それではどうぞ
場所は変わらず渋谷のファストフード店。
ハルユキは目の前に座る楓子と、隣に座る和人を交互に視線を移し、疑問に思っていたことを口に出す。
「つ、つまり師匠と和人さんは、前に会ったことがあると…そういうことですか?」
「会ったというかなんというか……」
「前に強盗に襲われたことがありまして、そこで剣士さんに助けて貰ったんです」
「強盗!?」
思わず驚きの声をあげてしまったハルユキは、ハッと周りを見渡すと慌てて咳払い。
ややトーンを落として再び問いかける。
「ご、強盗って…師匠大丈夫だったんですか?」
「それがかなり…剣士さんが来てくれなかったらと思うと今ここに私はいないかもしれませんね」
楓子はアイスティー(あの後ハルユキが買ってきた)を一口飲んだ後、眉尻を下げながらそう溢す。
詳しく聞くと、犯人はナイフを持っていたとか。
「か、買いかぶり過ぎだよ。俺は思わず体が動いただけで、俺が動かなきゃ周りの大人の人が止めてたって」
和人は困ったように頭を掻き、先程ハルユキが悶絶した激辛バーガーを涼しそうな顔で食べていた。
あのバーガーを食べられるのもそうだが、まさか銀行強盗に立ち向かうとは恐れ入った。
自分には絶対できないだろうなとその時の和人の行動をハルユキは素直に称賛していた。
「それに《剣士さん》なんてそんな言われるほどの者じゃないですよ俺は。ただの中学生で…」
「それでも、私にとっては剣士さんは剣士さんなんですよ」
まあ確かに。
楓子から見れば和人は命の恩人的な立ち位置な訳で、彼のことをそう呼ぶのはそこまで変ではないだろう。
言われている和人からすれば気が気でないであろうが。
「そう言えば自己紹介をちゃんとしてませんでしたね。私は倉崎楓子。あの時はありがとうございました。こうしてまた会えてお礼が言えてよかったです」
そう言いながら微笑む楓子。
ハルユキも思わずみとれてしまうが、頭の中に浮かんだ黒雪姫が妄想の中であるのにやけにリアルな笑顔を浮かべていたので慌てて背筋をピシッとする。
「あー…お、俺は桐ヶ谷和人…です。こちらこそまた会えてよかった?です」
対して隣の和人はとても挙動不審である。
先程も謙遜していたように、褒められる、感謝されるのには馴れていないのだろう。
なんとも言えない空気が辺りを包むが、ここでハルユキの脳裏に電流が走る。
決して変なことではない。
浮かんだのはとても単純な考え。
ーーーもうリアル割れしたようなもんだし、和人がキリトで、師匠がスカイ・レイカーだって言っても良いんじゃね?
どうせ今度会うのである。
知るのが先になったってあまり変わらないだろう。
「和人さん、師匠、実は話したいことがありまして」
思い立ったら吉日である。
ハルユキが声をかけると、二人の視線がこちらに向く。
周りに誰もいないことを確認したハルユキは、それでも念のために声のトーンを落としつつ。
「師匠、和人さんもバーストリンカーなんですよ」
「えっ」
「お、おま!ハルユキ!!いきなり何言って…!」
予想したように楓子は驚きの声、和人からは此方を非難する声が聞こえる。
お互いの視点から見れば、まさか前に出会った人物がブレイン・バーストをやっているなんて思わないだろう。
慌てている和人をまあまあと宥めながら。
「それで和人さん、師匠もバーストリンカーなんです」
そう言うと和人の動きはピタリと止まり、ギギギ…とロボットのような動きで楓子を見て、再びハルユキに視線を戻す。
「マジで?」
「マジです。しかも師匠はさっき一緒にバトったスカイ・レイカーです」
再び視線を動かす和人。
再び戻して。
「マジで!?」
「マジです」
リアルで知り合ったのが最近とはいえ、飄々とした態度の彼がこうも驚いているのを見るのは初めてである。
一方の楓子もかなり驚いているので、ハルユキとしては悪戯に成功した感じで中々面白い。
「鴉さん?」
「はい師匠。なんです………」
そう思っていたところで楓子から声がかかる。
言ってやったと謎の満足感に浮かれていたハルユキの心は、和人から視線を移した瞬間一気に凍りついた。
とても笑顔である。
とても笑顔であるのだが、どこかそう、極冷気クロユキスマイルと同じものを感じる。
「鴉さん?」
「は、ははは、はいぃ……」
「…少し教育が必要みたいですね」
有無を言わせない威圧感で直結ケーブルをハルユキのニューロリンカーに突き刺した楓子は一言。
「バースト・リンク」
バシィィィッと加速特有の音が聞こえたと思いきや眼前に現れる【HERE COMES A NEW CHALLENGER!!】の文字。
あっという間に《シルバー・クロウ》に身を包んだハルユキが視線を向けた先には戦いを挑んできたバーストリンカーの名前、《スカイ・レイカー》の名前が無情にも浮かんでいた。
「あっ、これダメなパターンだ」
◆
「ぐふっ」
突如ハルユキと直結した楓子が加速コマンドを呟いた瞬間、ハルユキは呻き声をあげてテーブルに突っ伏してしまった。
俺がその光景にギョッとしている間にてきぱきとケーブルを回収した彼女はさて、と呟くと今度は此方にケーブルを差し出してくる。
「ひぇっ」
思わず悲鳴に近い声が出てしまうが、このまま状況が変わるはずもなく、内心震えながら自分のニューロリンカーにケーブル端子を突き刺した。
ああ、俺も隣で突っ伏してるハルユキみたいになってしまうのだろうか……
『全く鴉さんには困ったものです。幾らなんでも軽率すぎます』
