『…はいクソー、もうKeyの相手なんてしてやらないもんねー』
『餓鬼のような事を言うな。女王が望むのならば何度であろうと付き合え』
『君がやればいいじゃん…』
こちらも決戦より前のこと。
当面の拠点としている一室でKeyと対戦ゲームを嗜んでいたマルクトは、負けが続いた事に萎えてコントローラーを投げ出した。
それを無名の司祭が咎めるが、Keyは一息つくとゴロンと後ろに寝っ転がると、気怠げに視線だけをマルクトにやった。
『…マルクト。そろそろ聞こうかと思っていたのですが』
『うん?この器と小鳥遊ホシノの青春ストーリーの赤裸々告白でも聞きたい?』
『決戦の時に小鳥遊ホシノに告げ口しても良いんですよ』
『どういう距離感なのさそれは…で、何?』
『小娘のことです』
『小娘…っていうと、天童アリスのことかな?』
『えぇ。貴女は何を思ってあれを生前の私の肉体と同じような容姿で作り出したんですか?』
『う〜ん?そうだな〜…面白そうだから!じゃ駄目かな?』
『貴様、ふざけたことを…』
おどけて答えるマルクトに無名の司祭は敵意を向けるが、Keyが手でそれを制する。
そして起き上がったKeyはゲーム機からカセットを抜いて次はどれにしようかと他のカセットを漁りながら話を続けた。
『別に、貴女にどういう意図があったとしてそれを責めるつもりはありません。腐れ縁とはいえ古い仲ですからね』
『それはどうも…まあ正直なところ、私も意図してああした訳じゃないよ?結果としてあの形で出力されたってだけ。私も驚いたよ、苦労して産んだと思ったら見覚えのある容姿で出てきたんだもん。初めは君の生まれ変わりを疑ったくらいさ』
『神秘と
『まあね。じゃないと君の器にするなんて無理だし。むしろ私としては君を収められる空崎ヒナの肉体の方に興味があるんだけど』
『今は私が質問をしている番ですよ?』
『はぁ…前の肉体で、私が自分で飲み込むことは出来ないから色々儀式的な処置を施した上で直接お腹の中に入れて天童アリスを産んだんだ。だから初めから天童アリスは君と同質の神秘を持っていると言ってもいい。最も、器にする為だったり発達の邪魔にならないようにする為だったりでその神秘が露出しないよう厳重に封じてたけど』
『通りで小娘が最初に自らの意思で
『あっはっは、君も結構抜けてるもんだね』
『誰のせいだと…』
自分のやったことを省みずに腹を抱えて笑うマルクトに、Keyはジト目で睨む。
だが元からこんな奴かと勝手に納得すると、漁っていたゲームのカセットの中から1つ目を引くものを見つけて引っ張り出した。
『あ、そうだKey。さっきも言った通り天童アリスは元来の神秘が君の神秘とほぼ同質。少なくとも15年以上それを内に秘め続けたことで肉体がそれに完全に適応してる。その上今まで君を内側に抑え込む為に使われていたリソースも解放されて今の彼女は…』
『小娘のことなどどうでも良いです。そんなことよりも次はこれにしましょう。”ているず・さが・くろにくる”?とやらですね』
『あっ』
『1人専用?まあ別に構いませんか。確か小娘が話題に出していたような気もしますが…私が入っていた時は実際にプレイしているのを見たことがありませんので。実際にプレイしていた時の記憶を調べようとしてもそこだけデータが飛んでいたかのように閲覧できませんでしたし…全く本当に使えない小娘です』
『…うん、良いと思うよ!ねえ司祭!一緒に近く散歩しない?こういうのは1人でやった方が楽しいだろうしさ!』
『なんだ貴様急に気持ちが悪い…女王、私の方でもマルクトから情報を吐き出させて参ります。女王はごゆるりとお楽しみください』
