金三 大字粗戸/長屋 初日/4時44分39秒
羽生蛇村の
金さんが商売にしておりますのは羽生蛇村では珍しい魚売り。朝早く南の大字波羅宿にございます魚河岸へ出かけて魚を仕入れ、それを売り歩くわけですが、この金さん、商売の才能はあるんですが大の酒好きという欠点がございまして。朝から酒を呑んではぐうぐうと寝て、起きてはまた酒を呑むという生活をしておりますから、まともに仕事をする日はごくわずか。これじゃあどんなに商売の才能があっても、女房と二人いつまでも貧乏暮らしのままです。
「――ちょっと、お前さん。お前さん。起きとくれよ。お前さん!」
「……んん……ああ、なんだお前、こんなに早く起こしやがって」
「早くって、魚屋が早く起きるのは当たり前じゃないのさ。あんた、そろそろ仕事に行く時間だろう?」
「仕事か……ああ、頭が痛い。まだ昨日の酒が残ってやがるな。ダメだ。今日は休みだ」
「休みって、そんなこと言ってもう六日も休んでるじゃないか。今日は八月の三日だよ? お盆が近いってのに、一文無しだよ。このままじゃ常世から帰って来るご先祖様に顔向けできやしない。お願いだから働いておくれよ」
「ああ、もう。判った判った。まあ、金が無いんじゃ酒も飲めやしねぇからな。じゃあ、ちょっくら行ってくらぁ」
てなわけで金さんは商売道具の天秤棒を担いで魚の買い付けに出かけました。
長屋を出た金さんは、一人ブツブツ文句を言いながら魚河岸へ向かいます。
「――しかし商売なんてものは面倒だねぇ。働かないと飯が食えないなんて仕組み、いったいどこの誰が考えたんだろうねぇ。ああ、どこかに寝ているだけでお金がもらえて一日三食晩酌付き、なんて仕事がないもんかね。……しかしなんだか暗いね。いくらこの村が山の中だからって、夏のこの時間にここまで暗いなんてことがあるわけがねぇ。さては
てなことでいつもより早く家を出てしまった金さんは、一度広場へ行って井戸の水で顔を洗い、それから煙草をふかしたりなんかしてしばらく時間をつぶした後、あらためて魚河岸へ向かいました。
「……だいぶ時間も経ったからもう開いてるだろ。さて、今日はどんな魚があるのやら。しっかり見定めて仕入れないと、売り残しても腐らすだけだからな。――おう、やってるかい?」
金さんは魚河岸へ入り、魚を見繕いはじめました
金三 大字粗戸/長屋 初日/04時44分39秒
「――ちょっと、お前さん。お前さん。起きとくれよ。お前さん!」
「……んん……ああ、なんだお前、こんなに早く起こしやがって」
「早くって、魚屋が早く起きるのは当たり前じゃないのさ。あんた、そろそろ仕事に行く時間だろう?」
「仕事か……ああ、頭が痛い。まだ昨日の酒が残ってやがるな。ダメだ。今日は休みだ」
「休みって、そんなこと言ってもう六日も休んでるじゃないか。今日は八月の三日だよ? お盆が近いってのに、一文無しだよ。このままじゃ常世から帰って来るご先祖様に顔向けできやしない。お願いだから働いておくれよ」
「ああ、もう。判った判った。まあ、金が無いんじゃ酒も飲めやしねぇからな。じゃあ、ちょっくら行ってくらぁ」
てなわけで金さんは商売道具の天秤棒を担いで魚の買い付けに出かけました。
「――しかし商売なんてものは面倒だねぇ。働かないと飯が食えないなんて仕組み、いったい誰が考えたんだろうねぇ。ああ、どこかに寝ているだけでお金がもらえて一日三食晩酌付き、なんて仕事がないもんかね」
なんてことを言いながら、金さんはまっすぐ魚河岸へ向かいました。
「さて、魚河岸に着いたが……おかしいな。入口の戸が閉まってやがる。お盆前のこんな日に河岸が休むわけもねぇし。おや?