『は?』
しかし聞こえてきたのは思考会話による音声であり、バースト・リンクのバの字も入っていなかった。
そこで遅れながら思考が追い付いた。
彼女が怒って(?)いたのはファストフード店という多くの人が集まるお店の中で(注意していたとはいえ)ブレイン・バーストの話をしたことだ。
今回はたまたま聞かれずにすんだが、何があるかわからないんだぞとハルユキに教えたのだろう。
『それでええと…剣士さんがバーストリンカーなのは本当ですか?』
『本当です。アバターネームは《キリト》って言います』
と、ここでやや戸惑いがちに聞かれる質問に頷きながら返したのだが、名前を言ってから俺はある重大なミスを犯したことに気づいてしまった。
今のキリトの姿が《黒の銃剣士》であるということを。
『キリト…?』
一瞬記憶の中を探るような声。
やや時間が経った後、彼女はぽんと手を合わせて。
『剣士さんは、剣士ちゃんだったんですね』
『誤解です』
予想していた言葉に俺は迷わず返答。
黒雪姫が危惧していたリアル割れした際のリスクが俺を襲ったのだった。
「それじゃあ剣士さ…ちゃんも、鴉さんも今日はありがとうございました」
「だから誤解です!!」
「うふふ」
それから時間が経ち、グロッキーだったハルユキもようやく復活したためお互い解散の流れになったのだが。
アバターと俺のギャップにツボったのだろう。ニコニコと俺を弄る楓子に投げ掛ける言葉は無情にも届かない。
「まあまあ和人さん、師匠もそれくらいに…」
「わかってますよ鴉さん。続きはまた会った時にします」
「勘弁してください……」
ハルユキの言葉にそう返した楓子にげんなりとしながら肩を落とす。
このやりきれない思いは誰にぶつかることもなく、夕日によって彩られた黄昏の中に消えていった。
◆
帰りの電車のなか、倉崎楓子という少女を思い返す。
お嬢様的な雰囲気は明日奈を思い出すが、明るいイメージが強い明日奈と違い、穏やかな…感じ的にはそう、スリーピングナイツのシウネー辺りだろう。
先日出会った四埜宮謡もどことなくユイに近い雰囲気を持っていたし、無意識に重ね合わせてしまうのを止められるほど俺は大人ではない。
「和人さん?着きましたよ?」
「あ、ああ悪い」
ハルユキに声をかけられて電車を降りる。
思えば彼とこうしてともに戦えるなんて考えてもいなかった。
《お化け》と呼ばれていた奴とこうしてご飯を食べているとか、字面だけ見れば明日奈が震え上がるだろう。
「そういえば和人さんって、先輩と同じクラスでしたよね」
「そうだな……ん?やっぱり気になるのか?」
「そ、そそそそういう訳じゃ…な……い?」
問いかけられた言葉に意地悪く返せば慌てて否定するハルユキ。
いや、否定してはみたものの実際気になってたから話題に出した訳で固まってしまったパターンだな。
「別段、我らの完璧な黒雪姫様って感じだよ。授業も真面目、成績も文句なし。ちゃんと友達もいるし、なにより副生徒会長だ」
「で、ですよね…」
やっぱり僕なんか…と呟きながら隣を歩くハルユキ。
元々が自分を卑下する性格のようなので、自分が黒雪姫には釣り合わないと思っているのだろう。
「考えてみろよ。君は学校の中で加速世界の時みたいに表情豊かなあいつを見たことあるか?」
「……いえ、僕が先輩の日常を知らないって言うのもありますけど、あまり……」
俺の質問に少し考え込んだ後、ふるふると首を振った彼に、なら簡単じゃないかと肩を叩く。
「あの子が年相応の姿を見せるのは君といるときが多いよ。修学旅行で話してたときも、彼女の姿は我らがレギオンマスター黒雪姫さ」
「…すみません励ましてもらっちゃって。…最近、よく思考がマイナスの方にいっちゃうんですよね」
たはは、と困った笑顔を浮かべるハルユキは、その丸顔も相まって愛嬌がある。
そう、穏やかな空気に包まれていたからだろう。
「あの、そう言えば和人さんって逆に付き合ってる人みたいなのとかいないんですか?」
「ん?ああいるよ。明日奈っていって俺の自慢のーーーーー」
考えることはあっても深く思い出さないようにしていた記憶の蓋を開けてしまった。
『キリトくん』と、頭の中に彼女の声が響く。
「和人さん…?」
急に黙った俺に困惑した声をあげるハルユキ。
何か、何か返さないと。
そう思いながらも頭は真っ白で。
「…悪いハルユキ、忘れ物した」
「え、ちょ、ちょっと和人さん!?」
結局、彼を残して俺はその場から逃げ出すように走ることしかできなかった。
「明日奈……っアスナ…っ」
ああダメだ、一度思い出せばもう止まらない。
逆によく半年も持ったと思う。
そして改めて思い出す。
桐ヶ谷和人という一人の人間はこうも弱いんだって。
事故とはいえ、平行世界の移動なんて経験したことがなかった俺は正直この状況を楽しんでいた部分もある。
加速世界での出来事は俺の孤独を上手く隠してくれていたのだ。
だが気づいてしまった。
いや、直葉に慰められてから考えないようにしていただけだ。
例え周りに仲間がいたとしても、究極的に俺は一人なんだって。
パパ、と鈴の音のような声が聞こえた。
「ユイ…っ」
家族の名前を呟きながら、俺は空を仰ぐ。
俺の思いは、言葉は、ただ黄昏に溶け込むように消えていく。
重なった瞬間はとても情熱的で。
とてもーーー儚い。
ミレニアムトワイライトやりたい
やりたいこと浮かんできたんでこぎつけたらいいなぁ…