新たな芽吹きを待ちわびて
「重ねて、ありがとうございます」
「別に気にする必要はありません。火葬するだけとはいえ遺体を綺麗にするというのはやりがいがありますから」
”天雨”と刻まれた墓に花を備えながら、ヒナは遺体の供養をしてくれたセナに感謝を告げる。
マルクトによって遺物を埋め込まれ、何者かに肉体を乗っ取られた上でKeyによって殺害された大切だった後輩の遺体を何とか回収し、それは梔子ユメがされたように二度とその身体が辱められることのないよう念入りに処理された。
勿論、あの戦いで命を落とした者達も同様だ。
「あの世というものがあるならば、その人が私のお陰で綺麗でいてくれたら幸いですから。ユメ先輩も私に任せてくれれば良かったのですけど」
「…そうね」
「まあ私はあの世というものに対しては否定派ですけどね」
「…」
普段見せないようなおどけた笑みを浮かべながら軽口を言うセナに、ヒナは若干の呆れた様な視線を向けつつもその心情を察する事が出来ず下手な事は言えないでいた。
「…セナさん。ホシノ先輩のことは…」
「最後まであの人らしく生きた、ただそれだけが事実です。何度でも言いますが、全てはホシノさんの責任であり、ヒナさんが気負うものではありません。勿論私に責める資格も、そのつもりもありません。だから私が言えることはただ1つ───ホシノさんが命を賭して救いたかった
「…」
本心から、慈愛の籠ったその言葉を受けてヒナはこれ以上この話をするのは野暮だろうと悟る。
であれば、今の自分がするべきことはただひたすらに”感謝”することだとも。
そんな中、ヒナのポケットの端末が着信音を鳴らし、ヒナは素早くそれに出る。
「失礼…もしもし、空崎よ。ええ…分かった。すぐ向かうわ…改めて、今日は付き合ってくれてありがとうございました」
通話を終えた後セナに対して丁寧にお辞儀をして再三の感謝を告げたヒナは、足早にその場を立ち去った。
1人残されたセナは適当に墓地を散策し、見知った者達の名前が刻まれた墓を見て回ると、最近新しく立てられた最後の知人の墓の前で大きく息を吐きながら、誰にも表情を見せないようその場で暫く蹲った。
あの戦いから、それなりの時間が経過した。
死滅回遊の
マルクトがキヴォトスにばらまいた1000万の特異体は少しずつ殲滅が進められ、今では特異体の爆発源となった元ミレニアム自治区や僻地であるアビドス自治区など、人の手を入れにくい場所以外ではほとんど特異体は見られなくなった。
同様の理由でこれらの場所にある
勿論トリニティを初めとして自然発生する特異体も存在し、その被害を完全に抑制できている訳では無いが…それでも、ここはキヴォトスなのだ。
そこに住む者達の逞しさは語るまでもない。
銃撃や爆撃騒ぎなど日常茶飯事、失われた命はどうしようもないが、建造物の被害ぐらいならばいつの間にか復旧してしまうだろう。
全ての
キヴォトスの外へ避難していた者達も少しずつ戻りつつあり、数年もすればまた良い意味でも悪い意味でも元に近い賑わいを取り戻す筈だ。
Keyが倒された後、あの時Keyが取り込んでいたクズノハはヒナからKeyが剥がされた影響で同時に引き剥がされたようで、今は聖園ミカとマルクトの戦いで崩壊した黄昏宮の奥深くにある”実体”に微弱ながら宿っている。
殆どの神秘を搾り取られ意思伝達することも叶わない状態にあるが、影響力が明らかに弱まっているとはいえそこに存在しているだけでキヴォトスに存在する大結界をある程度安定させる基盤となってくれるだろう。
願わくば、いつか力を取り戻して彼女に色々と問質したい者もいるが…それがいつになるかはまだ誰も知らない話。
今はあの戦いによって崩壊したサンクトゥムタワー、その代わりとして新たに発足された『新連邦生徒会』の仮本部として使われているビルでは様々な議論が交わされていた。
そして8時間32分にも及ぶマラソン会議を終えて…
