「許可無く見上げないでください。不愉快ですよ、小娘」
「ならば降りてきてください!一騎打ちです!」
機械の残骸の山の上にある、無数のケーブルが繋がる椅子の上に座るKeyと対峙するアリスは威勢よく言い返す。
そこにあるのは年頃の少女からは考えられない敵意と殺気だった。
「ふん、随分殺気立っているようですね」
「当然です。なにせ貴女に殺されてるのですから」
「腕を治してあげた恩を忘れるとは図々しいですね」
「その後に心臓取られましたが!?」
ああ言えばこう言うKeyに話すだけ無駄だと早々に諦めたアリスは、周囲を見渡す。
一面に広がるのは所々に機械的な明かりが灯る薄暗い空間。
地面にはケーブルが這っていて、適当に歩いていれば躓いて転びそうな足場の悪さだった。
「…ここは地獄という所でしょうか?ゲームオーバーになってまであなたと一緒なのは納得が行きませんが…せめて台パン程度の憂さ晴らしはさせてもらいます!」
Keyの座す残骸の山の上まで一気に駆け上がったアリスは、問答無用で拳を振るった。
対してKeyも立ち上がるとそれを迎え撃つ為に突きを繰り出し…アリスはその下をくぐって足元に拳を振り下ろす。
人間離れしたアリスの膂力による一撃は残骸の山を崩壊させ、一瞬Keyと共に落下する。
(最初から足場を狙っていたと)
「引っかかりましたね!」
崩れた残骸の山から地面に落下するまでのほんの僅かな時間。
アリスはKeyの足を掴むと、自分の身体ごと回した勢いでKeyを地面に叩き付けようとする。
踏ん張るものの無い空中故にされるがままにアリスに振り回されたKeyだが…地面に叩き付けられる直前に先に右手を地面に付けると、腕の力だけで地面との衝突の勢いを殺し、逆に片腕で倒立した体勢のまま脚を振ってアリスを投げ飛ばした。
「うわっ!?そんなのアリですか…!」
「本当に貴女はつまらないですね」
「あぐっ!?」
起き上がろうとするアリスをKeyは蹴り飛ばして地面に転がし、その上に腰掛けて押さえ付ける。
本来人間一人程度の体重がかかる程度の圧力ならば押しのけられるアリスだが、どういうわけか腰掛けるKeyをまるで振り落とす事が出来ず、骨がミシミシと嫌な音を立て始めた。
「ぐ、ぐぐぐ…うわーん!太り過ぎです!」
「度胸だけはありますね貴女…はぁ、ここは地獄などではありません。この私の生得領域です」
「生得…領域?ヒナが言っていたような…」
「言わば心の中ですね。つまり私達はまだ死んでいません。もし貴女が条件を飲むならば、心臓を治し生き返らせて差し上げましょう」
「むぅ…偉そうに、しないでください!あなただって死ぬのが怖いのでしょう!」
「事情が変わったのですよ。近い内に面白いものが見れると思いますよ」
「そんな、の…うぐぐ…〜〜〜っ!!」
アリスの上で楽しそうに笑うKeyに不快感を覚えたアリスはなんとか振り落とそうと身体を捻るも、やはり異常な圧力によって退かすことが出来ず、無様に暴れることしか出来なかった。
そんなアリスを見兼ねるたKeyは少しだけ掛けている力を弱め話しやすくなるようにした。
呼吸を荒くするアリスの顎に手を当て強引に顔を上に向けさせると、見えるように二本の指を見せる。
「ハァ…ハァ…なんですか…?」
「先程言った条件です。一つ目が”私が『Key闊』と唱えたら一分間身体の主導権を明け渡すこと”」
「ダジャレにしてはつまらな過ぎませんか?」
「黙りなさい。意味を孕んだ言の葉というものです。そして二つ目が”この約束を忘れること”」
