では、どうぞ
「…………それじゃあ、聞かせて」
夕食を終え、お風呂にも入り、後は寝るだけ、という時に、パジャマ姿の直葉が部屋に入ってきた。
ついに、俺自身のことを話すという緊張感や、信じてもらえるのだろうかという不安感よりも、今、俺の心には、直葉に、申し訳ないという気持ちで一杯だった。
彼女の兄を、事故のようなものとはいえこの世から消してしまい、また彼の名前を名乗って彼女を助けに来たことも。
「…………………」
「黙ってたら、わからないよ」
口を噤む俺に、直葉は真剣な表情でこちらを見る。
…向こうは、俺の言うことをちゃんと聞こうとしている。
向き合って、話しあおうとしている。
―――俺は……彼女に、全てを話すことに決めた
*
「…………つまり、お兄ちゃんは本当は別の世界のお兄ちゃんで、ええと…STL?の事故でこっちの世界に飛ばされちゃって…私の世界のお兄ちゃんに憑りついちゃった…ってことでいいの?」
「……簡単に言えばそうなる…」
話を聞いた直葉の言葉に、和人は力なく頷いた。
その姿はまるで、死刑を待っている死刑囚のような姿だ。
彼の話は、ただの夢物語と言う方が簡単だ。
平行世界?そんなの、信じられるわけない。
普通の人なら、勿論直葉でもそう考えるだろう。
しかし、生まれてからずっと一緒に暮らしてきた兄に関しては、話していることが嘘か本当かくらいわかると自負している。
今回は本当のことを言っていると、彼女は思う。
「ええと…ここにいるお兄ちゃんは、私のお兄ちゃんじゃないんだよね?その、お兄ちゃんがいた世界では、私はどうしてたの…?」
「変わらないよ。スグは俺の妹だったし…こうして隠し事をしたらすぐにばれてた」
「………そっか」
再び沈黙が落ちる。
先にそれを破ったのは、和人だった。
「スグを助けに行く時、この体の本当の持ち主…スグの兄と、話したんだ。自分は助けに行けないから、スグを頼むって、言われた。……身勝手かもしれないけど、俺は……彼の願いに答えたいんだ。だから、その…これからも、スグと一緒にいたい。…駄目、かな」
「……………そんなの、断れるわけないよ。……でもね、お兄ちゃん。一つだけ、条件があるの」
「ああ、何でも聞くよ。スグの言うことなら」
「じゃあ言うね。……私を守るとか、そんなんじゃなくて、普通に…兄妹として、今までのように接してほしいの。お兄ちゃんが、本当のお兄ちゃんじゃないとか、関係ない。だって、お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん」
「でも、俺は…」
「はっきり言うと私だって悲しいよ?今まで一緒にいたお兄ちゃんが、同じお兄ちゃんでも変わっちゃうんだもん。でもね、お兄ちゃんは私より辛いんだよね。あっちの私や、友達に会えないだけじゃなくて、全然知らない場所に来ちゃってるんだから…」
そう言うと直葉は和人の手を取り、両手で包み込む。
「前にも言ったよね。誰もお兄ちゃんの手を掴まないなら、私が代わりに掴むよって」
「スグ………」
「だから、私のお兄ちゃんでいてください。お願いします」
「…っ…ああっ……!」
和人は、その顔をくしゃくしゃにしながら、直葉の言葉に頷いた。
*
「それで、お兄ちゃんは…ブレイン・バーストを手に入れたんだよね?どうやって手に入れたの?」
色々泣いて、落ち着いたあと、直葉はそう、俺に問いかけてきた。
「…あ、ええと……茅場晶彦っているだろ?二十年前にSAO事件起こした奴。…あいつの精神体みたいなのに会って、もらった」
「………………なんか、お兄ちゃんの話のスケールが大きくなってく気がするよ…」
困ったように顔をしかめる直葉。
本当のことなので、他に説明のしようもないのだ。
「…?そういえばさ。お兄ちゃん、元いた世界ではブレイン・バーストとか、なかったんだよね?なのに、私を助けに来てくれた時は、ポイントとか、色々知ってたよね?そこら辺は…どうしたの?」
ぐっ…また答えに困る質問を…
「その…ブレイン・バーストをインストールした時にさ、急に暗い場所に落ちたと思ったら、≪ミッドナイト・フェンサー≫の鎧があったんだ。それに触ったら、色々とこの世界のこととか、加速世界のことも頭に入ってきて…」
できるだけありのままのことを話すが、今回の直葉は難しい顔をしながら考え込んでいる。
