ブルア廻戦   作:天翼project

110 / 155
今回はオリジナルの番外編でお送りします


アウトローな1日

 

 

 

「…」

「ねえカヨコ、本当にこっちで合ってるのよね?」

「うん、入念に裏を取ったから間違いない筈」

「なら良いけど…」

「もう1時間ぐらい歩いてるしね〜。ハルカちゃんは大丈夫?」

「わ、私のことはお構いなく…足でまといでしたら死んできます…!」

「いいわよそんなことしなくて…」

 

とある日のこと、アル率いるアウトロー4人組は人の気配もまるでない鬱蒼とした山の中を歩いていた。

夜は深く、鳥の鳴き声が不穏に響く中で先導するカヨコに従って進んでいたアルはいつもの調子のハルカを窘めつつ少し振り返り、遠方に見える明るく色付く街の景色を見て鼻を鳴らす。

 

「ふん…生意気に輝いちゃってて嫌になるわよ」

「カッコつけた感じで言ってるけど拠点が吹き飛んじゃったから羨ましくなってるだけだよね?」

「う、うるさいわよ!あんな騒がしいところから離れられてせいせいしてるの!」

 

数日前に他のアウトロー集団との抗争でそれそのものには圧勝したものの、色々あってピタゴラスイッチ形式で拠点にしていた建物が吹き飛び気が立っているアルはムツキからのからかいを一蹴する。

アルの不機嫌な様子につまらなそうにしたムツキはむすっとした表情を浮かべ、八つ当たり気味にその原因となった…肉塊へと変えて袖に取り込んだ()()()()()()をスルスルと蛇のように腕に巻き付け、ナイフで軽く刺したりして弄んだ。

物言わぬ肉塊はそうして刺激される度にピクリと震え、まるで解放されようとしているかのように自ら傷口を広げようとするが、その前に無情にもムツキの操作によって傷は修復される。

 

「…それ音が気分悪いから後で私のいない所でやってくれない?」

「そう?私は小気味良いけどね…まあカヨコちゃんがそう言うなら。ハルカちゃんも後で遊ぶ?」

「わ、私なんかがそんな…」

「好きにすれば良いじゃない。貴女に比べてなんの価値も無い連中なんだし…っと、そろそろかしら」

 

そうして進んでいた時、木々の奥から聞こえてきた音にアルは口元を緩めて張り詰めていた雰囲気を柔らかくする。

今回ここに来た理由が理由だけにそれで気を緩めるのもおかしな話だとカヨコは内心思うも、実際のところ”本来のターゲット”を思うとそれに目が眩むのはアルらしいとも考えた。

 

そうして4人が抜けた森の奥───そこにあったのは、湯気が登り立つ秘境の天然温泉。

誰かが手を加えたのか、温泉を石で囲っていたり近くの木を伐採していたりと随分と整えられた印象を受ける。

温泉は広さも中々、この様子ならば温度も丁度良いのだろう長いこと歩いてきたアル達が身体を休めるには絶好の場所だ。

 

「ああ…感動するわね…拠点が吹き飛ばされて以来お風呂にも入れなかったし…」

「だね〜。どうする?もう入っちゃう?」

「その前に警戒でしょ。ターゲットの確保を建前に情報を貰ったんだから…私が式神を放つから索敵はそっちに任せて」

「ええそうね。相手はアウトローとしての()()なんだから…たっぷり手解きしてもらいましょう」

 

そこからの行動は早く、カヨコは10体程度の中型の式神を森の中に放ち辺りの警戒をさせる。

アルは周囲を見渡して適当な高い木の上まで身軽な動きで飛び上がると、枝の上に腰を下ろして愛用のスナイパーライフルを構えた。

その下ではハルカが守りに付き、野生動物さながらに神経を集中させて目を光らせている。

 

「ムツキはどうするの?」

「私は〜…どうしよっか。せっかくだしガンガン前出てこうかな」

「ムツキの秘儀は確かに無敵みたいなものだけど…あんまり無茶すると社長に心配されるよ」

「くふふ、それはそれでってね。皆が危険に晒される事も無いし、今回ばかりは相手が相手だし…ちょっと頑張っちゃおっか」

「…私の式神の指揮権をムツキにも貸すから、必要になったら使い潰して良いよ」

「うん、ありがとう」

 