無名の司祭の畏まった挨拶にKeyはひらひらと手を振って返すと、胡座をかいて画面と向き合った。
その様子を横目に無名の司祭と共に退室したマルクトは、吹き出しそうになるのを堪えながらその場を後にした。
『さて、古き良きレトロゲームとは銘打ってましたが…チュートリアル?はいはいBボタンで装備…』
GAME OVER
『????????』
────黒閃
アリスが放った拳はKeyの胴を捉え、稲妻のような黒い火花を散らす。
その破壊力はKeyを建物数軒を貫いて吹き飛ばし、ようやく止まった所に即座に追い付いたアリスがかかと落としをその脳天に叩き込もうとする。
それをKeyは右腕…スーパーノヴァを持っていた手首から先はレンゲに切り落とされ残っていないので、肘の部分で受け止めガードすると、左手で受け止めたアリスの脚に触れようとする。
しかしアリスはその前にKeyに受け止められていた脚の力だけでバネのように真上に跳ね上がると、背負っていたレールガンを取り出して真下のKeyに砲口を向けた。
「光よ───!」
「チィッ!」
Keyは横に転がってエネルギー砲の直撃を回避するものの、着弾の衝撃波に煽られて身体を建物の壁に打ち付ける。
そこに、アリスは今度はKeyのいる方向…それとは真反対のや方向にレールガンを向けると、発射の反動を利用してアリス自身がKeyの元へぶっ飛んでいく。
振り向きながら振り下ろされたアリスの腕を蹴り上げて防いだKeyは反撃に左腕を突き出すが、それを読んでいたかの如くレールガンの砲身を使って滑らせるように受け流したアリスは、Keyを蹴り上げてレールガンを放ち────黒閃
「う…がぁ!」
エネルギー砲の衝突によりそれに秘められていたアリスの神秘が引き起こした黒閃はKeyのヘイローに走る亀裂をさらに広げた。
苦悶の表情を浮かべながらも左腕を振るい放った『解』はアリス諸共一帯を巻き込み分解させていくが、神秘による肉体の保護と恐怖による治癒で強引にそれを耐えたアリスは打ち上げたKeyの元まで跳躍すると、反撃に伸びてきた腕を躱しながらさらに拳を叩き込み────黒閃
顔面に決まったそれはKeyをさらに遠くへ吹き飛ばし、幾つもの建物を巻き込んで倒壊させていく。
「クソッ…」
(大切な先輩が死んだ…赦しを与えてくれた人が死んだ…大好きな仲間が傷付いた…私を助けてくれた人達が傷付いた…今、アリスは…)
「心の底から!怒っています!」
移動しながら電柱1つをもぎ取ったアリスはそれを片手でスイングしてKeyに叩き付け、瓦礫で目眩ししつつ接近、まとめて消し飛ばそうと放ってきた『解』を力づくで突き破り───自らの手のひらを地面に触れさせた。
(今なら、出来る気がするんです!)
地面に触れた手をKeyの方向へスライドさせたアリス。
そして引き起こされるのは…触れた手からKeyの足元までの地面を駆け抜けた
突如足元が崩れバランスを失ったKeyに駆け寄ったアリスは無駄のない動きで右ストレートを繰り出し────黒閃
(この、ままでは…!)
アリスが黒閃を起こす度に、ヘイローを捉える打撃がさらに強化されてKeyのヘイローに大きなダメージを与える。
その上で重なっているヒナのヘイローとのズレが生じて神秘の出力と肉体の制御が鈍っていく。
Keyが出した黒閃によるゾーンでのセンスの強化は、アリスの打撃によってほぼ完全に帳消しにされ潰されてしまっていた。
これ以上攻撃を受け続ければ肉体より先にヘイローが持たないと判断したKeyは一度大きくアリスから距離を引き離そうとするが…その時、Keyは視界の端で赤い覆面を被った少女の姿を捉えた。
(ミレニアムでボコボコにされた時から自信なんて無くしてたけど…それでも、後輩を助けられるなら!)
