オルステッドコーポレーション一次面接が無かったら   作:まりん!!! in ICE

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2.旅立ち

 その晩、俺とエリスは二人で仲良く手を繋いで眠った。亡くなったエリスの家族のこと、生存してはいるもののどこにいるのか分からないシルフィのこと、まだ行方不明なゼニスのこと、不安なことは多かったが、彼女の手を握っていると不思議と安らいで、深い眠りに落ちた。

 

 翌朝目が覚めると、隣にエリスの姿は無かった。普段から彼女は俺より早く起きて、ルイジェルドと訓練をしている事が多い。特に珍しくもない。与えられたテントを出て辺りを見渡せば、案の定ギレーヌと剣を振り回しているエリスの姿を見つけた。近寄って声を掛ける。

 

 「おはようございます」

 「おはよう、ルーデウス」

 「おはよう」

 

 二人が訓練の手を止めたのはその一瞬だけだった。ひと言挨拶をすれば充分とばかりに、また打ち合いに戻ってしまう。俺としては、この先のことについてもう少し話をしたかったのだが。

 

 朝食を摂ってからまた二人のところに戻って来ると、彼女らは地面に座り込んで何かを話していた。俺が近づいたことに気がつけば、二人は同じタイミングで顔を上げる。三年間離れていたとは思えない程のシンクロだ。

 

 「そんなところに座り込んでないで、中に入ったらどうなんです?」

 「そうね。行きましょう、ギレーヌ」

 

 俺が声を掛けると、エリスは当たり前のように、俺が与えられたテントに入って行く。彼女のテントはまた別に、もっと立派なものがある筈なのだが……。呆れつつ、別に文句を言うようなことでも無いので黙って二人に続く。

 

 「これからのことを話してたのよ」

 

 我が物顔でベッドに腰を下ろしたエリスは、そう口を開いた。俺も彼女の隣に座る。ギレーヌはいつも通り部屋の隅に一人立ったままだ。

 

 「結論は出たんですか?」

 

 結局昨晩エリスから聞いたのは、俺と家族になりたいというその事だけだ。家族になって新たに貴族として家を興すのか、逃避行でもするのか、それともまた別の選択肢をとるのか、肝心なところは聞かないまま眠ってしまった。

 

 「……ルーデウスはどうしたい?」

 

 昨日と同じ、真っ直ぐな視線が俺を向く。そうだな、家族としてこれから過ごすなら、俺の意見も出すべきだろう。

 

 「俺と家族になるという時点で、ノトスの家に嫁ぐのは難しいと思います。それから、グレイラット本家についても……」

 「そうじゃなくて、ルーデウスはどうしたいの?」

 

 エリスは鋭く俺の言葉を遮った。そうじゃなくても何も、今その話をしてるんだが……。

 

 「私の処遇についてはどうでもいいわ。ルーデウスはこれからどうしたいのかってことを聞いてるのよ」

 

 どうにも要領を得ないが、エリスは彼女自身のことを抜きにした俺が何をしたいのかを聞きたがってくれているらしい。思いがけない思いやりに、胸のあたりが温かくなる。これまでの旅の中でエリスは当然俺を尊重してくれていた訳だが、今はそれとはちょっと違う何かを感じる。ここへ来て唐突に、家族という言葉に重みを感じて面映ゆい気持ちになった。

 

 「……っ。ええと。俺自身の望みを話していいってことですか?」

 「だからそう言ってるじゃない」

 

 不機嫌そうな表情はいつも通りだが、それが見た目通りの感情を表していないことを、俺はもう知っていた。どうしようもなく、エリスを大切にしたいという気持ちが湧いてくる。いや、今までだって大切にしていたのは間違いないんだが、それとはまた別の種類のなにかだ。この衝動はなんだろう。全身を温かい何かに包まれたような感覚になる。本当に俺のしたいことを素直に話してもいいのだろうか。このままエリスと共に居られるなら、エリスのしたい事に付いていっても良いと言ってしまいそうだ。でも、本当のところはそれだけじゃない。

 

 「今エリスに言うのは無神経なことを承知で言わせて貰うと、やはり、まだ行方不明の母親が気になります。それと、ブエナ村に残してきた幼馴染みも生存の確認は取れているのですが、どこにいるのか分かりません。彼女には少し難しい事情があるので、無事にやっているのかどうか心配です。その二人を探しに行きたいというのが、俺の望みです」

 

 淡々と希望を述べると、エリスは頷いた。

 

 「そうね、ミリシオンであいつと話してたものね。ルーデウスなら母親の事を言うと思ってたわ」

 

 当然という顔でエリスは俺の言葉を受け止める。まあ、予想出来た答えだったのだろう。貴族になりたいとか言い出す素振りは見せた事ないしな。

 エリスはギレーヌの方を向くと、張りのある声で言った。

 

 「ギレーヌもそれでいい?」

 「構わん。あたしはお嬢様について行くだけだ」

 

 ……それでいいって、何が?

