Keyとの戦いから暫くの時が経ったキヴォトス。
各地に溢れた特異体は着実に鎮められ、外の世界や僻地に避難していた住民達が少しずつ元の住処へと戻り各自地区は賑わいを取り戻しつつある。
しかし平静平穏が常に続く訳もなく、どこかしらで傍迷惑な者が暴れるのもまたキヴォトスクオリティだ。
「はっ…はっ…クソッ…!」
トリニティ自地区の夜の街を駆け回るその生徒は、死滅回遊に巻き込まれマルクトにより後発的に秘儀を与えられた
あの地獄のような環境を死に物狂いで生き延びた彼女は折角手に入れた力で自分を貶めた忌々しいとあるトリニティの生徒に嫌がらせを行っていた。
散々自分を傷付け嗤っていたあの生徒が友人の顔を直視することが出来なくなり常に顔を青くする日々を送っていたのを見て鬱憤を晴らしていた彼女だが、当然特異現象による被害が起きればそれを感知して特異現象捜査部が動く。
そしてそんな彼女を追跡するのが…久しぶりの3人での任務に意気揚々と飛び出したアリス達だった。
「逃がしませんよ!」
「チッ…しつこい…!」
「こちらカズサとアリス。第2校舎南通りでターゲット発見。早く来てね〜」
『今行くから待ってなさい』
建物の屋根を伝って逃げる犯人を、アリスが真っ直ぐ追跡する。
それをさらに少し後ろに引いて追いかけていたカズサはインカムを通して別区域を捜索させていたヒナに連絡を入れる。
語気強めの返答にやれやれと肩を竦めたカズサは前を走るアリスへと声をかけた。
「アリスもまだまだ本調子じゃないだろうし、無理しないようにね」
「それはカズサもですよ。それにアリスは大丈夫です!恐怖での回復も覚え、パワーもスピードも増して神秘を扱う技量も向上した今のアリスに死角はありません!無尽蔵のHPを持っていますからどんな攻撃を受けてもへっちゃらです!もっと速度を上げて直ぐに捕まえて───」
「?」
そこまで言いかけて、アリスの足がピタリと止まる。
つられて足を止めてしまったカズサは何事かと首を傾げていると、カズサの方を振り向いたアリスは涙目を浮かべ、
「うわーん!視界がおかしくなりました!」
「デバフ耐性はゼロなんかい!」
耐久力に圧倒的な自信がありどんな攻撃を受けても突き進めるつもりでいたアリスだったが、犯人から受けた幻術の秘儀で視界を封じられてしまう。
あっさり無力化されたアリスにズッコケそうになったカズサはアリスを置いて飄々と逃げようとする犯人を追いかけようとするが…その先に夜だというのに濃くはっきり伸びる影を見つけ、ほっと息を着いた。
「馬鹿が…!」
追ってくるアリスに秘儀による幻覚を見せ引き離したと思った生徒はそのまま夜の闇に紛れようとするが───次の瞬間、足元の影から突如現れた巨大な犬のような式神に覆い被さり、前足で背中を押し付けるようにして生徒をその場に拘束した。
「がっ…な、何…!?」
「観念しなさい」
玉犬『渾』で犯人を制圧したヒナは、アリスとカズサが遅れてやってきた頃にはその生徒を縛り上げていた。
「いやぁ、油断しました」
「Keyを打ち倒した人物とは思えない無様を晒したわね。マルクトの方と戦ってたら一瞬でやられてたんじゃない?」
「ごめんなさい…」
「はいはいそのくらいにしときなって。で、君はなんであんなことしたのかな?」
「っ…」
アリスを揶揄うヒナを諌めたカズサは移送してもらう為のアヤネ達が来るまでに捕縛した生徒に事情聴取を進めると、出てきたのはトリニティらしい生徒達の闇の数々だった。
こういった話に嫌な思い出があるカズサは話を聞いている最中苦い顔をし、アリスもまた思うところがあるのか真剣にそれを聞いている。
「だから…あいつらが悪いんだ!散々人を傷付けた癖にのうのうと生きてるあいつらに、仕返しして何が悪い!」
「…気持ちは分からないでも無いけど」
「カズサ」
「分かってるって…」
その話に共感を見せたカズサをヒナが咎める。
理由はなんであれ、神秘や秘儀を悪用して一般の者に被害を与えるのは許されない事だ。
特異現象というものが、生徒の青春を歪めることはあってはいけない。
「だったら…私はどうすれば良かったの…?あんなに大変な思いをして、意味のわからないゲームに巻き込まれて死ぬ思いをして、なんのために私は生きてるの…?なんで、私だけが報われないの…?」