Keyにぶっ飛ばされてしばらく気絶していたが、なんとか復帰してきたセリカはホシノがS.C.H.A.L.Eに戻ってきてからしばらくした時のことを思い出す。
『え?ユウカちゃんの遺物を使わせて欲しい?好きにすれば良いと思うけど…なんで私に聞いたの?』
『なんでって、いや…ユウカ先輩の旧友?っていうか…私より付き合いが長いと思って…』
『でも一度ユウカちゃん特異現象捜査部やめてS.C.H.A.L.Eから出た後はミレニアムに転校してたでしょ?あの時が中等部2年で…今の高等部4年まで続けてきたわけでしょ?セリカちゃんが今高等部2年だから…セナちゃん何年?』
『セリカさんは中等部のころからユウカさんにお世話になってるんですよね?でしたら5年の付き合いといったところでしょうか』
『そうそう。ユウカちゃんの私の後輩時代なんて中1と中2、特異現象捜査部に戻った後も高3と高4だから、私よりそっちのが付き合いの時間だけなら長いだろうし』
『えぇ…』
『ま、なんだかんだとは言ったけどさ、セリカちゃん』
『?』
『ユウカちゃんは君のこと可愛い後輩だって言ってたし、一番信頼してたと思うよ』
「『四番…”竜”』!」
「!」
セリカが放ったのは、のたうつ巨大な竜の式神。
蛇のような細長い身体をうねらせ、家屋を押し潰しながら飲み込まんとするそれを、Keyは喰らいついてきた顎を避けるとその身体に手を触れ、『捌』によって粉微塵に分解する。
が、あくまで竜は囮。
その巨体に紛れてKeyの背後を取ったセリカはユウカの秘儀が宿った2丁のサブマシンガンで狙い撃ち───Keyは振り返るのと同時に『解』を放ち、迫る弾丸の全てを分解しセリカもそれに巻き込んだ。
「っ…!」
覆面が破れ、セリカの肉体が崩れる。
神秘による保護とKeyの出力が下がっている為に即死は免れたが、これ以上はまともに動けるとは思えないダメージ。
もう横槍はうんざりだとKeyはトドメを刺そうとして…
「ありがとうございます…セリカ先輩…!」
「!」
竜が破壊された時に散らばった神秘の残滓。
それがアリスの神秘を覆うようにして隠し、接近をKeyに気付かせなかった。
アリスはがら空きのKeyの背中に腕を振り抜き────黒閃
(最早小娘の打撃は全てが黒閃になっている…!ゾーンなんてものじゃない!これではまるで、小娘が天運に愛されているような…!私に、追いつくとでも言うのですか…!)
激痛がKeyの体内を乱反射するように響く。
動くだけで意識が飛びそうなそれを堪えながら、Keyはアリスの追撃を避けると左腕を伸ばし、『捌』を纏った腕がアリスの首元を抉る。
だがそれでも、アリスの勢いは止まらない。
アリスは逆にKeyの首を掴むと同じように『捌』を発動、目覚めたばかりでろくに使いこなせないそれはKeyの肉体を浅く崩すのみに終わるが、多少の追加ダメージを期待していただけのアリスは気にせずそのままKeyを放り投げて壁に叩きつけた。
さらにロケットのように地を蹴って逃げられる前に追いついて拳を繰り出し────黒閃
「ああぁぁぁぁ!」
Keyはヤケクソ気味に秘儀を解き放ち、周囲を無差別に分解していく。
アリスはその破壊の嵐の中を自身が分解を受けながらもズンズンと突き進み、Keyが伸ばしてきた腕を避けてカウンターのアッパーを放ち────黒閃
「ぐぅ…!小娘ぇぇぇぇ!」
打ち上げられたKeyは直下のアリスに左手を向けて『解』を放とうとして───その腕を弾丸が撃ち抜いた。
「なっ…!?」
「私にしては、よくやったかしら…アリスちゃん、ぶちかましちゃって」
セリカがユウカの銃を使って放った単発の一射はKeyの左腕の弱点部位に直撃し、跳ね上がった威力が腕を弾いてKeyの『解』の狙いをズラした。
結果邪魔を受けることなくアリスは真っ直ぐ跳躍して腕を振りかぶり────黒閃