「…駄目です!何が目的かは知りませんが、怪し過ぎます!今回のことでよく分かりました!貴女はまさに魔王、そんな存在に、二度と身体は渡しません!」
「はぁ…ではその一分間、誰も傷付けず殺さないと約束しましょう」
そう言い放つアリスにKeyはうざったいとでも言うような表情で面倒臭そうに条件を追加した。
しかし、それでもアリスは了承しない。
「そんなの、信じられる訳がありません!」
「信じる信じないの話ではありませんよ。これは
「…」
実際、Keyの力を利用しようとしてアリスは身体の主導権を取り戻す事に苦戦し、結果ヒナを傷付けて死に至ることになった。
文字通り身体でそれを理解しているからこそ、言葉を濁してしまう。
「…では、ホシノ先輩の時は?」
「あの時は私も入れ替わりたかった、貴女もあの娘に言われてやっただけ。利害の一致というものです。神秘に絡む契約と対価、覚えておきなさい」
「…分かり、ました。もう耐えられないので退いてください…そしてダイエットでもしてきてください」
「何故貴女は人を煽る時だけそんなに躊躇が無いのですか…そもそも今ここにいる私も魂という名のデータだけの存在。物理的な質量は持ち合わせていません。まあ飲むと言うのならば良いでしょう」
満足する答えを得られたからか、Keyはあっさりと立ち上がりアリスを自由にする。
アリスも立ち上がり、あちこちを擦りながら足腰の調子を確認すると…振り向き様にKeyの顔面を殴り飛ばした。
予想外の奇襲だった筈だが、吹っ飛んでなお空中で姿勢を制御して着地したKeyは鼻から垂れる血を拭い取るとアリスに冷たい視線を向けた。
「などと言うわけがありません!無条件で生き返らせてください!そもそもあなたのせいで死んだんですよ!」
「…もう良いです。ならば今から殺し合いをして小娘が勝ったら無条件で。私が勝ったら先程の条件で生き返る。これでもう文句はありませんね?」
「望むところです!勇者の力を見せて───」
次の瞬間、アリスは頭から分解されて即死した。
「おじさんさ〜、結構性格悪いんだよね〜」
「さっき自分で聖人と言っていたような気がしますが、知ってます」
「アヤネちゃん後でマジのお説教ね」
「マジのお説教…!?」
解剖室でセナが処置をしようと機器の起動やら薬液の準備をしている間、ホシノとアヤネは談話を交えてそれを待っていた。
ホシノは普段の気の抜けた適当さからは考えられない程声に不満と怒りが含まれていて、聞いているだけでアヤネは胃を痛め全身に冷や汗を滲ませている。
「人を導くなんて柄じゃない。そんな私がなんで後輩の世話を見てると思う?」
「…何故ですか?」
「私さ、夢があるんだ」
「夢…?」
「そ。アリスちゃんの件でも分かる通り上…連邦生徒会は魔窟。保身馬鹿、世襲馬鹿、高慢馬鹿、ただの馬鹿。腐ったミカンのバーゲンセール。そんな連邦生徒会を壊して、キヴォトスをリセットする」
「…」
その発言はどう考えても問題で、誰かに聞かれれば否応無しに思い処罰を課せられてもおかしくないような危険思想そのものと言える。
勿論ホシノを力づくで罰せられる者など少なくとも秩序側には存在しないが…何はともあれこの場には口の硬い身内しかいないのは幸いだろう。
「連中を皆殺しにして強引に改革を進めるのは簡単だけどさ、それじゃ変革は起きない。そんなやり方じゃきっと誰も着いてこないだろうね。だから私は、導くことを選んだんだ。強くて聡い仲間を育てることを。そんな訳で自分の任務を後輩に投げることだってある。これが愛の鞭って奴ね」
(それはただサボりたいだけでは…?)