「…はぁ。疲れたわね…」
「お疲れ様、リオ
「…ありがとう、アオイ」
元のマルクトの傀儡として支配された連邦生徒会は小鳥遊ホシノらによって解体され、新たにそのトップとして着任することになったリオは連日多忙の日々で流石に疲れが見え、目の下に隈を作りアオイから受け取った妖怪MAXをグビグビと飲み干している。
現在の連邦生徒会の構成員はかつてマルクトによる傀儡化が完全になる前に組織を見限り、連邦生徒会を退いた者達…その判断が出来るだけの能力と正義を持った者達で再構成されている。
人数は多くは無いが、後々新たに役員も増やし組織としての立て直しを図っていく方針だ。
そしてその上に立ったリオは特異現象捜査部の部長も兼任し、組織としては前よりも良いものに改善されていくだろう。
大変な日々ではあるが、ヒマリやホシノに託されてよりキヴォトスに貢献する為に務める今の立場にやりがいを感じていたリオは、隣で見た目だけは有能秘書に見えないこともない後輩をじっと見つめた。
「それにしても…貴女が現場を退くとは意外ね」
「私としても苦渋の決断だったけど、後輩がもう戦わないでと煩くてね。本当はもっとシスターの隣に立ちたかったのだけれど…シスターはもう私が居なくても充分やっていけるでしょうし。それに特異現象捜査部に来る前は連邦生徒会の下っ端役員をやっていたしね。元鞘に収まったとも言えるわ」
「…そう、ならこれからよろしく頼むわ」
「仰せの通りに、リオ
「…やっぱりそっちの方が馴染みがあるわね」
くたびれたように笑うリオに、アオイもまた悪戯っぽい笑みを返し、ポツリとリオに聞こえないように呟いた。
「…まあ、それ以上に今の連邦生徒会で働くのもやりがいがあるからね♪」
同じく新連邦生徒会仮本部、そのビルの一室でカヤは久しぶりに会った気がする知人と話に花を咲かせていた。
「外の世界はどうだったでしょうか?避難した方々の不安も相当でした筈ですし、大変だったのでは?」
「それは…そうですね。見知らぬ土地で見知らぬ人と共に限られた範囲での生活を余儀なくされたのです。時折暴動が起きては鎮圧するのにとても苦労しました…ですが、きっと貴女の苦労には及ばないでしょうが」
談話室でコーヒーを片手にカヤが話す相手は、死滅回遊が始まった前後の連邦生徒会の空気の不穏さを感じ取り辞職し、以降キヴォトスの住民を外の世界に避難させる活動に参加していたリンだった。
カヤも含め、新連邦生徒会に復職した2人は今では数少ない前連邦生徒会の生き残りとして互いの苦労を分かち合っていた。
特にリンは、逃げてしまった自分と違い最前線に立ち自らの命を懸けて戦ったというカヤに自虐も含めた尊敬の念を抱いていた。
「まさか。人々の命を守るというのも大切な役目…それを全うしようと務めたリンさんをどうして私が下に見ることが出来ますか。私だって、貴女のことは尊敬しているのですよ?私が尊敬する七神リンを、貴女の口で下げるようなことはしないでください」
「…失礼しました。どちらにせよ、今の私がやるべきことは変わりません。今度こそ、キヴォトスをより良くするために…」
「その意気です!さあリンさん。私達が目指す超人への道はまだまだ遠いですよ!」
「超人…?私は別にそんな…」
「良いじゃないですか、今だからこそキヴォトスには
「…ふふっ…はい、そうですね」
何か心境に変化があったのか以前見た時より吹っ切れた様子で前向きに、饒舌に話すカヤに思わず小さく笑ってしまったリンは同時にカヤの話であの”超人”を思い出し、懐かしさに胸を抑える。
その様子にキョトンとしたカヤだったが、普段閉じたような糸目を開くと慌てたように何処かからカップを取り出しコーヒーを淹れ始めた。
「リンさんも長時間の会議で疲れているんですね!気が利かなくてすみません、本当はもっと良いコーヒーを味あわせたいですが、今はインスタントのものでよろしいですか!?」