カヨコの気遣いに優しく笑ったムツキは、放たれた式神達を追って森の中へと降りていく。

アルがいる木の方を見上げて射線が通っていることを確認すると、地面を指差し何かを測るように指先をあっちこっちに向け…適当な位置に担いでいた鞄から取り出した地雷を埋めていく。

 

そうしてアルが陣取る木を中心に地雷を埋めていると、端末が通知を受け取って震え、ムツキはその内容を確認する。

 

「…くふっ」

 

内容はカヨコからの連絡で、『放っていた式神が一瞬で3体やられた』というもの。

カヨコが秘儀で作り出す式神は強力で、今回はあまり目立たせないように普段よりサイズを落とした分弱体化しているがそれでも2級〜準1級の特異体に相当する力がある。

それを3体もあっさりと仕留めてしまうとなると…

 

「方角は…あっちか。もう移動してるかもだけど、見に行こっかな」

 

 

 

 

 

 

 

「…困りましたねぇ…まさか拠点の1つが知らぬ間に制圧されているとは…こんなことなら自爆装置でも仕込めば良かったでしょうか…ですがあの温泉も気に入っていましたし…むう、歯痒いですね。さっさと追い出せれば僥倖、最悪捨てれば良いだけですか。いえ、場所が割れている以上同じ場所に留まることは…」

 

バラバラに解体され神秘に還元されて霧散していく式神達。

その神秘が蛍のように空へと登っていく幻想的な景色を背景に、1人森の中を歩くピンク色の長い髪と前を全開にした白いワイシャツ1枚だけを羽織った破廉恥な格好の女───浦和ハナコ。

アウトローとしては特級に区分され連邦生徒会及び特異現象捜査部から危険視されている彼女は、本来自身の隠し拠点がある温泉の方向からひしひしと感じる殺気に眉を顰める。

それに加え、その殺気の持ち主が普段追ってくるような雑多な相手ではなく明らかに強者だと断定できるようなプレッシャーを含んでいることから、下手にぶつかるのは悪手だと断じた。

 

ならばここは惜しいが、リスクを避ける為にも逃げるべきだと踵を返そうとして───

 

 

 

「ねえどこ行くの、おねーさん?」

「!」

 

不意に声を掛けられた瞬間…否、それより早くそのおぞましい気配が迫っているのを察知した瞬間、ハナコは秘儀を発動して空間を掴み、自身へと伸ばされた腕を巻き込んで空間を歪めることで接触を回避した。

 

「あれ?」

薄衣(うすらい)

 

空間の歪みに合わせて自分の腕もぐにゃりと曲がったことに襲撃者…ムツキが呆気に取られた隙を突き、ハナコは両腕を突き出してムツキのがら空きの胴へと叩き込み、直線上にあった木々を何本もへし折って飛んでいく威力で吹き飛ばした。

 

なんとか奇襲は回避したハナコだったが、それだけ派手な攻撃を行えば当然他に控えているムツキの仲間にもその位置を把握されるわけで…

 

「1、2…3、4。4人ですか、面倒ですね」

 

温泉の近くに聳え立つ高い木の上からの狙撃をハナコは空間を掴んで歪め、その歪みに捉えた弾丸を掴んだ空間ごと自身の周りで1周させて撃ってきた方向へと打ち返す。

弾丸は木の上のアルへとまっすぐ飛び…地上から飛び上がってきたハルカがそれを受け止め、それと同時に弾丸が凄まじい勢いで爆ぜた。

まるで花火のような光景に感嘆する暇もなく、木々の合間から次々と式神が姿を現してハナコを包囲する。

 

「式神使い、接触することで秘儀を発動させる方、爆発する弾を撃つ狙撃手、跳ね返した弾を受けに行っていた方…警戒すべきは狙撃手と触りに来た方ですね」

 

「ふ〜ん…目の付け所は間違ってないけど、甘く見てくれるね。大丈夫?」

「いったぁ〜…何今の…痛いのは痛いからガードしたのに、してないのと同じくらい痛かった」

「防御を無視する技でもあるのかもね。私の式神を盾に使いなよ」

「いいよ。カヨコちゃん達で使って。これくらいなら我慢するから」

 

