『蒼井、今日バイトないんだけど、一緒に帰れる?』
送ったメールに、返事が来る。
『茅森さん。ごめんなさい、今日はちょっと塾がありまして…』
『そっか。塾、頑張ってね。』
『はい。また、一緒に帰りましょう。』
私は玄関でガラケーを畳み、暇な時間を潰そうと街へと繰り出した。
夕方。学校の最寄りの駅近くにある、小さなショッピングモールに足を運んでいた。ちらほらと制服を着た姿が見える。駅近でアクセスがいいからか、電車通学の学生のもっぱらの憩いの場と言えば、このショッピングモールだった。
「なにしよ…」
暇を潰すなら、と思って足を運んでみたものの、ゲーセンもフードコートもそこそこ人がいる。とりあえずぶらぶらと歩いてみるか、と、アパレルショップの立ち並ぶ二階へと歩みを進めることにした。
「うーん…」
アパレルショップを見ても、小物屋を見ても、あまり楽しくない。そもそも、人と来る買い物が好きなだけで、一人でショッピングにはあまり来ない私は、もう帰ろうと思って駅への接続路へと向かうことにした。
「あれ、月歌さん?」
「月歌さん…奇遇ね。」
不意に、後ろから声をかけられる。
その声の方を見ると、顔見知りだった。
「お、つかさっちにかれりん。奇遇だね。どしたの?」
「いえ、たまたま見かけたから。こう言うところでなかなか会うことってないじゃない?」
「そう?」
「うん。月歌さん、あんまりこう言うところに来てるイメージない。」
「そうかな。結構放課後はふらふらしてると思うんだけど。」
「そう?ところで、1人なら一緒に回らない?」
「え、いいの?かれりんとつかさっち、デートじゃないの?」
「今日のは、そう言うのじゃないの。ゲームセンターに向かっていたら、つかささんとたまたま会っただけ。」
「そうね。私は化粧品のストックと、シャンプーなんかを買いに来ただけよ?たまたま朝倉さんがいたから、声をかけたけれど。」
「そうなんだ。じゃあ、一緒に回ろうぜ。」
「ええ。」
「うん。」
そんなこんなで、私はかれりんとつかさっちと一緒に、色々なものを見て回ることになった。
「お、アクセショップなんてあるんだ。」
「リニューアルオープンしたばかりらしいわよ?前までは改装中だったものね。」
「そうなんだ…あんまり、気にしてなかった。」
「それなら、少し寄って行かない?」
「いいよ。」
「うん。」
店内に入ると、煌びやかな装飾を施されたアクセサリーが立ち並んでいる。そこそこのお値段がするものから、リーズナブルな価格のものまで、たくさんの種類があった。私たちは安めの価格帯のアクセサリー棚の前で、あれこれ吟味している。
「ピアス買うの?」
「えぇ。そうしようかと思って。朝倉さん、ネックレスとかは恥ずかしいみたいだし…ピアスなら、髪が長いからあまり目立たないでしょう?私もちょっと、興味あるし。」
つかさっちと言葉を交わしていると、ショーケースを眺めていたかれりんが喜色に満ちた声を上げる。
「…あ、これ、つかささんに似合いそう。」
「ほんとう?あ、これは朝倉さんにピッタリかも。これ、カレンちゃんの分も買っていきましょうか。」
つかさっちとかれりんは、お互いにピアスを選んで、相手の耳にピアスをかざしている。シンプルな、けれどお互いの髪色のデザイン。
2人は楽しそうに笑いながら、商品をレジへと持っていった。
「ピアス、かぁ…」
付き合い始めて、4ヶ月ほどが経つ。恋人らしいことも少しずつ慣れてきたけど、そういえばお揃いのものだったりはまだ買っていないことに気がついた私は、ピアスのショーケースをぼんやり眺めていた。
(あ、これ…蒼井に似合いそう…)
目に止まった、小さな、月の意匠の、エメラルドグリーンのピアス。それなりに小さくて、目立ちにくい。セット価格で三千円くらいなら、全然アリだ。色違いでお揃いなんて、恋人っぽい。
そう思った私は、自分用にと赤色の、同じ形のものを持って、レジへと向かった。
店員さんの声を背に、ベンチで会話をしているつかさっち達に声をかけた。
「あら?その紙袋、月歌さんも何か買ったの?」
「うん。蒼井に似合いそうなピアスあったから、つい。」
「どんなものを買ったの?」
「へへ、内緒。」
「あら、残念。」
「それじゃ、私たちはゲームセンターに寄るけど…月歌さんは?」
「んー、今日はもういいかな。家に帰ってゴロゴロするよ。」
「そう?それじゃ、またね。」
「また学校で。」
「あぁ。また。」
そして、土曜日。蒼井を家に招いた私は、ソファでくつろぎながら、蒼井は私の持っていた漫画を、私は蒼井の持ってきた小説を読んでいる。かれこれ1時間半近くは、この体勢だ。
「…んっ。」
少し疲れたのだろうか。蒼井はぐいっと伸びをしながら、首や肩をほぐしている。ぱきぽきと首を鳴らしながら、蒼井はゆっくりと息を吐いた。