「皆優秀だよ〜?特に三年の秤ちゃんと二年のクロコちゃんは。あの子達はきっと私に並ぶ」
(アリスちゃんも、その一人だったのになぁ…)
「ホシノさん達、今から施術を始めますが、ずっとそこで見ているつもりですか?あまり人に見られながら作業するのは得意では無いのですが」
「「…!」」
「?」
ホシノとアヤネに暗に退出を促すよう注意するセナだったが、自分の方を見た二人の表情が驚きに染まり、何事かと首を傾げる。
暫く互いに硬直していると、その視線がセナではなくその後ろを見ていることに気が付き、セナも後ろを振り向くと…
「…あ!装備が全ロスしています!」
「…」
そこでは、解剖の為に衣類を全て脱がされていたアリスが起き上がり、自分の身体の調子を確認していた。
何事も無かったかのように動き出したアリスの姿にホシノは目元を手で覆って口元に笑みを浮かべ、アヤネは驚愕に言葉にならない声を出す。
「あ、あ、あり、す、さん…」
「アヤネちゃん煩いよ」
「死体じゃ無かったのですね…少し残念です」
「あっ、その、せっかくですので生き返った時といえばのあれ言ってみてくれませんか?」
「はい?え〜…おお勇者よ、死んでしまうとは情けない…?」
「ははっ、セナも律儀に付き合う必要無いよ?さて…アリスちゃん」
「…!」
「おかえりなさい」
「…はいっ!ただいま、です!」
普段の調子の良い態度に戻ったホシノはアリスの側に歩み寄ると、ハイタッチを交わして無事を喜ぶのだった。
S.C.H.A.L.Eにある外の景色が良く見えるガラス張りの廊下を歩きながら、ホシノとセナは当面のアリスの扱いについて話し合っていた。
「面倒ですが、報告書も修正しないといけませんね」
「いや、まだこのままで良いよ。また狙われる前にアリスちゃんには最低限の力を付けてもらわないとね。セナ、悪いけど記録上はアリスちゃんはまだ死んだままにしといてね」
「…ではアリスさんを匿うつもりですか?」
「う〜ん、交流会には出させてあげたいかな」
「…それは何故ですか?」
セナからの質問に足を止めたホシノは「意地悪だなぁ」と呟くと、昔を懐かしむようにしながら思いの丈を口にする。
「若者から青春を取り上げるなんて許されない、何人たりともね」
「…ですね」
古い付き合いであるホシノとセナは、乾いた笑い声を上げて移動時間を誤魔化す。
もし、ここに…もう一人いてくれたならどれだけ良かったのかと思いながら。
(バイト人、ソラ。働き始めてから早三年、無遅刻無欠勤を続けてきた私ですが…私は今日。バイトをばっくれます)
D.U.の一角にあるなんの変哲もないファミレスで働く金髪のストレートロングヘアーの少女…ソラはごく自然に、しかしその雰囲気故に目立ちながら入店してきた四人組に対して言い様もない恐怖を感じ取り、バイト中であるにも関わらず帰宅の準備を始めていた。
(あの四人組…責任感強めだと自負する私でも抗えない生存本能が、あのテーブルに近付いたら死ぬと訴えかけてくる!)
そんなソラを気にも止めず…眼中に無いと言った方が正しい…そのテーブルに着いている頭に角の生えた赤髪の少女は水色の髪の少女と相談を交わしていた。
「それで…小鳥遊ホシノは私達が束になっても勝てないっていうの?」
「のらりくらりと逃げられるか、最悪は君達全員殺されるだろうね〜。殺すよりは、封印することに心血を注ぐことをおすすめするよ?」
「封印って、どうやって…」
「これ…特級遺物、”神名結晶”を使うの」
「し、神名結晶!?」
「あのテーブルの連中全然注文しないな。おい誰か急かして来い。何かよく分からない話もしてるし」
「すみません!私店辞めます!」
「あ!?おいコラ待て!」
いつまでもテーブルを占拠して話し合いを続けている四人組に苛立つ店主が店員達に声を掛けていたが、荷物をまとめ終わったソラは一目散に店を出ていってしまう。
慌てて呼び止めるも既に外の人混みに消えてしまい、戸惑う店主は仕方なく自ら例のテーブルへと向かった。