(…先程の身のこなしを見るにあの小さな子の強みは秘儀に偏っている。なら幾らでも対処のしようはある…となると問題は狙撃手の方ですが、彼女達全員合わせても慎重に勝とうと思えば勝てない相手では無いでしょう。ただやはり気がかりなのは…)

 

目の前でわざわざ話し合って作戦を立てているムツキとカヨコ、そしてアルともう1人の動向に注意しつつハナコは逃げの手を打とうとする。

だが…

 

 

「…!結界…」

「社長が下ろしてくれたのかな」

「さっすがアルちゃん。思ったよりあの子に戦意が無かったから逃げられないか不安だったんだ〜」

 

周囲一帯に降ろされた結界を見てハナコは逃亡が困難だと悟る。

やれやれと肩を竦めたハナコはシャツの裾を翻すとピリピリと空気が張り詰めるような緊張感を纏った。

 

「…向こうもやる気みたいだし、ぼちぼち片付けるとしよっか」

「まあ普通に格上だと思うけど、どれだけ通じるか試してみようか」

 

対してムツキとカヨコも油断なく構える。

カヨコは自身の背後に巨大な化け猫のような式神を出現させるとその頭の上へと飛び乗り、ムツキはゆったりとした足取りでハナコへと近づいていく。

 

「じゃあ、始めよっか」

「うふふ…ぐちゃぐちゃにしてあげますよ♡」

 

ゆっくりと進めていた歩みを加速させ駆け出したムツキは再びハナコに触れようと腕を伸ばすが、ハナコは真上へと飛び上がり───空中でふよふよと滞空し降りて来ない。

 

「あー!ずるーい!」

「触る事が発動条件の秘儀を持っているというのなら、触られない位置に留まるだけですよ♡」

 

「でもそんな目立つとこにいて大丈夫かな」

「あら」

 

滞空してムツキの攻撃範囲から逃れるハナコだったが、逆に空中はムツキ以外からはよく狙える場所でもある。

位置を変えて狙撃してきたアルの弾丸を歪めた空間で捉えそれを直下のムツキ達の方へと逸らしたハナコだったが、弾丸は間に割って入った鳥のような式神に直撃…爆発はせずに式神だけが墜落する。

 

「牽制の為のブラフ…となると次は…!」

 

「アル様を傷付けようとしたこと…絶対に許せませぇん!ぶっ殺します!」

 

そんなハナコを次に狙ったのは中型の鳥のような式神に乗ったハルカ。

よく見れば先程アルを守る為に跳ね返された弾丸を受けた際の負傷は残っているが、それでもよく見れば気付く程度でまだまだピンピンした様子。

自分の真上にさしかかったタイミングで式神から降りてきたハルカは落下と共にショットガンを乱射するも、やはりハナコは空間を歪めることで飛んでくる弾丸を自分から逸らす事で回避してしまう。

 

ならばとハルカは落下する勢いでショットガンの銃身で殴りかかろうとするが───

 

 

薄衣(うすらい)

 

「うぐっ…!?」

 

横に滑るようにしてそれを避けたハナコは無防備なハルカの胴へと両腕を突き出し周囲を囲う結界の端まで吹き飛ばした。

しかし畳み掛けるように攻撃は続き、地上から飛び上がってきた巨大な化け猫のような式神を蹴り落とし、再度位置を変えたアルからの狙撃を逸らし、滑空して突撃してくる式神を躱して叩き落とす。

 

周囲の状況を冷静に分析して的確に処理していく判断力と瞬発力、そしてそれを成し遂げられる秘儀と運動能力はアル達4人を同時に相手してなお有利に立ち回れていた。

 

「…キリがないね」

「同感。社長の狙撃は通じないし、私の式神じゃ手数を補うので精一杯。ハルカはまだ戻ってこないし…」

「空飛ばれたんじゃせっかく仕掛けた地雷も意味ないしなぁ…」

「むしろ私の式神が踏んで爆散してるんだけど…どんな地雷使ったらそうなるのさ」

「さっきからあっちこっちで爆発してたのそれかぁ…勿論ムツキちゃんがた〜くさん神秘を込めた地雷だよ♡」

「…もうそれを投げつけた方が早そう」

「だよね〜…ってなわけでハルカちゃん、地雷の位置送ったからやっちゃって」

 