金さんは魚河岸が開くまで近くの浜辺で時間をつぶすことにしました。
金三 大字波羅宿/浜辺 初日/6時44分51秒
浜辺に来た金さんは、手のひらで水をすくって顔を洗います。
「……ふう、さっぱりした。おっかぁに早く起こされたと気付いた時には腹も立ったが、夏の朝早く浜辺で鐘を聞きながら顔を洗うってのもオツなもんだね。身が引き締まる思いだ。おや? なんだか向こうが随分明るいね? あっちは陽が昇る方角じゃないから光るものがあるわけないし、なんだろうね。ありゃ? 光が上に伸びはじめたよ。まるで海龍が天へ昇っているかのようだね。……うん? 何か波に乗って流れ着いたぞ? ふむ。これは革財布だ。誰かが落としやがったな。よいしょっと。随分と重たい財布だね。中に石っころでも入ってやがるのか? どれどれ……。やや! これは! 小判じゃねぇか! しかも一枚や二枚じゃねぇぞ。いくつ入ってるんだい? ひい、ふう、みい……こりゃたまげた! 三十三両も入ってるよ! 大変だ大変だ!」
驚いた金さんは仕入れのことなんて忘れて長屋へすっ飛んで帰りました。
「――おい! おっかぁ! 大変だ!」
「あら、お前さん、帰って来たのかい? ごめんよ。あたし、ついうっかり早く起こしちまって。魚河岸もまだ開いてなかっただろう?」
「それどころじゃねぇ! これを見ろ!」
「おや? 財布じゃないかい? どうしたんだいこれは?」
「どうしたもこうしたも、魚河岸の近くの浜辺で拾ったんだよ! 中を見てみろ!」
「中を見ろって、なんだってんだいまったく……あら、あらあらあら、こいつは驚いた。小判が入ってるじゃないか?」
「ああ。それも、三十三両もありやがる。これだけありゃ、二十七年は遊んで暮らせるぞ! よっしゃ! 今日はお祝いだ。俺ぁ、ちょっくら酒買ってくらぁ!」
と、十両盗めば首が飛ぶと言われたこの時代、金さんは罰当たりにも拾った財布の三十三両をくすねることにしました。そして、酒屋で酒を買ってくると、近所の連中を呼び集め、呑めや歌えやの大騒ぎ。その日は夜遅くまで深酒をし、酔っぱらって寝てしまいました。
金三 大字粗戸/長屋 第2日/5時03分07秒
「――ちょっと、お前さん。お前さん。起きとくれよ。お前さん!」
「……んん……ああ、なんだお前、こんなに早く起こしやがって」
「早くって、魚屋が早く起きるのは当たり前じゃないのさ。あんた、そろそろ仕事に行く時間だろう?」
「仕事か……ああ、頭が痛い。まだ昨日の酒が残ってるな。ダメだ。今日は休みだ」
「休みって、昨日もそんなこと言って働かなかったじゃないか。このままじゃお盆を迎えられないって、昨日も言っただろ?」
「なに言ってやがる。昨日拾った三十三両があるから、この先二十七年は働かなくて大丈夫だ」
「なに寝惚けたこと言ってるんだい。そんな大金、どこにあるって言うんだい?」
「だから、昨日浜辺で拾った財布が……あれ?」
金さんは辺りを見回しますが、財布はどこにも見当たりません。
金さんは長屋中を探しましたが、やっぱり財布は見つかりません。女房は呆れ顔で言います。
「さてはあんた、酔っぱらって夢を見たんだね? 三十三両なんて大金、この家にあるわけないじゃないか。さあ、バカなこと言ってないで、働いておくれよ」
「……そうか、あれは夢だったか。ずいぶんとはっきりとした夢を見たもんだな。まあ、夢なら仕方ない。すっぱりと諦め、今夜の酒代でも稼ぎに行くか」
金さんは気持ちを切り替えると、商売道具を担いで出かけて行きました。
金三 大字粗戸/長屋 第2日/5時03分07秒
「――ちょっと、お前さん。お前さん。起きとくれよ。お前さん!」