「あ…がっ…」
殴り飛ばされたKeyは再び地上に落ち、血反吐を吐き出す。
7度ヘイローを捉える打撃、それを黒閃の威力で受けた今のKeyはここまでのダメージを恐怖で治癒することすら出来ず、これ以上戦闘が続くようならば秘儀の行使すら出来なくなってしまうだろう。
そして今のKeyの神秘の残量は本来の4分の1を切り、クズノハを取り込んで補填した神秘はとうに削られている。
「ハァ…ハァ…ハァ…ハ、はははっ…あははははっ…!」
「…?」
誰も追い込んだことのないであろう、絶体絶命のKey。
それでも…Keyは吹っ切れたように笑うと、背後から迫る血の噴出の勢いを受けて加速した弾丸…モモイの『生苦』を避けると、挟み撃ちにされることを避けて2人の間から逃れるように跳躍して距離を取った。
「チッ…」
「モモイ!大丈夫ですか…?」
「うん…まだ、まだこんな所でアリスを1人にしたりなんてしないよ…でも、あいつ…」
「…ああ、初めて…そう、初めてですよ…ここまで強く”敗北”というものを感じたのは…殺し合いもゲームも、負けたことはありませんでした。そして今遂に敗北が近付いていることを、感じて、初めて私はその感情を理解しました────負けたくない。特に、小娘。貴女にだけは」
「…」
Keyが初めて吐露した思い。
それをアリスは声に出すことは無かったが…内心でついそれを肯定してしまっていた。
誰だって、何かしらで勝負するからには余程の理由が無い限り勝ちたいに決まっている。
だがそれはアリス達も同じで、そして何よりこれは全てを賭けた戦いだ。
キヴォトスで生きる者達の青春を、そしてアリス達の青春をめぐり、守り取り戻す為の戦いだ。
「意外ですね、あなたがそんなことを言うだなんて」
「それには同意します。私もここまで自分が負けず嫌いだとは知りませんでしたよ───ですから」
「「!」」
その瞬間…アリスとモモイはそれを見て驚愕する。
何故ならば───Keyが残った左腕で
「神秘解放───『アトラ・ハシース』」
「モモイ!アリスから離れないでください!───フブキ先輩直伝!『簡易領域』!」
「アリス…!くっ、皆逃げて!」
それを見た瞬間、アリスはこの1ヶ月の間にフブキに教えを乞うた…ちょっと胡散臭いシン陰の洗礼をウケて入門して…簡易領域を発動し、その範囲内にモモイを含める。
モモイは無線を取り出し、自分のように復帰しようとしているかもしれない仲間達に向けて、伝わることを願って離れるようにと声を張り上げた。
本来はKeyの神秘解放に対する対策の為に習得してきたものだが、今回はホシノがKeyに神秘解放が出来なくなるほどのダメージを与えたことで使う機会が無いと思っていたそれは、確かにアリス達の命を救うことになる。
「ふ、ふふ…アッハハ…!」
Keyは狂気的に笑う。
そして顕現したのは、ボロボロに崩れた残骸のような構造物。
元の『アトラ・ハシース』によって出現する構造物の面影がほんの僅かに残る…それでもパッと見似ても似つかないそれは、Keyの神秘解放により展開される領域が不完全な証。
今のダメージが積み重なったKeyのヘイローではホシノとの戦いで行ったような長時間、高威力の出力での領域の展開をしようとすればその負荷にヘイローが耐え切れずに壊れてしまうだろう。
そこでKeyはこれまでの戦いの最中に最も効率良く神秘解放を行える方法を解析、構築し、その上で二重三重の領域の条件の変更により領域のグレードを落とすことで自身のヘイローへの負担を軽減しての神秘解放を可能とした。
それでも、効果範囲こそは最大の半径1kmを保ってはいるが領域としての洗練度は大幅に落ち、分解の威力も低下、なによりその効果時間は30秒程度しか持たない。
