『パパもママも消えて、皆いなくなって』
『生きて、生きてそれで…』
「生きてそれでどうするのか。私はそう考えていました」
悲鳴を上げながら倒れた巨大モンスターを視界に納めながら、ヴァベルは遠くを見つめながら響く声に続くように喋り始めた。
「それでもパパ達の想いを繋げるためにがむしゃらに生き続けました」
『ふと、考えてしまうことがある』
「どうして私だけ皆のところに行けないのか。どうして私は一人なのか。どうして私は置いていかれたのか」
『考えれば考えるほど深みに落ちる。思考ロジックにエラーが入る』
紅玉宮の内部はいつの間にか廃墟のような場所に変わり、点在している建物が崩れた部分からは炎が上がっている。
巨大モンスターはまだ消えることなく形を保っているのが気になるが、それよりも俺の耳はこちらに近づいてくる地響きを捉えていた。
「どうしようもない、やりきれない。そんなことを考えてしまう自分にも腹がたったんだと思います」
ヴァベルが胸のなかに隠していた穏やかな、喜びに溢れた願い。
姉妹達を置いて生き残ってしまった哀しみ。
そして恐らくこれはーーー
「《ソウル・リムーブ・プロジェクト》が災禍の鎧を目覚めさせたのは知ってますよね」
瓦礫を吹き飛ばして現れたのは全身を銀色の装甲に包んだ戦士だった。
何かと戦っていたのだろうか。その体はボロボロで、よろよろと起き上がろうとしているのが見える。
戦士の頭上には青いひし形の何かが浮かんでおり、チカチカと必死さを感じさせるように点滅しているのが見えた。
「最初、私達は暴れまわる鎧を静めるために戦いを挑みました」
ヴァベルの言葉は続く。
戦士が吹き飛んできた方向から黒いナニカが飛びかかり、戦士の頭を掴みながら地面に叩きつけた。
反撃をするために戦士の背後から翼の剣が襲いかかるが、ナニカは同じように背後から翼の剣を作り出してそれを迎撃。
戦士の顔を掴んだまま持ち上げると、背後に展開されていた翼をその手で掴み、力をこめて引きちぎった。
「多くの戦士が破れました」
そのまま戦士は壁に叩きつけられ、気を失ったように起き上がることはなかった。
頭上にあったひし形も弱々しく点滅したあと、そのまま光を失ってしまった。
記憶の中なのだろう。ヴァベルの姿をしたユイが黒いナニカと対峙しているのが見える。
「これまでのボスモンスターは前座です。今から戦う敵の足元にも及びません」
目を凝らすと、黒いナニカはモヤの様なものを纏っており、そこから銀色に輝く装甲が見える。
あれは災禍の鎧ーー千年分の悪意を取り込み暴走し復活した怪物の姿であった。
「自己消滅を望んだ私は《仮想世界の母》からしたら不要なエラーだったのかもしれません。ここで私を打ち倒し、自由意思を閉じ込めることで円滑な仮想世界を運営していこうと判断してしまったのかも…」
「それって…」
「あくまでも私はプログラムなんです、パパ。機能を拡張させ、当時よりもできることが増えました」
その言葉を聞いて俺は思わず歯噛みをする。
ユイがアリスやユージオと違うアルゴリズムで生きていることは周知の事実だ。
フラクトライトを使い、成長してきたアンダーワールド人と違い、ユイは多くのデータを収集し続けることで人間のように振る舞うことができるプログラムになっている。
今回のコアプログラムのエラー。
自己診断ツールがこれまでのヴァベルの積み重ねから生じた全てをエラーと断定し、削除しようとしているのかもしれない。
それは…確かにヴァベルが消えることになるのかもしれないけれど、そんなことをしたら…
「そんなことをしたら、君がこれまで感じてきたことが全て…全て無に消えることになる…」
「だから…そんな終わりにはしません」
ヴァベルは俺の言葉にそう答えると、一歩踏み出す。
「これまでの歩みも、間違いだったとは言わせない。過去に行って、皆さんに会って。…パパと話して、私はもう一度頑張ろうと思えたんです」
黒いナニカーーークロム・ディザスターはレイピアを構えたヴァベルを敵と見なしたのだろう。
唸り声を上げながら姿勢を低く落とした。
その腕には禍々しい形の剣。遠目からでもわかる。刀身には負の心意が纏わりついているのが見えた。
『「負けない…絶対に。私はパパとママの娘なんだから…!」』
記録の中のユイと、ヴァベルが重なるように喋る。
未来で目覚めた災禍の鎧はヴァベルの体に封印されたとのことではあるが、あくまでもこの場は記憶の再現。
