マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム 作:下城米雪
その日、私は高熱にうなされていた。
もちろん予定なんか無い。一日中家に居るだけ。
だけど、苦しい。
普段は無為に過ぎるだけの時間なのに、その時ばかりは一秒一秒が身に染みた。
苦しいと、頭が回る。
余計な思考が止まらない。
無になりたい。
消え去りたい。
なんで私ばっかり。
なんで、なんで、なんでなんでなんで。
――トン、トン。
パタ、タ、タッ、タッ。
すー、ぴた。
べたり。べたり。
「起きられるか?」
声が聞こえた。
数秒遅れて、顔を上げた。
誰だっけ。
ああ、兄だ。
……なんで?
そっか。部屋に。
それから、私の額に触れたのか。
「…………」
涙が出た。
なんか、止まらなかった。
あんまりにもみじめだから。
自分のことが嫌で嫌で仕方がないから。
私は「彼」の負担になっている。
私は彼の足を引っ張り続けている。
彼だけじゃない。
関わる人、全部。
私は誰からも必要とされていない。
みんな、私なんか消えた方が良いと思ってる。
私自身が一番そう思ってる。
じゃあなんで生きてるの?
分かんないよそんなの。でも……。
でも、なんか、悔しいじゃんか。
ずっと、ずっと、ずっとずっと嫌なことばっかり。
何も悪いことしてないのに。
何も……ただ、生きてるだけなのに。
じゃあ、どうする?
どうすればいいの?
わかんない。
そんなの、分かるわけないじゃんか。
「……あぅ」
なんか、乗った。顔に。
なんだろ。触ってみよう。
手に力を込める。
重い。しんどい。
届いた。触れた。大変だった。
今の私にとってそれはフルマラソン級の重労働だった。
(……ひんやり)
なんだろこれ。
持ち上げてから薄目で見る。
(……おしぼり、かな?)
なんで急に?
(……ああ、そっか、彼だ)
おしぼりを鼻と口の間に落とす。
そして目を開けたまま彼の方を見た。
(……大人っぽい)
最初の感想は、それだった。
こんな距離で彼の顔を見ることが久々過ぎたせいか、そんな風に思った。
「…………なん、で?」
なんで部屋に居るの?
そんなの看病しに来てくれたからに決まってる。だけど、そうじゃなくて……私が聞きたいのは、知りたいのは、そうじゃなくて……。
(……あれ?)
ぼんやりとした視界に映る彼の顔。
その目に、きらりと光る何かが見えた。
分からなかった。
どうして彼が私を見て泣くのだろう。
ただの涙ならば何も思わない。
あくびを我慢したのかなとか、多分その程度だ。
でも、これは違う。
この表情は、なんなのだろう。
彼は、何を考えているのだろう。
苦しい。辛い。分からない。
その感情が、一時だけ「知りたい」に変わった。
「……何か」
ぽつり。彼は声を震わせて言った。
「何か、やりたいこと、ある?」
不思議な問いかけに思えた。
普通、こういう時は「やって欲しいこと」を問いかけるものだ。
「……」
なんとなく、手を伸ばす。
彼の涙に触れてみたくなった。
その手を掴まれる。
そういうことじゃない。
でも、なんか、心地よい。
大きな手。とても温かくて、少し震えてる。
……やりたい、こと。
なんだろう。
そんなの考えたことない。
将来の夢。昔はあったのかな。
でも、そんなの……もう無理だよ。
今さら遅いよ。
何もかも手遅れだよ。
失った時間は二度と取り戻せない。
だから、ずっと、このまま、みじめに……。
「……っ」
思い切り息を吸い込んだ。
彼の手から伝わる熱が、ずっとずっと忘れていた何かを思い出させてくれた。
なんだよ。この人生。
なんにもない。
嬉しいこと、楽しいこと、なんにもない。
要らない。こんなの。
今すぐ終わりにしたい。
私だって、もっと……。
「……ちやほや、されたい」
その声を聴いて驚いた。
自分の口からこんな言葉が出るなんて思わなかった。
「楽しいこと、したい」
きっと高熱のせいだ。
温かくて、頭がふわふわしているからだ。
「私だって、もっと……」
やりたいこと。
狭い部屋の中、ずっと願い続けていたこと。
叶うわけがないと諦めていたこと。
いつの間にか考えることすらもやめていたこと。
「普通に、生きたいよぅ……」
朝起きて学校に行く。
友達と喋って部活をする。
おうちに帰って、家族と会話して、また朝が来る。
なんで、こんなにも難しいの?
大金が欲しいわけじゃない。
お姫様になりたいわけでもない。
ただ、ただ、普通になりたい。
みんなが当たり前に生きてる場所に混ざりたい。
どうして、私の居場所は無いの?
「……」
彼が、息を吸い込んだ。
はじめに鼻をすする音がして、次に声が聞こえた。
「八通り、方法がある」
「……すごぉ」
びっくりだよ。
一個だけでも奇跡だよ。
「聴くか?」
「……きくぅ」
彼は一生懸命に説明を始めた。
その話は難しくて、一割も理解できなかった。
だけど、ずっと聴き続けたいと思った。
私を見る目が温かくて、声が優しくて、嬉しくなった。
私、お荷物だよ?
どうして捨てないの?
どうして、そんなに一生懸命になってくれるの?
(……あっつぅ)
顔とか、体とか、全部。
全身から湯気が出るんじゃないかと思うくらいに、あつい。
「ひとつ重要なことがある」
彼は言う。
「全部、――次第だ」
名前を呼ばれた。
最初、それが自分の名前だと分からないくらい久しぶりの出来事だった。
「……私が」
声を出した。
彼は目を見開いて、私を見た。
その反応が面白くて、笑ってしまった。
直ぐに罰が当たる。私はケホケホした。
「大丈夫か?」
心配そうな顔が妙に面白くて、またむせた。
笑いと咳が混ざって、なんかもう、おかしかった。
ああ、そうだよ。そうだった。
なんでこんな大事なことに気が付かなかったんだろう。
この熱は……このぬくもりは、ずっと傍にあった。
お兄ちゃんは、一度だって私を捨てようとしなかった。
「……やりたい」
――覚えてる。
この先ずっと、絶対に忘れない。
「……がんばって、みたい」
この時、思ったんだ。
「……できるかな?」
貰ったもの、全部、返したい。
貰っていたことに気が付いたから。気が付けたから。
――だから、始めることにした。
人生にリセットボタンなんてない。
だけど、多分きっと、いくつも裏技がある。
私にとっては、バーチャルだった。
ミーコに転生する。弱いままでも、新しい自分を始めることができる。
ニューゲーム。
この日、決めた。
体が溶けそうな程の高熱。
それを感じたまま、お兄ちゃんのことをケホケホと笑いながら、決意した。
だから、私は――
「休憩おわり!」
椅子から降りて、兄に背を向ける。
そのまま振り返らずに部屋へと向かった。