故に、アリスの付け焼き刃のような簡易領域に必中効果を完全に打ち消され、それを剥がせる程の威力も出ずその猛威が直接アリス達を襲うことは無い───そう、
「…ここからじゃ届かない…!」
「簡易領域で耐えられているとはいえ、生身でこれに晒されたら恐怖を全開で回しても数秒持つ気がしませんね…」
簡易領域の内側からモモイが領域の中心のKeyを『生苦』で狙い撃とうとするが、放たれた弾丸は簡易領域より外側に出た瞬間に散り散りに分解されてKeyには届かない。
出力が落ちているとはいえ、ホシノやアツコのような極まった再生速度を持つものでなければ耐えられないのは依然同じだ。
それは一帯の建物群も同じで、ビル群を、住宅街を、商店街を、戦闘により破壊された建物の瓦礫を全て飲み込んで分解していく。
舞い上がった塵が砂嵐のように周囲の全てを覆い尽くし、視界が封じられた中アリスはここにいない仲間達がココナに回収され戦場を離脱していることを信じて簡易領域を維持し、警戒を続ける。
そして長いようで短い30秒が経過しようとする。
その間、アリスはKeyが簡易領域の維持を妨害しようとしてこなかったことに疑問を持っていたが…遂に視界が晴れ、全てが更地になっているものの分解の猛威が収まっているのを確認したアリスは簡易領域を解いてKeyに追撃を仕掛けようとして────
「…は?」
「なに、これ…」
アリス達の視界に広がっていたのは、宙を埋め尽くす程の膨大な数の光だった。
「『
Keyは秘儀により分解した物質、その分子を『
そして必要な時に回収した分子同士を恐怖で反転させた秘儀により組み合わせ、”再構築”することでスーパーノヴァのような特殊な遺物を除いたありとあらゆる物体を再現することが可能となる。
『構築秘術』とは違い神秘でゼロから物体を構築できる訳ではなく、あくまで再構築する物体を形作るのに必要な量の分子を確保していなければいけないが…小鳥遊ホシノとの戦い、その後の長い戦いでの分解の行使、そして今回の最大規模の領域による分解により、Keyは既に
そうしてKeyが構築した物体こそが────突如暗雲が押し寄せたのかと錯覚するほどの、地上に影を落とす程に天空に敷き詰められた無数の
以前ミレニアムでアリスの肉体の主導権を握った際にその構造を把握していたKeyは、かつて死路虚を葬った時のように…あの時を上回るほどの数のレールガンを構築し、必要なエネルギーは自らの神秘で補い使い捨ての砲台として、その全ての砲口を地上へと向けさせていた。
「そんな…」
自らの武器であるはずのそれが、自分達を葬る為に幾万もの砲口を煌めかせている。
その事実にアリスは呆然とし…Keyは容赦なく全てのレールガンを起動した。
そして降り注ぐ、破壊の光。
天罰のように落ちる無数の光の柱が逃げ場を与えないほどの範囲で、完膚無きまでに地上を破壊して────
「…ぁ」
地に伏せるアリス。
即死しなかったのは奇跡か否か、だがどちらにせよ助からない。
身体から命が、夥しい量の血が流れ落ち、アリスは自らの体温が下がっていくのを自覚した。
あそこまでやって、負けたのか…まさかまだ、Keyが手札を残していたとは思わなかった。
Keyとしても己の蓄積を全て解き放っての、窮地を切り開く全霊の一手。
それにアリスは、敗れたのだ。
(負け…た…アリス、は…死ん…も、もい…は…)
自分の終わりを悟りながら、身体を動かせないアリスは辛うじて動く視線だけで近くにいた筈のモモイの姿を探す。
モモイなら、もしかしたら助かっているかもしれない。
それとも、自分と同じように致命傷を負い粉砕された地盤、その瓦礫の下に埋まっているかもしれない。
なんにせよ、もう自分が出来ることは無い。
アリスは、残った誰かがKeyを倒してくれることを願って、その意識を閉じさせようとして───
(───温、かい…?)