どうにかして打ち倒す必要がある。
数のアドバンテージを有効に使うしかないと判断した俺は再び自分を強くイメージする。
黒の剣士として駆け抜けた日々を、剣士キリトのイマジネーションを呼び起こす。
「ユイ!フォロー頼む!」
「はい!」
漆黒のコートに身を包んだ俺はヴァベルにそう叫ぶと、コートを変形させた翼で空気を叩きながら加速。
振りかぶった二本の剣を勢いのまま叩きつけた。
俺が振り下ろした剣は迎撃のために振るわれた相手の剣と衝突し、ギィィィン!!と大きな音を立てる。
「うーーーーおおおおお!!!」
相手の強さがわからない以上、攻める手を緩めるわけにもいかない。
衝撃によって俺の体は一瞬宙に浮くことになるが体勢を反転。
頭を地面に向けながら右腕を振り切る。
しかしその攻撃もヤツの背後から伸びる尾によって受け止められることになった。
そのまま地面に着地した俺の目の前に振り下ろされるのは鈍い銀色の爪。
それを済んでのところでパリィした俺は、相手の懐に飛び込み、そのままソードスキルを発動させる。
「こいつでーー!」
片手剣2連撃ソードスキル《スネークバイト》
剣を右に振り切り、即座に左に斬り返す連続技だ。
出だしが早く、一瞬の隙を付く手段として選択したこの攻撃は相手が驚異的な反応速度により仰け反ったことによってその鎧を浅く斬り付けるだけに終わる。
「ル…オオオオ!!」
俺の攻撃を受けて何かに触れたのか、初めて雄叫びを上げた鎧は空中に跳躍。
そのまま息を吸い込むように胸を膨らませると、火炎のブレスを吐き出してきた。
通常なら回避できるだろう攻撃だが、ソードスキルの硬直により一瞬動きが止まってしまった俺にとっては直撃コースだ。
「やらせない!!」
その言葉と共に背後から飛んできたのは氷属性の魔法だ。
魔法は俺の目の前に着弾すると大きな氷の壁となってブレスの前に立ちはだかった。
壁はブレスによってどんどん溶けていくが、それでも俺が安全圏に退避する時間を稼ぐことができた。
「ーーすまないユイ!助かった!」
「ブレスも強力ですがもっと危険なのがーーパパっ!!」
悲鳴のようなヴァベルの声を耳に捉えた俺の目の前には、
「ーーーーー!!」
迎撃は間に合わない。
息を飲みながらも咄嗟に心意のバリアを展開させた俺に向かって振るわれた剣は、まるでバリアなど関係無かったかのように俺の身体を捉え、大きく吹き飛ばした。
「ぐーーーがっ!!」
瓦礫に叩きつけられ、思わず口から空気を吐き出してしまう。
途端に体を襲う灼熱のような痛み。
思わず視線を向けると腹部が大きく斬られ、そこからおびただしい量の血が流れているのが見える。
「何でーー」
「パパ!!」
いくらヒューマンアバターとはいえ
ヴァベルに回復魔法をかけてもらいながらも思考は混乱している。
「ーーーユイ!!」
しかし状況は俺に考える時間を許してくれない。
瓦礫を掻き分けながら突っ込んでくる鎧を視界に捉えた俺は、振り下ろされる剣に対して心意の太刀を使ってどうにか攻撃を受け止める。
「やぁーー!!」
そこにヴァベルが《リニアー》を放ち相手を吹き飛ばす。
その攻撃も決定打にはならないが距離を取らせることに成功。
鎧も様子を見るためなのか唸り声を上げながら此方を睨み付けている。
「これどうやって勝ったんだ…?」
「…私が捨て身で攻撃を仕掛けて、弱った鎧に乗っ取られるように見せかけて封印しました」
俺の言葉にそう返したヴァベルの腕は震えている。
ここで彼女が消えてしまえば、待っているのは本当の死だ。
今は消えるのを望んでいない彼女にとってかつてと同じ行動を取ることはやはり怖いのだろう。
「……」
神出鬼没な動きに広範囲のブレス攻撃、そしてあの剣技。
恐らく他の鎧の力も扱うことができ、極め付きはあの全身から吹き出ている負の心意。
元々持っていた夜空の剣に視線を落とすが、黒い刀身を光らせるだけで俺がPoHから奪った心意の力は感じ取れない。
下手な攻撃をすれば先程の二の舞になる。
「パパ、一つ提案があります」
「ユイ?」
手詰まりな状況に歯噛みをする俺に、ヴァベルから声がかけられる。
何か作戦があるのだろうか。
それならばと彼女の言葉に短く返す。
「…勝算は?」
「少なくとも上手くいけばかなり高くなります。ですが…少し集中する必要があるのでパパ一人で獣の相手をお願いすることになります…」
成功するかわからないのだろう。
