たまにほっぺとか痛そうに擦ってたから…」
それだけで僕がペインアブゾーバー切ってるって思ってたのか!?
何と言う洞察力というか…うん、凄いな
「最近反応速度が上がってきているなと思ってはいたがそんな訓練をしていたとは…。馬鹿者!今すぐ直葉君からもらったソフトに変えるんだ!」
「は、はぃ…」
黒雪姫に叱責され、慌てて直葉からソフトを受け取る。
彼女の話によると、同じソフトを持っている人同士ならスコア対戦もできるらしく、黒雪姫もそれを一人で作ったのかと目を丸くしていた。
ハルユキ自身、頑張って作ったのが何もない部屋に拳銃一つという質素なものだったので、彼女の知り合いとやらはどんな人物なのかと考えてしまった。
どうせなら、ということで黒雪姫とタクムにもそのソフトを入れてもらい、そのアプリを起動することになった。
アプリを起動し、景色が変わる。
景色が変わり終えると、そこは何の変哲もないロビー。
受付が二つあって、それぞれ≪ガンマンコース≫と≪デュエルコース≫というように分かれていた。
「えっとね、ガンマンコースは一直線のフィールドで、現れるNPCガンマンの銃撃を躱しながら進んで行って、そのガンマンにタッチするゲーム。デュエルコースは、銃を使うNPCプレイヤーと実際に戦うゲームなんだってさ」
「ほう…すごいな。ちなみに直葉君、このアプリの製作にはどれくらいで?」
「んと…頼んだのがこないだだから…一週間くらいですね。なんか、ネットで無償で配布されてるパッケージを使って、あとはプログラムを配置するだけだったから簡単だったって言ってました」
「一週間………」
その速さにハルユキはあんぐりと口を開けていた。
隣のタクムも同じように驚いている。
対する黒雪姫だけは興味深そうに周りを見渡していて、ふむ、と頷くと。
「プログラムの作りがやや古いと思ったらそういうことか。まさか≪ザ・シード≫のパッケージを使ってくるとは考えもしなかったぞ」
なんてことを仰った。
≪ザ・シード≫は確か、今から二十年ほど前に配布されたプログラム・パッケージだと記憶している。
「そ、それで!どうやったらできるの?」
話が難しくなってきたので、黒雪姫には悪いがここで切らせてもらおう。
ハルユキが直葉に問いかけると、直葉は「あの受付でいろいろ設定して、OK押せばできるよー」と言ってきた。
折角だし、デュエルコースとやらをやってみよう。
受付につくと、目の前に半透明のウィンドウが現れた。
まず難易度を選び、相手のNPCを選ぶ。
銃の種類と、銃撃までのカウントダウン設定を決めたら決定だ。
すると、目の前に5の文字が現れて、カウントダウンが始まった。
「じゃあ、行ってきます」
三人に手を振ると、目の前が青白い光に包まれ、次に気が付くとバトルフィールドらしきところに飛ばされていた。
今回は一番下の難易度でやっているので、大丈夫だろう。
目の前に現れたのは西部劇のガンマンのようなNPC。
なにやらこちらを挑発する言葉を喋った後、突然どこかに転移して姿を消した。
「え、ええっ!?」
驚きながら彼が消えたところを見つめる。
そして頭上には10から減っていくカウントダウンが見えた。銃撃までのカウントダウンだろうが、目の前のNPCが消えたのにどうしろっていうんだ?
きょろきょろと辺りを見渡していると、きらりと光る黒い銃身。
あれはまさか…と見ているうちに、カウントが0になった。
チカッと銃身が光ったとたん、頭に軽い衝撃。
何が起きたと考える暇もなく、コミカルな音と一緒に現れた【YOU ARE DEAD】の文字と、自分をあざけ笑う例のNPCガンマンの声。
…作り込みすぎだろ
そう思いながらハルユキの体は青白い光に包まれて、ロビーに戻っていったのだった。
*
「ただいまー」
「おかえりスグ。そういえば、渡したアプリはどうだった?」
「もう最高!お兄ちゃん凄いね!皆喜んでたよ!」
放課後、一足先に帰っていた俺は、部活をして帰ってきた直葉に今朝渡した≪GGO風弾除けゲーム≫の感想を聞いていた。
ただの弾除けゲームに≪ザ・シード≫とサーバーを使うのはやりすぎだと思うが、一からプログラムを組むよりも楽だったりするのでああなったという事情があったりする。
何にせよ、満足いただけたなら十分だ。
「私もやったけど…難しいね。ステージも結構広いし、相手も木々に隠れたりするし…」
「折角なので作りこんでみました。まあ、所詮NPCだよ。決まったアルゴリズムで動いてるんだから、よく見れば大したことない……って、どうした?」
直葉の言葉にソファーで欠伸をしながら俺が答えると、直葉が驚いたように俺を見ている。
俺が問いかけると直葉はハッと気づいたように頭を振って。
「す、凄いねお兄ちゃん。まるでNPCじゃないプレイヤーと戦ってきたような発言…」
と言われたことで、はて、と気づく。
ここの俺はそういうようなゲームはしていなかったのだろうか?
直葉と話をしていてもそのような話は出てこなかったので、彼女と一緒にゲームはしていないであろうことはわかるが…
「前にそんなゲームをしたんだよ。相手は銃でこっちは剣っていう今考えると無謀極まりない戦いだったな…」
とりあえず、無難な答えを返しておく。
直葉は俺の言葉に「そっか」と返すと、シャワーを浴びに浴室に歩いて行った。
その後ろ姿を見送ったあと、直葉が帰ってくる時間に設定していた炊飯器から音が鳴ったのでソファーから立ち上がる。
ご飯をよそいながら、先ほどの直葉の表情を思い浮かべる。
その表情は何かに耐えるような…そんな表情だった気がする。
「……ううむ…難しく作りすぎたのかな…」
直葉に頼まれたので気合を入れすぎたのだろうか…
あの弾除けゲームの難易度を上げすぎたのかと思った俺は、あとで設定を見直そうと考えたのだった。
スグのお願いのために頑張るキリト君まじお兄ちゃん
この時代にもまだ≪ザ・シード≫くらい転がってるでしょう。ミラーとかで
というわけで災禍の鎧編、開始です
原作読み直すまでハルユキ君がペインアブゾーバー切って銃弾避けの練習してたのすっかり忘れてました。最初から9ページまでの短い内容だったし…忘れるのも仕方ない…ですよね?
ではまた次回!