自分の内を満たしていくような温もりを感じて、アリスは意識を覚醒させる。
全身痛むものの、ほんの少し動くようになった身体をよじらせてアリスが視線を向けた先には…
「モモイ…?」
「…ふ、へへ…アリス…大丈夫…アリスは、死なないから…」
「何…を…」
そこにはアリスに寄り添うように傍に横たわりアリスの手を握るモモイ…そして、モモイのお腹の大きな傷から空中を移動してアリスの傷口に入っていく血の流動があった。
「何を、しているんですか…?」
「もう、自分を治す余力もなくなっちゃったからさ…だから、私の血を、全部あげる。ちゃんと表面を薄く覆って、保護してるから、綺麗だよ…?」
「そう、では…そうではありません…!そんなことをしたら…モモイが…!」
「良いんだよ…」
「っ!」
モモイは自分の秘儀で血を操り、それをアリスに流し込むことでアリスの失血死を防ぎつつ、アリスの傷口を自分の凝固させた血で塞いでいた。
だがそんなことをすれば…同じように自分の傷を塞ぐこともせずリソースの全てをアリスを救う為に割き、自分の血を一方的に輸血し続ければ…モモイの命が、無くなってしまう。
「駄目です…!モモイ…!」
「ごめんね…ずっとアリスを見守ってるから…」
「モモイ…献血の血は、誰の血を使っても良い訳では、無いんですよ…」
「え…?そうだっけ…あは、でも…大丈夫でしょ…私は、アリスのお姉ちゃんなんだから…」
アリスの内から、温もりが込み上げる。
1人のような寒さは薄れ、まるで誰かと抱擁を交わしているような温かさがアリスを包み込む。
同時に、アリスの手をギュッと握るモモイの手の温度がどんどん下がっていく。
「…ねえ、アリス…」
「…なんですか、モモイ…」
「もう、自分を”剣”だなんて、言わないで…本当の自分を、曲げないで────アリス…なりたい自分に、なって良いんだよ」
「…」
「ふ…ありがとう、アリス。私の妹になってくれて…」
そう告げたモモイの、アリスの手を握る力が緩む。
秘儀の効果が途切れたのか、空中を伝っていた血の流動はパシャリとその場に落ち、モモイのヘイローがパキリと砕けた。
傷口を塞いでいた血の凝固はそのままで、アリスは血を流し込まれていた部分の塞がれていなかった傷口を咄嗟に自分の手で抑えると、ゆっくりと立ち上がった。
「…お姉ちゃん…ありがとうございます」
「…なんですか、まだ生きていたのですね」
自身も満身創痍といった様子のKeyは、あれだけやって尚まだ立ち上がるアリスに少なくない驚きを見せる。
だがそれでも、急ごしらえも良いところの処置。
アリス本人の余力などたかがしれたもので、今の消耗したKeyからしてもまるで敵では無い。
「…Key」
「どうかしましたか、小娘」
「その身体、返してもらいます」
「…は?」
「迷いません、諦めません、救ってみせます。手を払い除けられようと、感謝されなくたとしても…手の届く範囲にいる限り助けられる、そんなアリスの原点へ」
身体はボロボロ、神秘はカツカツ。
立てていることすら有り得ないような状態で、アリスは臆すことなく1歩を踏み出す。
「ミレニアムでのあの日から…アリスは”剣”なのだと思っていました。それがアリスの役目なのだと。ですが…思い出しました。もう一度、それを名乗ることが許されるのなら───
───アリスは本当の、”勇者”に!」
「よく言ったわ!シスター!」
「「!?」」
そこに、高らかな声と共に1人の人影が降り立つ。
アリスとKeyの間に割り込むように着地したその人物は…
「あ、痛っ…着地ミスったわ…ちょっとタンマ…」
「…」
「えっと…その…?」
なんとも締まらない登場をしたのは、かつての戦いで失った左手に義手を取り付けて来たアリスの元祖自称
彼女はアリス…そして少し離れた場所に倒れるモモイの亡骸に小さく頭を下げると、普段と変わらないやかましい声量で宣言した。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す。ただし────私達”
姉妹から
原作が進むまではしばらく本編の更新はお休みとなります。
それまではぼちぼち番外編を不定期で更新していくつもりです。