 

 

「は、はい!死んで、ください!」

 

結界の端まで吹き飛ばされて復帰しようとしていた途中、ムツキから連絡を受け取ったハルカは同時に送信された地雷を埋めた場所を頼りに掘り起こしたそれを、空中で猛攻を凌いでいたハナコへ強肩を振るい投げつけた。

ハナコはそれに気が付くと空間を歪めて躱そうとするが…

 

 

「ふっ、そろそろ終わりにしましょうか」

 

 

 

「!」

 

ハナコが歪めた空間で投げつけられた地雷を捉えようとした直前、アルがそれを撃ち抜いてハナコの目の前で地雷が大爆発する。

爆発の衝撃自体は歪めた空間によって拡散されハナコ自身に大したダメージは与えなかったが、問題はそれに付属する爆煙によって視界が遮られてしまった事だ。

早く煙から抜け出さなければとハナコは歪めた空間に足をかけトランポリンの要領で一気に離脱を図るが…煙から飛び出た瞬間、凄まじい反射でアルの精確な狙いにより放たれた弾丸がハナコの側頭部を撃ち抜く。

 

秘儀での回避は間に合わなかったものの咄嗟に神秘で防御したことで多少流血する程度のダメージで済んだが、着弾と同時に起こった爆発で吹き飛ばされ結界に衝突しそうになり歪めた空間をクッションにして踏みとどまった。

 

「やりますね…これ程の集団が埋もれていたとは信じられない話です。少なくとも秩序側の方々には見えませんが…」

 

「その通り、今は私達は身を潜めて影で行動してるけど…いつかは表舞台に立ってこのキヴォトスの秩序を破壊して本当の自由を作り上げる───真の”アウトロー”よ」

「…それはそれは未来の大物と出会えたようで光栄です。私も本気で相手をしないといけませんね♡」

 

いつの間にか近くにいた敵の首魁…アルを前に、そのプレッシャーと威圧感にハナコは一際警戒心を強めながらも、それを悟られないように舌なめずりをして余裕を見せる。

 

しかし一方のアルとしても想定外の事態が起きていたのだが…

 

 

(なんでこっちに吹き飛んでくるのよー!?ハルカもムツキもいないしこいつ相手に格闘とか無理よ!?)

 

 

ハナコは先程弾丸を受けた際の爆発で、自身の秘儀による空間の歪曲によって爆発の衝撃が思わぬ歪み方をしてアルの方向へと吹き飛んでいた。

ハナコ本人は煙と衝撃によって方向感覚が狂っていた為にそれに気付いていないが…故に、ハナコからしてみればアルは狙撃手にも関わらずわざわざ自らの目の前に姿を現したように見えている。

内心白目を剥くアルに最大限の警戒を向け、背後の結界をチラリと見ると───

 

 

神秘解放

 

「なっ…神秘解放!

 

 

ハナコが掌印を結んだのを見た途端、アルも慌てて銃を横に起き掌印を結んで神秘を解放した。

 

 

 

 

「───『オネスト・ウィッシュ』」

 

「───『ノワール・アドマイアー』」

 

 

 

神秘の解放によって展開された2つの領域が押し合い、双方の領域に付与された秘儀の必中効果が相殺し合う。

領域の押し合いが発生した時、その洗練度が互角な場合相手が領域を維持出来なくなる程にダメージを与えた方がその場を制することが出来る。

 

足元は赤いカーペットが敷かれた絢爛豪華な宮殿のような地面、空は淫靡な雰囲気の漂う桃色がかった空が広がるという奇妙な空間の中で、ハナコはトランポリンのように弾む空間を蹴ってアルへと急接近すると、裸足の右足に空間の歪みを纏ってそれを回し蹴りの要領で蹴り抜いた。

 

連裸貫(つらぬき)

 

「かふっ…!」

 