「「…」」
生徒の悲観に、ヒナとカズサは言葉に迷った。
特異現象がなくとも嫌なことはこの世界にはありふれている。
理不尽なんてものはいくらでもある。
誰かが幸福を享受する時、誰かが不幸になるのも世の道理だ。
それは逃れられないこの世界の本質のようで───だからこそ、勇者はそれを断ち切らなければいけない。
「大丈夫です」
「…?」
俯く生徒の前にかがみこんで目線を合わせたアリスは、穏やかな笑みを浮かべてそう告げた。
きょとんとして見つめ返す生徒に、アリスは両手を広げて自分の思いを語る。
「アリスにはあなたの苦しみが分かる…なんて無責任な事は言えません。その人がどれだけ苦しんだのかなんてその人にしか分からないんですから。それでも、アリスの友達にも似たような苦しみを抱えていた人がいました。結局は叶いませんでしたけど…その人も、最後には前を向こうとすることが出来ていました。だからきっと、変われます。変えれます───だって、アリス達はまだまだ子供なんですから」
「でも…もう私に居場所なんて…」
「…どうしても元いた場所が辛いなら、その時は…是非、特異現象捜査部へ来てください。こっちもこっちで大変ですけど、それでもあなたを拒む人はいません。その力を、誰かのために使うことが出来れば、きっと自分に自信をつけられる筈です!」
「良いの…?」
「はい!勇者になれる資格は誰にだってありますからね!もっと自分に期待して良いんですよ!」
「それにしてもやるね〜」
件の生徒は遅れて到着したアヤネ達によって連行されて行った。
被害はせいぜい嫌がらせ程度のものなので大して重い罰が下ることは無いだろう。
そうして去っていく移送車を見送ったアリスに、興味深そうにカズサが声をかけた。
「何がですか?」
「どさくさに紛れて人手を確保するなんてね」
「そういうつもりではなかったんですけど…」
「でもいいんじゃないかしら。どこに行くべきか分からない人に行き先を示せるのなら、立派な先輩になれると思うわ」
「先輩…そうですね、そういえばアリス達にももうすぐ後輩が出来るんでしたね」
街の端に積もる雪をチラリと見やったアリスはもぅそんな時期かとほのかに白い息を吐いた。
特異現象捜査部には夏頃に転入したので丸々1年活動していた訳では無いが、それでも思ったより時間の流れは早いものだと転入当時のことをしみじみと思い返す。
Keyの
特異現象捜査部を訪れた時のこと。
カズサと初めて出会った時の任務。
古聖堂での死を経験したこと。
ホシノに連れ回され領域を経験したこと。
コハルやユウカ、怨敵であるムツキとの出会い。
百鬼夜行支部との交流会やアオイとの出会い、特級のアウトローとの戦い。
ミレニアムでの事変で、多くの嘆きと悲しみを経験したこと。
モモイと共に行動したり、クロコに追い回されたこと。
死滅回遊の始まりとヒナと行動を共にしたこと。
カンナやカヤ、ミネと出会ったこと。
ヒナがKeyに乗っ取られたこと。
ホシノの復活とKeyとの戦いに向けてたくさんの準備をしたこと。
Keyとの戦いでホシノやモモイを亡くしたものの、最後には勝利を掴んだこと。
これだけの出来事が、半年程度の期間で起こったのだと思えばまさに激動という言葉が良く似合う、濃密な時間だった。
本当に、長いようであっという間に過ぎ去った時間だった。
しかし、これだけの騒動を乗り越え、キヴォトスの改革が進む今ようやくアリス達は始発点に立ったに過ぎないのだ。
またこれからも、きっと多くの受難がその道の先に待ち受けることになるだろう。
「…ヒナ、カズサ」
「「?」」
そんな未来のことを想像しながら、2人に声をかけたアリスはKeyとの決戦の前にホシノと話した時のことを思い出した。
『未来の話、ですか?』
『うん。この先アリスちゃんには、おじさんの力なんてなくても生きていける。そう思って欲しいんだ』
『…なんですかそれ。不謹慎ですよ』
『そう思うのも仕方ないかもしれないけど…私に何かあった時、繋いでいって欲しい遺志や夢もあるよ。でも今の私が私の終わりだとして、いつか皆は私より大人になるわけじゃん?その時に、1人くらい私のことを忘れて私とは全く別の強さを持つ人がいた方がいいと思うわけ』
