シンボリルドルフの身体も仕上がって来て、そろそろメイクデビュー間近となったある日、珍しくトレーニングがオフで片付ける書類も残っていなかったトレーナーが学園の廊下を気晴らしに歩いている時だった。
「PUI PUI」
「?」
とある教室から七色に光るモルモットのような、車のような何かが飛び出して来たのだ。
便宜上それをモルカーとするが、モルカーは PUI PUIと鳴きながら?トレーナーの周りを回り始める。
「ダメじゃないかモルモットく〜ん」
トレーナーが何だ?とモルカーを不思議そうに眺めているとモルカーが出て来た教室から栗毛のふわふわウルフボブに、頭頂部から奔放白衣を着たウマ娘が出て来たのだ。
「えーっと………」
「んん?」
モルカーを抱き上げたウマ娘が不審そうにトレーナーを見る。
トレーナーからすれば正体不明のハムスターなのか車なのか分からない七色の発光体を抱きしめる目の前のウマ娘こそ不審そのものだが、白衣から覗いている制服から生徒であることは理解できるので黙っておく。
「そ、それっていったいなんなのかな?生き物………みたいだけど」
「物みたいな言い方はやめてくれたまえよ。この子は私のトレーナーさ」
「トレーナー?」
と言うことはこのUMAのようなモルカーが人間とでも言うのか?と、言うような疑問の目でモルカーを見ていると白衣のウマ娘が一つの液体の入った試験管を取り出す。
「ちょっとした身体成長剤を飲んでもらった結果こんな姿になってしまってね。どうやらこの薬は失敗だったようだ。まぁ、研究に失敗は付き物だ。モルモット君も数時間もすれば元に戻る」
元に戻らなかったら大問題だろ、と思ったりはしたがトレーナーは口にしない。
きっとこのウマ娘は関わってはいけないタイプのウマ娘だ。
そう直感したトレーナーが慌てて元来た方向に向き直り、足を上げる。
「まぁ、待ちたまえよ」
「?」
「自慢じゃあないが私はとても一人では生活ができない。普段ならモルモット君が私の身の回りの世話をしてくれるんだがこんな状態ではそれも望めないだろう」
白衣のウマ娘の腕の中で PUI PUIと鳴くモルカーに演劇まじりにヨヨヨと涙を流す。
「数時間なら私も我慢できると言いたいが、生憎まだまだやりたい実験が残っていてね、治験者も欲しい」
嫌な予感にトレーナーが冷や汗を流しながら白衣のウマ娘を見る。
「そこで君にはモルモット君の薬の効果が切れるまで私の身の回りね世話兼モルモットになって欲しい」
「嫌だよ」
即答。
あまりの早さに見逃さない事に定評があるおじさんだって見逃しちゃうことだろう。
「え〜!!」
「身の回りの世話ならトレーナーとして君のトレーナーさんの代わりにいくらでもやるさ。でも話を聞いているとどっちかと言うと治験目的な気もするし。俺、UMAになりたくないよ。てか、なんで光ってるの?」
「これは物を知らんトレーナーも居た者だね。偉大な人物と言うのは輝いて見えるものだよ」
「いや、何処ぞのマッドの意見述べられても………」
そもそも「見える」と言うより実際に輝いているの間違いであることを指摘するのは野暮か?なんて思いながらもトレーナーはジリジリと白衣のウマ娘から離れていく。
「私の名前はアグネスタキオンだ。とにかくよろしく頼むよ」
「あれ?強制?」
アグネスタキオンと名乗ったウマ娘が教室に戻ってくるのを見てトレーナーはこれ幸いと逃げようと走る。
「だから、待ちたまえよ」
されどウマ娘に敵うわけもなく、逃げた事に気づいたアグネスタキオンが液体の試験管を手に距離があったトレーナーに追いついて肩を掴む。
「先ずはこのアドレナリン促進効果のある薬を飲んでくれたまえ。効果はモルモット君で検証済みだから安心して飲むといい」
「うわっぷ」
アグネスタキオンはトレーナーの口に無理矢理試験管を突っ込むと中の液体を喉に流し込んでいく。
「モルモット君で効果の検証はできたが比較実験ができていなくてね。いや〜、君が協力的で大変感謝してるよ」
悪党のような言い草で笑いながらアグネスタキオンが試験管の液体を全てトレーナーの喉に入れ終わるとトレーナーの身体が見る見るうちに大きくなっていく。
「な、何だってェェェェェ!!!」