腕をクロスさせてそれをガードしようとしたアルだったが、受け止めた筈の衝撃が筋肉を、骨を、内臓を通り背中まで突き抜けていくような感覚に襲われて思わず胸を抑える。

呼吸が止まったかと錯覚する苦しみに顔を歪めながらもハナコを睨みつけるが、攻め手は止まらず追撃としてハナコが両腕を突き出す。

 

薄衣(うすらい)

 

「あっぶな…!」

 

ハルカが受けていたのを見ていたからこそその破壊力を理解していたアルは肺と心臓の痛みに思うように動かない身体に鞭打ち、それを避けて傍に置いていた銃を拾うと地面を転がりながらハナコを撃つ。

至近距離からの射撃…それにすら反応したハナコは空間を歪めてそれを逸らし、振り上げた脚に空間の歪みを纏って地面を転がるアルへと振り下ろした。

 

それを寝返りを打って回避したアルは銃身を薙ぎ払うことでハナコの足元を狙うが、ぴょんと上に跳んで避けたハナコは何かを調整するように空間を掴んで歪める。

その行動の意図が分から無いものの体勢を立て直すには丁度いい隙だと起き上がると、肩にかけて羽織っていたコートの内側から取り出した閃光弾を足元に投げつけて炸裂させ、ハナコを怯ませる。

 

そこを精確な射撃で撃ち抜こうとしたが───ハナコの後方から飛来するそれを視認した瞬間頭を抑えて横に跳んだ。

しかしその回避は間に合わず…先程撃った弾丸がハナコの空間の操作により空の彼方で大きく軌道を変えてアル目掛けて着弾する。

 

「ぐぅぅ…!」

「ふぅ…4対1に持ち込まれた時はどうなるかと思いましたが…技量は確かなれど経験は私の方が上のようですね♡」

「っ!しまっ…」

 

連裸貫(つらぬき)』のダメージと返された弾丸によるダメージで、アルは自らの領域を維持出来なくなる。

押し合いをしていたアルの領域…赤いカーペットが敷かれた地面は瞬く間に溶けるように消え、気が付けば上下左右、見渡す限り果ての見えない大空の中にアルは身を投げ出されていた。

 

「な、なんなのよこれー!?」

「あら?意外と愉快な方でしたか?ですが残念…おしまいです。ここは私の領域…全てのしがらみから解放された剥き出しの心そのものですよ───脱巻(たつまき)

「!」

 

足場が無いために常に落下を続けろくに身動きも取れない状況、領域に付与されて必中となったハナコの秘儀がアルを襲う。

アルを取り巻くように空間が歪み、それに合わせてアルの肉体も捻じ曲げられるような苦痛が走った。

 

「く、くぅ…こんな、ところで…!」

「アウトローというのなら手加減は無用でしょう…捻じ切れてください」

 

ギリギリと身体が空間ごと捻られ、あと僅かで身体が真っ二つになることを覚悟したアルは目をギュッと瞑り───

 

 

 

 

 

 

 

 

「アル様にぃ、何をしているんですかぁぁぁぁぁ!!」

「やっほーアルちゃん!生きてる〜…って、アルちゃん押し負けてるじゃん!?」

「ギリギリだったか…」

 

「…早いですね。いえ、時間をかけすぎましたか」

 

空間の一部が崩壊し、その奥に見える領域の外の景色から鳥のような大型式神に3人乗りするムツキとハルカ、カヨコが突入する。

領域の結界は相手を閉じ込めることに特化しており、内側の強度を上げる分結界の外側は脆くなり突破が容易くなる。

援軍…だがここがハナコの領域の中であることとは変わらず、その必中効果は同じようにムツキ達も捉えてしまうだろう。

 

ハナコはせっかく入り込んで来てくれたのだから一網打尽にしようとムツキ達にも秘儀を発動しようとするが…それより早く、カヨコが掌印を結んだ。

 

 

「神秘解放」

「っ!まだそれを使える方がいるとは…!」

 

 

カヨコが神秘を解放したことにより再びハナコの領域と押し合い、必中効果が相殺されるのと同時にアルを捉えていた空間の歪みも消失する。

また無限に続くような直下の空にカヨコの領域の地面が出現し、アルはそこへ着地すると直ぐに見上げてハナコを狙い撃つ。

 