『ホシノ先輩を忘れるなんて絶対に無理だと思いますけどね…なんというか、ホシノ先輩らしくないですよ?そんなに弱気で大丈夫なんですか?』
『ふっふっふ…若いね〜、おじさん羨ましいよ。これって結構強気なこと言ってるつもりなんだけどねぇ───
───期待してるよ、アリスちゃん』
「…これからも、頑張りましょう!」
「…うん」
「ええ」
アリスの決意の籠った言葉に、その内心までは分からずとも思いは伝わり、ヒナとカズサも力強く頷き返す。
その答えを受けたアリスは嬉しそうに笑うと、二人の間を抜けて監督オペレーターが止めていた帰還用の車へと歩いて行く。
「さあ、帰ったら皆でまたゲームしましょう!クロコ先輩達も呼んで今日は夜更かししてパーティですよ!」
「お、良いね。最近バタついてたから集まれる機会なかったもんね。確か今日明日で先輩達揃って休みだった筈だし」
「死滅回遊の反動を除けば思ったよりも特異現象の被害が減ってきてるものね。もう少ししたら、それこそまた顔見知り集めて野球でも出来るんじゃないかしら」
「そうと決まれば善は急げです!皆で『TSC』見学会ですよ!」
「「いやチョイス!」」
先輩を巻き込んでテロを起こそうとするアリスを止めるべく、駆ける背中をカズサとヒナも猛ダッシュで追いかける。
そうしてはしゃぐ様は命懸けの闘争を乗り越えた者達のものとはとても思えない───今を楽しんで生きる、ありふれた学生そのものだった。
「やあ、Key。あんたが先にくるなんてね」
「…こうして話すのは3度目でしょうか」
誰もいない真っ暗な空間。
そこでうつ伏せに寝っ転がりながら足をプラプラと揺らしていたムツキの前に、Keyが現れた。
「まさかここで人に会えるなんてね〜。マルクトが天国にも地獄にも行けないって言ってたからてっきり何にもないかと思ってたんだけど」
「ふむ、となると思うにここは死者の通り道のような場所なのではないでしょうか。貴女の場合はそこに思念、というより残滓がこびりついていると。その様子では他の誰かには会えなかったようですし…こうして巡り会えたのは天童アリスという縁があるからこそなのではないでしょうか?」
「あいつとの縁?嬉しくないな〜…」
「…それにしても、随分と寛いでいますね」
「住めば都っていうか〜?結構静かで悪くないよ」
へらへらとそう言うムツキにKeyは呆れていると、途端に真顔になったムツキは身体を起こして胡座をかくと、その冷たい目でKeyをじっと見つめた。
「…あんたに聞きたかったんだよね。嘘ついてたでしょ?自分にも他人にもただ身の丈で生きてるだなんてさ」
「…否定はしません。私には、長い旅の共をしてくれた従者がいました。世話焼きで、過保護な名も無き従者が。そして度々迷惑や面倒をかけてくる、しかしいつまでも私に飽きることなく絡んでくる友もいました。それ以外にもしつこくつけ狙ってくるストーカーや女神も…そんなあの者達と過ごした時間は、私にとってかけがえのないものでした。しかし、私はそれ以上のものを求めてしまった。生み出されたことに報われたいと、飽くなき欲をかいてしまった。その時点で、私は私の身の丈を弁えていなかったのでしょう。もし、それを理解出来ていれば…私は、違う生き方を選べたのかもしれません」
「はっ、何それ。Keyってば随分と丸くなっちゃったんじゃない?」
ムツキが揶揄うように言うが、Keyはそれを気にせず振り返るとその場を立ち去ろうとしてしまう。
慌ててムツキは追いかけようとするが、顔だけ振り返ったKeyの視線に貫かれ足を止めてしまう。
「っ…!」
「変わってしまったのは当然でしょう。負けたのですから。そうですね…思えば、天童アリスとの出会いが最後の機会だったのかもしれません。あの時、まだ別の道を選べたのではないか…それに気付いたのが最後のあの瞬間だと言うのは、我ながらなんとも間抜けな話です」
そう言い残したKeyは穏やかに笑うと、そのまま先の見えない闇の奥へと歩み出す。
トリガーAIとして生み出されたKeyも、ヘイローを持ちうる以上は死後輪廻の輪に加わり、また新たな生まれを待つことになる。
