銀翼の鴉と黒の剣士   作:春華

8 / 73
またハルユキ君回です

はじめてちゃんとしたバトル回だと思われ

キリト君の出番がないぞ!おかしいな!!


第七話:銀翼の覚醒

バキバキバキッ

 

一瞬の間の後に聞こえたのはその音だった。

周囲の壁や床が、どこか生物めいたぬめりや、襞のある錆色の金属に覆われていく。柱は昆虫の腹のように節をつくってよじれ、天井には眼球ににた突起がいくつも浮かび上がった。

 

そうして視界の上部に現れた二本の体力ゲージと、1800秒のカウント。

 

ハルユキ――シルバー・クロウはそれを見た後、目の前に立っているアバターを睨みつけた。

その視線の先に立っているのは全身をメタリックブルーのボディ装甲に包み込み、ギラリとこちらを見ているアバター、≪シアン・パイル≫だった。

 

 

 

 

時間は前日まで遡る。

≪アッシュ・ローラー≫へのリベンジマッチに勝利したハルユキは、黒雪姫に連れられて訪れたコーヒーショップで小さな祝勝会を上げていた。

そこで黒雪姫は、ハルユキをバーストリンカーに選んだ理由を話したのだ。

彼女はブレイン・バースト界の中で限りなく少ないレベル9のバーストリンカーで、それは彼女を含めて7人しか存在していなく、それらは総称して≪純色の七王≫と呼ばれていた。

ブレイン・バーストにおいてレベル10になったプレイヤーは、そのプログラムの製作者に会える権利を手に入れ、このプログラムの意味を知ることができるらしい。

その条件は同じレベル9のバーストリンカーを倒すこと。

レベル9同士で戦うと、負けた者は今までのポイントを失い、ブレイン・バーストから永久退場していまうらしい。それを知った王たちは、話し合いをし、それぞれ領土を持ち、不可侵の休戦協定を結んだ。

しかし、黒雪姫――ブラック・ロータスはそれをよしとせず、赤の王――レッド・ライダーを≪純色の七王≫のみで行われる会議の最中に不意をついて倒した。他の王も倒そうとしたが、結局倒すことはかなわず、現在はこうして身を隠しているということだった。

 

しかし、どこから嗅ぎ付けたのか一人のバーストリンカーが黒雪姫に対戦を挑んできたようなのだ。

対戦自体は逃げ切ることができたようなのだが、デュエルアバターを学内用アバター、つまり黒アゲハの羽がついたあのアバターにしていたため、≪黒の王≫が梅郷中の黒雪姫ということがばれてしまったらしい。

 

ハルユキの目的は、そのバーストリンカー、≪シアン・パイル≫を見つけることだった。

黒雪姫によると、怪しいとされている人物はハルユキも知っている人物、倉島千百合だとされていたが、ハルユキ自身がニューロリンカー同士を直結して確認。彼女は≪シアン・パイル≫ではないことが判明した。

それを黒雪姫に報告した帰り、かつてハルユキをイジメていた荒谷が車に乗って二人をひき殺そうと襲ってきた。

絶体絶命の時、黒雪姫があるコマンドを唱えた。

 

≪フィジカル・フル・バースト≫

 

レベル9のバーストリンカーにのみ許される究極のコマンド。

ポイントの99%を使用して発動されたそれは、意識だけでなく、肉体全ての速度を上げるというもので、常人の百倍の速さで動いた黒雪姫はハルユキを助け、自分だけ車に轢かれてしまったのだ。

 

彼女が運ばれた病院で、黒雪姫が目覚めるのを待つハルユキ。

彼女の意識はまだ戻らないが、彼女のニューロリンカーは病院のグローバルネットに繋がっていて、彼女のアバター≪ブラック・ロータス≫が無防備だということを知った彼は、あることに気づく。

 

チユリと直結した際、彼女が≪シアン・パイル≫ではなかったことのほかに、ハルユキはもう一つ、あることを発見していたのだ。

チユリのニューロリンカーには≪バックドア・プログラム≫というのが仕掛けられていて、彼女のニューロリンカーの情報は、それを仕掛けた人物に筒抜けということがわかった。