「そんなもの、何度やっても同じことです…!」

 

ハナコは飛び道具に対してはほぼ無敵とも言える空間を歪めることによる防御でそれを逸らし…真上から降ってきたハルカへと逸らした弾丸を直撃させる。

顎下を撃ち抜かれ大きく仰け反ったハルカは…ギラリと殺意の籠った瞳をハナコへ向け、怯むこともなく落下の勢いを乗せたかかと落としをハナコの脳天へと叩き込んだ。

 

「ぐっ…」

「アル様を、アル様をぉぉ!よくもぉ!死んでくださいぃぃ!」

 

「良いよー、ハルカちゃーん!カヨコちゃんはそのまま押し合いお願いね」

「洗練度なら向こうが上だから現在進行形で押されてるんだけど…もう20秒も持たないから早くお願い」

「任せて!」

 

ハルカは空中に留まる手段が無いために地上に落下していくが、続けて降りたムツキがハナコへと手を伸ばす。

ムツキに接触されることに最大限の注意を払っていたハナコはそれを何としても回避しようと浮遊能力を活かして落下するムツキから大袈裟に距離を取ることで手の届く範囲から逃れるが…

 

「…良いよ、アルちゃん。やっちゃって」

「!」

 

ムツキの呟きを聞いたハナコはアルの方へと意識をやり狙撃を警戒するが───アルが放った弾丸はムツキを直撃し、その衝撃で吹き飛ばされたムツキがハナコの方へと弾かれた。

 

「なっ…このっ…!」

 

勢いよく接近してくるムツキに空間を歪めることで対処を図るハナコ。

だがそれを見越していたムツキはハナコへと向けた右腕…その袖から放出した巨大な肉塊がハナコの視界を埋め尽くした。

領域が機能しているならばともかく、カヨコとの押し合いで必中効果が相殺されている以上今のハナコの出力ではこの大きさの物体を躱しきれず、咄嗟に迎撃の選択肢を選んでしまう。

 

薄衣(うすらい)…っ!?」

「あはっ!」

 

両腕を突き出し吹き飛ばした肉塊…その側面を足場に回り込んだムツキの手のひらがハナコの肩に触れる。

同時に感じたとてつもない違和感にハナコはムツキを蹴り飛ばして距離を取るが、白いシャツは肩からの流血でその部分から真っ赤に染み、見た目以上のダメージを負ったハナコはこれ以上の戦闘の続行は不可能だと判断する。

 

「…ここは退散させて頂きます。私の拠点ならご自由に利用するなりなんなりして構いませんよ」

「逃がすわけないでしょ…!カヨコ、やっちゃって…」

「ごめん社長!もう維持できない!」

「なんですってー!?」

 

ハルカに蹴られたのとムツキに接触されたことによるダメージ、それによってハナコは領域を維持できなくなるが、格上との押し合いで神秘を大量に消耗したカヨコもまたこれ以上の領域の維持が出来ずに双方の領域が解除される。

そうして放り出されたのは…

 

「…!?結界の外!?」

「…解除された時に放り出される座標を調整したのか」

 

ハナコの神秘解放は逃亡を防ぐ為に張られていた結界のすぐ側で行われていた。

通常の結界と神秘解放によって展開される結界では当然後者が優先され、ハナコとアルの領域の結界は前者の方の結界を押し退けてその外側へと突き出していたのだ。

ハナコは領域を解除した際にその突き出した部分から放り出されるように調整することで最初の結界を超えるという裏技じみた芸当を行った。

そして領域が解除されるのとほぼ同時に秘儀が焼き切れる前に作った空間の歪みでトランポリンのように跳ね上がり、領域が解除された次の瞬間にはもうアル達の視界には映らない遙か遠くまでへの大跳躍で姿を消してしまう。

 

標的を取り逃したことに歯噛みするアルだったが、逃がしたものは仕方ないと気分を切り替えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…それにしてもこれで依頼は失敗ね…」

「まあいいんじゃなーい?こんないい場所手に入ったんだから」

 

そもそもの理由としてアル達がハナコを狙った理由。

特級のアウトローとして区分され指名手配を食らっているハナコには高い懸賞金が掛けられており、それを目当てにアル達は裏社会で有名な仲介人の紹介を受けて情報を入手した上で今回の依頼に望んでいた。