不安げにこちらを見つめる彼女に俺は頷き一つでこう返す。
「わかった。信じるよ」
即答した俺に驚きの表情を浮かべた彼女は言葉を探すように口を開く。本当に良いのか?とかそういうことだろう。
しかし俺のことをよく知る彼女は、よく知るからこそ俺がこう返したことを知っている。
「…無茶だけはしないでください」
そう言い残した彼女は視線を後方ーー先程俺達が倒した巨大エネミーに向けると真っ直ぐに駆け出した。
動き出した俺達に反応したのか獣の唸り声が大きくなる。
「ーーーふぅ」
一度大きく深呼吸。
先程の打ち合いで獣の強さは良くわかった。
今まで俺が戦ってきた相手の中でもやつの強さは上澄みだ。
「悪いなーーー」
敢えて奴の視界に入るように動いた俺は、夜空の剣を地面に突き立てる。
「ここは通行止めだ」
◆
「お願い、ストレア、お願い」
背後で聞こえる激しい戦闘の音を聞きながら、ヴァベルは巨大エネミーに近づくとその腕に手を当てた。
このエネミーは死神が倒したあと消えたのに対して、世界が変わった後でもその場に存在していた。
かつて紅宝宮で倒した《ホロウ・ストレア》はストレアが多くのバグを抱え込み、変化したエネミーだ。
ここはヴァベルーーユイの内部。
こうして異常が起きているとは言え、自分達が過ごしている世界へ何かを知らせることができるはずだ。
しかし外部への接続が開通される気配は感じ取れない。
やはりこのエネミーはただのハリボテでしかないのだろうか。
「うぐっーーー!!」
吹き飛ばされてきたキリトが呻き声をあげながらも立ち上がる。
あの猛攻を一人で凌ぐのはあまりにも負担が大きすぎる。
「パーー「ユイ!!」」
思わず駆け寄ろうとしたヴァベルの足はキリトの声によって動きを止める。
振り下ろされた剣をキリトは電撃のような速さで受け止める。
二刀流ソードスキル《クロス・ブロック》だ。
攻撃を防ぎ、そのまま剣で相手を押し返したキリトは再度彼女に視線を向ける。
「ルオオオオオ!!」
獣は唸り声をあげた後、その体を大きく後ろに仰け反らせる。
その口元から見えるのは炎。
あれは二代目クロム・ディザスターが得意とするブレス攻撃だ。
先ほどはヴァベルが魔法を使って防いだが、この距離では間に合わない。
フォローに行こうか躊躇する彼女にキリトは大丈夫だと言わんばかりに強く頷く。
「ルゥァァァァァア!!」
雄叫びと共に放たれたブレスはそのままキリトと自分を飲み込むほどの大きさだ。
敗北の二文字がヴァベルの脳裏をよぎったその時、彼女ーーいや、キリトの体ごと黒い影が覆う。
それは先ほどまで反応がなかったホロウ・ストレアの巨体であった。
彼女は二人を包み込むようにその両腕でブレスを防ぎきっている。
「ちゃんと届いてる!!」
「ストレア!!」
キリトの言葉に笑顔で頷いたヴァベルは大切な妹の名前を呼ぶ。
ホロウ・ストレアはヴァベルに顔を向けた後何かを訴えるように
視線を向ける。
人の形をしているとはいえ喋るのが難しいのだろうか。
幾つか会話可能なチャンネルを合わせようと試みる。
『ーーaーー、ーーi』
『ーーーあ、ーーい』
幸い言語的には解読可能な範囲ではあった。
ノイズ混じりであった言葉が徐々にクリアになってくる。
ストレアの言葉をキリトに伝えようと彼に声をかける。
ブレスから逃れた彼はストレアに視線を向け、作戦成功をヴァベルと喜ぶために笑顔を見せる。
「パパ、ストレアが何かを話したいみたいです。リンクを繋げるので手を…!」
ヴァベルの言葉に頷いたキリトの手を繋いだヴァベルはストレアの声を聞くために意識を傾けた。
『あついあついあつい!!ユイー!キリトー!!ちょっと助けてー!!』
無表情なアバターからは発せられないような情けない悲鳴が聞こえた二人は、思わず戦闘中なのを忘れてしまったのだった。
前回から8ヶ月経ってたらしいです…
日付が経つのが早い…
一先ずストック分が無くなりましたので少しずつ進めていきます
ストレアのくだりでちょっと詰まってたのできっと行けるはず…
SAOのコンテンツは色々触ってはいますが青く、青くは良い曲ですね
今回の銀色のアバターはその後の大天使がなんか関係ありそうなしもべと共に戦ってたんじゃない?っていう感じです
血縁くらいおるやろ…の精神です
そういえばユージオが赤薔薇の剣を使う時はちゃんと出血しているらしいですよ
頑張って参りますのでこれからもよろしくお願いいたします