やがて、「もしかしたら、なんだけど」と言うと、とんでもないことを言いだした。
「………私のお兄ちゃん、その鎧になっちゃったんじゃないの?」
「…はい?」
「だ、だって、今まで知らなかったことが、その鎧に触ったらわかったんでしょ?ええと…お兄ちゃん達は、その…フラクトライト?がほとんど一緒なんだよね?それで、記憶の共有化みたいなのが起きたんじゃないのかな~…なんて」
…その考えにも一理あるな…
というか、ここまで非科学的な現象が多いとどうしようもない…
「………あ~!!もう!頭がこんがらがるよ!!」
直葉は「うにゃ-!」とひとしきり叫んだあと立ち上がり
「私、もう寝る!お兄ちゃん!また明日ね!!」
といって、自分の部屋に戻っていった。
「…また、明日…か」
直葉の言葉に、自然と笑みがこぼれる。
全て話して、少し楽になったようだ。今日はきっと、良い夢を見ることができるだろう
欠伸をした俺は、そのままベッドに入ると、眠りについた。
ニューロリンカーのグローバル接続は、切れていた。
その日、俺は夢を見た
いや、悪夢と言った方が良いだろう
目の前で、大切な人が消えていく夢だ。
サチが、黒猫団の皆が、俺の手の届かないところでポリゴンの粒子となって消えていく。
彼女たちが消えると、次はクラインや、エギル。リズにシリカ、アルゴなど、SAOで知り合った、たくさんの仲間が現れた。
こちらに手を伸ばす皆に、歩み寄った時、上からスカルリーパーが現れて、クラインをポリゴンの粒子に変えた。
やめろ……
叫ぼうにも、声がでない。
スカルリーパーは俺以外の全員をポリゴンの粒子に変え、こちらに視線を向けてきた。
今、奴の鎌が俺を捉えようとした時、その体が震え、皆と同じように爆散した。
アスナが、ユイが駆け寄ってくる。
二人を抱きしめようと両手を伸ばした瞬間、白い、ALOのグランドクエストで戦った白い騎士の大群が、二人を飲み込んだ。
助けようと手を伸ばすが、体が動かない。
やがて大群が姿を消すと、その場にはアスナのレイピアと、ボロボロになったユイの服。それに、ALOで出会った皆の武器や、道具がボロボロになって落ちていた。
…その中には、勿論リーファの剣も
呆然としていると、今度は砂漠の真ん中に立っていた。
ここは…GGOの決勝…デス・ガンと戦った場所だ。
気が付くと、目の前でシノンが倒れていた。
相変わらず体は動かない。
呼びかけようにも、声がでない
そうこうしているうちに、目の前の景色が歪み、デス・ガンが現れた。
彼は倒れているシノンの前に立つと、十字を切り、手に持っていたハンドガンで、シノンを撃った。
攻撃を受けたシノンは苦しむように悶え、やがて動かなくなった。
再度場面が変わる。
忘れようにも忘れられない。ここはセントラル・カセドラルの頂最上階…
俺が、大切な友人を失った場所だ…
巨大蜘蛛のシャーロットや、カーディナルが、物言わぬ体となって倒れている。
それだけではない。あの世界で心を通わしたロニエやティーゼ、ソルティリーナ先輩達、ノーランガルス帝立修剣学院の人たちも同じように倒れていた。
さらに視線を向けると、ルーリッドの村の人たちも見えた。
その中の一人…セルカを見つけた俺は彼女に駆け寄った。
その小さな体をゆすっても、何も反応はない。
---気配を感じて振り返る。
そこにいたのはアドミニストレータ。
そして、彼女は今まさにその長剣で、若草色の髪を持つ親友と、金髪の女性騎士を斬り裂いていた。
すべてがゆっくりに見えた。
ユージオと、アリスの体が地面に倒れる。
アドミニストレータが高笑いを上げている。
俺は、それをただ見ているだけだった。
俺は、誰も助けることができないのか。
どんな時も、≪俺≫には、誰も助けられないのか
…≪キリト≫なら、≪黒の剣士キリト≫なら、きっと……
そして目の前が真っ暗になった。
消えゆく意識の中、聞き覚えのあるような、声が聞こえた。
『—―――それが、君の望みか』
とりあえずスグちゃんが天使だって思ってもらえればいいです
キリト君のアバターの能力を作るに至ってのこの悪夢です
四つ分の悪夢を見させたのが能力のヒントですかね
次回からは、皆さんに楽しめる内容のものを書いていきますので、またよろしくお願いします