「そんな忌み物を持ってるなんてね…」
「ふふっ、アルちゃん強がってるけど、目にするだけでも怖いものかな?」
「つ、強がってなんかないわよ!」
「おいあいつらさっきからうるさいぞ」
「昼間から変な格好しちゃって…」
「あの角ゲヘナのじゃないか?嫌だなぁ」
「どっか行けよ…」
「…せません」
「…ハルカ、抑えて」
「許せませんっ!さっきからアル様の事を馬鹿にしてっ!」
「お客様!?店内では静かに…」
度重なる周囲からの陰口に、四人組の一人、黒衣の少女…ハルカが堪えきれなくなって爆発し、ショットガンを取り出す。
それを店主は制しようとするが───放たれた異常な威力のそれは、店主の上半身を吹き飛ばし、さらに射線上にいた複数の客も巻き込んで肉塊に変える。
「…」
「良いわよ、別に好きにやらせときなさい」
瞬間、店内は阿鼻叫喚に包まれる。
このキヴォトスで銃は筆記用具並に当然のように流通し、だれもが携帯して持ち運んでいる。
そして、街を歩けば銃撃戦に巻き込まれるのはザラだ。
しかしそんな無法がまかり通っているのは銃弾を受けたところで大事には至らないキヴォトスの住人特有の極まった耐久力があるからこそ。
しかし、もし日常的に飛び交っている銃弾、普段なら浴びても痛いで済むそれらの中に、キヴォトスの住人の耐久力をいとも容易く突破して死に至らしめるようなものが混ざっていたのならば…その混乱は推して知るべし。
人の死に戸惑い錯乱する者、我先にと逃げ出そうとする者、銃を手に取りそれを行った者に殺られるより先に殺ろうとする者。
「あんまり騒ぎは起こして欲しく無かったな〜」
「ならこれで良いでしょう。ハルカ、カヨコ。誰一人店の外に逃がさず消しなさい」
「アル様の仰せの通りにぃ!」
「はー…了解」
しかし、それら全ての騒乱を圧倒的な暴力がねじ伏せる。
立ち向かおうとする者はハルカが尋常ならざる耐久性と暴力性で鏖殺し、外に出ようとする者はダウナーな少女…カヨコがハルカと同様にキヴォトスの住人の耐久力が通じない破壊力の弾丸を叩き込んで一人として外には出させず、状況を飲み込めず呆然とする残りの者達を二人はゆっくりと始末していく。
そんな鼻をつく血と薬莢の臭いの中、頭に角の生えた赤髪の少女…アルは、脚を組み頬杖を着いて随分と堂に入ったポーズを取ると、不敵に笑って水色の髪の少女に問う。
「私は、Keyの
「そうだね〜…甘く見積もって8〜9個分ぐらいかな?」
「十分よ。神名結晶を私に貸しなさい。収集に加えるわ。その代わり…小鳥遊ホシノは私が殺す。良いわよね───
────ユメ」
「た、助け…!」
タァン!とアルは最後の客の頭を撃ち抜いて吹き飛ばすと、神名結晶を持って店を後にする。
その後店内には生きた者は誰もおらず、誰のものとも判別できない血溜まりと肉塊のみが残った。
「残念だけど、私達が到着した時には既にサユリさんは亡くなっていたわ。状況が状況だけに遺体を持ち帰るのも困難で…けれど、私の仲間は違った。成し得なかったけれど、貴女に彼女の遺体を届けようとしてたのよ。それでせめて…何とか持ち帰れたこれを」
「…うぐっ…ひぐっ…うぅぅ〜…!」
古聖堂地下の遺体から回収した学生証を渡された友人の生徒は、途端に泣き出してその場に崩れ落ちてしまう。
悲痛な光景を、しかしヒナは決して目を逸らす事無く向き合い、ただ頭を下げていた。
「うわぁぁぁぁぁ!?怖い怖い怖い怖い!」
「遅いぞカズサ!身のこなしは悪くないのに根本的な部分で鈍っているように見える!まずは基礎体力を付けろ!」
S.C.H.A.L.Eに併設された広場で猛ダッシュしながら叫び声を上げるカズサ。
それを後ろから同じように猛ダッシュで追うペロロの着ぐるみという傍から見たら恐怖でしかない光景を見付けたヒナが現実と向き合えず困惑して固まっていると、足音が近付いてくるのに気付いて勝機に戻る。
「…レンゲ先輩とミノリ先輩」
「労働」