「…はい、では今度オススメのコーヒーとやらも教えて頂きたいですね」
「是非、腕によりをかけて淹れましょう!」
「おう、お前ら元気だったか〜?」
「あ、レンゲさん!お久しぶりです!」
「あの時以来ですね。たまに顔を出してくれれば良かったのに」
レンゲが会っていたのは、死滅回遊にて百鬼夜行自治区の
死滅回遊に巻き込まれた者は特異現象捜査部の者が保護して周り、
それはミチルとレイも例外ではなく、あの戦いでの負傷は勿論片腕を失っていたミチルは新たに義手を作って貰っていたようで、本人はそれを大変気に入っているようだった。
「見て見てこの義手!特異現象捜査部って所のエンジニアさんが作ってくれたらしいんだけど、指から弾丸が飛び出したり手のひらからバズーカが撃てたり、しかも自爆機能まで付いてるんだって!」
「いや自爆機能はいらねーだろ。何考えてんだあの奇天烈エンジニア」
「忍者の中には自分の身体をサイボーグに改造してるものもいてね、私もこれからはその方向性で忍者として鍛えていこうと思ってるんだよね!」
「やめとけ…とは言わねぇけど…色々間違ってる気がするんだけどなぁ…」
目の前の純真な少女の夢を壊すことを言ってしまうことに気を遣い、悩むように頭を搔くレンゲに隣で話を聞いていたレイはバットの柄の方でレンゲの頭を軽く小突いた。
「いてっ…何だ?」
「あの時よりもっと良い顔してるじゃないですか。今なら更に良い試合が出来ると思うんですけど…一戦どうです?」
「あー…いや、今はやめとこう。それよりだ…お前に耳寄りの情報がある」
「?」
「なんでもウチの後輩が事が落ち着いたら人を集めて野球がしたいって煩くてな。特異現象捜査部の連中は勿論知り合いも呼んでいい事になったんだが…来るか?」
「…っ!はい!行きます行きます!なら決着はその時につけましょう!」
「あ〜!ずるい!私もやってみたい!」
「はははっ、お前らならウチの馬鹿共とも馴染めそうだな」
「あ、それどういうことですか!?ちょっと馬鹿にしてません!?」
普段関わりの浅い相手に心を開かないレンゲだが、1度命を預け合ったぐらいでこの2人を悪くない友人だと認識してしまっている辺り、随分と自分も甘くなってしまったものだと自嘲する。
或いは…ずっと背負っていたものをようやく降ろせた結果かもしれない。
(…あいつの頼みも果たしたし、これからはもうちょっとのんびり青春を楽しんでみるとするかな)
今はもういない幼馴染のことを思い出しながらも、レンゲはミチルとレイをクロコ達に紹介しようと連れていくことにした。
「…何やってるですかぁ?」
「せめてもの供養。皆必死だったのは分かるけど酷いんだから」
あれからまた社会に溶け込もうとしていたシュロを突然引っ張るように連れ去ったアツコが向かったのは、Keyとの決戦の地となったD.U.の中央区。
完全に壊滅し、連邦生徒会の本部も移された為今でも復旧の目処が立っていないその瓦礫の海で、アツコは適当に地面に突き立てた棒の前に、最近やっと見つけたそれ───長い鎖で繋がれた2丁のサブマシンガンを置き、両手を合わせて黙祷した。
一応シュロもそれに倣って黙祷すると、気が済んだらしいアツコはシュロの肩に腕を回した。
「それで、最近調子どう?」
「…また怪談家として一から始めてるですよ。と言っても今のご時世じゃ見せる相手なんていやしねぇですけどぉ」
「そう?じゃあ私が見てあげるよ。そういう約束だしね」
「まだ手前の怪談は満足のいく出来じゃないんで、また別の機会にでも頼みますよぉ。今は編集者と相談しながらコツコツ進めてるです」
「編集者…って言うと前に話してた特異体…怪談に変えちゃった人?」
「手前の秘儀で変えたものは普通の特異体とは性質が違うらしくて、狼の人が恐怖とやらを注ぎ込んだら元に戻ったですよぉ。謝り倒してなんとか許してもらったです」
「ふぅん…あ、そういえばクロコちゃんとはあれからまだ会えてない?秘儀貸してもらってありがとうね」