そしてその仕掛けた人物こそ、ハルユキと黒雪姫が探していた≪シアン・パイル≫だとハルユキは推測していた。

黒雪姫が重傷を負ったという情報は瞬く間に広がり、チユリのニューロリンカーを通して≪シアン・パイル≫の耳にも届くだろう。

 

 

―――先輩を守れるのは僕だけだ

 

 

ハルユキはそう決意すると、夜通し彼女を守ることに決めた。

 

 

そして翌日の朝。病院に彼が見知った顔の人物が現れた。

黛拓武。

 

彼はハルユキを見つけるといつもの爽やかな笑みを見せ、こちらに向かってくる。

その際に、まるで誰かに呼びかけるように片手で口元を覆っているのが見えた。

そんな彼を見たとき、ふとハルユキの頭に疑問がよぎる。

 

何故チユリのニューロリンカーにウイルスが仕掛けられていたのだろうか。

ウイルスを仕掛けるだなんてことは、直結ぐらいでもしない限り難しい。

タクムはチユリの彼氏だ。

そしてタクムは今、ハルユキに対して口元を隠している。まるで、何か言葉を発するように―――

 

「バースト・リンク!!」

 

そこまで考えた瞬間、ハルユキは≪加速≫し、マッチングリストを開く。

そこにあった名前は自分の名前である≪シルバー・クロウ≫、黒雪姫のアバター、≪ブラック・ロータス≫そしてハルユキが探していたバーストリンカー、≪シアン・パイル≫。

それを見たハルユキは今までにない速さで≪シアン・パイル≫の名前をクリックし、戦闘を申し込もうとする。≪シアン・パイル≫が、≪ブラック・ロータス≫に戦闘を申し込む前にこちらが≪シアン・パイル≫に対戦を申し込まなければならない。

 

 

なぜタクムがバーストリンカーだったのか、何故黒雪姫を狙うのかなんて、今は関係ない。

間に合わなければ、黒雪姫がポイントを失ってブレイン・バーストを失ってしまう。

ハルユキを助けてくれた彼女を、今度は自分が助けなければ。

 

 

 

 

 

 

 

ハルユキとタクムのどちらが目当ての相手に対戦を挑めるかという戦いはハルユキの勝ちに終わった。

バトルステージに立つのはハルユキのデュエルアバター、シルバー・クロウ。

そしてその向かいにいるのは≪シアン・パイル≫、ハルユキにとっての親友、タクムのデュエルアバターであった。

 

 

 

 

「…やられたよ、まさかハルに割り込まれるなんてね」

 

「…タク…お前…っ」

 

信じられない、という声でシアン・パイルを見るハルユキに、シアン・パイルはゆっくりと歩み寄りながら話しかける。

 

「邪魔しないでくれよ、後少しなんだ。≪黒の王≫を倒せば、僕は…」

 

「させない、先輩は、やらせない!チユのニューロリンカーにウイルスなんか仕掛けて、チユを裏切ったお前なんかに!!」

 

「……そうかい、なら…っ!!」

 

ゆっくりと歩いていたスピードが上がる。ドッと駆け出したシアン・パイルはハルユキに向かってその右腕についている巨大な針を突き出した。

―――躱せる

シアン・パイルは確かに早いが、アッシュ・ローラーと比べると遅い。

攻撃の軌道を予測したハルユキは姿勢を低くしてシアン・パイルの横を通り抜けようとする。

 

しかし、その行動はガシュンという音と遅れて体中に響いた音によって崩された。

攻撃を躱したと思い込んでいたハルユキの視界に、シアン・パイルの右腕に付いていた巨大針が撃ち出されたのが見えた。

しまった。と思うときにはもう遅い。撃ち出された針はシルバー・クロウの左肘を貫き、腕をその箇所から分断した。

 

「っ!」

 

鈍痛に顔をしかめながらも、姿勢を立て直したハルユキは全力で走り出した。

シアン・パイルの≪パイル≫は≪杭≫の意味だったのだ。

あれは針ではなく鉄杭だったわけだ。

狭いところではシアン・パイルのあの≪杭≫にやられる。

せめて広いところ…屋上にでも逃げれば、まだ勝機はある筈だ。

 

エレベーターを見つけたハルユキはそのボタンを押し、乗り込んだ。

シアン・パイルが追いかけてくるが、この距離なら問題ないだろう。

≪煉獄≫ステージにより形が変わったエレベーターの格子がしまった瞬間、シアン・パイルの右腕が格子に突きつけられる。

 