「おっせぇぞヒナ、時間は有限だからな〜。どこ行ってたんだ?」
「別に、何処でも良いでしょう…レンゲ先輩は…いや、何でもないわ」
「あぁ!?」
「ちょっとヒナ!この人ヤバいって!見た目狂ってるかと思ったら声綺麗だし性格まともそうなのに訓練始めたら急にスパルタになるんだけど!?」
「言っただろう、お前が強くなる為だ。歯を食いしばれ」
「いやぁぁぁぁ!?」
どうやって持っているのかカズサの脚を掴むペロロはぐるぐると回ってジャイアントスイングのようにカズサを振り回し、十分勢いがついたところで放り投げ、カズサは地面を転がった。
「…何あれ」
「受け身の練習だとさ」
「闘争」
「お前ら近接弱っちいからな。ほら立て、ヒナ。取り敢えず銃は置いて、まずは私から一本取ってみろ」
「…よろしく頼むわ」
「近接戦闘において、アリスちゃんは頭一つ抜けてると思うんだよね」
某所の地下。
住宅環境が整備されたそこに連れてこられたアリスは、ソファに座らさられて今後の説明をホシノから受けていた。
「今覚えるべきは神秘のコントロール、そして最低限の神秘と特異現象の知識だね」
「えへへ…」
「ん?どうしたの?」
「いえ、その…修行イベントをしてもらうならホシノ先輩が良いと思っていたので…アリスは、弱くて誰も助けられませんでした。それどころか、ヒナも殺しかけてしまいました。今のままでは皆に合わせる顔がありません。ですから、ホシノ先輩…アリスに、”最強”を教えてください」
「ふふん、お目が高いね」
「まあホシノ先輩が自分で最強って言ってましたので」
「うへ〜、そういうのは野暮だよ〜?…さて、じゃあまずはこの空き缶を見ててね」
「はい!」
そんな小ボケを挟みつつ、ホシノは部屋にあるテーブルの上に二つの空き缶を置き、アリスにそれに注目するように言った。
そしてホシノがそれぞれの空き缶に右手と左手を向けると…
少し間を置いて右の方は銃で撃たれたかのように吹き飛び、左の方は内側から爆ぜた。
飛び散った破片に思わず目を瞑るアリスだったが、何も感触がないことを不思議に思い目を開けると、薄い膜がテーブルの上をドーム状に覆っていて破片がアリス達の方へ飛ぶのを防いでいる。
「この膜は結界の一種だよ。別系統の結界は例の古聖堂で見た事あるんじゃないかな?」
「アヤネさんが使っていた帳というやつですね」
「そうそう、結界には外からの認識を隠して任務を一般人から隠蔽するものとか、内と外を分断するものとか色々種類があるんだけど…これはまあ追々かな。出来るようになったら便利だけど、必修っていう訳じゃないしね」
「でもアリスもバリアみたいなもの使ってみたいです!」
「気持ちは分かるけどね〜、まずは段階を踏もうか。で、話を戻すけど、さっきの空き缶の違いは分かるかな?」
「えっと、右の方は外から力が加わって弾き飛ばされたように見えて…左の方はまるで念力みたいでした」
「うん、概ね正しい理解だね」
部屋の隅からホワイトボードを持ってきたホシノは、登り台を用意してその上に乗ると、デフォルメ強めの可愛い絵で先程起きた事の説明を始めた。
「率直に言うと、右の方が”神秘”によるもの、そして左の方が”秘儀”によるものだね」
「神秘というのはよく聞きますが、まだどういうものなのかは…」
「う〜ん、分かりやすく言うと神秘がMPみたいなもので、秘儀は魔法とかスキルみたいなものかな」
「なるほど!完全に理解しました!」
「若干差異はあるけどね。右の方の空き缶はただ神秘をぶつけたから単純に弾かれるっていう現象が起きたのに対して、左は神秘で私の秘儀を起動して、内側から爆散させたんだ」
「つまり、アリスもこれからその秘儀というものを身に付けるんですね!」
「いや、アリスちゃんに秘儀は無いよ」
「え?」
さらっと伝えられた事実にアリスは固まる。
さらに追い討ちをかけるようにホシノはホワイトボードに書かれた秘儀という文字からアリスの簡略化された似顔絵へと矢印を引っ張ると、それを断ち切るように容赦なく✕を入れる。
