マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム 作:下城米雪
『にゃっほろ~!』
午後八時、今宵もミーコは配信を始めた。
:初見
:コラボから
:初っ端からテンション高くて草
:切り抜きから来ました
ミーコ学園の生徒数は一晩で倍増した。
このため、コメント欄には「初見」をアピールする内容が多い。
普段のミーコならば過剰に反応するところである。
しかし今宵のミーコは、その全てを無視して言った。
『生徒諸君、見てこれ。おもしろいよ』
体温計の画像が表示される。
そこには39.2度と記されていた。
『最初見たとき体重かと思った。ウケる』
:寝ろw
:かわいい
:いやわろてる場合か?
『頭ふわふわする~』
:大丈夫?
:休め。声カサカサやんけ
:ミーコ無理しないで
心配するコメントが多く投稿された。
ミーコはそれをじーっと見る。ひとつ、目に留まった。
『……無理しないで』
それは、ある種の定型文。
ミーコの体調を気遣った人が、特に深く考えず選んだ言葉である。
『それ、なんか、やだ』
ミーコもまた、何も考えていない。
高熱が思考を鈍らせ、頭に浮かんだ言葉がそのまま口に出ている。
『心配してくれてることは分かるよ』
ふわふわした声。
普段とは違う様子で、彼女は言う。
『でも、無理は、やだ』
それは、できない、という意味だから。
『ミーコには、そうじゃなくて……』
信じて欲しい。
『がんばれ』
できるよ。
『……って、言って欲しい』
バーチャルのアバターは本人の動きを反映する。
今のミーコは体調不良の影響を受け、俯きがちだった。
初めて、まともに顔をあげた。
可愛らしい猫耳少女は、視聴者を真っ直ぐに見つめ、応援を求めた。
絶妙な表情と声色。
数人の視聴者は、一瞬、確かに心を奪われた。
:がんばれ!
:かわいい
:いやいや休めよ
:がんばれ~!
今の視聴者数は千人を超えている。
当然すべての感想が一致することはない。
だが、心配する声よりも、応援する声の方が多かった。
『えへへ、ありがと~、がんばる~』
ミーコは嬉しそうに返事をした。
その後、ゆらゆらと左右に揺れる。
:かわいい
:うっきうき
:ぴこぴこ動く耳かわいすぎん?
そのまま十秒ほど経過した。
『……あれ、今日なに話すんだっけ?』
:草
:かわいい
:今日これ大丈夫か?
『コメント読む~!』
ミーコは頭がふわふわしていた。
『わ~、なんかメッチャ多い! なんでー?』
毎秒、2件か3件のコメントが投稿されている。
トップレベルの配信者と比べれば大した数字ではない。しかし、個人勢かつ活動歴が一ヵ月程度というミーコの属性を考えれば、驚異的な数字である。
これまで彼女は「全てのコメントを読むことが当たり前」だった。しかし現在は、体調不良の影響もあり、読み切れない。読むスピードよりも投稿されるスピードの方が速いからだ。その状況に圧倒されながら、彼女は感想を述べる。
『……これが39.2度の視界。残像しか見えねぇ』
:がんばれ!
:ふっ、このコメントが見えるかな?
:ぬるぽ
『がっ』
:バカな!?
:ダメージボイス助かる
:今の咳?
:かわいい
『なんか初見の人が多いかも?
……おー、留学から来てくれたのか』
:留学?
:※先日のコラボ配信です
『あ、そっか、知らない人もいるのか。
説明ありがと。留学は、真希さんとやったコラボ配信のことだよ~』
:なるほど
:面白かった!
:そこから来ました
:初見
『ヌヒヒッ、新入生たくさん。嬉しい~』
:かわいい
:俺は新入生だったのか
:おぅ後輩ども、焼きそばパン買って来いよ
『初めてのミーコどうですか?』
:かわいい!
:コラボの時と全然印象違う
:普通に喋ってて草
『あはは、普通に喋ってて草とか言われちゃった。喋るわ!』
頭がふわふわしたまま、がんばってコメントを拾う。
特に意図したわけではないけれど、いわゆる雑談配信の形になっていた。
『切り抜きからの人、多いね。
どれくらい居るのかな? 挙手~!』
:ノ
:ノノ
:ノノ
:ノノノノ
『わっ、いっぱい。すご~!
え~、昨日の切り抜き? 何か面白い動画あったの?』
:炬燵から
:オススメに出たので
:炬燵から
:炬燵!
『ヌヒヒッ、お兄ちゃんの炬燵大人気だ~』
そのまま二分ほど会話が続き。
『決めた~!』
:なんだなんだ?
:今日のミーコなんか幼いな
:声が溶けてる
:かわいい
『じゃーん! ミーコの自己紹介動画だよ!
こほん。生徒諸君、こちらの動画は必修ですぞ。
……あはは、ですぞ。
なにそれ。おもしろ~!』
:かわいい
:今日これ大丈夫かマジで
:酔っぱらってんのかよw
『酔っぱらってない。
ミーコ学園は飲酒厳禁です』
:はい
:急に冷静になるやん
『再生するよ~!』
再生した。
終わった。
『どうだった?』
ミーコが視聴者に問いかけると、次々とコメントが投稿された。
初見組と古参組。今来た人。多くの視点が混在するコメントには統一感が無い。
『ばらばら~』
ミーコは楽し気に笑った。
『自己紹介、今と変わってること多かったね~』
そして過去を懐かしむかのように語り始める。
『最初の配信は十一時だったけど、今は八時くらい。
早起き続けてたら慣れちゃった! ミーコえらい!』
:早起きとは
:かわいい
:早朝(日没)
:配信は毎日?
