マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム   作:下城米雪

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第21話 切り抜きミーコ

『にゃっほろ~!』

 

 午後八時、今宵もミーコは配信を始めた。

 

:初見

:コラボから

:初っ端からテンション高くて草

:切り抜きから来ました

 

 ミーコ学園の生徒数は一晩で倍増した。

 このため、コメント欄には「初見」をアピールする内容が多い。

 

 普段のミーコならば過剰に反応するところである。

 しかし今宵のミーコは、その全てを無視して言った。

 

『生徒諸君、見てこれ。おもしろいよ』

 

 体温計の画像が表示される。

 そこには39.2度と記されていた。

 

『最初見たとき体重かと思った。ウケる』

 

:寝ろw

:かわいい

:いやわろてる場合か?

 

『頭ふわふわする~』

 

:大丈夫?

:休め。声カサカサやんけ

:ミーコ無理しないで

 

 心配するコメントが多く投稿された。

 ミーコはそれをじーっと見る。ひとつ、目に留まった。

 

『……無理しないで』

 

 それは、ある種の定型文。

 ミーコの体調を気遣った人が、特に深く考えず選んだ言葉である。

 

『それ、なんか、やだ』

 

 ミーコもまた、何も考えていない。

 高熱が思考を鈍らせ、頭に浮かんだ言葉がそのまま口に出ている。

 

『心配してくれてることは分かるよ』

 

 ふわふわした声。

 普段とは違う様子で、彼女は言う。

 

『でも、無理は、やだ』

 

 それは、できない、という意味だから。

 

『ミーコには、そうじゃなくて……』

 

 信じて欲しい。

 

『がんばれ』

 

 できるよ。

 

『……って、言って欲しい』

 

 バーチャルのアバターは本人の動きを反映する。

 今のミーコは体調不良の影響を受け、俯きがちだった。

 

 初めて、まともに顔をあげた。

 可愛らしい猫耳少女は、視聴者を真っ直ぐに見つめ、応援を求めた。

 

 絶妙な表情と声色。

 数人の視聴者は、一瞬、確かに心を奪われた。

 

:がんばれ!

:かわいい

:いやいや休めよ

:がんばれ~!

 

 今の視聴者数は千人を超えている。

 当然すべての感想が一致することはない。

 だが、心配する声よりも、応援する声の方が多かった。

 

『えへへ、ありがと~、がんばる~』

 

 ミーコは嬉しそうに返事をした。

 その後、ゆらゆらと左右に揺れる。

 

:かわいい

:うっきうき

:ぴこぴこ動く耳かわいすぎん?

 

 そのまま十秒ほど経過した。

 

『……あれ、今日なに話すんだっけ?』

 

:草

:かわいい

:今日これ大丈夫か?

 

『コメント読む~!』

 

 ミーコは頭がふわふわしていた。

 

『わ~、なんかメッチャ多い! なんでー?』

 

 毎秒、2件か3件のコメントが投稿されている。

 トップレベルの配信者と比べれば大した数字ではない。しかし、個人勢かつ活動歴が一ヵ月程度というミーコの属性を考えれば、驚異的な数字である。

 

 これまで彼女は「全てのコメントを読むことが当たり前」だった。しかし現在は、体調不良の影響もあり、読み切れない。読むスピードよりも投稿されるスピードの方が速いからだ。その状況に圧倒されながら、彼女は感想を述べる。

 

『……これが39.2度の視界。残像しか見えねぇ』

 

:がんばれ!

:ふっ、このコメントが見えるかな?

:ぬるぽ

 

『がっ』

 

:バカな!?

:ダメージボイス助かる

:今の咳?

:かわいい

 

『なんか初見の人が多いかも?

 ……おー、留学から来てくれたのか』

 

:留学?

:※先日のコラボ配信です

 

『あ、そっか、知らない人もいるのか。

 説明ありがと。留学は、真希さんとやったコラボ配信のことだよ~』

 

:なるほど

:面白かった!

