マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム   作:下城米雪

35 / 68
第28話 RTAチャレンジ 2

『うぃ~』

 

 午後8時5分頃。

 新見真希の配信が始まった。

 

 今宵の衣装は桃色のハッピと黒いグラサン。

 手には「ミーコ♡ 入こた♡ しよ♡」と書かれた団扇を持っている。

 

:声と見た目が不一致で草

:涎が足りない

 

 ごきげんな見た目とは裏腹に真希のテンションは低い。

 実際、視聴者からも困惑したようなコメントが投稿された。真希はコメントを黙読しながら、アバターではなく肉体の腹部に両手を当て、心の中で呟いた。

 

(胃が痛ぇぇぇ)

 

 Vtuber界隈は飽和している。市場は有名な箱や古参による寡占状態であり、新人が入り込む隙間は針の孔の如く小さい。また、視聴者がキャストに求めるクオリティも日に日に大きくなっている。数年前なら「期待の新人」と呼べるレベルでも、現代では「凡人」という評価を受けてしまうことだろう。

 

 もちろん「期待」の基準は十人十色である。

 ただ、真希にとってミーコの登場はビッグバンみたいな出来事だった。

 

 普段は程々に紹介して静観する。

 しかし今回はがっっっっっっつり介入した。

 

 責任重大。

 胃痛甚大。

 

 真希は人間らしい感情を胸のうちに隠して、配信者として喋り始める。

 

『今こたつの気持ちになってる』

 

:こたつの気持ちwwww

:^q^

:ここ数日の真希ガチきしょくてすこ

:ところで「入こた」って何?

 

『入こた?

 普通に入婚のこたつバージョンだが?』

 

:普通とは

:草

:一緒にこたつ入ろう的な意味かと思った

:テンション低いと思ったら賢者タイムかよ

:涎まみれの賢者……触手……うっ

 

 真希は低いテンションのまま雑談を続けた。

 やがて胃痛が弱まったタイミングで本題に入る。

 

『ミーコの練習配信見た人おる?』

 

:見てない

:^q^

:仕事だった

 

 現在の視聴者数は千人弱。程々に投稿されるコメントのうち、九割は「見てない」という内容だった。

 

 真希は「見とけよボケが」と汚い言葉を口から出しかけて、ギリギリのタイミングで「見たよ」というコメントを見つけた。

 

:半端なかった

 

『おっ"、ちゃんと見てる子いるじゃんか~』

 

:おほ声助かる

:アーカイブ12時間で草

 

 流れるコメントの九割は真希が求めている内容ではない。しかし古参の彼女は取捨選択のプロであり、残りの一割を的確に見抜くことができる。

 

:最後の方、4分台安定してたよ。

 

『……えぁ?』

 

 

 *  *  *

 

 

『開会式~! 始まるよ~!』

 

 午後九時。

 ミーコの元気な声が響き渡る。

 

『……』

 

 ミーコのアバターが下を向いた。

 彼女は今、通話アプリのボタンを眺めている。

 

『……すぅぅぅぅ』

 

 深呼吸。

 

『……待って。待ってね』

 

 もっかい。

 

『……ひゃぁぁぁぁぁ』

 

:草

:そんなに?www

:惑星ゲームのプロと聞いて

:これ何してんの?

:かわいい

:気持ちは分かる

 

 直前に配信を行った真希からの誘導もあり、現在の視聴者数は千五百人程度となっている。しかし、その奇跡のような数字も全く気にならない。

 

 ミーコの全神経は、通話ボタンを押すという苦行に注がれている。

 

『……転がります』

 

:どゆこと

:転がる?

:また謎アニメーションか?

 

 ミーコのアバターが硬直した。

 

:止まった

:回線落ち?

:かわいい

:薄目助かる

 

『……ひゃぁぁぁぁぁ』

 

:なんか遠くて草

:転がるってそういうwww

 

 ミーコはベッドの上で転がった。

 枕を抱きしめ、右に左にコロコロする。

 

 決して遊んでいるわけではない。言うなれば、困難を乗り越えるための助走。新見真希という恐ろしい存在と向き合うため、ミーコはパワーをチャージしている。

 

 やがて彼女はクワッッと目を見開いた。

 体を起こし、パソコンに向かって偉大な一歩を踏み出す。

 

 しかしっ、そこに、ヌルッとした物!

