羽生蛇村から遠く離れた東京の
「……よし、懐中電灯と地図、そして、いざという時のための拳銃も用意した。後は羽生蛇村へ向かうだけだな。しかし注意せねばならん。教え子の
「こんちわ」
「うお! 安野、ビックリさせるな。なぜお前がここにいる」
「えへへ。先生がどこかに出かけるんじゃないかと思いまして、ずっと見張ってたんです。先生が調査に出かけるのなら、助手のあたしとしては、ついて行かないといけませんから」
「私はお前を助手にした覚えはない。それに、今回の調査はちょっと危険なのだ。お前を連れて行くわけにはいかない」
「危険だからこそ、あたしの力が必要なんじゃないですか。いろいろ役に立ちますよ? 敵の逃走路を塞いだり、下水道の進入路を作ったり」
「なんだそれは。そんなことをしてもなんの役にも立たん。それに、お前がいると、いろいろうるさくて、調査どころではなくなる」
「あたしはいつも静かにしてます。それより先生、急ぐんじゃないですか? 口論してる場合じゃないですよ?」
「確かにそうだ。仕方ない。ついて来るのは構わんが、静かにしているんだぞ」
「もちろんです。じゃあ、行きましょう」
ということで、竹内は安野を連れて羽生蛇村へ向かいました。
そうして二〇〇三年の八月三日深夜〇時。村にサイレンが鳴り響き、竹内も安野もめでたく異界入りとなります。
「――先生! 見てください! 山を下りる道が、赤い海に飲み込まれてます! ここってすっごい山奥の村ですよね? なんで海があるんですか? なんで海が赤いんですか?」
「私にも詳しくは判らんが、この村では昔から『海送り・海還り』という儀式や、漂着物を神様と崇めたりといった、やたらと海にまつわる風習が多い。その辺りが関係しているのかもしれん」
「先生先生! あたし、目をつむると変な物が見えるんです! まるで他人の視界をジャックしてるような感じです! これって何なんですか!?」
「それは幻視だ。お前の言う通り、他人の視界をジャックすることができる。この村に古くから伝わる特殊能力だな」
「先生先生先生! いま視界ジャックをしてみたんですが、北にある集落には青白い顔で血の涙を流すゾンビみたいなやつらがいっぱいいます! アイツらなんなんですか!?」
「あれは屍人と言って、この異界に飲み込まれた村人のなれの果てだ」
「先生先生先生先生!!」
「ああ! うるさい! 静かにしろと言っただろう! だからお前など連れてきたくなかったのだ!」
「失礼な。あたしはずっと静かにしているでしょう。それより、なんかここ、危険なにおいがしますから、早く脱出した方がいいですね。南の道は赤い海に飲み込まれちゃいましたから、北の道から脱出しましょう」
「待て、迂闊に動くな。こんなときはまず視界ジャックだ」
「視界ジャックですか? はい、判りました」
二人が視界ジャックで周囲を探りますと、道の先の橋を渡った向こう側に、猟銃を持っている屍人の視点を発見しました。
「……そらみろ。このまま進んでいたら、アイツに撃たれるところだったぞ。ここで狙撃され、心が折れて投げ出した人間は多いのだ。気を付けろ」
「判りました。で、どうするんですか? 先生の持ってる拳銃じゃ、さすがに猟銃と撃ち合っても勝ち目は薄いでしょう?」
「そうだ。だから、迂回しなければならない。橋の手前に小道があるから、そこを曲がるんだ」
「はい。判りました」
「……うまく迂回できたようだな」
「そうですね。ここでまた視界ジャックをしてみましょう。……はい。ちょっと離れたところに草刈り用の鎌を持った屍人がいますけど、こっちには気付いていないようです。今の内に脱出しましょう」
「待て、あそこに井戸がある」
「確かにありますが、それが何か?」
「ちょっと調べてみよう」
「なんでですか。あんな古い井戸調べたって、なにもありませんよ」
「いいから来い」
竹内が井戸から桶を引き上げますと、中からまな板に張り付いた人魚の赤子のミイラみたいなものが出てきました。
「先生、なんですか、その気持ち悪いモノは」
「これは、『まな板の上の赤子』と言って、偶像のひとつだ。羽生蛇村には、漁師の網にかかった亀を川に帰したら、恩返しをされたという昔話がある。亀は漁師を川の中の宮殿へ連れて行き、豪華な料理でもてなした。その料理の中に、まな板の上に赤ん坊をのせたものがあったそうだ。漁師はそれを食べず、こっそり村へ持ち帰ると、井戸の底に捨てたそうだ」
「なんだかよく判りませんが、そんなものを見つけるために、わざわざ井戸を調べたんですか?」
「違うな……なにか、音を出すものはないか? ああ、そこのラジオでいい」
「ラジオったって、電波は入らないから雑音しかしませんよ?」
「いいんだ。これの音量を最大にして、井戸に戻す……よし、隠れろ」
「……隠れましたけど、これでどうなるんです」
「静かに! 見ろ、鎌を持った屍人がやってきた。さっき井戸に戻したラジオの音に引きつけられたのだ。ここでこっそり後ろから近付いて……」
竹内は井戸の中を覗き込む屍人の背後から拳銃をズドンと撃ちます。すると屍人はバランスを崩し、井戸の中へ落ちていきました。
「どうだ。労せず屍人を倒すことができただろう?」
「いえ、相手の屍人さんはこっちに気づいてなかったんですから、わざわざ呼び寄せて倒す必要は無かったと思うんですけど」
「ふふん、判ってないな。こういう一見ムダと思える行動は、いつかどこかで誰かの役に立つものなのだ。これはこの村の真理だ。よく覚えておけ」
「全然意味がわかりませんがわかりました。じゃあ、早く脱出しましょう」
「待て! ……ここに鍵が落ちている」
「そんな古い鍵、拾ってどうするんですか?」
「こういうアイテムにも必ず意味があるのだ。これがどこの鍵なのか、調べねばならん」
「なんでそんなことをしなきゃいけないんですか。今は安全の確保が最優先でしょう」
「いいから調べるぞ」
竹内と安野が周辺を調べると、鍵は河原にある水門のバルブを開ける鍵だと判りました。
「……よし。これで井戸の排水ができた」
「そうですけど、そんなことをするのに何の意味があるんです?」
「判らんヤツだな。こういった行動は、いつかどこかで誰かの役に立つものなのだ」
「判りましたよ。いや全然わかりませんけど。気が済んだのなら、今度こそ脱出しますよ?」
「待て!」
「今度はなんですか?」
「あそこに火の見櫓がある。登ってみよう」
「また変なこと言いはじめたよ。ああ、もう。こんなにうるさいんだったら、先生なんて連れて来るんじゃなかった」