オルステッドコーポレーション一次面接が無かったら   作:まりん!!! in ICE

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1.家族

 シーローン王国を出立して、一ヶ月と少し。道中は何事も無く、俺たちはアスラ王国に辿り着いた。

 明確に急ぐ目的など無い旅のはずだったが、王都は経由せず、情報なんて集めず、ただひたすらフィットア領を目指し、北へ北へと向かった。

 シーローンからの旅路の中で、俺たちの行く先を邪魔するものは何も無かった。

 楽な道のりだった。魔物はいない。盗賊も出ない。俺たちはただひたすらに、何かに追われるように先を急いだ。

 

 そして呆気なく、フィットア領に着いた。

 

 そこには何も無かった。パウロから聞いていた通りだった。

 

 かつて遥かに広がる麦畑であった何も無い土地を眺めながら、俺たちは、今やこの地で唯一の集落である難民キャンプへ向かった。

 

 「俺はここで別れる」

 「えっ!」

 

 俺たちがこの三年間目指した土地。その場所を目の前にして、ルイジェルドは御者台を降りてしまった。転がる様に馬車を降り、慌てて引き止める俺とエリスに、ルイジェルドはきっぱりと告げた。

 

 「ここにはもう戦士しかいない。お守りは必要あるまい」

 

 色々と言葉をつのって引き留めようとしていた俺たちは、その言葉に押し黙ってしまった。

 戦士。その言葉に篭もる覚悟と矜持を、この三年の旅路で俺たちはよく分かっていた。

 その言葉を出されてしまうとどうにも弱い。引き止めるべきか、引き止めざるべきか。一体何と声を掛けるべきか。何かを言おうとして、それを口の中で留めて、何も言えずにいる俺を尻目に、エリスは一歩踏み出した。

 

 「世話になったわね」

 「それは、お互い様だ」

 

 いつもの腕を組んだポーズで胸を張り、エリスは何も迷わずに言葉を紡ぐ。

 

 「エリス、お前は強くなったな」

 「……ええ。だってもう、戦士なんでしょ?」

 「ああ。お前には才能がある。俺なんかよりも遥かに強くなれる才能だ」

 

 そう言って微笑んだルイジェルドの言葉を、エリスがどんな表情で受けたのか、彼女の後ろに立つ俺には分からなかった。ただエリスは、ルイジェルドの言葉を黙って受け止めた。

 

 「エリス」

 

 優しくも重々しい声で、ルイジェルドがもう一度彼女の名前を呼ぶ。

 

 「……何よ」

 

 再び口を開いたエリスの声は、一転して不機嫌そうだった。ルイジェルドが言葉を重ねるごとに、別れの時が迫っていることを、エリスが気づいているのが分かる。

 

 「最後に子供扱いをするが、いいか?」

 「いいわよ、別に」

 

 エリスはぶっきらぼうに答えた。薄く微笑んだルイジェルドの大きな手が、エリスの頭に乗せられる。

 この三年間、エリスはルイジェルドにとって、守るべき子供であり、鍛えるべき弟子だった。そんな彼女を今、戦士として送り出す。いつしか、エリスのすすり泣きの声が聞こえてきた。すすり泣く彼女に、ルイジェルドは優しい笑みを湛えて、いつも訓練で口にする言葉を問い掛けた。

 

 「エリス。今のお前はルーデウスに守られるだけの子供ではない。守るべきものがあるお前は戦士だ。その意味が……」

 

 わかるか? と。

 エリスのすすり泣きはいつしか聞こえなくなっていた。

 

 「……わかるわ」

 

 その言葉を聞いて安心した様に、ルイジェルドはエリスの頭を軽くポンポンと叩いて、その手を外した。

 

 卒業式。そんな言葉が似つかわしい神聖とも思えるような光景だった。

 

 ルイジェルドはこれから、生き残ったスペルド族を探しながら中央大陸を旅するのだという。また見付かっていないゼニスを探す俺と、生き残りの同族を探すルイジェルド。二人の間で、互いのたずね人を探す約束が交わされる。

 

 もっと話すべきことが沢山ある気がした。もっと色々と話していたい気持ちだった。三年間も一緒に居たのに、別れる時は呆気ない。

 最後に、ルイジェルドはミグルド族のお守りを返そうとしてきた。最初に渡したのは些細な理由で、それからはずっと彼に託したままだった。大切なものだからこそ、ルイジェルドに持っていて欲しかった。彼との繋がりを何か、わかる形で残したかったのかもしれない。ルイジェルドはそれを断らなかった。