「別に、良いですけどねぇ」
クロコが対Keyを見越して
シュロ本人とアツコの圧倒的な戦闘経験の差であのかなり一方的な勝負になったが、シュロの秘儀としての強さはアツコのものにも劣らないだろう。
ちなみに
ともあれアツコからの力添えの感謝に適当に返したシュロは、先程から馴れ馴れしく肩に腕を回してきているアツコの手を振り払う。
「はぁ…それより、手前さんはこんな所にいていいんですかぁ?手前さんのところの監督オペレーター?とやらにこの前会いましたけど、探してたらしいですよぉ?」
「ふっ、私はまだまだ諦めないよ。いつかキヴォトスに賭けと熱を普及させるんだから。今度ノドカとまたファイトクラブ作らないとね」
「ダメですこいつ手前よりやべー奴ですよぉ」
「どうしようかなぁ…」
少しずつキヴォトスの復興が進みある程度人の流れが戻りつつある通りで、俯きながら歩くのは栗村アイリ。
死滅回遊の時はアリスに出会う前、脅されていたとはいえ人殺しに加担してしまったことをアイリは未だに気に病んでいた。
死滅回遊に巻き込まれ止むを得ず人の命を奪ってしまった者に対して特異現象捜査部と新連邦生徒会は本人の情状酌量を考慮した上で罪に問わず、今後特異現象やアウトローに対しての自衛以外で秘儀や神秘を使わない契約を結ぶことで日常生活に戻ることを許しているが、それでも本人の罪悪感までは拭えない。
特にアリスという眩しい勇者に憧れたアイリにとってはいっそう自分が惨めに見えるものだ。
(アリスちゃんは私にありがとうって言ってくれたけど…結局私は皆が戦ってるのに何も出来なかった…助けられるばかりで…変わってないなぁ、私。もっと…良い人になりたいなぁ…)
自嘲気味に笑ったアイリは気を紛らわすように足を運び、丁度今日最近営業を再開したと聞いたお気に入りのアイスクリーム屋へと立ち寄る。
買うのは勿論チョコミントアイスクリームだ。
好物であるそれを食べながら、しかしあまり美味しいと思えないまま通りを歩いていたアイリだったが…
「あーーー!アイスクリームなんて今売ってるの!?ねぇねぇ!それどこで売ってるの!?」
「…へ!?」
「おお、何やら大層な出来事があったらしくて何処もスイーツショップが閉まって愕然としていたけど、1つでも開いている店があったなんて…そこの同士、ちょっといいかね?」
「え、同士…?」
不意に、アイリに絡んできた2人組。
どうやらアイリの持っているアイスクリームに反応したらしい2人はアイリを取り囲むと、周りの目も気にせずぐいっと距離を詰めてきた。
「ちょっと、それ売ってた店教えてもらえるかしら!?」
「私達はここ最近過度のスイーツ不足で行き倒れそうになっていた哀れな放浪者、恵が欲しい」
「こいつのは言い過ぎだけど、いいかしら?」
「え、あ、は、はい…あっちのアイスクリーム屋で…」
そうして勢いに流されるままに2人を先程のアイスクリーム屋へと案内したアイリ。
そして案内を受けてそこに辿り着いた2人は目をキラキラと輝かせると、空いている方のアイリの手をギュッと握った。
「ありがとう!あなた良い人ね!」
「良い人…私が…?」
「スイーツを愛する者は皆同士、そしてスイーツを愛する者に悪い人はいない。私達のこの出会いはまさに溶けて混ざり合う ミックスアイスクリームのようだとは思わないかね?」
「…?」
「こいつの戯言は気にしなくて良いから、良かったら一緒に食べましょうよ!オススメとかある?」
「え、えっと…それならこのチョコミントアイスとか、こっちのチョコチップミントアイスとか…!」
癖と勢いの凄い2人に気圧されながらも、それでもスイーツ好きというもので通じることがあったのか…アイリは満更でもない様子で自分の好みアイスの紹介を始めるのだった。
「いや〜、流石に私達は許されませんでしたね〜」