私は小説に栞を挿み、
「そろそろお茶にしよっか。何がいい?」
と問う。
「それじゃあ、コーヒーでお願いします。」
「わかった。ちょっと待ってて。」
ケトルに水を入れて、沸くまでの間に部屋に戻り、机の上にあった紙袋を取ってくる。キッチンに戻ると、ちょうどケトルがコポコポと音を立てていた。
コーヒーフィルターにゆっくりとお湯を注ぎ入れ、2人分のコーヒーを淹れた私は、蒼井の前にコーヒーカップを置く。
「砂糖、ふたつでよかったよね?」
「はい。…ふふっ、覚えていてくれたんですね。」
「そりゃ、蒼井の好みだもんね。それに、何回も淹れてますし?」
にひ、と笑うと、蒼井も楽しそうに笑う。
「ねぇ、蒼井。」
「はい?」
ティースプーンでくるくるとコーヒーを混ぜていた蒼井が、私に目を向ける。
私は紙袋の中からピアスを取り出した。
「これ。蒼井と付き合い始めて4ヶ月くらい経つし、プレゼント。色違いでさ、付けようよ。」
「わぁ…ありがとうございます、茅森さん。」
嬉しそうに笑う蒼井。はにかむ顔を見て、なぜかくすぐったさを感じた。
「じゃあ、これ。蒼井のね。」
そう言って私は、エメラルドグリーンのピアスと、付属していたピアッサーを蒼井に渡す。手元にある柘榴色のピアスを開封しようと手を伸ばした。
「あ、あの…茅森さん。」
「ん?どうしたの?」
「その…蒼井のピアスと、茅森さんのピアス、交換して欲しいんです。」
「…気に入らなかった?」
「い、いえ!でも、その…茅森さんの色を、身につけたいと言うか…蒼井の色を、茅森さんに身につけて欲しいと言いますか…」
少し恥ずかしそうに、蒼井は顔を逸らしながらそう言った。私はその言葉の意味するところが分からなくて、数秒考え込む。ちらりと蒼井の顔を見ると、すっと合点がいった。それと同時に、じわじわと恥ずかしさが込み上げてくるのが分かる。私が盛大に息を吐くと、蒼井は少し驚いた様子を見せた。
「そ、そんなに嫌でしたか?」
「いや、ちょっとこっち見ないで。今顔真っ赤だから。」
火照る顔をぱたぱたと手で扇ぐ。
「蒼井って、たまにズルいよね。」
「えっ?」
困惑する蒼井。私の言葉の意味がわからないのだろう。挙動不審になりながら、私の様子を窺っている。
「良いよ。ピアス、交換しよっか。」
「良いんですか?」
「うん。」
私は蒼井とピアスを交換した後に、必要なものを持って部屋へと向かった。
耳たぶの感覚が薄くなってきた。
「よし、そろそろ良いかな。」
私は耳たぶを消毒液を含ませたガーゼで拭き、ピアッサーを左耳にあてがう。蒼井はそわそわとしながら、私がピアスを開ける様子を窺っていた。
耳に触れる針先の感覚。ぞくりと背筋が震えた。
恐怖で動けなくなる前に、トリガーを押し込む。がしゅっ!と言う音とともに、耳たぶを貫く感覚。未だ冷えているはずの耳たぶが、じんわりと熱を帯びた。ピアッサーを外して鏡で耳たぶを確認すると、透明なピアスが確認できる。
「よし、オッケー。」
おおよそ予定通りの位置にあいたピアスを見て、私は蒼井に向き直った。
「じゃ、次は蒼井の番だね。」
「は、はい。」
そう言うと蒼井は、耳たぶを挟んでいた保冷剤を外し、ガーゼで耳たぶを拭く。ピアッサーを耳にあてがう手が、わずかに震えている。
「…怖い?」
「…はい。少し。」
「自分であけられそう?」
「ちょっと、難しいかもしれません。」
「…私がやったげる。」
私は蒼井の手に握られていたピアッサーを受け取り、蒼井の正面に座る。ぷるぷると震える蒼井を宥めるように抱きしめ、背中を撫でる。蒼井の呼吸が落ち着き、
「…お願い、します。」
蒼井はぎゅっと目を瞑った。
「じゃあ、行くよ。」
私は、蒼井と唇を重ねた。
「…んっ」
蒼井の声が漏れると同時に、あてがったピアッサーを押し込む。ガシャッ、と言う音が小さく響いて、蒼井が小さく震えた。唇を離すのと同時に、ピアッサーを外す。蒼井の表情は、驚きの様子だった。
「な、な、なんで…キスしたんですか!?」
「痛いのが怖いなら、別のことに気を逸らせばいいんじゃないか、って思って…」
「気持ちは嬉しいですけど、びっくりしたじゃないですか!」
「でも、痛くなかったでしょ?」
「確かに、あんまり痛くはなかったですけど…」
「それなら良かった。」
蒼井は拗ねたように、少し気恥ずかしそうにそっぽを向く。
「茅森さんのいじわる。」
「ごめん、ごめん。」
拗ねる蒼井のこめかみにキスを落とす。それだけで、彼女は少し機嫌を直してくれる。
「今度のデートは、ピアスつけていこうね。」
「…はい。お揃いのピアス、楽しみです。」
示し合わせたわけでもなく、唇を重ね合った。
ちりちりと感じていた痛みは、もう、無い。