「簡単な式神とか結界術は神秘で出来る基本技能の一環だから別として、秘儀は生まれながらに身体に刻まれてるものだからね。だから、この業界で実力は才能8割って言われてるぐらいだよ…大丈夫?」
「はい…アリスもメガンテや大爆発やファイナルエクスプロージョンを使って見たかったです…」
「なんで自爆技ばっかりなの…自分の身体は大切にね〜」
(それに…今は使えないだろうけど、その内Keyの秘儀が身体に刻まれるかもね)
ソファに寝転がり不貞腐れるアリスをなんとか励ましたホシノは、テレビやその他機器の準備を済ませるとアリスにコントローラーを握らせた。
「…ホシノ先輩、これは?」
「まずは出来ないことは全部無視して、アリスちゃんの長所を伸ばそうと思ってね。アリスちゃんの体術に神秘を上乗せするの。下手な秘儀よりも、私としては基礎能力でゴリ押しされた方が怖いからね〜。さっきも言った通りアリスちゃんは肉弾戦の才能はピカイチなんだし」
「なるほど…それで、この状況の説明は?」
「アリスちゃん、ゲーム好きなんでしょ?」
「いやそうですけど、何故この状況になったのかの説明を」
「もう、しょうがないな〜。じゃあ一回立って」
コントローラーを握らされている状況に納得の行かないアリスからの抗議にやれやれと肩を竦めるホシノは、アリスを立ち上がらせると手のひらをアリスへと向ける。
「…なんでしょうか」
「思いっきり撃ち込んでみてよ」
「…?いいのですか?怪我をさせてしまうかもしれませんし…」
「どうせ出来ないから早く」
「むぅ…では遠慮なく…!」
自然に煽られ頬を膨らませるアリスは、言われた通りに今出せる全力でホシノが向けている手のひらを殴り───パチンッ、と小気味の良い乾いた音が鳴る。
「籠ってなかったね、神秘」
「…え?どうして…」
「神秘の源は感情。アリスちゃんが特異体に有効打を出せる程のパンチが打てるのは、怒りだとか恐怖に満ち溢れていた時だと思うよ?」
「それは…そういえばそうですね。ということは、神秘を使う時は常に激怒しなくてはならないのでしょうか?思えばヒナもずっと不機嫌だった気がします」
「それは委員長ちゃんの性格だと思うけど…」
「…!」
「あ?どうした?」
「今とてもイラッとしたわ」
「集中しろ馬鹿」
「デモ!」
「皆僅かな感情の火種から神秘を捻出する訓練をしてるんだ。逆に感情が大きく触れた時に神秘を無駄遣いしない訓練もね。その訓練方法は幾つかあるけど、アリスちゃんには特に過酷なものをやってもらうよ」
「…もしかして」
「そう…クソゲープレイだよ」
「ふ、ふふ…甘いですよ、ホシノ先輩。アリスはTSCという屈指のクソゲーを既にクリアして…!」
「それを作ったアウトロー集団、ゲーム開発部の新作…起きてる間はずっとやってもらうよ?」
「…」
ホシノは『要塞のツルギ』や『お手伝い大作戦』、『水族館プレゼンツ』などのゲームのパッケージを取り出してアリスに見せつける。
そのタイトルやパッケージデザインから既に漂う地雷臭にアリスは息を飲むが、有無を言わせずホシノによってまたソファに座らされコントローラーを握らさられる。
そしてもう一つ、アリスの隣に小さなロボットを置いた。
「…これは、ヒマリ部長の…?」
「そう。勿論ただゲームするだけじゃ意味無いから、これを置いとくね」
「このロボット、自律して移動出来る機構が無いように見えますが…家事ロボットでは無いのですか?」
「まあ自分からは移動しないけど…そろそろだね」
「何が…うひぃ!?」
突然、ロボットからアームが伸びてアリスの腕に巻き付いたかと思うと、ロボットから発せられた電流がアリスを襲った。
「な、なんで…すか…これ…あばばばば…」
「そのロボットは一定の神秘を流し続けないとそうやって電流を流してくるよ」
「うわーん!これじゃただの拷問です!」