「……んん……ああ、なんだお前、こんなに早く起こしやがって」
「早くって、魚屋が早く起きるのは当たり前じゃないのさ。あんた、そろそろ仕事に行く時間だろう?」
「仕事か……ああ、頭が痛い。まだ昨日の酒が残ってるな。ダメだ。今日は休みだ」
「休みって、昨日もそんなこと言って働かなかったじゃないか。このままじゃお盆を迎えられないって、昨日も言っただろ?」
「なに言ってやがる。昨日拾った三十三両があるから、この先二十七年は働かなくて大丈夫だ」
「なに寝惚けたこと言ってるんだい。そんな大金、どこにあるって言うんだい?」
「だから、昨日浜辺で拾った財布が……あれ?」
金さんは辺りを見回しますが、財布はどこにも見当たりません。
金さんは長屋中を探しましたが、やっぱり財布は見つかりません。女房は呆れ顔で言います。
「さてはあんた。酔っぱらって夢を見たんだね。ああ。情けないねぇ。酒を呑んでまともに働かないばかりか、三十三両拾った夢を見て、よりにもよってそれを現実と間違うなんて……情けなくて涙が出てくるよ。三十三両どころか、うちにはいま一文もありゃしないんだよ? それなのに、昨日は近所の連中を集めて酒を呑んだりして……その支払いはどうするつもりだい? こんなんでどうやってお盆を迎えるのさ? お前さん、本当にいい加減にしておくれよ。こんな貧乏暮し、いつまで続けるつもりだい。お願いだから真面目に働いておくれよ」
と、女房が泣いて頼むものですから、さすがの金さんもこの日ばかりは気持ちを改めました。
「そうか……そうだな。お前の言う通りだ。貧乏のあまり大金を拾った夢を見て、それを現実だと思い込んで酒を呑むなんざ、自分でも情けなくて涙が出てくらぁ。よし! 決めた! 俺は今日からキッパリと酒を断ち、まじめに働くぜ」
「あんた、本当かい?」
「ああ、本当だ。そうと決まれば、さっそく仕入れに行ってくらぁ!」
こうして酒を断って真面目に働く決意をした金さんは、気持ちを新たに魚河岸へ出かけて行きました。
金三 大字粗戸/金三の店 第1097日/23時03分18秒
それからというもの、金さんは大好きな酒をぴたりと断って真面目に働くようになりました。朝は早くから出かけて魚を仕入れ、夜まで村々の集落を売り歩きます。そうなると元々商売の才能はありますから、たちまちお金は貯まり、すぐに貧乏暮しとはおさらば。三年も経つ頃には大字粗戸の商店街の表通りに、小さいながらも立派なお店を開くことができました。
「――ああ、静かな夜だねぇ。お盆前の八月五日の夜をこんなに静かに迎えられるなんて、三年前の今ごろは考えられなかったね。おいお前。お前もここにきて座れ」
「はいな。ちょうど片付けものも済んだところだからね。よいしょっと」
「なあ、これまで、お前には苦労をかけたな」
「どうしたんだいお前さん? 改まって」
「いや、三年前のことを思い出したんだ。あれは八月の三日だったか。あの日、三十三両の大金を拾った夢を見た俺を、お前が叱ってくれただろう? あの日から俺は心を入れ替えて、大好きな酒もキッパリと断って真面目に働いたんだ。あの日お前が叱ってくれなかったら、あのままずっと貧乏暮らしを続けてたことだろうよ。今、こうして小さいながらも店を構え、人並みに暮らしていけるのも、全部お前のおかげだ。本当に感謝しているよ」
「……お前さん。今日は、そのことで大事な話があるんだよ」
「ん? なんだ? 急に」
「これを見ておくれ」
「これは……なんだか見覚えのある革財布だね。中身は……やや!? 三十三両もあるじゃねぇか! お前、これをどこで!?」
「実はね、三年前のあの出来事は、夢じゃなくて、本当の出来事なんだよ」