果たして次に生を受けた時は自分がどんな存在になりどんな出会いをするのか…それに僅かばかりの期待をしながら、前へと進むのだった。
一方その背中を見送ったムツキは暫く押し黙っていたものの、沸々と苛立ちが込み上げるのを自覚した途端胸の内を爆発させた。
「あんたまで満足そうな顔をしちゃってさぁ…結局報われないのは私だけ!?あ〜もう!こんな暗い場所でずっと1人なんてやだぁ〜!アルちゃん達に会いたい〜!」
時は移り行き、季節は変わる。
そんな日々の中で、キヴォトスに溢れる特異現象は徐々に数を減らしつつあった。
かつて小鳥遊ホシノが生まれたことでキヴォトスを巡る神秘の均衡が崩れ特異現象の力が強まったように、圧倒的な神秘の権化であった名も無き神々の王女、Keyが消滅したことでその存在が傾かせていた均衡が元の形を取り戻し、特異現象の力が大幅に弱体化したのではないかというのが定説だ。
それでも、完全に特異現象がなくなった訳では無い。
未だにその被害を受ける者や、傍迷惑なアウトローによって青春を邪魔される者はいる。
特異現象捜査部の…アリス達の青春を廻る戦いは、これからも続くのだろう。
だが…その戦いの果てに。
もし、誰もが青春を邪魔されず、その平成を脅かされずに生きれるようになったのなら。
もし、もう戦う必要がなくなったのなら…
その時に、失った時間を取り戻すようにまた改めて始めていけばいい。
アリス達の物語────
────私達の、
あとがき
今年の1月頃から描き始めた本小説、『ブルア廻戦』
原作である『呪術廻戦』と並行して描き始めたこの物語に最後までお付き合い頂いたことにまず感謝申し上げます。
当初はとある掲示板でのネタから始まったブルア廻戦という概念を自分なりに踏襲し、ブルーアーカイブのキャラに呪術廻戦のキャラの配役を割り当てることで作り上げた本作。
キャラの配役によって立場や関係性か大きく変わることもあり、それを出来るだけ両作で不和が生じないように落とし込む事がなにより書いてて難しかったですね。
特にアオイとかが顕著ですが、どちらか一方のキャラの個性が強すぎた場合そっちにキャラの個性が傾き過ぎてしまうのも反省点の1つでした。
また戦闘シーンに関しては肉弾戦が多い原作呪術廻戦に銃撃戦をメインにするブルーアーカイブの戦闘、そこに様々な術式=秘儀を組み合わせた幅広い展開を作りたかったものですが、作者の技量不足により1部単一的なものになってしまったかなと、そこも改善点の1つになるかと思います。
書いてて楽しかったことは、キャラの立場や関係性が変わっていることによって本来ブルーアーカイブにおいて関わりのないキャラ同士を関わらせ、関係を構築させていくことでしょうか。
例を挙げればレイサがワルキューレに行ってキリノと絡んだり、セナがホシノとユメの青春時代を共にしていたり。
特異現象捜査部内でも色んなキャラが集まっていて本来見れない絡みを見ることが出来ますが、各配役に合いそうなキャラをそれぞれ当てはめて行った結果S.C.H.A.L.E本部の方はいい感じに出身校がバラけた感じになったのが面白いですね。
個人的には狗巻役のミノリや綺羅々役のノドカにももうちょっと出番を与えたかったですが、それぞれの立場や配役的に中々描くのか難しかったので技量不足を実感しますね。
本作で敵側として描かれたムツキは特に作者の筆が乗ってたりしました。
配役元の真人が作者が好きなキャラなのもあって、我ながらいい塩梅に仕上がったのではないかと。
Keyもまたブルーアーカイブ本編ではなかったような大暴れを行い、最後の最後には救いを得られたのでしょうかね。
マルクトや司祭はブルーアーカイブ本編において存在はすれど描写がほぼない為半ばオリキャラのようにもなっていましたが、配役元が良いキャラをしていたのでそちらに個性を寄せて書かせていただきました。
今後について、ボチボチ番外編を幾つか投稿する予定ですが、大まかなブルア廻戦という物語はここで区切りとなります。
ソシャゲの方のストーリーも同じように書くことも考えましたが、流石にモチベーションが続くとは思えないので当分はナシの方向で。
最後に改めて、長い間本作を応援して頂いた皆様には心からの感謝をお伝えします。
ご愛読、ありがとうございました。