「仕方ありませんわ。元々特級指定のアウトローとして追われておりましたのですから。むしろまだ温情を受けてもらっている方です」
「私はお前達よりは早く出られるらしいがな」
特異現象捜査部本部であるS.C.H.A.L.E、その地下に存在する牢獄。
そこに留置されていたハナコ、ハルナ、ツルギはこんな状況にも関わらず和気藹々と会話に興じていた。
ツルギはクロコからの進言により調査記録の見直しが行われ、カンナの協力もあってこれまで疑われてきた事件の容疑が晴らされている。
とはいえ特異現象捜査部やヴァルキューレからの追跡から逃れるために多大な破壊を行ったのは事実であり、その部分が問題視され拘束されるに至った。
ハナコは元々迷惑行為を行っていたのに加え、同じくヴァルキューレや特異現象捜査部から逃れるために建造物等に少なくない被害を与え、多くの怪我人も出している。
ハルナに至っては自発的に大規模な破壊活動を行い、追跡する特異現象捜査部に少なくない被害を与えているため言い逃れが出来ない。
とはいえ、マルクトを追い詰めることに協力したことを認められ恩赦が与えられ、今後の社会福祉活動への参加と迷惑行為の規制を条件に罰は緩和されている。
「クロコさんにも感謝しないと、ですね♡全員出れたら一緒に戦った好でクロコさんも誘って食事にでも行きませんか?」
「それでしたら、カヤさんも誘いましょう!私のイチオシの店を紹介いたしますわ!」
「頼むからまた迷惑かけて牢に逆戻りとかはやめてくれ…だからこそその時は私もお前達に目を光らせるからな」
「あら怖い♡」
「心配いりません、私の目で見極めたお食事処で私が迷惑を起こす道理などありませんわ」
「…心配だ。クロコにもよく言っておくか…」
キヴォトスの治安維持を行うヴァルキューレ警察学校。
ミレニアムでの事件を皮切りに普段の数倍奔走するようになり、それに当たって多くの犠牲者が出たヴァルキューレではそれまでの暗い雰囲気から一転、希望の光が差し込んだかの如き盛況を見せていた。
しかしその中心ではそれとは真逆に非常に気まずい空気が流れている。
その人が帰ってきたのを発見していの一番に会いに行ったキリノは、随分と雰囲気が変わった様子のその人を前にかける言葉に迷っていた。
「あ、あの…!か、カンナ局長…」
「…悪かったなお前達。私の勝手な用で長いこと空けてしまって。辛い思いをさせたな…どうか、お前達を置いて行った私を罰してくれ」
「そんなことを言わないでください、局長!局長が私達の知らないところで戦っていたことは特異現象捜査部というところの人から聞きました!」
「それでも…私には償わなければならないことがある。勿論、今私に出来る仕事を終えた後になってしまうが。急に矯正局に行っても、お前達により迷惑を掛けてしまうからな。事が落ち着くまでは私が前線に立って指揮を取ろう」
「そんな、矯正局なんて…」
納得がいかない、とはキリノは言えなかった。
カンナから正義というものを教わり、それを信じ続けていたからこそ今のカンナの全てを肯定することは出来なかった。
罪は、償わなければいけない。
やむを得ない事情があったとしても。
それでも、やるせないことに変わりは無い。
そのキリノの心情を察したのか、カンナは優しい手つきでキリノの頭にポンと手を置いた。
「っ…局長…」
「私はお前たちのことを大切に思っている。だからこそ、私はそんなお前達の信頼を蔑ろにしてしまった私のことが許せない。だから…この三流悪党を責めてくれないか?」
「…でしたら…局長の馬鹿!勝手にいなくなって私が、私達がどれだけ心配したと思ってるんですか!皆悲しんでたんですよ!皆悲しんでたから…代わりに私が怒ります!局長は本当に馬鹿です!絶対に、絶対に許しませんからね!また…帰ってきてくれないと、許しませんから…」
「…ああ、すまない」
カンナはキリノを抱き留め、胸の中で泣くキリノの背中を優しく撫で擦った。