「……っ!!」

 

とっさに飛びのいたのと、ガシュンとあの杭が撃ち出される音はほぼ同時だった。

鉄杭は、シルバー・クロウに触れる寸前で止まり、そのまま引き戻された。

 

「ハハハハ!!逃げてばかりじゃないかハル!さっきまでの威勢はどこにいったのかなぁ!!」

 

上昇を始めたエレベーターの下から聞こえる笑い声を聞きながら、ハルユキはただ屋上を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

屋上についたハルユキ周りを見て、思わず目を見開いた。

 

≪煉獄≫ステージの空は気味悪い黄色の光に満たされており、どす黒い雲が生き物のようにうねっている。

ふと視線をこらせば、生物めいた奇怪なフォルムに変化しているが、恐らく杉並区の高層ビルのようなものも見える。

この世界は一体どこまで広がっているんだろうとハルユキが考えていると、病院よりも高い建築物の上に、人がいるのが見えた。

――いや、人ではなく、バーストリンカーだ。

ハルユキはグローバルネットから切断しているが、タクムが対戦前にグローバルネットに接続していたのだろう。観戦者たちを横目で見た後、ハルユキのガイドカーソルが微振動しながら向きを変える。

――シアン・パイルが来る。

 

この広い場所なら回避できるスペースも十分あるだろう。

右手の向きに気を付ければ回避できないことはない。

僕ならできる。スカッシュのボールに比べたら、大したことはない。

 

ハルユキが自分に言い聞かせる視線の先で、シアン・パイルを乗せたエレベーターの格子が開く。

 

「…なるほど。ここならちょろちょろとヒットアンドアウェイできるっていう作戦かい?」

 

「下だとお前の図体がでかすぎるからな。ここなら負けはしないさ!」

 

「その余裕…気に入らないな、たかだが数日前にバーストリンカーになったキミごときがそんな口を聞くなぁ!!」

 

雄叫びを上げながら突っ込んでくるシアン・パイル。

ハルユキはその右腕にある鉄杭のみに視線を向ける。

距離を測り、姿勢を低くして

 

―――ここだ!!

 

杭が撃ち出された瞬間、シルバー・クロウはステップを切りギリギリで鉄杭を躱す。

そしてがら空きになった懐へ――。

 

「う……らぁっ!!」

 

右腕のストレートを叩き込む。

衝撃に揺らめくシアン・パイルに、シルバー・クロウの猛攻が始まった。

よろめいた胴体に左足の蹴り、たまらずうずくまった背中に回り込んで膝蹴りを打ち込む。

憎々しげに唸ったシアン・パイルが鉄杭を撃ち出すが、それも回避してカウンターでその顔面に回し蹴りを放った。

倒れ込んだシアン・パイルのマウントを取ると、シルバー・クロウは破壊された左腕も使ってシアン・パイルの顔面を殴り続ける。

 

「このっ!馬鹿やろう!何で!なんでチユを裏切ったりなんかしたんだ!!お前は俺なんかよりも、もっとたくさんのものを持ってるじゃないか!勉強もできて、スポーツもできる!なのに何で…なんで≪加速≫なんかの力を借りるようなことをしたんだ!そんなのはお前の力なんかじゃない!!俺の知ってるタクは、もっと、もっとかっこいい奴だったよ!!」

 

叫びながら両腕を胸の前でクロス。

必殺技≪ヘッドバット≫発動のモーションだ。

この距離なら、まず避けられることはないだろう。

 

「ちょう…しに……」

 

シルバー・クロウと同じようにぐいっとシアン・パイルの両腕が胸の前でクロスされる。

 

「ヘッド―――――――」

 

上体を反らして頭部にエネルギーが溜まるのを感じる。

後は技名を叫んでこの頭を振り下ろすだけだ。

 

「調子に乗るなアアアアア!!!!!」

 

シアン・パイルの両腕が左右に開いた瞬間、彼の胸から腹にかけての表面に鋭い鉄の杭が数十本と浮かび上がった。

 

「≪スプラッシュ・スティンガー≫ァァァァ!!!」

 

「バァァァ―――ット!!!」

 

直後、大きな爆発と共にハルユキの体は宙を舞い、そのまま屋上の床に叩きつけられた。

 

