人間は死ぬと三途の川を渡り閻魔さまの裁きを受けて天国か地獄へ向かう、なんてことが昔から言われてますが、
この『異界』という場所にはそこらじゅうに赤い水があふれておりまして、毎日〇時から六時間おきにサイレンが鳴っております。死んで異界に来た人間は体内に赤い水を取り入れ、サイレンの音を聞くと、『屍人』というゾンビみたいな化け物になるんですが、この屍人になる儀式を『海送り・海還り』と言います。村人はサイレンが鳴ったら村を取り囲んでいる赤い水の海の中に入り、身体を沈めて体内に赤い水を取り込みます。そして、六時間後にまたサイレンが鳴ったら岸に上がる。そうすると、最初は半分屍人みたいな状態だったのが、やがて羽根が生えたりクモや犬みたいになったり、あるいは顔にフジツボやアワビやイカタコウミウシなんて海産物をたくさんくっつけた姿になって行きます。儀式をすることで屍人化が進んでいくんですな。
村人の間では、これは生きているときの罪を洗い流す儀式だ、なんて言われてまして、これを繰り返して完全に罪を洗い流した者から、晴れて『常世』へ向かうことができる、というわけなんです。
ただ、この『海送り・海還り』の儀式、いつでもだれでもできるというものではございません。物事には順番というものがございまして、異界に来てもしばらくは順番待ちをしなくちゃいけません。たいていの者は順番待ちの時間を使って生前やってた仕事やら家事やら違法建築やら勉強やらお絵かきやら砂嵐のテレビを観るやらをしてそれぞれ時間をつぶすんですが、ある日、ヒマをお持て余した若い屍人が十人ほど
「――ほうほう。あんたはヘビが怖いのか。確かにあんなニョロニョロっとした姿はゾッとするね。あんたはどうだい? なに? カエルにナメクジ? 確かにベトベトしてイヤなもんだねありゃ。そっちはアリにクモにウマが怖い? みんなそれぞれいろんな怖いものがあるもんだね。じゃあ、あんたはどうだ?」
「俺は虫や動物なんかより人間が怖いね。特に、幻視しているときに人間に見つかった時は、背筋が凍る思いだよ」
「確かに、ありゃあ何度経験してもびくってなるね。人間も、俺ら屍人を見て逃げたり隠れたりしてくれりゃいいが、中には火掻き棒やバールや拳銃や猟銃で襲ってくる奴もいる。特にあのネイルハンマーを持った医者は恐ろしいね。あいつに遭ったら隠れるのが一番だよ。そっちのあんたは何が怖い?」
「おいらは動物も人間も特に怖くないけど、二人で行動してると、いきなりドアップで顔のウラが表示されることがあるだろ? アレが怖くてたまらねぇよ」
「確かに、あれは数あるトラウマシーンの中でも群を抜いて怖いね。なんだってあんなことになっちまうんだろうね。奥にいるあんたは何が怖い?」
と、話を向けられたのは
「やれやれ。さっきから聞いてりゃやれヘビが怖いだのクモが怖いだの人間が怖いだの情けないねぇ。屍人ともあろう者が、そんなもん怖がってたら神様に合わす顔がねぇってもんだ」
「そうかい? じゃあ、あんたは怖くないのかい?」
「あたぼうよ。ヘビなんざ腹から裂いてウナギ代わりにかば焼きにして食ってやるってもんだ。クモなんてものは体育館や病院に行けばいくらでもいるから見慣れたもんよ。あげくに人間が怖い? こっちは殴られたって撃たれたって死なねぇんだから、なにを怖がることがあるもんかよ。顔のウラなんざ、ビックリするだけでなんの害もありゃしねぇ。そんなもんを怖がるなんて、同じ屍人として恥ずかしい、涙が出てくらぁ」
「ほう? そう言うからには、あんたには他に怖いものはないのかい?」
「ああ、俺に怖いものなんてありゃしねぇよ……と言いたいところだが、実はひとつだけ怖いものがあってな」
「そりゃなんだい?」
「……まんじゅう」
「は?」
「まんじゅうだよ。俺はまんじゅうが怖くて仕方ない」
「まんじゅうって、あのまんじゅうかい? アンコなんかを皮で包んだヤツ」
それを聞いた熊さんはブルブルと震え上がります。「そう。そのまんじゅうだよ。ああ、名前を耳にするだけで震えてくる。栗まんじゅうや酒まんじゅうなんて定番のまんじゅうも怖いが、肉まんやピザまんの中華まん系はなお怖い。ましてモミジまんじゅうや鶏卵まんじゅうや博多通りもんなんて地方のまんじゅうは怖くて仕方ねぇ。ああ。話をしただけで気分が悪くなってきた。俺ぁ、ちょっと奥の部屋で横になってるわ」
熊さんは顔を青くして、震えながら奥の部屋に行ってしまいました。
「……あらら。あんな青い顔して、ホントにまんじゅうが怖いんだね。しかしあの野郎、散々俺らのことを情けねぇだ涙が出るだのバカにしたクセに、自分はまんじゅうが怖いときたもんだ。どっちが情けねのかわかりゃしねぇ。そうだ。いい考えがある。今からまんじゅうを買ってきて、あいつを怖がらせて、みんなで笑ってやろうじゃねぇか」
てなことでみんなでお金を出し合い、隣の
やがて熊さんは目を覚まし、枕元にある大量のまんじゅうを見て声を上げました。
「やや、こんなところにまんじゅうがありやがる。ああ怖い。怖いねぇ。怖くて仕方ねぇ。こんな怖いものはすぐに無くさないといけねぇ。無くすには食っちまうのが一番だ。どれ、ひとつ。ああ、これは定番のアンコのまんじゅうだね。怖い怖い。……うん。甘さ控えめのあんが怖いねぇ。こっちのまんじゅうは白あんと小豆あんのミックスか。これも怖い怖い。こっちは栗まんじゅうだよ。栗が丸ごと一個入ってもっちりとした生地との食感がバツグンに怖いね。おおっと。今度はイチゴ大福ときたよ。羽生蛇村名物のイチゴを使った上品な怖さだね。しかし、こうスイーツ系の怖いまんじゅうが続くと、そろそろしょっぱいまんじゅうも怖くなるね。お? ちょうど肉まんがあるじゃねぇか。なかなか気が利く怖がらせ方だね。うん。口の中で溢れる肉汁が怖くて仕方ねぇや。こっちのピザまんも怖くてしょうがない。でも最後はやっぱり甘いヤツで怖がりたいね。うん? このまんじゅうには『みのぶ』と書かれてあるね。こいつはあの
なんてことを言いながら、熊さんは枕元のまんじゅうを一人でペロリと平らげてしまいました。
これを押し入れに隠れて見ていた他の屍人たちは、ようやく自分たちがだまされていたことに気が付きまして、真っ赤な顔をして出てきました。
「やい、この熊公! てめぇはさっきから怖い怖い言いながら、結局全部食べちまったじゃねぇか。それでまんじゅうが怖いもないもんだ。さては俺たちを騙しやがったな!」
「はて? なんのことやら? 俺はあんまりまんじゅうが怖いもんだから、きれいさっぱり無くしちまっただけだ。ああ、怖かった」
「このやろう、あくまでもしらばっくれるつもりだな。こうなったら本気で怖がるまで帰らすわけにはいかねぇ。やい。てめぇが本当に怖いのはなんなんだ?」
「うーん、そうだな。このへんで、あかーい水がいっぱいこわい」