 

 「ちょっと、どういう事ですか?」

 「どうも何も、そういう事よ」

 

 説明が足りなくて何も分からないが……。これまでのやり取りを思い起こして、頭を回転させる。エリスの言葉が少ないのはいつもの事だ。ええと、今の流れ、それから昨晩から俺たち二人は家族になったということ。そこからエリスが考えるであろう事は。

 

 「僕の母を一緒に探してくれるということですか?」

 「そうよ! ルーデウスの母親なら私のお母様でもあるもの! 私の行く宛がくだらない所しかないのなら、ルーデウスが行くところに一緒に行けばいいって、ギレーヌと話したの! ……ルーデウスは、それでもいい?」

 

 ギレーヌは昨日の家臣団会議でそのようなことを言っていたし、ここに居残るのでなければ俺について行くのが、最もエリスにとって都合のいい選択だろう。俺だってその方が心強いしな。

 

「良いに決まってます。父様からは、中央大陸の北部を探すように言われているので、もし行くとしたら北方大地になるかと思いますが……」

 「北方大地か。懐かしいな」

 

 ギレーヌの尻尾が機嫌良さげに揺れる。そういえば確か、彼女が剣神流の修行をしたであろう剣の聖地は、北方大地の西の端にあるのだったか。

 

 「剣の聖地! 行ってみたいわ!」

 「今のエリスの腕前なら、剣聖くらいにはなれるかもしれんな」

 「母をたずねる三千里の中でそのくらいの寄り道はあってもいいでしょうね」

 「さんぜん……? とにかく、北へ行くってことでいいのよね?」

 「そうですね。エリスがここを離れるということでアルフォンスさんと調整は必要になるかもしれませんが、旅立つ準備が出来たら出発しましょうか。探すなら早い方がいい」

 

 アルフォンス? そんなの必要ないわ! とエリスは言い放ったが、そういう訳にもいかないだろう。そういう調整は今までも俺の俺の仕事だったし、こちらで引き受けるとしよう。

 旅が始まるらしいということで、エリスは見るからにご機嫌になった。彼女としても、荒廃した故郷に長居はしたく無いのかもしれない。身体を動かしていないと、家族が死んだ事実を考えてくらい気持ちになってしまうだろうし。俺でさえショックを受けているのだから。

 

 「じゃあ、いつでも出立できる準備をしていてください。僕はアルフォンスさんに報告してくるので」

 

 少し面倒な事になるだろうと予想していたアルフォンスとの話し合いは、案外呆気なく終わった。アルフォンスは元々、エリスが俺と一緒になるだろうということを予想していたらしい。パウロと会った時に判明した事だが、フィリップが俺とエリスをくっ付けてボレアス家を乗っ取ろうとしていた計画やなんかから、元々俺とエリスの親密さは彼も察していたのだそうだ。その上この三年の旅路だ。今更離れ離れになることを、エリスは勿論として、俺も承服しないだろうと考えていたらしい。

 だったら昨日の話し合いは何だったんだ、という所だが、ダメ元でフィットア領復興の望みを掛けて提案していたのだろう。俺からしてみれば、エリスを道具みたいに扱おうとするとはふてえ野郎だ、という印象も拭えないのだが、彼もあの爺さんに忠誠を誓った身として必死なのだろう。

 

 拍子抜けする様な話し合いを終え、俺が自分のテントに戻ると、エリスとギレーヌは旅支度を始めていた。何でまた俺のテントでやるんだと思わなくもないが、これがエリスなりの家族の距離感なのだろうか。よく分からないが、避けられるのに比べれば全然問題は無い。

 アルフォンスとの話し合いの概要を報告しながら、俺も旅支度を始めた。

 

 翌朝。陰鬱な雰囲気の漂う難民キャンプの出口で、俺たちはアルフォンスから一応の見送りを受けていた。彼は残念そうにはしていたものの、引き止めるようなことは言わなかった。まあ、俺はともかくとして、エリスやギレーヌを口説き落として翻意させることなどは端から出来ると思っていないのだろう。

 エリスは、数年後に公式的に死亡を発表することになるらしい。現時点でそれをしてしまうと、エリスをいずれ手に入れることを期待して、復興の為に金を出してくれているダリウスからの支援が止まる可能性があるらしい。即物的で現金な野郎だ。

 

 「短い間だったけど、世話になったわね」

 「当然の事です、エリスお嬢様」

 「……もう私は、あなたに傅かれる立場じゃないわ。ボレアスの名も捨てるんだもの」

 「そうであったとしても、私の忠誠が変わることはありません」

 

 そう言ってアルフォンスは、多くはありませんが、と路銀を手渡してくる。こちらは何も報いることが出来ていないのに、申し訳なくなってしまう元日本人の俺がいる。とは言え、旅を続けるならば金は入り用だ。貰えるものは貰っておこう。パーティの財布を握る俺が代表して、餞別を受け取った。

 

 「北方大地を目指すなら、西のドナーティ領から隊商が出ています。彼らを頼って同乗させて貰うか、用心棒として依頼を受けるのがいいでしょう」

 

 俺とエリス、ギレーヌ。このメンツなら当然後者だろう。

 

 「何から何までありがとうございます。なんとお礼を言えばいいか……」

 「お礼は結構ですから、これからもエリスお嬢様をお守りください」

 「はい。命に代えても」

 

 しばらく彼と微笑みを交わした後、背を向けた。目の前に広がるのは、相変わらず魔大陸のような荒涼とした大地だ。

 

 「行きましょう、エリス、ギレーヌ」

 

 ここから再び、俺達の旅が始まる。

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