「ぐっ…はぁ……」

 

痛みに呻きながらも、今のは何だと立ち上がるために右腕で上体をあげる。

しかし、それより早くシアン・パイルは起き上がり、ハルユキを見降ろしていた。

 

「く…ぅ、今のは少し効いたよハル。まさかエネルギー属性が入っていたなんてね。危なく自分の技で自爆するところだったけど、キミの技の範囲が小さくて助かったよ」

 

くつくつと笑いながらシアン・パイルはハルユキに近づいていく。

 

「ハルにはわからないだろうね。小さなころからニューロリンカーを通して嫌と言うほど知育ソフト漬けにされた僕の苦しみは…!家でぐうたらしているだけのキミには、わからないだろうね!!」

 

右腕の撃ち出し口を掲げたシアン・パイルの肩から先が、鮮やかな青色に包まれる。

太い音を立てて、鉄杭の発射口が三倍ほどの太さに拡張された。

そしてその奥から現れたのは先端が平らになった、巨大なハンマー。

 

「ハルが必殺技ゲージを溜めてくれて助かったよ。これで容赦なくキミを消せる」

 

そうだった。こないだ説明を受けたばかりではないか。

必殺技を発動するには、必殺技ゲージが必要で、そのゲージはマップギミックを破壊する以外にも、自分が相手にダメージを与えるか、ダメージを受けるかでも溜まると。

先ほどのラッシュでシルバー・クロウとシアン・パイルのゲージはほぼMAX。お互いに必殺技を発動したので現在は減っているが、必殺技を連発するくらいのゲージは十分だ。

 

逃げなければ。あれを受けたら負ける。

 

ハルユキは懸命に体を動かし、シアン・パイルの射程から逃れようとする。

しかし。

聞こえたのはガシャリという音と、バランスを崩して倒れ込む自分の体の金属音だった。

 

「あっははは!!取れちゃった!なんて脆いんだキミの体は!それでもメタルカラーなのかい?」

 

ハルユキの視線の先には、先ほどの鉄杭で、膝から先が砕け落ちている銀色の細い足。

―――駄目だ。逃げ切れない。

 

「さあ、もう終わりにしよう。ハル―――≪スパイラル・グラビティ・ドライバー≫!!」

 

直後、ハルユキの胸を巨大な鋼鉄が押しつぶした。

声を上げることができないまま、ハルユキは床ごと廊下に叩き落され、その体は一階で動きを止めた。

 

朦朧とした視界の中で、ちかちかと自分の体力ゲージが赤く点滅しているのが見える。

名残惜しそうに引き抜かれるハンマーの先端をぼうっと見つめながら、ハルユキは自身の頬を涙が伝うのを感じた。

負けてはいけない戦いだった。

自分自身のため、タクム、チユリのため。そして守ると決めた黒雪姫のためにも、この戦いには勝たなければならなかった。

だが負けた。

このボロボロになった体で、一体何ができるのだろう。

左手は無い。片足も無い。体力ゲージもあと僅か。

悔しさに押しつぶされそうになりながら、ハルユキは立ち上がる。

それには何の意味もない。ただ、タイムアップを待つために、以前の自分のように座り込もうとしただけなのだから。

 

だが―――

 

俯かれるはずの顔は、上げられた。

目の前に映るのは、彼女の姿。

 

黒い茨で編まれたベッドに横たわる少女。

闇より黒いドレスに身を包み、つややかな黒髪と薄闇の中でも見える白く輝く肌。

 

「……先輩…」

 

砕けた右足を引きづりながら、ゆっくりと歩き出す。

やがてたどり着いた先、彼女の頬にそっと手を触れる。

 

「僕は…僕は、あなたを守れなかった。あなたの期待に、応えられなかった。僕を地獄から助けてくれたあなたに、何も返せなかった。…変われるって思ってたんです。あなたの言葉、あなたの優しさに触れて…でも、駄目だったんです。結局、諦める。僕のアバターはきっと、諦めからできていたんですよ。空を見ようともせず、ただ這いつくばって…っ、僕は…っ!!」

 

涙が止まらず、ハルユキは眠る黒雪姫の肩口に縋り付く。

 

「飛びたかった、あなたのいる場所まで。もっと高く、もっと強く。あなたに、届きたかった…」

 

 

―――とくん

 

 

かすかな音が聞こえたのは、その時だった。

それが黒雪姫の心臓の鼓動だと気づいたハルユキは、悟った。

 

「先輩は…必死に戦っているんだ。諦めないで…戦っているんだ…」

 

だが自分はどうだ。

頑張ったということを理由にして、諦めようとしなかったか?