:そこから来ました

:初見

 

『ヌヒヒッ、新入生たくさん。嬉しい~』

 

:かわいい

:俺は新入生だったのか

:おぅ後輩ども、焼きそばパン買って来いよ

 

『初めてのミーコどうですか?』

 

:かわいい!

:コラボの時と全然印象違う

:普通に喋ってて草

 

『あはは、普通に喋ってて草とか言われちゃった。喋るわ!』

 

 頭がふわふわしたまま、がんばってコメントを拾う。

 特に意図したわけではないけれど、いわゆる雑談配信の形になっていた。

 

『切り抜きからの人、多いね。

 どれくらい居るのかな? 挙手~!』

 

:ノ

:ノノ

:ノノ

:ノノノノ

 

『わっ、いっぱい。すご~!

 え~、昨日の切り抜き? 何か面白い動画あったの?』

 

:炬燵から

:オススメに出たので

:炬燵から

:炬燵!

 

『ヌヒヒッ、お兄ちゃんの炬燵大人気だ~』

 

 そのまま二分ほど会話が続き。

 

『決めた~!』

 

:なんだなんだ?

:今日のミーコなんか幼いな

:声が溶けてる

:かわいい

 

『じゃーん! ミーコの自己紹介動画だよ!

 こほん。生徒諸君、こちらの動画は必修ですぞ。

 

 ……あはは、ですぞ。

 なにそれ。おもしろ~!』

 

:かわいい

:今日これ大丈夫かマジで

:酔っぱらってんのかよw

 

『酔っぱらってない。

 ミーコ学園は飲酒厳禁です』

 

:はい

:急に冷静になるやん

 

『再生するよ~!』

 

 再生した。

 終わった。

 

『どうだった?』

 

 ミーコが視聴者に問いかけると、次々とコメントが投稿された。

 初見組と古参組。今来た人。多くの視点が混在するコメントには統一感が無い。

 

『ばらばら~』

 

 ミーコは楽し気に笑った。

 

『自己紹介、今と変わってること多かったね~』

 

 そして過去を懐かしむかのように語り始める。

 

『最初の配信は十一時だったけど、今は八時くらい。

 早起き続けてたら慣れちゃった! ミーコえらい!』

 

:早起きとは

:かわいい

:早朝(日没)

:配信は毎日?

 

『配信は毎日? そうだよ。毎日~!』

 

:かわいい

:助かる

:ぴこぴこ耳ほんと可愛い

 

『39.2度でも決行~!』

 

:つよい

:それは休んどけマジで

:あの猫は何なんだよ

 

『あの猫はミーコの手書きだよ。

 ヌヒヒッ、我ながらセンスある~!

 

 でもミーコの目標は生徒数百万人。

 流石にちょっとカリスマが足りなかった。

 

 だからお兄ちゃんに相談したよ。

 そしたら、むしゃピョコさんを紹介された!』

 

 ミーコは宝物を紹介するようにして過去を語る。

 それは、ほんの一ヵ月前に起きた出来事。だけど、それ以前の十年間よりも多くの思い出が詰まった出来事。

 

『結局ミーコは千人達成できなかった。

 だけど……えっと……これだ! これ見よ~!』

 

 ミーコは新たな動画を開いた。

 それは「魂も知らない肉体」を生み出すきっかけとなった動画である。

 

『再生するよ~!』

 

 ミーコにとっては二度目の視聴。

 一度目は様々な感情を制御できず、しばらく沈黙した後に絶叫した。

 

 今は、頭がふわふわしている。

 しかし動画の内容は不思議な程にハッキリと理解できた。

 

 ――お兄ちゃんみたいになりたい。

 

 それはまるで、過去の自分からのメッセージだった。

 

 ――お兄ちゃんの幸せを優先してもいいんだよって伝えたい。

 

 とても短い言葉。ほんの数秒の声。

 だけど、彼女に伝わる情報量は、あまりにも膨大だった。

 

 あっという間に許容量を超え、瞳から溢れ出る。

 彼女は涙を拭わずに、真剣な表情で動画を見続けた。

 

「……」

 

 息を止め、ぎゅっと胸を握る。

 そして一生懸命に感情を抑え込んだ。

 

 だって、今は配信中だから。

 この感情を自由にさせたら、何も言えなくなりそうだから。

 

『と、いうわけで!』

 

 動画が終わった直後、ミーコは叫ぶ。

 

『ミーコ学園に百万人の生徒を集めるため、今日も元気に配信するよ!