トレーナーの身体は一般的にはあまり筋肉が付いていない、所謂細身の部類に入るとトレーナー自身、自負はしている。
だが今、マッドサイエンティストにも劣らないような文言のウマ娘に無理矢理飲まされた薬によりトレーナーは動悸を起こし、あろう事が力が溢れて身体も二回りほど太くなっている。
「なるほど………。どうやら筋肉量が少ないほど効果な大きく出るようだねぇ」
興味深い結果だ、とアグネスタキオンが嬉しそうに頷く。
「あの………」
だが、トレーナーには一つ問題があった。
身体がムキムキになる。
トレーナーにとっては大変喜ばしいことだ。
できる事なら戻らないで欲しい。
「身体、光ってるんですけど………」
問題は身体が七色に光り輝いている事だ。
だが、予想通りの反応なのか、アグネスタキオンに焦りの色は見えない。
「………まぁ、数時間もすればその筋肉も身体の発光も治るんじゃあないかな?」
「人体って発光するの?」
「不思議だねぇ」
「本当にね!」
とにかく、こんな発光体の姿をあまり人様には見せるべきではないと判断したトレーナーは急いでアグネスタキオンが出て来た部屋へと駆け込む。
少なくとも、ここならば姿を隠しながら時間経過を待ち、尚且つ解毒薬を作ってもらえる。
「……………………」
「ファァァァァァァァ!!!」
部屋に入ってみればフラスコやビーカー、アグネスタキオンのトレーナーが入ったケージが怪しげに光る中、ぬっと薄暗い暗闇から一人のウマ娘が覗いているのが見えてトレーナーは尻餅を付く。
鼻先まであるだろう前髪に綺麗な黒毛のロング、アグネスタキオンとはまた別の意味で目立つ白毛のアホ毛を生やしたウマ娘。
「どうしたんだい?」
ぬるりとトレーナーの後から入って来たアグネスタキオンが叫ぶトレーナーとその奥に見えるウマ娘を見る。
「………タキオンさん。誰彼構わず薬を飲ませるのはやめてください」
「カ〜フェ。君も知っているだろう?私の知的好奇心は誰にも止める事はできないとね」
カフェと呼ばれたウマ娘はそのまま机に置いてあるカップを手に取って、中の液体を流し込む。
「………」
「紹介しておこう。彼女はマンハッタンカフェ。少し不思議なところはあるが、悪い子じゃあないよ」
トレーナーがずっと虚空を眺めるマンハッタンカフェを見ていると、アグネスタキオンが彼女の代わりに基本的な情報をトレーナーに教える。
「………あの人、トレーナーさんとは、違った意味で………『お友達』が………」
「?」
「カフェにはね、見えない何かが見えているんだ」
「見えない何か?」
「簡単に言えばお化けの類いだよ」
お化け、そんな非現実的な存在がこの世にいるのか?とトレーナーはマンハッタンカフェに聞こうとしてアグネスタキオンに肩を掴まれる。
「やめたまえ。下手な事は言わないでくれ」
「………君は研究者っぽいのにお化けなんてスピリチュアルな存在を信じるのか!?」
「最初は信じてなかったんだけどねぇ………。誤ってカフェのトレーナー君が薬を飲んでエリマキトカゲになった時は研究資料が勝手に燃えた。実際に不可思議なことが起きた以上信じるしかないだろ?」
実際にアグネスタキオンは目撃した。
アグネスタキオンに嘘をつく理由が存在しない以上、真実として受け止めるしかない。
「………うん」
不意にマンハッタンカフェが頷くと、今度はトレーナーの後ろの方を見る。
「?」
何かが通り過ぎるような感覚と断末魔のような悲鳴が耳の奥底で鳴り響く。
「アグネスタキオン。今何か叫んだ?」
「?何を言っているんだい?この部屋じゃさっきからカフェの独り言しか聞こえないよ」
「………気のせいか」
トレーナーとアグネスタキオンには分からないこと。でもそれはマンハッタンカフェと彼女の『お友達』だけが知っている。
彼女、マンハッタンカフェのトレーナーは幽霊を惹きつける性質を持つ。
きっと一種のフェロモンのようなものだとマンハッタンカフェは考えている。
一定数はそう言う人がいるものだ。
トレーナーもその一人。
今回の幽霊は話ができないような幽霊は『お友達』に何とかしてもらうしかない。
………結局、トレーナーには自分に何が付いていたのかわかることはなく、発光が治るまでアグネスタキオンの入れた紅茶をいただきながら過ごすのだった。