 彼女はツルッと滑り、偉大な一歩は危険なダイブに早変わりした。

 

『~~~ッ!?』

 

 声にならない悲鳴。

 鈍い音。そして……ピッ。

 

:なんだ今の音

:こけた?

:忙し過ぎるwww

:大丈夫かな

 

『はいっ、あなたの真希です♡』

 

:!?

:!!?

:!?!?!?

 

『!?』

 

 声にならない悲鳴。彼女は高速で目をキョロキョロさせ、転んだ拍子に通話ボタンを押していたことに気が付いた。

 

 振り向き、恨めしい視線を床に向ける。

 そこには練習中に暑くなって脱ぎ捨てた服が落ちていた。

 

『バカぁ~!』

『えっ、はい、ありがとうございます!』

『!?』

 

:なんかよく分からんけど草

:わたくしには分かります

:ご褒美助かる

:www

:突然のお礼で草

:恐らく練習中に脱ぎ捨てた服を踏みつけたのでしょう

:!?

:^q^

:そして……いやコメントの勢い……ミーコ、大きくなりましたわね

:かわいい

 

 こうして愉快な開会式が始まった。

 真希はちいかわみたいになったミーコを良い感じにコントロールして、通話アプリ越しに企画の概要を説明した。

 

 そして、午後9時30分頃。

 数千人の暇人と数人のファンに見守られながら、ミーコの挑戦が始まる。

 

『RTAチャレンジ1日目!

 果たしてミーコは5分以内に太陽を作れるのか!?』

 

 真希が煽る。

 

『ミーコ♡

 今の心境は?』

 

『ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……』

『あははっ、犬みたいかわいい~』

 

:過呼吸じゃん……

:真希の発言全てが鬼畜で草

:妖怪に捕まった小動物の図

:少し時間あけた方が良くね?

 

 これは無理じゃないか?

 そんな雰囲気が漂う中、ミーコは深呼吸をした。

 

 すぅ、はぁ、という音がマイクに乗る。

 それから十秒ほどの沈黙を経て、ミーコは言う。

 

『……ぅ』

『はいっ! 行きます! とのことです! がんばれ~!』

 

:なんでわかるんだよ

:本当に言った?

:妖怪ちょっとうるさい

 

 視聴者からの真希に対する容赦ないツッコミ。

 しかし、ミーコは真希の宣言通りにゲームを開始した。

 

『あぇっ、あっ、タイマー開始です!』

 

 真希がRTA開始を告げる。

 一瞬の静寂。そして――

 

『おぁっ!? 初手連打!?』

 

 惑星ゲーム。

 通常のプレイでは左右に動きながら慎重に惑星を落とす。しかしミーコは微動だにせず、大量に惑星を降らせた。否、実際は微妙に揺れている。

 

 あっという間に盤面が半分ほど埋まった。

 その後、やっと通常のプレイが始まる。

 

『早い早い!

 とんでもないスピードです!』

 

 真希は実況でプレイを盛り上げる。特に何も考えていない。とりあえず無言の時間を作らないことだけを意識している。その声は、まるで早送りをしているかのような画面と絶妙にマッチしていた。

 

 タイマーが三分台を表示する。

 その直後、ミーコは言った。

 

『できたぁ~』

『おぇぇあぁあぁぁぅおぁ!?』

 

 ――この日、ミーコのRTAを見届けた視聴者は二千人弱。

 新人としては驚異的な数字だが、同時刻に配信している上位層には遠く及ばない。

 

 ただ、この配信を見届けた者達は思った。

 この配信以前からミーコを見守っている者達も、予感した。

 

 これから何か大きなことが起こる。

 そしてそれは、きっとRTAのような出来事に違いない。

 

 決して見逃せない。

 とても微かな……確かな期待感。

 

 ほとんどの視聴者が「初日で終わる」と思っていたRTAチャレンジは、二日目を迎えることになった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。