『配信は毎日? そうだよ。毎日~!』
:かわいい
:助かる
:ぴこぴこ耳ほんと可愛い
『39.2度でも決行~!』
:つよい
:それは休んどけマジで
:あの猫は何なんだよ
『あの猫はミーコの手書きだよ。
ヌヒヒッ、我ながらセンスある~!
でもミーコの目標は生徒数百万人。
流石にちょっとカリスマが足りなかった。
だからお兄ちゃんに相談したよ。
そしたら、むしゃピョコさんを紹介された!』
ミーコは宝物を紹介するようにして過去を語る。
それは、ほんの一ヵ月前に起きた出来事。だけど、それ以前の十年間よりも多くの思い出が詰まった出来事。
『結局ミーコは千人達成できなかった。
だけど……えっと……これだ! これ見よ~!』
ミーコは新たな動画を開いた。
それは「魂も知らない肉体」を生み出すきっかけとなった動画である。
『再生するよ~!』
ミーコにとっては二度目の視聴。
一度目は様々な感情を制御できず、しばらく沈黙した後に絶叫した。
今は、頭がふわふわしている。
しかし動画の内容は不思議な程にハッキリと理解できた。
――お兄ちゃんみたいになりたい。
それはまるで、過去の自分からのメッセージだった。
――お兄ちゃんの幸せを優先してもいいんだよって伝えたい。
とても短い言葉。ほんの数秒の声。
だけど、彼女に伝わる情報量は、あまりにも膨大だった。
あっという間に許容量を超え、瞳から溢れ出る。
彼女は涙を拭わずに、真剣な表情で動画を見続けた。
「……」
息を止め、ぎゅっと胸を握る。
そして一生懸命に感情を抑え込んだ。
だって、今は配信中だから。
この感情を自由にさせたら、何も言えなくなりそうだから。
『と、いうわけで!』
動画が終わった直後、ミーコは叫ぶ。
『ミーコ学園に百万人の生徒を集めるため、今日も元気に配信するよ!
そうだ。まだ入学……じゃなくて、チャンネル登録してない人、忘れずに!』
:入学しました
:これは入学せざるを得ない
:何か貰えますか?
:入学した
『入学ありがと~! どんどん増える~! 嬉しい~!
……何か貰えますか? ……え、なんだろ。生徒手帳とか?
あとでお兄ちゃんに相談してみる! だからまず入学してね!』
:出た。超有能お兄ちゃん
:お兄ちゃん何者なんだよマジで
:きゃ~! お兄様~! 素敵~!
「……」
彼女の目に、なんとなく覚えのあるコメントが映った。
一瞬、あっ、と口が開く。それを笑みに変えて、ミーコとして発言する。
『ミーコが魂だけだった頃の話させて』
:魂だけw
:いいよ
:気になる
:気になってたやつだ
『ミーコ、最初はユラティブで配信してた。
深夜の三時とかそんな時間なんだけど、いっつも同じ人が来てくれたんだよ。
人数は四人だから、ミーコは勝手に四天王って呼んでる。
本当に、ほんっと~に! いっぱい、相談とか、いろいろ……』
ミーコは画面の向こう側に向かって問いかける。
『今も見てくれてるよね?』
それを知る手段は無い。
ただ、なんとなく、見守ってくれているような気がする。
だから伝えることにした。
それは、昨夜は言えなかったこと。
『ありがと。大好き。
ミーコ、もっともっと頑張るからね』
ミーコは居るかどうかも分からない四人に向けて、その言葉を口にした。
当然、残る数千人の視聴者には何も伝わらない。ミーコが直ぐに話題を切り替えたこともあり、その短い言葉は、たった四人の記憶にしか残らなかった。
四人にだけ、一生忘れられない言葉として伝わった。
『そうだ。夜の八時だけじゃなくて、深夜の三時くらいにも配信することにしたよ。ヒキニートのゴールデンタイムです。明日を諦めた人だけ来るように』
:草
:まさかの二回行動
:いつ寝てるのw
:パワーワード多すぎん?
:流石にその時間は厳しい
その後も配信は続く。
最終的に、一時間ほど雑談を続けた。
ミーコの視聴者数は飛躍的に増えている。
だけどそれは、あの頃の四人とはまるで違う。
ほとんどが、ただの暇つぶし。
今日ミーコが発言した内容など明日には忘れていることだろう。
ミーコは増やさなければならない。
その数は十人でも百人でも全く足りない。
少なくとも今の視聴者数と同じくらい。
学校ひとつでは足りない数の
方法なんて誰にも分らない。
ミーコの兄でさえも答えることはできない。
一歩ずつ、進むだけ。
先の見えない暗闇を歩き続けるだけ。
今の彼女には、それができる。
どれだけ歩みが遅くとも、前に。前に。
――ところで。現在の視聴者数は、およそ三千人である。
コラボ配信が話題になったことを考慮しても、この数は多過ぎる。
その数字の裏には、とある秘密があるのだった。
※配信中に他人の著作物を映す行為は法律違反です。
※事前に許可を得るか、予めミーコと動画主のような関係を築きましょう。