それを、キリノと同じように直ぐに会いに行こうとして2人の会話を近くで聞いていたレイサは、今出ていく気にもなれずその場を後にし、一息つこうと外へと出た。
自分も沢山話したいことはあったが、また別の機会でも良いだろう。
それにカンナがどうしても矯正局に行くというのなら、何度でも面会でもしにいくつもりだった。
今は自分に出来る仕事を全うしようとレイサが決意を改めていた、そんな時───
「…え?」
「よっ」
一陣の風が吹き、レイサは呆気に取られる。
その視線の先に立っていたのは、随分前に離れることを決めもう二度と会うことは無いと思っていた…ライバル。
イメチェンか実際に何か怪我をしたのか、片目に眼帯を付けた杏山カズサが気安く片手を上げながら挨拶をしてきていた。
「な…どう、して…」
「あんたさぁ…本当に馬鹿だよ。ここの局長さんも勝手にいなくなったこと申し訳なさそうにしてたけど、私にとってはあんたがその局長さんだったんだけど」
「…」
ドクン、ドクンと胸が脈打つ。
恐れと、後悔と、恥ずかしさが混同した思いがレイサの頭を駆け巡る。
そんなレイサにスタスタと遠慮なく近寄ったカズサはレイサの目の前に立つ。
レイサは今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。
この後何を言われるのかが怖かった。
ただひたすらにこの少女の前に自分が立つことがおこがましく、酷く恥ずかしかった。
カズサが何か口を開こうとした瞬間に振り向いて駆け出そうとしたレイサだったが…その手を掴んで引き止めた。
「あ…」
「また逃げるつもり?じゃあ勝負は私の勝ちのままで良いんだ?」
「わ、私は…」
「そんなんじゃないでしょあんたは。勝手に人の椅子の隣に座るどころか同じ椅子に無理矢理座ろうとしてくるのがあんたでしょ。今更逃げられると思わないで。私の…ライバルはそんなに情けないの?私は、あんたが相談できないほど信用出来無かったの?」
「そ、そんなこと…!杏山、カズサは…関係…」
「関係ないなんて言わせない。私の青春に乗り込んできた以上、あんたも私の青春の一部だったんだから。それに勝手に居なくなられた私の気持ち分かる?」
「…」
「はぁ…馬鹿ばっかり…」
言葉を無くしたレイサの腕を引いたカズサは、適当に近くにあったベンチにレイサを座らせると、カズサもその隣に乱暴に腰掛ける。
そして逃げ出さないようにその肩に腕を回してがっちりとホールドした。
「あの…杏山カズサ…これ恥ずかしいです…」
「だったらさ、話してよ。今からでも遅くないからさ。きっと」
「…良い、のでしょうか…私なんかが…」
「あんたが大したことないんだったらそのライバルの私も大したことないってことになるんだけど」
「っ!」
「…まあ、気持ちが分からないとまでは言わないからさ。少し落ち着いて、ゆっくりとでいいから取り戻そうよ。無くした時間も、青春も。私達、まだまだ子供なんだよ?」
「そう…ですね…では、何から話しましょう…?」
「あんたここで友達出来た?私もあの後色々癖強い連中が出来たんだけどさ」
「そ、それでしたら私だって凄く素敵な友達が…それに先輩も出来ました!」
「お?じゃあ、今度はどっちの友達のほうが素敵が勝負する?私も先輩の癖の強さなら負けてないよ〜?」
「なんで癖の強さを競おうとするんですか!?まあ良いです!その勝負乗りましたよ!」
少し挑発すればあの頃の威勢と生意気さを取り戻したレイサに、カズサは長らく見ることのなかった心からの笑顔を見ることが出来た気がした。
本当にいつぶりだったろうかと感慨に耽りながら…この馬鹿とのくだらない時間はこんなにも楽しいものだったかと、過去の冷たくあしらっていた時代をちょっぴりと後悔したのだった。