例え腕がもがれようと、足がもがれようと、体力ゲージがある限り、抗い続けることが、必要なのではないか?

黒雪姫はシルバー・クロウには何か力が隠されている筈だと言った。

この土壇場でそれが発揮されるとは限らない。

 

 

「でも……」

 

 

右手でベッドのふちを握り、左脚に力を込めて立ち上がる。

 

 

「でも、僕は…まだ……」

 

 

自分の胸の奥深くに、力強い鼓動が生まれるのを感じた。

鼓動は強くなり、逆境に立ち向かう意思を、魂を、精神を燃え上がらせる。

 

 

「僕はまだ、負けてない…。戦える。立って、戦える!まだ―――」

 

 

―――――飛べる!!!

 

 

その瞬間、背中の装甲が吹き飛んだ。

離れた場所にある鏡に、シルバー・クロウの全身が映る。

体の装甲は攻撃でボロボロ、酷い有様だ。

しかし、ハルユキは背中から何か、白く輝くものが生えてくるのが見えた。

それは黒雪姫や、リーフ・フェアリーの羽のようで羽ではない。これは―――

 

「つば…さ…?」

 

 

体の奥から、何かがあふれ出る。

純粋なエネルギーが、逃げ場を求めているようだ。

 

空に―――あの空に

 

無意識の動作で、ハルユキは左腕を掲げ、右腕を体側に引き絞った。

背中の翼が、エネルギーが解き放たれるのが今か今かと震えている。

ベッドで眠る最愛の人の姿を捉えてから、ハルユキは空を見上げた。

 

 

「飛――――べぇぇぇぇぇええええ!!!!」

 

 

絶叫と共に右腕を突き出す。

空気を切る感覚を体で感じながら、上へ、また上へとハルユキの体は上昇していく。

たちまち病院をとびぬけたシルバー・クロウの手は空高くに浮かんでいる雲に触れる。

 

ぼぅっと円状に雲が吹き飛び、そこから漏れ出た光がシルバー・クロウの体を照らす。

 

両手両足を広げ、加速を弱めたハルユキの目に入ったのは、どこまでも続く鈍い色の巨大都市。

加速世界は、どこまでも広がっているんだ。

 

「この世界は…無限に広がっているんだ…」

 

呟きながらゆっくりと、ハルユキは降下していく。

やがて病院の屋上が見えた。

観客達はハルユキの姿を見て何やらざわついている。

 

だが、それは彼の知ったことではない。

ハルユキの目に映るのはただ一人、こちらを見上げている青い巨人――シアン・パイル

 

「タク……」

 

ハルユキの呟きの後、シアン・パイルは絶叫しながらシルバー・クロウを睨む。

 

「なんだそれは!!ふざけるな…キミが!僕を!見下ろすな!!そこから―――」

 

鉄杭を上空のシルバー・クロウに向けたシアン・パイルの必殺技ゲージが一気に減る。

 

―――シルバー・クロウは、格闘を主体にして戦うキャラ

≪パンチ≫も、≪キック≫も、全てはこのためにあったのだ。

 

「落ちろおおおおおおお!!!!≪ライトニング・シアン・スパイク≫!!!」

 

絶叫とともに撃ち出された鉄杭に向かって、背中の翼をはためかしてハルユキは突っ込む。

そしてそのまま加速。右手を包む光が、強くなる。

 

ハルユキの目には、シアン・パイルの鉄杭がゆっくりに見えた。

≪加速≫を超える≪超加速≫

ハルユキは今、ブレイン・バーストの限界にいる。

 

「タク――――――ッ!!!!」

 

鉄杭を紙一重で交わしたシルバー・クロウの腕が、シアン・パイルに突き刺さる。

 

「う―――おおおおおおお!!!!」

 

そのまま上昇。シルバー・クロウはシアン・パイルごと、上空に飛び上った。

今の攻撃で一瞬気を失ったらしいシアン・パイルは、軽く咳き込むと辺りを見渡し、驚愕の声を上げた。

 