ただそれ以外に、ハナコの情報を入手した際に聞き入れた情報はアル達のもう1つの標的となっており───ハナコの潜伏場所の一つであるゲヘナの辺境の山奥。

そこにある温泉に、アル達4人は先程までの死闘が嘘のように団欒とした緩い雰囲気でその温もりを楽しんでいた。

 

「そうね、ひと仕事した後の温泉は気持ちが良いわ」

「いや失敗したんでしょ…クライアントにいびられるんじゃない?」

「そこはアウトローの流儀として失敗は失敗と素直に受け止めなきゃね。ただ、それを理由に何か私達に手を出そうとしてくるのなら…好きにして良いわよ」

「はい!ぶっ殺してきます!」

「気が早いわよ…」

「あっはは!ハルカちゃんってば本当におもしろーい!まあ、私も生徒のストックが欲しかった頃だし…そろそろ表立って動かない?」

 

犬かきをして広めのこの温泉を泳ぐムツキがそう問いかけると、アルは空に浮かぶ綺麗な月を見上げて少し唸ってため息を吐いた。

 

「…この前の取引の件だけど…」

「…まさか本当にあいつと組むの?私あいつ胡散臭いからきらーい」

「確かに怪しいけど、史上最悪のアウトローって呼ばれるだけあって実力も計画も私達より遥かに上。リスクに釣り合ったメリットはあるかもね。それでもオススメはしないけど」

「あ、アル様は私が何があってもお守りしますので…アル様の判断に従います!」

「ありがとう、ハルカ。勿論貴女達を危険に晒すような事はなるべく避けたいけれど、これは大きなチャンスでもあるの。私達だけじゃできるかは分から無いけれど、少なくともあの人の協力を得られたら間違いなく私達の計画は大きく前進するわ!」

 

実際にハナコという大物アウトローの強さと恐ろしさを目の当たりにしたことでアルは興奮した様子でそんな事を語っており、カヨコの横に落ち着いたムツキはカヨコと共にやれやれと苦笑し、そんなアルを最後まで支えていこうと決意し直した。

 

アルはハルカを膝に乗せ、ハルカはその状況を気恥ずかしそうにしてのぼせたように顔を赤くし、カヨコは程々にするように注意するもどこか羨ましそうで、ムツキはそんな皆を見て表情を綻ばせる。

 

皆で過ごすこんな時間が、ムツキにとっては…否、皆にとってはかけがえのないもので───

 

 

 

 

「くふっ…良いよ、アルちゃん。好きにしても。邪魔する奴は…私が絶対に許さないから」

 




備考
時系列は本編開始前
アル…この時点から普通に強い。領域の押し合いならハナコやハルナとも互角。ただし近接格闘ではやや劣るのと、ハナコとは純粋に相性が悪く今回のような結果になった。

ムツキ…この時点ではまだまだ秘儀の扱いが未熟で、肉塊の操作が拙い上に取り込んだ生徒のストックも少なく本編で見せたほどの大規模な肉塊攻撃は出来ず、神秘解放も使えない。またユウカ初戦時のように格上に無意識でヘイローをガードされると秘儀が効きにくい。

ハルカ…ミレニアム事変では大量の生徒のヘイローを取り込んだからこそあそこまでの強さを得ていたが、それ以前のハルカだと耐久力がかなり高いだけの突撃兵程度の強さ。一応神秘解放は必中効果の無い不完全なものだけを使える。

カヨコ…ハナコとは相性がいいものの交流会襲撃前は戦闘に対してのモチベーションが低くあまり能力を活かし切れていない。領域の押し合いもアルやハナコと比べるとかなり格下になってしまう。

ハナコ…本編より弱かった頃の便利屋組に敗走。ただ連携に押されただけで1対1なら全員に勝てる。相性が悪いカヨコや秘儀によって無敵に近い特性を持つムツキも成長前なら領域で勝てるので問題なし。ちなみに本編の便利屋組を除いた特級アウトロー組(ネル、ツルギ、イズナ、ハルナ、ハナコ)の中では相対的に4番目くらいの強さ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。