「それで、今はミネさんと一緒にマルクトがばらまいた遺物を埋め込まされた人達の救出をしてるんです!アリスとミネさんの力なら、遺物に宿る名も無き神々をその人の肉体から引き剥がして助けられる可能性がありますからね!…ただ、他の全ての受肉体を剥がし終わったら最後にミネさんも同じように剥がさないといけないんですけど…」
「そうか、友との別れとは何時の時もままならないものだろう?それでも…今のアリスは以前よりさらに成長したように見える」
アリスが訪れていたのは特異現象捜査部の管轄にある病院。
その病室で…ベッドに横になるセイアにアリスはこれまでの話を聞かせていた。
良かった話ばかりではなく、過去に向き合い未来を見据えることを決めたアリスによる、偽りも誤魔化しもない辿ってきた全ての物語を。
その話を興味深そうに…そしてそれを喜怒哀楽を織り交ぜて語るアリスの様子を楽しみながら、セイアは相槌を打ちながら聞き入っていた。
やがて粗方の話が終わり、その内容を自分なりに咀嚼したセイアは感想を求めるように目を輝かせるアリスに、口端を緩めて穏やかな目を向けた。
「まず1つ…よく成長したね、アリス。正直に言って、ミレニアムの生徒として私に会いに来ていた頃の君がここまでになるとは私は思いもしなかった。勿論、精神的な話だ」
「そうでしょうか…?アリスは、立派な勇者になれたでしょうか…?」
「…これから私の言うことをよく聞くんだよ、アリス」
「…なんだか、懐かしい感じがしますね」
セイアの言葉にアリスは自分の全ての始まりとも言えるあの日のことを思い出す。
Keyの
「今から私が話すことは別だけどね…アリス。今の君に、最早私からの助言は必要ないだろう。自分の進むべき道を決め、過去と今と未来を区切れるようになった今の君には。そんな君に私が何かを言うのは野暮というものだ。だから、これから先私の言葉が君の道にノイズを与えるくらいなら───私からの助言などすべて忘れてしまえ」
「…」
「君はもう自分で自分の行く先を決められる。だから…」
「絶対に、忘れません!」
「!」
「セイアからの言葉が、ある意味アリスにとっての原点でした。アリスの物語の、始まりでした。それはアリスにとって、かけがえのない言葉でした。だから、絶対に忘れません。心の奥底に大切にしまって、ずっと大切に持ち続けています。いつか何か困った時に…また前を向けるように。そして…アリスは、もっとセイアに助けて欲しいです。だから、また…アリスが困った時には、助けてくれませんか?」
「…本当に、良いのかい?」
「はい!勇者の旅の支えに占い師は付き物ですから!」
「…私は占い師では無いのだけれどね」
呆れたように、しかし何処か嬉しそうにセイアはため息を吐いた。
本当に、この小さな少女はどこまでも勇者なのだと、そう思わずにはいられなかった。
ある日ヒナ、カズサと共に呼び出されたアリスはアヤネの操縦する車に乗って現場に辿り着くと、そこで改めて任務の詳細を聞かされていた。
「被害者はトリニティ自治区の2年生、詳細としては友人の顔が2週間ほど前から”変わって”見えるとの通報を受けました。ですが監督オペレーターが確認した限りでは件の友人さんに変化は見られず、逆に被害を訴えた側の方に神秘で干渉を受けた痕跡が発見されています」
「ん〜?ってことは…特異体の可能性は低い感じ?」
「報告を見る限りその人に残ってた神秘の痕跡も嫌がらせレベルね。勿論何かしらの意図が隠れてたりゲヘナの時の特異体みたいに後追いで被害が拡大する可能性もあるでしょうけど…」
「あるとしたらアウトローでしょうか?ですがなんの目的があって…」
「それこそ嫌がらせなんじゃない?やってることの規模からして特異現象捜査部が保護し損ねた死滅回遊の
「では、迷惑なアウトローによる悪戯ということですね!少しずつ皆さんが青春に戻りつつある今の時期、人々の不安を煽るようなことは許せません!行きますよ、ヒナ、カズサ!」
アリスの掛け声に頷いたヒナとカズサは、事件を解決するべく調査を開始するのだった。