「うわ、と、飛んで―――っ!頼むハル、落とさないでくれ!今落ちたら、負ける!今お前に負けたら、ポイントが0になっちゃうんだ!頼むよ、ハル!」

 

必死に懇願するタクム。

今自分がこの腕を引き抜けば、タクムのポイントは0になって黒雪姫を狙うことはもうしなくなるだろう。

しかし、その衝動をハルユキは噛みしめた。

 

「タク、はっきり言うよ。オレは、現実じゃどうあがいたってお前に勝てない。でも、忘れたわけじゃないだろ?昔から、俺はゲームでお前に負けたことがなかった」

 

「……そうだね、小さいころからそうだった。ハルは、ゲームだけは得意だったもんね」

 

静かな声で返したタクムに、ハルユキは大きく息を吸い込んで、吐いた。そして同じように静かな声でいった。

 

「なら、オレとお前は対等だ。現実ではお前の勝ち、でも加速世界なら俺の勝ち。だから…タク、俺の仲間になってくれ。あの人の配下になって、一緒に戦うんだ」

 

「なっ…本気かい!?それはつまり、他の王と戦うってことだよ!?」

 

「本気だ。それにタク、知ってるか?ゲームってのは、そういうもんだぜ」

 

にやりと言ったハルユキに、タクムは呆気にとられていたようだった。

暫くの沈黙の後、自嘲を込めた声でタクムは呟いた。

 

「今ここで頷いたとして、ハルは僕を信じられるの?チーちゃんを裏切った僕を…」

 

「それは二人で全部チユに話す。俺たちが戦ったこと、バックドアのことも全部。多分あいつは怒るだろう」

 

でもさ、とハルユキは続ける。

 

「あいつなら、それで許してくれるよ」

 

その声は親友を信じているような、そんな響きを持っていた。

 

 

 

 

地上に降りたハルユキを迎えたのは、眠りから覚めた黒雪姫だった。

互いに抱き合い、お互いに言葉を交わした後、黒雪姫はぽつりと言った。

 

「時が、来たみたいだな。私も、そろそろ空を目指す時が」

 

そう言った黒雪姫は右手を上げて仮想コンソールを操作する。

その際に、彼女は地面に座ってうなだれているシアン・パイルに視線を向けた。

 

「すまなかったなシアン・パイル。キミとの戦闘を何度も汚してしまって…。今こそ見せよう、私の姿を。そして、今度こそ、その勝負を受けよう」

 

黒雪姫がコンソールを操作し終えると、彼女の体に電撃が走った。

青白いエフェクトに包まれた彼女の体はその姿を変え、一つのデュエルアバターになった。

 

それを見た観客が、大きな声を上げる。

それはそうだろう。長い間姿を消していた≪黒の王≫がこうして現れたのだから。

 

「さて、クロウ、私を乗せて飛べるか?」

 

「え、あ、はい」

 

その美しさと、あふれ出る底なしのポテンシャルに圧倒されていたハルユキだが、変わらない黒雪姫の声に促され、彼女を抱き上げて空へ飛びあがった。

 

「ふむ、これは…良いな!今度直結して30分まるまる飛びたいものだよ…っと、その辺で良い」

 

黒雪姫の言葉にホバリングを開始すると、二人の体が宙に浮かぶ。

黒雪姫は大きく息を吸い込むと、凛とした声で叫んだ。

 

 

 

「聞け!六王のレギオンに連なるバーストリンカーたちよ!わが名はブラック・ロータス!!今ここに、我がレギオン≪ネガ・ネビュラス≫の再動を宣言する!!戦いのときは来た!!」

 

 

その宣言と共に、タイムアップの宣言。

表示された結果はドロー。シルバー・クロウとシアン・パイルの残り体力は、奇跡的に同ポイントだったのだ。

 

この戦いは、これからの加速世界において大きな影響を与えた戦いとして、バーストリンカーたちの間で語り継がれていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




シアン・パイルの出来事をさらっと流したために最後のタクム君勧誘がやや変な感じになった気がする。

ヘッドバット好きだよヘッドバット。
今回は不発でしたけどね


これからも、よろしくお願いします

ではまた次回で!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。