 

 「ではな、ルーデウス、エリス…………また会おう」

 

 そう言い残して、ルイジェルドは俺たちの前から去って行った。こうして、俺たちの旅は終わりを告げた。

 

 難民キャンプに足を踏み入れた。異様な空気が漂っていた。そこは、魔大陸のどんなスラム街よりも絶望的な雰囲気が充満している場所だった。小さな集落の中心、冒険者ギルドの様な場所でエリスの帰還を告げると、直ぐにアルフォンスとギレーヌに迎え入れられた。

 ギレーヌとエリスのささやかな再会の喜びは、その後の現状報告で打ち切られた。

 サウロス、フィリップ、ヒルダ。三人とも死んだ。そう告げられた時のエリスは、さっきルイジェルドとの別れをすすり泣きながら惜しんでいた少女とはまるで別人のようだった。まるで動揺していないかの如く事実を受け入れた彼女は、堂々たる貴族だった。けれど本当にそこに動揺がない訳では無いことは、彼女の手に握られた俺の手が握り潰されたことでハッキリとわかる。俺の手を握りしめた彼女のゴツゴツした、女の子らしくない手が震えている。衝撃を必死に押し殺した彼女の感情は、繋いだその手のみから推し量られた。叫びもしない。暴れもしない。本当にこれがあのエリスなのだろうか。

 

 「……それで、どうするの?」

 

 静かに問いかけたエリスに与えられた返答は、アルフォンスからの冷たい答えだった。

 

「ピレモン・ノトス・グレイラット様が、エリス様を妾として迎え入れたいと仰っております」

 

  フィットア領の復興を第一に考えるアルフォンスと、エリスの幸せを第一に考えるギレーヌとの間で、激しい諍いが起こる。恐らく二人の間では何度も交わされたであろうやり取りを、エリスの大音声がバッサリと叩き斬った。

  

  「うるさい!」

  

  最近は分別のつくようになったエリスの、久しぶりに聞く大声だった。

  

「……すこし、一人にさせて。考えるから」 

 

 そしてその大声の後に残ったのは、彼女のそれとは思えない程にしおらしい声だった。彼女に声をかけようとその場に居残る俺を、エリスは強い口調で拒絶した。少しばかりショックだった。

 

 エリスを一人残して部屋を辞した後、俺は掲示板でシルフィの生存を確認していた。連絡先は分からないものの、彼女が生きていたことは、サウロス達が亡くなった事を知らされ、荒んだ心を癒す光明だった。

 治癒魔術までもを無詠唱で使いこなすという彼女なら、髪の色のことがあってもなんとかやっていけるとは思うが、心配に思う。

 思えば、エリスのところへ家庭教師に行くことになったのも、発端はシルフィだった。彼女と共に魔法大学へ通う学費を稼ぐために仕事を始めたのだ。当時は、幼馴染みの彼女とのウハウハな将来を妄想していたものだが……。今となってはシルフィは行方知らず。再会出来たとしても、エリスの事もある。故郷へ送り届けたからと言って、家族を亡くした彼女を置いてハイさようなら、シルフィと学校に通います、なんて事出来る訳もない。ロアで過ごした三年と、帰郷の旅路の三年。エリスとは六年も一緒にいたのだ。彼女だって立派な幼馴染みだ。エリスを蔑ろに出来るわけが無い。尤も彼女が俺を必要とするならば、だが。

 先程アルフォンスから出た話。エリスの身の振り方だ。彼女はどう結論をつけるのだろうか。そしてその時、俺はどうすべきなのだろうか。シルフィを探しに行きたい。エリスの事も、これまで同様に守りたい。俺自身も、今後の身の振り方を考えるべきだろう。

 与えられた部屋で考えに耽っていると、アルフォンスに呼ばれた。ボレアス・グレイラット家家臣団の会議だという。アルフォンスとギレーヌ、そして俺。三人だけが残った家臣団の議題とは、当然エリスのことだ。今後のエリスの行き先の候補がいくつか上がる。

 グレイラット本家、これはエリスの扱われ方を考えれば論外。先程も話題に出たピレモン・ノトス・グレイラットの妾。アルフォンスは嫁ぎ先としてこいつを推したいらしい。ピレモンに嫁げば、王都で勢いのあるダリウスに差し出される。そうなれば、フィットア領復興の目処を立てることも出来るという。エリス本人の性的な扱われ方に問題はあるが、アルフォンスとしてはそこを我慢してでもフィットア領復興の為に尽くして欲しい様だ。