ホシノはロボットに手を置き代わりに神秘を流し込む事で一旦電流を止めると、適当なパッケージを開いてカセットをゲーム機にセットした。
何とか復活したアリスは改めてコントローラーを握り、テレビと向き合う。
「そういえばコントローラーのカバーがゴムで出来てるんですね…」
「買い直すのも面倒だしね〜。つい力んで壊さないようにしてね。取り敢えずはそのロボットを起こさないように一本クリアするのが目標。これがどんな感情の時でも一定の神秘を保つ訓練だよ。多過ぎても少な過ぎても駄目。今はアリスちゃんでも出せる程度の微弱な神秘に設定にしてあるけど、段々と大きな出力を要求してくるから気を抜かないようにね」
「これでは抜きたくとも抜けないと思いますが…」
「じゃあ頑張ってね〜」
一通りの説明を終え、鞄を担いでホシノは部屋を出ていった。
残されたアリスはその後言われた通りの事をしようとするが、想像以上のゲームのクソさに脳破壊されつつロボットからの電流というダブルパンチでそれはそれは大変な日々を過ごす事になるのだった。
一方S.C.H.A.L.Eの広場で訓練をしているヒナ達はというと。
「遺物の持ち運び?」
「ええ、得物で近接を補うのは賛成だけれど、秘儀の都合上できるだけ両腕を空けて起きたいのよね。ただでさえ銃背負ってて嵩張るのに、刀とかは鞘に納めるロスがあるし。レンゲ先輩は二つ以上持ち運ぶ事はザラよね。どうやってるの?」
「ペロロに運ばせてる」
「任せろ」
そう言うとボトッとペロロの背中側から槍や篭手が地面に落ちた。
「ねえやっぱり絶対誰か入ってるよね!?ファスナーから出したでしょ今!なんで誰も答えてくれないの!?もう怖いって!」
「物を出し入れ出来る特異体を飼い慣らしてる人もいたわよね」
「あれは無理じゃねーか?貴重だし飼い慣らすのにも時間はかかるし、私が欲しいぐらいだ」
「…」
『何故あの時逃げたのですか?それでは宝の持ち腐れ…』
(あれは、私には特級に勝てる可能性があったってこと?)
古聖堂での戦いでKeyに言われたことを思い返すヒナは、深呼吸をすると自らの秘儀に集中し、そして自分の影に触れた。
本来地面と接触するはずの指は…ズズッ、と影の中に沈み込む。
「…なるほどね」
「…休暇」
「なんだミノリ」
「レンゲ先輩、何とかなりそうだわ」
「な、何故いつまで経っても主人公が強くならないのですか…?何故敵の体力が指数関数的に増えて行くのですか…?何故一撃食らったら死ぬんですか!?うわーん!また初めからやり直しです!」
それぞれが訓練をして力を付けている間、アヤネの操縦する車に乗って移動していたホシノは、アリスが蘇生した後あの部屋に連れていくまでの移動中に話したことを思い返していた。
『アリスちゃん、死んでる時にKeyと話した?』
『話、ですか?』
『うん、その時にKeyに心臓を治すのに当たって何か条件とか持ち掛けられなかったかな?』
『そういえば…何か話した気がしますが…思い、出せないですね…』
「…古の女王様まで契約で悪巧みとは、嫌になるねぇ」
「ホシノさん?何か言いましたか?」
「いや、何でも───止めて」
「はい?」
「良いから」
「は、はい!」
突然の要求に困惑しながらもアヤネが車を止めると、ホシノは車を降りて明後日の方向を見上げた。
「先、行っててよ」
「え、ええ…これ私何か試されてます…?本当に先に行ったらお説教とか…」
「私の事なんだと思ってるのさ」
「あはは…で、では…ヒマリ部長にはホシノさんは遅れると伝えておきますね…」
頭を下げながら車を走らせ去っていくアヤネを見送ったホシノは、鞄を変形させ盾を展開し、背負っていた銃に手をかける。
「さてと…お出ましかな?」
そこに…月を背景に飛び上がった影が、ホシノの目の前に地面を割りながら着地した。
着地したのは…頭から角を生やした黒いコートを羽織る赤髪の少女…アル。
「フンッ」
「君は、何者なのかな?」
配役
夏油?…ユメ?
漏斗…アル
花御…カヨコ
陀艮…ハルカ
バイト店員…ソラ