 そうだ。まだ入学……じゃなくて、チャンネル登録してない人、忘れずに!』

 

:入学しました

:これは入学せざるを得ない

:何か貰えますか?

:入学した

 

『入学ありがと~! どんどん増える~! 嬉しい~!

 ……何か貰えますか? ……え、なんだろ。生徒手帳とか?

 あとでお兄ちゃんに相談してみる! だからまず入学してね!』

 

:出た。超有能お兄ちゃん

:お兄ちゃん何者なんだよマジで

:きゃ~! お兄様~! 素敵~!

 

「……」

 

 彼女の目に、なんとなく覚えのあるコメントが映った。

 一瞬、あっ、と口が開く。それを笑みに変えて、ミーコとして発言する。

 

『ミーコが魂だけだった頃の話させて』

 

:魂だけw

:いいよ

:気になる

:気になってたやつだ

 

『ミーコ、最初はユラティブで配信してた。

 深夜の三時とかそんな時間なんだけど、いっつも同じ人が来てくれたんだよ。

 

 人数は四人だから、ミーコは勝手に四天王って呼んでる。

 本当に、ほんっと~に! いっぱい、相談とか、いろいろ……』

 

 ミーコは画面の向こう側に向かって問いかける。

 

『今も見てくれてるよね?』

 

 それを知る手段は無い。

 ただ、なんとなく、見守ってくれているような気がする。

 

 だから伝えることにした。

 それは、昨夜は言えなかったこと。

 

『ありがと。大好き。

 ミーコ、もっともっと頑張るからね』

 

 ミーコは居るかどうかも分からない四人に向けて、その言葉を口にした。

 当然、残る数千人の視聴者には何も伝わらない。ミーコが直ぐに話題を切り替えたこともあり、その短い言葉は、たった四人の記憶にしか残らなかった。

 

 四人にだけ、一生忘れられない言葉として伝わった。

 

『そうだ。夜の八時だけじゃなくて、深夜の三時くらいにも配信することにしたよ。ヒキニートのゴールデンタイムです。明日を諦めた人だけ来るように』

 

:草

:まさかの二回行動

:いつ寝てるのw

:パワーワード多すぎん?

:流石にその時間は厳しい

 

 その後も配信は続く。

 最終的に、一時間ほど雑談を続けた。

 

 ミーコの視聴者数は飛躍的に増えている。

 だけどそれは、あの頃の四人とはまるで違う。

 

 ほとんどが、ただの暇つぶし。

 今日ミーコが発言した内容など明日には忘れていることだろう。

 

 ミーコは増やさなければならない。

 その数は十人でも百人でも全く足りない。

 

 少なくとも今の視聴者数と同じくらい。

 学校ひとつでは足りない数の生徒達(ファン)に、四天王以上の熱量を与える必要がある。

 

 方法なんて誰にも分らない。

 ミーコの兄でさえも答えることはできない。

 

 一歩ずつ、進むだけ。

 先の見えない暗闇を歩き続けるだけ。

 

 今の彼女には、それができる。

 どれだけ歩みが遅くとも、前に。前に。

 

 

 

 ――ところで。現在の視聴者数は、およそ三千人である。

 コラボ配信が話題になったことを考慮しても、この数は多過ぎる。

 

 その数字の裏には、とある秘密があるのだった。




※配信中に他人の著作物を映す行為は法律違反です。
※事前に許可を得るか、予めミーコと動画主のような関係を築きましょう。
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