 ギレーヌはこれに真っ向から反対。エリスは俺と一緒になるべきだと言う。俺もどちらかと言えばギレーヌ寄りの考えだが、やはりいずれにせよエリス本人の望みが分からない以上、ここで何を話しても机上の空論に過ぎないだろう。エリスが俺を選ばない可能性だってあるのだ。

 埒が明かない。そう告げて家臣団会議を終わらせると、俺は与えられた部屋に戻った。

 

 思考は堂々巡りを繰り返す。そんな時だった。コンコンと、扉がノックされた。現れたのはエリスだった。もう落ち込んだ様子のないエリスは、俺の前に立つといつものポーズを取った。

 

「まあ、こんなことになるんじゃないかとは思っていたわ」

 

  エリスは事も無げに言ってのける。覚悟は決めていると、以前言っていたような気もする。家族が全滅する覚悟など、俺には出来そうもない。これが戦士の強さってやつなのだろうか。

  

「エリスは、これからどうするんですか?」

「どうって?」

「えっと、アルフォンスさんから、話は聞きましたか?」

「聞いたわ。ギレーヌと話もした。でも今は、その話をしに来たんじゃないわ」

 

 その話じゃないなら、どの話だというのだろう。混乱する俺を真っ直ぐに見るエリスを見つめ返す。

  

 「ルーデウス。私、一人になっちゃったわ」

 

 腕を組んで真っ直ぐに俺を見つめ、何ともないような強い口調で放たれる言葉と、その内容がちぐはぐだ。

 一人。

 家臣はいる。血の繋がった兄弟もいる。でも、エリスの家族はもう居ない。

 

「それでね、私この間十五歳になったのよ」 

 

 十五歳になったと言われて俺は慌てた。全く気づいていなかった。一体いつの事だっただろうか。そんな事は頭に無かった。

 

「ルーデウスは気づいてなかったけど、ルイジェルドに一人前って言ってもらえた日よ」

 

 それなら、ああ、覚えている。なんてことも無い道のど真ん中だった。だから唐突に、ルイジェルドはエリスを一人前と言い出したのだ。ルイジェルドは気付いていたのに俺は……。まずい、本気で気づいてなかった。

 

「ええと、今から何か用意したほうがいいですかね? 欲しいものとか、ありますか?」

「そうね、欲しいものが一つあるわ」

「なんでしょうか」

「家族よ」 

 

 言われて俺は絶句した。死んだ人を蘇らせることは出来ない。それは、俺には用意できないものだった。黙り込んだ俺に、エリスが強い言葉を告げる。

 

「ルーデウス、私の家族になりなさい」

「え?」

 

 まじまじとその顔を見ると、彼女に似つかわしくない真面目くさった顔をしていた。

 

「それは、つまり、姉弟ということですか?」

「関係なんてなんでもいいわ」

 

 強い射抜くような視線を浴びながら、これは先程の話の続きなのだということに、気が付いた。

 

 「ひとつ聞いてもいいですか?」

 「何よ」

 「エリスはこの先、どうするつもりなんですか?」

 「細かいことは決めてないわ。でも、ルーデウスと家族になりたい。今言えるのはそれだけよ」

 

 これはプロポーズか何かなのだろうか。それとも、別のなにかだろうか。考えながら、同時にどちらでもいいじゃないかと思った。今まではパーティメンバーで、護衛で、家庭教師の延長線だった。それが、家族という別の名前になるだけだ。つまりこれからも、俺と一緒に居ようと言ってくれているのだ、エリスが。

 

 「さっき僕も、アルフォンスさん達と話しました」

 「そう。それで、ルーデウスはどう思ったの?」

 「全てはエリス次第です。でも、僕個人の考えで言うなら、ギレーヌに賛成です」

 「まどろっこしいわ。つまりどうしたいの?」

 

 いつものポーズで、強い口調を放ちながらも、その表情は自信なさげに揺れているのが、暗がりでもわかった。エリスも同じなのだと、その時初めて気がつく。

 エリスは俺を選ばないかもしれない。だからこの先を考えても仕方が無いと、俺は思った。エリスも同じことを考えているのかもしれない。俺がエリスを置いて、ゼニスかシルフィを探しに行く可能性を。

 

 「僕はエリスと一緒に行きます」

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