「なんだって? じゃあ、あのときお前は、俺にウソをついたのか? なんでそんなことを?」
「だって仕方ないじゃないか。お前さんはいつまでたっても真面目に働いてくれないし、そのうえ拾った大金をくすねようとしていた。こんなんじゃいつまでたってもまともな生活なんてできやしない。だから、あたしはあんたが拾った三十三両を役所に届けて、全部夢ってことにして、ちゃんと働いてもらおうと思ったんだ」
「そうか……そういうことだったのか。お前の言う通り、あのままこの三十三両をくすねていたら、すぐに使い切っちまって貧乏生活のまま……いや、ヘタをすれば役所にばれて首をはねられていたところだ。よくウソをついてくれた。いま俺の首と胴が繋がっているのも、全部お前のおかげだ。ありがとう、ありがとう」
金さんは、何度も何度も女房にお礼を言いました。
「それでね、おまえさん」
「なんだ」
「この三十三両なんだけど、三年経っても役所に落とし主が現れないから、もうあたしらの物になったんだよ。あたしらが使っていいんだよ。どう使おうかね?」
「うーん、そうだな。こんな大金そうそう使い切れるもんじゃねぇが、まあ、まずはこの店を大きくしてみるか」
「そりゃあいい。これだけお金があれば新しい商売も始められるし、人でだって雇える。繁盛間違いなしだよ。お盆を前に、めでたい話じゃないか。そうだ、あんた、せっかくだから、今夜はお酒でも呑んだらどうだい?」
「なに? 酒? 酒なんてもう三年も呑んでないんだぞ?」
「いいじゃないか。あんたもここまでがむしゃらに働いてきたんだし。たまには呑んでもバチは当たらないさ」
「そうか……そうだな。よし、今夜は特別だ。パーッと行くか」
「そうこなくちゃ。……あ、でも、どうしよう? よく考えたら、今うちには酒なんてありゃしないよ。この時間じゃ、もう酒屋も開いてないだろうし……」
「いや大丈夫だ。酒屋のヤツとは昔馴染みだ。もし寝てても、無理矢理起こしてやる。なあに、こっちにはこの大金がある。一番上等の酒を買ってやりゃ、文句も言わねぇだろ。じゃあ、ちょっくら出掛けてくるわ」
「はいよ、気を付けて行ってらっしゃい」
金さんは夜の街に出かけて行きました。
金さんは酒屋に向かいながら、女房への感謝を
「――しかし、うちのおっかあはできた女房だね。あいつがいなけりゃ、今ごろ人の道を踏み外していたところだよ。あいつのおかげで自分の店を持てて、こうして大金を手にすることができたんだ。どれだけ感謝してもし足りねぇや。……さて、酒屋に着いたね。おおい、俺だ、金三だ。夜中にすまねぇが、開けてくれないか、おおい。……お? 出てきた出てきた。こんな時間に悪いね、酒をくんな。なに? 酒はやめたはずだって? まあそうなんが、今夜はちょっと祝い事があってね。一番上等の酒を頼むわ。いくらだい? 三両? そりゃ随分と良い酒だね。いやいいんだ。金はあるからよ。ほれ、三両。へへ。実はちょっと特別な収入があってな。それじゃあ邪魔したな。おやすみ」
酒を買った金さんはうちへ帰りました。家では女房が酒の肴にと金さんの好物の料理をこしらえて待っておりました。
こうしてこの夜、金さんは三年ぶりに酒を呑むと、気分よくぐっすりと眠りました。
金三 大字粗戸/金三の店 第1097日/23時03分18秒
それからというもの、金さんは大好きな酒をぴたりと断って真面目に働くようになりました。朝は早くから出かけて魚を仕入れ、夜まで村々の集落を売り歩きます。そうなると元々商売の才能はありますから、たちまちお金は貯まり、すぐに貧乏暮しとはおさらば。三年も経つ頃には大字粗戸の商店街の表通りに、小さいながらも立派なお店を開くことができました。
「――ああ、静かな夜だねぇ。
(※中略)
じゃあ、ちょっくら出掛けてくるわ」
「はいよ、気を付けて行ってらっしゃい」
金さんは夜の街に出かけて行きました。
「――しかし、うちのおっかあはできた女房だね。あいつがいなけりゃ、今ごろ人の道を踏み外していたところだよ。あいつのおかげで自分の店を持てて、こうして大金を手にすることができたんだ。どれだけ感謝してもし足りねぇや。俺みてぇなどうしようもない男が、あんなできた女房を持つことができたのは、きっと神様のおかげだな。そうだ。女房だけでなく、神様にもお礼を言わなくちゃ。といっても、さすがにこの時間に教会へ行くのは迷惑だろう。よし。
眞魚岩というのは村の中央にある大きな三角錐の岩で、村人の信仰の対象となっているものです。金さんは眞魚岩に寄ると、神様に感謝の祈りをささげ、それから改めて酒屋へ向かいました。
「さて、酒屋に着いたね。おおい、俺だ、金三だ。夜中にすまねぇが、開けてくれないか、おおい。……お? 出てきた出てきた。こんな時間に悪いね。酒をくんな。なに? 酒はやめたはずだって? まあそうなんが、今夜はちょっと祝い事があってね。一番上等の酒を頼むわ。いくらだい? 三両? そりゃ随分と良い酒だね。いやいいんだ。金はあるからよ。ええっと……あれ? 財布が無いぞ? まさか、また夢だったか? いや、こちとら立ったまま夢を見るほど器用じゃねえぞ。さてはどこかに落としたか? こりゃ弱ったな。……まあいいか。いや、こっちの話だ。すまねぇが、財布を落としたみたいだから、一番上等の酒はなしだ。一番安いのを貰おう。まあそう文句を言うな。今度あらためて買いに来るからよ。ええっと、十六文か。こりゃまたずいぶんと安い酒だね。まあそれくらいなら持ち合わせがあるから助かったよ。ほら、間違いなく十六文だ。一文だって誤魔化したりしねぇ。それじゃあ、邪魔したな。おやすみ」
こうして一番安い酒を買った金さんは、そのままうちへ帰りました。
金三 大字粗戸/金三の店 後日/0時13分33秒
家に帰った金さん。上等な酒を買うと言っていたのに持って帰って来たのは安い酒。女房は不思議そうに首を傾けます。
「おかえりあんた。どうしたんだい? ずいぶん安い酒を買って来たね? 一番上等の酒を買うんじゃなかったのかい?」
「ああ。そのつもりだったんだが、どうやら金を落としたみたいなんだ。酒屋に行く前に眞魚岩にお参りに行ったから、その時だと思うんだが」
「なんだって? そりゃ大変じゃないか。よく探したのかい?」
「いや、探してない。いいんだ。元々あの金は拾いモンだ。落とし主に返したと思えばいい。それに、俺は思うんだ。あの三十三両は、俺たちにお金の価値以上に大切な物を与えてくれた。あの金のおかげで俺たちは幸せになれた。それで充分じゃねぇか」
「そうかい? まあ、お前さんがそう言うならあたしもいいけど……そうだね。眞魚岩で落としたんだったら、ひょっとしたらあのお金は、元々神様の物だったのかもしれないね」
「ああ、そうかもしれねぇな」
「じゃあ、お金はすっぱり諦めて、さっそく呑もうかね」
女房は金さんのために作った料理を並べ、
「ああ。懐かしいね、この安っぽいにおい。酒はやっぱり安物に限るね。俺なんかには上品な酒は似合いやしない。さて、三年ぶりの酒だ。ひょっとしたら、ひとくち飲んだだけで酔っぱらっちまうかもしれねぇな……いや、だが、待てよ」
金さんは酒で満たされた盃を一旦口へ運ぼうとしましたが、途中でやめ、畳の上に置きました。
女房は首をかしげます。
「おや? お前さんどうしたんだい?」
「よそう。またやり直しになるといけねぇ」